2025年度 別院秋彼岸会・永代経 尾畑文正 氏

した。 最初に3問を上げ たいと思います。 人受け渡し今すでに 仏法聞きがし今すに この神根性においてどせずさらにいずれの 省において好みをどせ大衆ものともに四望 に警し立てます。自らに停止し立てまする 。には主条とに大を下げして無上位を挟む 自らし にる さには主条とに深く行動の 運となら そうに停止にれます。には主条と共に大衆 を通りして一切無限なら無上人事の方は 百千万号に愛を置くとし我今の検問にし 充実に得たり願の真実を消し立てますが安 ます。 津品 です。 それでは、え、3時半まで途中あのお休み をいただきましてお話をさせていただき たいと思います。あの、ご大の お手紙には、え、数値、え、被害集会 の出行ということでご案内を受けました。 ま、その意味では今日はA隊の法用であり 、お医の紅用であるこういうことであり ますものですから、え、そのお2つのです ね、あの名前で上がっております。え、 A退 あるいはお願ということにまず最初にです ね、ま、確認というかあ確かめをさせて いただきたいと 思います。え、私も、え、僧侶という、ま 、新たの僧侶という形で、え、何度も何度 も天体という 法用をあの 、え、務めて、え、まりました。え、その 時に一体のA体 の教というの一体え何なのかな。A体教と いう教があるわけではありませんね。物折 A業ってのは見たことありませんけれども 、なんでAの教というようなことが、え、 言われるのかなということが、ま、あの、 よく分からなかったわけですけれども、 あの、 にわたって 今っていうのを仏様の、ええ、教え、え、 であるということがAIに渡って、え、 あの、え、教えにをる ということには間違いないと思うんです けれどもね。え、しかし無と言ってもです ね、あのどういう文のかという、え、仏様 と言ってもね、色々なこう意味があります し、お釈迦様という仏ね、もう仏様ですよ ね。 あの、実はですね、私が住職をしていまし た時にですね、ま、大学の教員でも卵の ことですから、あの、お寺 で生まれた方ではなくて、あの、外学に 入って副長の教えにくれたということが あって、おさんになりたいという人も、ま 、あの、出てくるわけですね。そういう、 ま、そういう資願の学生の人の、ま、 受け入でというかね、あの、そういうこと もさせてもらったものですから、自分がお 寺の住職をしておく。お寺から、ま、ご 本題で、え、ま、申請をして 、え、活動を、え、させていただくいう形 があるものですから、何人ものあの学生が 、あの、私が住所しておりました。こちら に席を置いてですね、あの混山で特道を 売りで新州にあの総力としてあの活躍する という方がまえま5人が6人はえいたわけ ですね。ま、その中で おらにご縁があって、え、住職候補者とし て出ていか、ま、そんでいいわけですけど も、そうでない人ずっと、ま、お寺に席を 置いたままなんですけども、その中にです ね、1人あの大人と結婚をしたあの総侶が 、え、おりましてね、え、ま、太陽の愛が 大学に両学に来たね、学生なんです。私は その頃学生部長というのをしておったもの ですから、で、あの、私のあ、住職してい たでやはり首都をあの、え、されていた、 え、ま、あの、卒業というに、ま、頼むか とですね、この 、え、留学生のね、面倒を見て上げてくれ た。そしたら、あの、そこまで悩んでない のにですね、結婚をしてしまいまして、で 、で、あ、あの、え、お寺で物前結婚式を あげました。で、え、前から、え、ね、 あの、お母さんとか、え、あの、お兄さん とかお姉さんとか、ま、1万ね、え、最初 に来てもらってですね、あの、物前結婚を 来たんですけども、その物然結婚する前に 、あの、その大人ので、え、特がですね、 あの、こちらにお参りましてですね、あの 、本藤でですね、手を合わしました。の、 え、人たちは非常に、ま、せ点な仏教徒 です。だから、え、本土にしてですね、 ご本の場合にですね、え、あの、こう 対してですね、で、合唱します。何を言っ たか聞こえないわかります。そして私に ですね、文章さん、ま、あのね、久しです からね、文章さん、ここにおられるお様は お釈迦様ですかと聞くんですね。私はいや 、あの、この仏様はあとお様です。で、 お釈迦様じゃないんですか?こういう風に 対せていました。海の寺ではごはほぼ、え 、お釈迦様ですね。ですから、あの、太陽 の物教はある意味では社迦というね、 お釈迦様の教えに基づいて、え、をして、 そして、あの、生活をするという、そう いう、ま、大量ならでは、まね、あの、 お釈迦様の教を中心にした、ま、え、教の 1人生活があるわけです。が神では、え、 この様はお釈迦様ですかというんですから 、私はお釈迦様ではなくて網田です。 アダムスって何ですかというところから 必ず私のですね、あのなんて言いますか やり取りが始まるんですけれどもう ずっと前の話ですから今はもう結婚もして ええお子様ねえにもれてそして結局私の この友人のね人はその対人の女性に あのえ守られてね会 え、タにてですね、今、え、タの格闘で 日本語をね、教えてますけども、本当にね 、政権な教です。だけど平教徒とは言うん ですけれども、え、大ね、その出居のお坊 さんの姿を見るものですから日本のお坊 さんを信用しない。え、だから私なんか 全く信用されてる。え、お酒は何?あ、 タバコは私はすいませんけど、お酒は何 ねえ、結婚生活は子供はありませんけども ね、もう出家の合産のあ、生活は全くして ない。だからそのタの女性は日本の様はね 、偽物だな思ってます。で、ま、ま、今は どうかしませんけども、で、その女性に ですね、私は、いや、この方はあたです時 に、それじゃあ網田さんって一体どういう 様ということを彼女にですね、お伝えする のが 彼女と私の長い長い、ま、今もそうなん ですけども、お付き合いです。え、その ことですね、仏様と言ってもお釈迦様も仏 様でありますし、あ田物も仏様である。 そういうですね、しかしそれぞれ立場が 違い、役割が違いますね。お釈迦様はおき ました。もが上がりましたけれども、え、 大阪様はどういうおかれたかというとです ね、上土州で言えばね、お釈迦様がお時に なったおというのはア田物の本願を解く お経です。え、ま、大部領事長と申します けども、それは官無領事の上田教の全部 総釈迦子様は天の世界網のご本願を解き くださった。それでミ田のご本願は一体何 なの?その5本願こそが同じどこをですね 、根本的に作り取るね。 仏法の方なるですね。え、だからあの私を 救うのは神田というのをだる法が私を救う のであってその法に救われなさいと私に 教えてくだる仏様が同じくその安物の本願 の法に救われたお釈迦様なんです。だから お釈迦様とあと違いはないですね。ね、 あの発が違うだけで、え、どちらもあ田物 の王をね、あの 放物が見た。その網田物の法を目覚めて 舞台になった国がサクソンですね。だから サクソンを教えば自分が救われたその法に よってあなたも救われなさいと教えて くださるわけですね。だから私はですね、 譲渡という仏教で言えばお釈迦様は 人のテキストの中で初めて安別の方に 目覚めて文学にれた仏が様だと思います。 だからお釈迦様の根源があ田物です。だ からお釈迦様は自分が救われたアダムスの 方を最てるの人に知ってもらいそして救わ れてもらいたいということでお経をお年に なったわけですね。そのお経を私たちは 表という形でね、あの聞かせてもらうわけ なんですね。しかしなかなかね、あの、え 、お釈迦様の 時にた、え、そういったような人を 救い込むその方法に私たちを聞かして もらうんだということがなかなか打点が いかない。どうしても ですね、死者を作用するというようなあ、 意味合いでね、補が、え、取られられると いう風に考えてしまいます。そうではない わけですね。とるの方々聞いておられる、 え、方々の共にお釈迦様がいてくださる 田口の方に目を据えて聞かせてもらうと いうのは故郷をいただくということです けども、なかなかそれが我点がいかないの はどうしてかというとどうしてもね、ま、 新州のあればご本の 面白いことにご本存という言葉を私たち ま、簡単に使いますけれども新人の保障 商業にご本存はないです。ええ、損合と いう言葉に損合い お名前 でだからあの本道というのはツの言い方、 一般的な言い方ですね。は、え、信仰地の 寺に行っても天台地のお寺に行っても寺に 行っつってもだけど新州のあ、その新春と いうじゃなくて診断の保障には本来と言葉 はないです。あえて今度ということを使う とですね、これちょっと難しい言葉です けども、え、田端た孝志さんという先生が おられましたね。あの、孝志先生のですね 、あの 、講されたあの、本をその前読んで、え、 読んでいましたらですね、先生はね、新州 には本存という言葉、あ、新、信は本存と いう言葉がないけれども、一般的にご本と いうのをあえて 私が納得できることがいれは え、本願時の損合ちょっと難しいですから 書きますね。 これはその あの大会大臣の先生で長という先生おられ たんですけどもその方が看護の看護という ね、え、の、え、ま、え、教材として作ら れた心臓名門強心というだけね、書かれて いるんですけども、あえて言うならは願 の 本当いう風に私は了解し使いますと断って おられますね。私もですね。さ、そうだな と思うんです。本願上司の総合本願という のはですね、主 がありますね。 私、あの、本山から、え、仏の願い、え、 市場のメッセージという本を、あの、出し てもらいましたけれども、え、そんな主 がなかなか難しいんですけれども、簡単に 言えば本願いのは全ての人を救いたいと いう機会をね、願われたわけです。だから 簡単に言えば仏の心は全ての人を救いたい 。これが仏の心である本です。全ての人を 作りたい。例外全てな人を作りたい。この 様の願いが、え、え、実現したした名前が 、ま、本合なんですけれども、それを、ま 、どんどんと読めないことはないとに言っ ておられますけれども、やはり私は南物と いうな、え、南網物というなというこの長 がですね、全ての人を作りたいという様の 願いがですね、何だとするかとなって今 私たちにけられて私たちに届けられている ということが大切なわけです。届けられて いるということが大切なわけ、え、なわけ ですね。それはお経にはですね、ま、お経 というか診断、ま、公教にも書かれてます けど診断がそれを小心のね、中で純正 の立法重ねて地方学は要少 仏の中です。 が一方に聞こえる 日っていうのは世界全体に引き取られる ようにというのがこの生物なれその 引き取られるようにというお物がすでにね 届けられている私たちですよ。ただ届け られているけれど私には聞こえないだけ私 にはいただけない。これが人間の1番の闇 だ問題だということを思います。そのこと が本当にはっきりすれば遠くたブラジルに おいても何番いかです。え、私はブラジル に3年穴おったもんですから特にブラジル のことを思いますのね。どうしてこんな 日本から遠いブラジルのうちに難波ダル 難波ダルスという術がねってる。それは その純正 門実というこのお言葉通りですね。 の中がすでに私たちに届けられてその届け られてる仏のにはと気づいた人がブラジル に生まれたからブラジル人で生マンダボス ラマンダボスというねあの総合がえ響 ているるちゅうのは今のブラジルであり ます。あの、 今日は、ま、大分県ね、私は、え、大言っ たら何を出すかという、え、ま、もちろん 温泉というのがね、え、あるんですけれど も、その前にね、私は大分といえばね、 信国淳という先生をね、どうしてもね、 あの、思い出すわけです。え、先生の出身 ですね。え、その民先生にあの1年間です ね、京都の大谷先生と見て私はお世話に なりましたと言ってもそんなに真面目にお 座りになったわけではないんです。先生の 事業は本当に難しい。はっきり言って 難しい。私は残念ながら事業を聞いてネタ が2回あります。あ、あの2人の先生の 議論はね、出てしまいました。1人は そ領人先生 両人先生の講演を聞いた時に思わず寝て しまってパッと目目目開けたらね先生が 開けてね しとるこの姿だけ覚えてます。もう1人は 信という先生です。え、難しくて私は寝て おりました。だけどもね、ある時に先生が ね、そんなこと言うんですよ。私はあなた たちのね、心に 訴えかけているのではない。 あなた、あなたたちが身にはえ、語りかけ ているんだ。に あなたの に語りかけているんだ。こういう風に金が ですね、寝てもよしと勝手に思ってね、 ただあの事業を触らずにただあの身を置い た自由だったと思いますね。そ、6先生が ですね、あの、え、卒業する時だったに ですね、こんなことを言いました。 今日は皆さんの年度を式です。根性の世で 2度とお会いすることができないかもしれ ません。事実そうですよね。あの、 から命を得られた方もありましたし、それ からまた福 だから、あ、その言葉はそのままだと思う んです。もうあなたたちとは感情なでお 会いすることはないかもしれません。だ けども皆さん年物申しましょうね。念物 申しましょう。年物の中で皆と別れること のない出会いをいただきましょう。え、 年物の中で最後を年物の中で再開をあの 中国の言葉にですね、さよならというのを ですね、 あのさ、最チっていうらしい。 さよなら言ってさよなら 中国で最変 再び会いましょう。私これすごい 素晴らしい言葉だと思うんですね。最ね、 もう2度2度とあの会えないというじゃ なくてまた会いましょうというのが変わら 。ま、そのことをあのよく、ま、思い出す んですけども、先生は物の中で再開をます 。あの、根性この中では少しさよならは もう永遠のさよならになる可能性は強いん ですけれども、しかし何万というの中で 再び会いましょう。こういう風に言われた 時に私はですね、あの 何万しというこの言葉がすんがりですね、 心の中に入ってきたそういう風にこう思い の この言葉の中で どんなこと別れることのない恋愛を いただきましょう。私はこういうことを 頂いた後はですね、夜中のご葬に、え、参 てもらってもね、その先生のを思い出し ながら何です。何のですね、今と分かれる ものと分かられることのない出会い。これ が名みだと根性この世で、え、分かりして しておりますけれども、実は何をとの中で 選さしてもらうんです。これは私はですね 、自分の姉、え、私の姉は、え、 あの、今考えると50歳の時にね、夫と 死に晴れましたね。え、その時にあの、え 、 あれは、あれはですね、本当に大変もう、 え、何かもげるほどてましたけれども、私 はそのあの先生のことを思い出してね、に 、え、こんなこと言いまし た。星信さんとはもうね、生身の星の信 さんとはいないかもしないけれども、え、 南ワダンスと年物申しましょう。そこに 2度とされることのない恋愛が与えられて おりますよと先生がおっしゃったと私は安 に、え、伝えたんですけどね。そういう風 に打つというのはもう私たちにすでにこの 奥がけ これも先生の言葉なんですけども先生はだ から南であるは野来の事故防御である野来 が野来自身を私もにプレゼントされてる まそういうことをね、あの、言葉で聞き ますけれども、まさにそういうことを お釈迦様がですね、おっしゃってくださっ たわけです。教えてくださったわけです。 あの、お釈迦様の お経土 新集では大務領事長、官房事長、安田教と いう3つの教を上土教と言って大切に いたしますけれども、その安田教のですね 、1番最後、1番最後のことは、はい、 ちょっとあの、書きますね。 これはですね、安田町という音、あの、 1番短いですね、商業とも言いますけれど 、あ、町で1番最後はですね、さらにこう こういうことまで終わりますね、それは お釈迦様の切法に預かった人々が砲法が 終わると同時にですね、砲をしてくださっ たお釈迦様にね、お釈迦様を大配して霊を なしてそして去ってその場を去っていかれ た私はですねん で霊をなしてさ、お逆さののの元を去って 行かれたといえばお釈迦様が水と別れる ほどのない世界をですね 明らかにしてくださったから の大愛して去っていかれたつまり1人立ち していかれたお釈迦様のその切法を言う ことによってお靴をいただいてですねして いく立ち上がっていくというにね そういう立ち上がらせる世界が私は アメリカの5分間の世界、南部屋との世界 だと思うんです。だから今最も必要なのは 私はこういう大変な議題社会の中でね、私 を1人の人間として立ち上がらす 立ち上がらせる世界が見出されないと私は ですね生きていけない。そういう世界が お上土であり、本願であり、年物であり、 真人であるこういう予的 な言葉は全てですね、私を立ち上がらせる 言葉です。世界です。そのことを私はです ね、あの霊教というこの法物に聞かせて いただくということだと思います。それで 聞き方なんですけどね、私先ほどちょっと あのい、あの言い始めて最後まで言わ なかったんですけれども、ま、ご本論でご 本に向かってこのお呼んでですね、そして みんなで今日はお経を上げて小心法という 次第でしたけれどもどうしてもですね、 こうこんな風にして私たちがこのお客様に なん おあげてるようなあの、え、 形ですね。形は私を全ててなかなかそれで は今私の申し上げたお釈迦様が私の1人1 を立ち立ち上がらせる世界をこのとして お仏になったってことがなかなかあの形と して理解できないと思う。ま、私は理解 できなかった。それがですね、ある時 テレビを見てました。え、私はもう最近 テレビは、ま、皆あまりあの見えませんね 。あまりにもえ ね、面白くない。え、 あのテレビの番組は面白そうですよ。 あははあははあは。笑ってばっかりおる わけ。手ばっかり本当に根本的な問題が 全部ま、あの、隠されてしまってるという か、根本的な問題を考えずにただあはあは と笑って大切な人生を虚しく継ぐさせて いく番組があまりにも多いので見ないこと にしているんですけれども、実はニュース だけは見ますんでね。ま、ニュースもどこ までコントロールニュースか分からんよう な時代社会の中に私たち言っとるわけです 。しかしね、時り、あ、素晴らしいなと いう番組でもありますね。その中でですね 、そのこれNHKのドキュメンタリー番組 なんですけれども、ま、全部前にね、 こんな、え、あのドキュメンタリーのバド にそれは、え、バングラデッシュのお話 です。バングラデッシュは分かりますよね 。インドがこうありますよね。インド インドの右側 をこういう風にすると右側つまりインドの 東川がバングラデ がパキスタンね。昔はあの 東パキスタン、石パキスタンでしたけども 、え、その後パキスタンとバングラデに 分かれましたんで、その、え、特徴的には ね、あのインドは金属の を信じる人がですね、圧倒的です。70% でし。バングラデとパキスタンはイスラム 京都が多い、あ、国です。その バングラッシュにですね、ち方原とあって 、そこに仏教都がね、あの、え、いるん です。少数ですけど、だからイスラム社会 の中で仏教とか少数いるものですから、 その少数者である仏教とはかなりバンガシ では弱い立場に、ま、あの、置かれる。 そのバンラデスのちタゴン方言に生活する 仏教をね、あの取材した番組なんです。 ですからね、イスラム教の世界にですね、 仏教都がですとね、掘られてそこであの 生活、仏教を中心にした生活を れているんです。色々な場面になりました けども、私が今から皆さん方に紹介したい 場面はお式の場面でした。お式ね、私も 僧侶としてあのお寺の住所として何度もお 葬式はしません。今はほとんどやってませ んね。新しい職があの都合が割れてたと私 があるね。勝手の現職として、ま、お 手伝いに行く程度ですね。だから、あの、 ま、あの、そんなに経験ないんですけど、 私が全職していたことに装はですね、あの 、今どなたもやっているようなことないん ですね。あの、王冠を前にしてですね、 そしてそこでね、お務めして としておするというようなお葬式ですよ。 しかしそのバングラシのゴの仏教との人 たちのお葬式はね、びっくりしました。 これがお葬式の原点じゃないかなと思うん です。どういうのかというとですね、あ、 これが保管ね。あ、保管というか、ま、え 、なくない人があのっております。それを 私たちは私はこういう風に葬式を務めてき ました。そのバンカラの部教たちはですね 、保管を選して保管をしてですね、そして 総路がですね、総路が多分そういう ジョザブ仏教のね、あのお経ですから パーディング語で書かれたね、難教 だと思うです。それパーディング語でお経 を読むんです。え、ハーディー語は読め ませんから、 あの日本、あの日本でやりますと 一義物理 皇族業主とこのお参り出に来ておる人たち に向かってお坊さんがですね 。で、それを あのお前に来てる人が聞くんです。これは まさにそういうあの、え、お釈迦様が、え 、お時きになった教えをその人を縁して ですね、聞かせてもらうというもうその形 そのものですね。私も総侶としてあの法事 法用の時にはね、私たちは今日の3階の 誰々さんのであの まえにあたってその前衛を持ってですね 、こういう風にま言葉はでは言いますけど も形としてバンラ氏の仏教とはですね まさにお釈迦様のを参りにしてる人たちに あのお伝えする共有するわけですね。 やっぱりここに前っていうことがあると 思うんです。その場合その バングラデのね、その仏教は、え、条仏教 ですからお釈迦様の教えです。で、しかし 私たちはいただくおは大丈夫。しかも上仏 教点ですからお釈迦様がお時になった上部 の教え網持の本願の教えを聞くことになり ます。だから私はそういう意味では宗気と 名付けられた 党というのがですねお釈様が時になった 物のご本を1つをですねに聞かせて いただくという ご法用だと思います。で、その時にその 網田のご格を、え、お釈迦様の教えを通し てっていくということでありますが、 やはりその時にですね、私は皆 ですね、私たちで生きるの現実社会、その 様々な問題を通してですね、やはり私たち には何がかけているも何がお立てが見てい ないのか。何を私たちは踏にっているのか 。それはですね、え、現実社会を見れば 分かります。え、 私の基本的な仏教を学ぶ あの考え方はね、宗教問題は現実問題の ただ中にある。これが私はあの 最も開けているところではないかと思い ます。 あの私が赤というのをやって補 ね現実の問題っていうを通して何が私たち に見失われているのかけているのか問題な のかということをしと教えてくださって おりますね。例えばですね、ま、現実の 問題はもうあの 、あの出したらキリがないですから ここではやめてきますね。毎日毎日の新聞 、毎日毎日のテレビ見れば本当におましい ほどの現実があの何のように私たちをあの 襲っておりますね。え、いつからこんな 日本になってしまったのかいつから戦争 してもいいというようなね、日本になって しまってるのかね。もう 長崎の原爆、広島の原爆1つ見てもですね 、何が私たちにかけているのかもう命令 ですよ。だけの被害を与えながらも なおかつ核が抑力になると考える武力主義 の考え方から世界は目を収まっていない。 それ何が書き取るのです。それ上土新種の 物ではあってる上土とかです。ま、そう いうことを 本当に見にいただくというのは現実を通し て耳にいただくということにあると思い ます。だから私は宗教問題が現実問題の 方々にある宗教問題とは何かと言えば人学 は何か自分とは一体何のか自分の生きる この世界はどんな世界なのかこういう風に 我と我が世界をですね 、ああ、そうだったのかという風に頷き その私 本当の姿を減らし出した世界をね、いかが 愛に続けていくというのを私は宗教だと 思うね。ただ宗教問題現実問題のあると いう風に言いたいわけですけども、 ちょっとま、それを言い出す時間がない ものですから例えば網田教という1つだけ 捉えたら分かると思います。教 これね、老税川物会社 英国人住日行空 出行あるわけです。んで、あの技術独ね、 日行独音という場所においてお釈迦様が、 え、網田物の方つまり、え、この場合は各 世界のお姿を時になったわけです。あの、 安田教という教は、え、その 場所を差し示す技術 というのは逆とです。ね、あの音というの は技術 音の省略系です。え、昔あの大きな町の、 え、富屋さん、富に行くとね、え、何々 銀座というか、何々とかがね、あります。 私を住んでいるところにもそういう、え、 ね、え、疑本というの、え、飲み屋さんが 場所があります。だから日本っていうこ なんか偉い赤い日、青い日の輝くね、 飲食街を相当しますけども実は違いますね 。21個はあのちょっともう国場には書き ませんね。私 あのではあのあく見えないもんですから どんどん筋を書く機会がえ ないです。パソコンでしか自覚なくなって しまったもんですから、今21個どこを かけて言われると自信がないんです。だ から口だけでまず技術ですね。技術という のは義です。10ね。これはあの、あの ギダインドのね、え、この 大国という国にですね、そのギダが所有 するあの音ソロがね、え、リダというあの 長者ですね、お金持ちが所有するま大な この ね、建物じゃなくて土地そのギダ大使が 所有するええ 技術ねえそのギダ対の所有にするえたちを 立こ 立こという あのえこの方の長持ち があの愛ドろうとしたね。そしたらギ田 大使はですね、恨むと買い換、ま、進貨を 引き詰めようと言ったら本当にあの、え、 力の状化をね、引き詰めてその熱意に心を 動かされたギダ大使が奇信した。そしてだ からギダ大使と立こという相談がの力で できたあのお寺が 少者です。少者っていうのは日本あのえ のお寺ですねから日本っていうのはという 名のお寺という意味です。で、は、立行毒 。そのビジは、あ、現在対しね、ビこ毒 っていうのはこれがですね、な、え、長、 え、長を表す、 長を表すということでですね、これ え、こ、 この立毒と泉に言いますので立毒義って いうのは供給するですね。要求する もっと低に言えば食べ物をお与えすると いうです。給食の9ですね。こって こ立こ 音あの立こ音もこれです。 太のそういう音市 の時にですね、この 少者がですね、た寺が美少です。あ、この 長者こでこなる 毒なる人にこう食事をお与えするという 意味です。このこというのはですね、これ は例えばですね、あの中国残留住流事と いうね、あ、方々がおられましたようね。 あのもう配線までですね、ソ連が、あ、 そうですね。ソ連がですね、あの、こ、 日本との条約を破ってあの、え、南化して きます。で、それに、あの、この、ま、 中国、侵略を果たしていた日本のですね、 え、あの、人たちがですね、追い出されて 逃げるわけですね。逃げる時にですね、 もう子供たちをこれ以上一緒に全て 逃げれるという日本人のお方々の中でね、 子供を中国人の一緒に預けてそして命がら 逃げられた方もおられます。途中 なくなかった方もおられます。私はもう 直接その え、いわゆる、え、その銀満州国ね、銀ね 、あの、偽割のです満州国から見れてきた ね、人が自分の子供をね、あの、中国人に 渡して育ててもらおうということで、渡し て逃げてくるを知ってます。そしていつも 9月総理9月の20何日にあの29にです ねお参りに来てくれてあのお参りに行って ますね。そして聞ですね、この子は何歳の 時になって実はね、これは誰にも言っても なくて今の手元からここでも言いませんで 、あの、そういう置いてきた子供の置いて きた日が目にしたということで私は毎日 毎年そこのその日に今は生きているかどう なってるかわからんのあの品をですね、 ごめとしてお前にしてなんとか役に立とう と思ってそのう、あの専門会ね、あの難化 してきた時に預けたのはどの辺りで一体 どういうところであのお預けしたのかと いうことを調べてもらいますけどもあの 本人は見つけることはできませんでした。 ま、そういうねこうです。親のない個人を 差しますね。のない個人つまりそういう 1人で生活をせえないような子供たち今の 今もうちょっと前に言い方があったら ストリートシルド呼ばれるんですね。 あるいは日本だったら繊細個事という人 たちに食べ物を吸るという意味です。って いうで道具ということは最近私はもうね 思いますが都市をていかにこの国は年寄り をあの金儲けの主にするんじゃないかと いうぐらい尊重しない国やなと思いますね 。自分が若い時にはそんなこと思いません でしたけども起る神入れにねかし ねお年寄りがその国に扱われますというか もう片く取れるなというこう思います。 そしてこれは あの何、え、 身りのないていうあの、え、お年 あの、えっと、え、 どこの場合の論がね、え、あ、ま、あきの いない、え、お年寄りを差します。そう いうもう年を取って1人でしか生きていけ ないけれども1人では生きてることはでき ないからそのえ族の長者が食べ物を救する というそういう場所です。そういう場所が 少女者ですよ。ええ、銀行6万という風に 出てくる。そこでお釈迦様がなく極楽の 世界です。これ何を表してるかというと これ本当にですね人と人が 出会える世界と人がたに生きることの できる世界をお釈迦様がですね物のえご 本願がお作りになったお譲渡を通して 私たちが本当に求めなければなら世界の上 のでえ人と人が取りにることができるそう 世界をこそ、え、私たちの生きる手掛かり にしていきたいということで国学と世界の 安崎がれるわけです。だからそういう意味 では現実 問題のただに宗教問題があるんだという ことをですね、私は神田様の本を通して ですね、体に直していく必要があるかと 思いますね。え、前半をですね、え、そう いう衛に、え、参りする私たちのと言い ますか、取材ですね、テーマはご本の形と いうことが、え、それをなく人の、え、死 を縁にしてですね、本当に、え、分かる ことのない出会いをいただくということで お話をさせていただきました。 少しお休みをいただきまして後半続けたいと思います。と有計します。 え、それではただい を開いたします。じゃ、先生よろしくお願いいたします。 案内それでは、あ、手続いて、え、最後までお話したいと思います。 先ほどは、ま、え、A代表という方でお話 をさせてもらったんですけれども、え、 後半はですね、あの、防御被害の被害と いうことでですね、ま、お話をさせて もらおうと思うんです。ま、私が今回 間のお用 でのあのお話を、え、ご用を受けた時にね 、え、できるだけ、ま、天としてはですね 、あの、え、差別問題というかね、え、 私たちは差別の問題のあのとかしてね、え 、向き合っていくとかあるいは自分の差別 性にどうあのなんて言うますか、あの 切り込んでくるのかっていうかね。ま、 そういうことを、あの、あの、オリン、え 、衛表ということでお話ししていかなけれ ば、ま、ありがたいというようなあのごが あったものですから、今から申し上げる ことを、ま、最初考えていたんですけれど もね、あの、え、 お被害というですね、この あの法用というのはですね、ああの、ま、 はっきり言えば日本だけ に行われている法量です。ま、日本だけで 公平があります。ブラジルもやっており ますし、え、ハワイもありますし、あの、 アメリカでもアメリカというか、そのね、 え、北アメリカでもあります。つまり、 あの日本仏教が入ってるところではコーヒ というのはありますけれども日本仏教以外 のとこ仏教国でお被願っていうのはない です。え、だからお被願という、え、物理 というのは、え、日本独特のですね、あの 法用だと思うんですね。え、ま、あの、ま 、なぜかなっていうことも考えるのも非常 に、え、だと思うんですけれども、私、 あの、なかなか今、え、書物で、え、 調べる力がないものですから、あの、正確 にそれを、あの、え、理解して皆さんにお 伝えすることはできませんけれども、 おそらくそのお願の紅用が日本で始まった のは天皇寺えね、あの消徳部隊がおつみに なったというあの寺から始まったという ことを聞きますけれどもやはりそれはその 秋の祈願えの被害の共にあのこうえ 何 お昼の時間と夜の時間が等しくなるね私は ねこポイントだと思うんですね。お願と いうこのお願の中というのは昼間の時間と 夜の時間が、え、同じになるというね、 この1つになる同じになるというところに お被ものを大切な意味が止められてると 思うんですね。大体から基盤というのは過 のきっと書きますからこれはえあの世と いうような意味ではなくてこれは仏様の 世界を表しますね。日本やの世界ね。ここ にはですね、それこそあの 、え、人を さにですね、人を愛したり、あるいは俺が 一番偉いと誇ってみたい。お前ほどダメな 人間をおらくと、え、よろしてみたいと そんなね、そういうことのない世界 あの被害様の悟りの世界では世界でその 世界を 実体的にですね、あの木の長さで表すと ちょうどこれに当たる車の時間と夜の時間 がしというね、このそういうことがやはり 私はあ、被害という秋の被害で秋春の被害 の絵としてまれてきたところにはですね、 やはりその平等を求める、え、精神という かところがその お願 の法用をお務めしてきた根本的 くではないかなということを思うとですね 、やはり今の昔もですね、私たちのあの 現実はですね、差別の現実の中で、え、を していると、え、その差別の現実の中で 争いてそれでいいのかと見るこういう 包が東としてああの 、糸 できたのが大いうことをね、あの、感じる わけです。え、私はあの、それでいいのか とこういうことを言いましたけれども、 ある私の先輩の方がね、何なんですけど、 これ来てはですね、様がお前それでか私に なりかけておられるね、え、言葉であると いうことをね、あの、え、聞いたことも あるんですけど、その先輩は九州の方だっ たと思うんですけど、名前は私はあのよく 覚えてはいないんですけどね。ま、あの、 え、いい加減のでですが、ただ90の方で そういうことをおっしゃった方が通られる ということだけは確かだと思うんですけど も、名のある人はさんそれでいいのかと 呼びかけていたすっていうくださる、え、 お言葉であるという風にね、いただくと いうことは私は大切ではないかなという こと 思います。 新南に関わるお商業の中で短議省というお 書物が、え、ありますけども、その短の中 でね、今申し上げたようにお前それでいい のかというような呼びかけとしてですね、 え、あの、示されているあの文章があり ます。これは皆さんよくご存知だと思うん ですけども、単賞のね、1番最後単賞はね 、あの前半が、え、思議編と言って診断の お言葉で後半が右辺と言って診断のおに 異なるま、連日が、え、ね、なくなくあの 批判されてます。その8過剰があります。 だから加入省は全部で18過剰があるん ですけれども、その18過剰が終わった後 にですね、バっていうのね、あの後という か、え、マ関係という、え、ご条と呼ば れる文章が続きます。そこにですね、こう いう言葉があります。 不足の文句 無上の世界は 空ご 誠あることなくに連物の水を誠にておわし ます。私のですね、この言葉は信頼のを ですね、的確に表しておる信頼総人のお 言葉ではないかと思います。それを入園と いう方が聞き聞き止めて隠したわけですね 。だから実際があの正確にそう言われたか どうかのは分かりませんけれども良いの方 がお聞きになった新人民の言葉はですね の文句 状の世界ねこれが我と我が世界のストライ です。で、1番最初に我は本当無職のバ なりです。わざわ弱い片と異常の世界に なり、これがですね、物方に出会った新の 自覚された我と我が世界です。やはり私は ですね、物が仏教である限り政霊自覚と 思ら をあの目覚めると同時に自らが生きる世界 を目覚める。だからあの2と同離さ にですねが分かればど分が分かれば身が 分かる。身が分かるけれどもどうは分から ないというわけではないと私はどのの文部 かこういう風に自分が本当にあの分かれば その煩悩不足の文部が作る世界は上土で あるわけはないです。 上の世界、前の世界を作り続けているこう いう認識がいつか ごまかされてしまってはい、あの、見え なくなってしまう。分からなくなって しまう。そして何かほどあの 、え、この 生やされたようにですね。ね、我はね、え 、なんていうかね、え、 我は 天皇のこなり、赤死士 が弱滑らぬくを組みられでその深刻だと いう風に 考えるような考えを持ち込まれて煽られて いつの間にかですね、たくさん ね、してしまう、あるいはそう であるように 戦争あの直接ですね、殺されていくで、 あの 、え、 1944 年10月10日、沖縄の那覇 が 空爆空ねを受ける。そして東京が10月ね 、あ、3月、え、10日、そして大阪が3 月ジャパ、そして日本各自が空習にあって 、そして4月に沖縄でね、地上線が行われ て20万の方々が、え、命を生まれていく 。そのうちの半数は沖縄のお方であるね。 4人に1人があの 戦争でこのようになった。そしてそこの後 8月に広島の原爆がされ、え、8月の国会 に長崎に原発がされるというそういう世界 を作り出したのが私たちの国です。そこ までね、歴史がありながらまたですね、 日本はね、神の予というような政治家が 現れてますよ。ええ、日本をまた戦争の国 に、戦争の戦争する気にしようとしていく という。これは一体何でしょうか?こう いうのを仏教では愚点と言うわけですね。 無点私はね政治的な話はするわけじゃない 。現実上ずっと見ておけば仏様の言う通り です。無点のね無点の歴史を積み重ち が繰り返されるね。謝ちは繰り返されるん じゃなくて謝ちは繰り返される。それを 武険というに仏教では行ってきたわけです 。そういう我がと我が世界を生きていると いうことにはあっちりと気づかしてもらう ということがですね、そうではない世界を 歩む1つの私は大切な教えだと思うんです 。もう1度言いますよ。 無族の文句 無上の世界はヨクタ 誠あることに年物の誠に電話しますという お年物によってお前それでいるかという風 に呼びかけられてですねは無の本気の場合 は の世界になると気づかせてもらうわけだ からお物があっ 我はね、和ではないです。我が世はの世界 ではないです。で、金がある人はいよい金 が増えていくで金がない人はいよいよ金が なくなっていく。え、そういうですね、秋 社会の中に生きてね、上の人はこの今の 素晴らしいと思うかもしれません。それ 見個ボの書はですね、もう生けるが 見つかりません。今ここに私が書けなかっ たものですから書いてもらいました。疑事 立個独ですね。 立本 リダ対使のね、え、をですね、立こ族と いう長者がこのね、え、この 引きを受けて、そして 音少者というポテラを作ったわけです。 に勝利だ。だから私、ま、ま、今回あの 大分別、大分、大分ので市月別にお参り さいまして、ま、ここへお前に、え、あの 、こう本道でたの初めてではありません けれども、改めて今日言いますと本当に あの、え、立派なね、あの、え、お道と、 え、ま、建物がオッケーですけども、こう いう 別人が立てられた立てられた願いというの は私は立個条音があの 最国に立てられた願いと同じだと思います ね。あの、ですね、私たちによって最も夏 のある世界は何なのかで私たちが本当に 求めるべき世界は何なのかということを ですね、明確に教えてくださるあの場所が ど地あるいはお寺ですね。このお手をここ に ここにあるということを公にね集するそう いう場所です。この周知する場所が見え なくなってしまったら私たちは何を来て 生きていうのかわけが分からない。だから 私は今こそですね、今こそ今だからこそ この上土の真実がですね、求めかけている という風に思います。え、何か これからのおらは大丈夫だろうか私も考え なければあ、考えてしまいますけれども実 は今 お寺が必要な時代社会でお寺が何を時代と 社会に向けてね、あの自らを明らかにして いかなければならのかというそれは田様の ご団1つをですね、何外すと、え、年物が 唱えて明らかにする役割をですね、果たし ていくのがこの日本症 あるいは各お寺の存在のという風に言える かと思います。だから改めて私はですね、 そのおというね、この法葉の中で何か求め られているかというと、これは、え、こう いう私たちがあのこの、え、どうしようも ないような意外と社会の中でね、この 明らかにしなければなら世界はそれは お上土である。様が誰1人 排除されることのない世界第1人に見捨て られることのないそういう世界をこそです ね生みダス生みダスと年して我がに明らか にし我がに明らかにしていくというそう いう大切な役割をですね をですね私たちがりているのではないかと いうことをね、え、思います。まさ、その ことを考えますとですね、私はですね、私 のが母親の方とね、え、思い出すんです けれども、母親はですね、あの、え、実は 、え、ある新党宗教のですね、あの、ま、 神だったね、私の母親はなんで私の母親が そんな新党のね、幹部になったかというと 自分を娘か、あの、小さいから 何て言いますか?え、新、え、小児龍町に 、え、なりまして、もう、え、9歳、え、 か、9歳、え、ぐらいからも学校を似て なくなりましてですね。そしてあのベッド の生活を良儀なくされていました。だから 自分の娘がもうあのどんどんどんどん動け なくなってあの最後には開けてなくなって しまってもネタ切り長女になってしまった ということがあって母親は一生懸命あの 出ようしてですね 宗教に入ってですねま仏で頼んをしたわけ えだからその宗教はもう潰れてありません けれどもその人口はあの心を上げてました ものですから私の小さい時には小学生の時 には母親にその進仰のお財に連れてかれて ですね防査という風にあの反信をね呼んで ましたけれどもその一生懸命仏田をして おったに伊勢がやってきてその公水の中に 雨がえまああポジポしてしまってですね、 動けない体であの、え、当然に、え、煮わ れてこのたくさん水を飲んで、え、素に、 え、新鮮でなくなってしまったわけです。 もうそうしたらですね、私はもうあの 手すのやめやとね。母親はあの やはりあの手を合わすのやめました。それ 進行すると思うんですよ。そこで母親は 考えたんでしょうね。もう病気を直すと いう宗教はいらない。 人間は誰もが死ぬというね、あの事実を 受け止めていかに生きるか生きのことを 教えてもらいたい。え、ということで母親 が帰っていったのはですね、家の宗教で あった、え、新州です。母親は本田派のね 、え、ごの家に生まれたものですから結局 母親は進行進行を捨てて、母親本当に見事 にね、捨ててしまいました。はい。ある時 実家にね、え、私が用に行った、お寺に用 に行ったもんですから、え、実家にお前も 行く。そうすると今まであった神のない 母親聞きました。お母さんたの神どうした んですか?母親は1ます。 その必要でなくなったからしてたでね、 あの私がですね、あげたからおさこんな 言うでもね、そんな引きめがありません。 本人が本当に頼むべきものは何もか様のご 本願ご本願のが私の生きる根拠でありご 本願の世界でありが私の向かうべき世界で あとことが本人分かったらねもうしてます よね。 私はですね、神棚が捨ててもですね、お金 が捨てられない どこかあのね、こんな風にね、やはりね、 あの生活としてそういうを頼むという時に は必要のものは頼むんじゃいうそういう 払いがね、やはり私母親見てああの、母親 からそのそういう生き方をですね、学ば させて、え、もらいます。そしたら母親 だけじゃない。1人の人が変わったですね 。皆変わるんですよ。母親がそういう進行 食法を捨ててですね、こう神だ、仏だみを やめてですね、雨立すに何万だという生活 を選ぶんだというんですよ。は父親、父親 はですね、警察官がだったんですね。だ からあの伊勢大学の時にも警察の仕事で おりませんでしたね。だから父は見たら あれに死ぬことはなかったんじゃないかと 思うんですけども警察官ということでそう いうは出ておりませんとしたのであの前を 運び出すことができるあのあれは工事の中 でまあ覚えれてしまった私は実は結構恨ん で話したねそして私が父さになりたいから はいあんてねてあのさんに来てそれは、ま 、母親がね、この方をやりたいことを ガラスので、え、中を取り戻して私はあの さんにしてもらいました。母親にね。その あの、ま、そういう母親はですね、ま、 あの見たからこそね、やはり私は平等に させてもらったわけですけども、その母親 にですね、突き回ったのが、ついて回った のが父親です。警察官をやめたらもうね、 全面大将したら行くとかへん。残りたら 母親がお寺に行く。先々に一緒にわしも 行く。ね、わしも行くて言ってあのわし本 になってですね、母親のあの行動を共にし たらいつの間にか何万だ?何万だね。全部 別人にえなりました。で、先ほどお話しし た私のあの、え、あれ、このあれは、え、 台風で亡くなったあれの上です。私は10 歳の時に、あの、台風で亡くなったは17 歳で17歳までベッドベッドの生活で、え 、結局逃げれずに、え、 ま、構水をの水をたくさん飲んで、ま、 亡くなったのは17歳。そのもう1つ上が 、え、その通り20歳だったあの姉がおる んです。そのあれのあれがあれの夫がです ね、あこのそのこのあのそのえ動脈を破裂 してまた琢に亡くなった時にね、あれが ですね私をもうあのおになったこの人のね 姿を見たくないというまで私はおいて仮想 に行けたくないならあのいかんじゃねと まその私は合さしたのでああの、あの、僕 らちゃんでと言ったらそのに父親私を私が どさになりたいから父親がそのあかんて いう風にね、しかった父親はね、何と言っ たかね。私と姉に対してお前たち何とんだ とね、年さんとかなく動脈じゃなくなった 義兄。あの、年さんは人間は誰もが死ぬ ない。誰もが知るということを身を持って 教えてくださっているんだとさんのま、仏 様のですね、最後のご協ち 2人しかるんですよ。まさか私は自分の 人親にね、え、あのお物を教えてもらうと 思わなかった。ね、お前たち何考えとるん よ。で、軍団は誰もが死ぬというその事実 を身を持って教えてくださっているんだと その最後のご家権に預からてどうするんだ という風に言われて私もはっと気づきまし てですね お姉ちゃん 年さんの最後のに預からなあかんぜって こういう風にそれで一緒にあの仮想に行っ てですね1時間私は物とはなんか新種とは なんかってことを一生懸命姉に話をした時 にね話をしながらそうだなその時に 思い出したのがあの前半お話しした信先生 のね 、え、あのお年の中で大会のという言葉な んです。お姉ちゃん 年の信の信というはもうこの世で会いすることはできないならば主念物申し度かれることないをだけましょう。 私その時に自分であれに言いながらそうだ な。お年物が私たちを救ってくださるね。 おの中でね、あの 皆ることのない恋愛がいただけるんだが お姉ちゃんと言ったらお姉ちゃんもそうや という風にね言ったりそしたら私の姉です よね。あの、え、上でね、最後1時間半に その背中から皆さんおらりました。どうぞ ね、来てくださいてね。親戚が行ったら私 の姉された2人の子供ね、2人の子供に まだ小さかってる。その2人の子供にね、 なんて言った? サ君、初さん ね、お父さんのおをちゃんと見なさいよと ね。お父さんは人間は誰が死んでおにな るっていうことをね、私たちに身を持って 教えてくださっているんやね。そのそれを きっと右もう本当にね、あの私たち父親や も私もあれもですね、同じようなね、性格 してますわ。というなんかあの、ま、そう いう意味だよね。そういう形でオレンジが 父から声から名古屋へともね、使えられて いくというそれはですね、生しと現物こと によってですね、その現物が1人的にあの 人をご協え するわけでないんです。仏様が私を縁にし て働いてくださるとえ、そのためには私が まずは何万と現物申しにならなければその おさんの働きもあの開かれない。そう 言いれば私が年物申すものにな るってことは本当に大切なことだと思い ます。だからお願のこの紅葉にねお出会い しておられる全ての 皆さんも1人今日合わせてですね お言葉を見にてですね 何万だと面物す時にそのお弁物がですね私 を超えて ご協けしてくださる私がするのではない。 私のご年物が天となっては様のご協議にし てもらう。だから私はこういう特別に国民 で現実をあるね、え、代表ある被害秋の A代表秋のお被害とお勤めするされる中で 手を合わせて大面の試合ということが私が ですね、大変大きな深い意味を持っている んだということを私たちは十分あのかない といけないんじゃないかなということを こう思うんです。私は今日朝5時起きて ですね、あの4回自別院にお参りさせて もらいましたけれどもやはりこの縁で何番 だとして自ら連物してね、その現物ご縁が また1人に伝えられて仏様がご協議して くださる。はい。もう今のことは仏様に 任したがいいんです。私はただ全部させて いただくだけでその面物がある人々を表記 する。そして世界を表記する。それほど 自信を持って私たちは何万だとしてやるん ですということでお話を終わりにさせて いただこうと思います。どうもありがとう ございました。 お先生、あの、貴重なごきありがとう ございました。 え、最後になりますが、市別教科本競争 部門幹事大にあります より、え、皆様ご挨拶を申し上げます。 え、この度はお忙しい中、え、四日市別秋 の祈願法葉にご賛いいただきまして誠に ありがとうございます。 え、競争部門幹事の推本日 送ることが必ず可愛いんですね、ご例上げ たいと思います。え、本日のご公用に向け てたくさんの方がご力くださいました。え 、先日9月20日には、え、旅日別のです ね、ご本存のお仏みかきがですね、え、さ れまして、多くの方が来てください ね、光輝くようにですね、磨いてくれまし た。そのきの最中にですね、え、これまで もご法用際にはこうやって見続けてきたん ですという話がですね、ありました。 え、今も今までもこれからもすことなく 大切に、え、していきたいなということを ね、その時にも感じさせていただきました 。え、この度のですね、小バ先生のご報学 、本願から見る差別についてのご報告を ですね、え、聞いて終わりではなく、聞い て尋ね続けていくことがですね、また大切 なのだがということを感じました。 え、これからもですね、市別委員ではです ね、たくさんの動物園ご公園がございます 。先生がですね、前半では言っておりまし たですね、またお会いしましょうというの がですね、あの大切な言葉のように思い ますし、またあ、実践していただきたいし 、私自身もですね、また皆さんとお会いし たいなと思うことを申しましてですね、 本日のお礼の言葉と変えさせていただき たいと思います。本日はお中ました。 え、それでは、え、音産を提承いたします。バンス想が流れますのでごください。 1度合唱合唱 の音が成長 どの し をき てもさすめ え、これをまして周期願へ教の終了させていただきます。 ま、皆様が、え、北海道の際はお忘れ物ないように気をつけてお願いください。本日はいただきまして誠にありがとうございました。 うん。

2025年9月19日(金)13時~15時半
場所:四日市別院(東別院)
テーマ:本願からみる差別について
講師:尾畑正文氏(同朋大学名誉教授)

1件のコメント

Leave A Reply