MipopannTV 2025.9.27 ゲスト:高橋芳江さん⑤
少しでも役に立ちたいと思ったのに逆に自分が人に助けてもらわなければうん。 [音楽] ていう感じででもそのとしては あの地元の方と逆に私のために助けてくれる人が地元の方でも、ま、ボブボランティアの方でもそうですけど はい。 愛するイエスよにてください。 [音楽] 皆さんこんにちは。 クリスチャンシンガーの吉村美ほです。 みポパンTV今日も始まります。 はい、ずっとお送りしておりますけれども 、え、高橋吉えさんのインタビュー今日は 5回目となりますね。さあ、どんなお話が 聞けるんでしょうか。早速VTRよろしく お願いします。 皆さんこんにちは。 今日で5回目となります。え、高橋吉え さんのお話。 今日も楽しんでいただきたいと思います。よしえさん、今日もよろしくお願いいたします。 よろしくお願いします。 はい。ま、いよいよこう石にね、行って、あの、ま、被災地の、え、支援のために行かれたということなんですけど、結局鎌石には何年ぐらいした? 結局丸11年ました。はい。 そうでしたか。 ま、その中で、ま、そのね、震災の爪跡まだまだ残るっていう 2012 年から行かれたってことですけれども、ま、主な働きとしてはどんなような形だったんですか?最初、 あの、最初の頃は、あの、主に仮説を訪問して お茶っこっていうあの、ま、先に入ってたグループとかは割と守をやる、ま、女性の方が多かったんですね。公平の合人の方が昼間なので。うん。 [音楽] で、修をやったりしながらお茶を出してとかそんな感じのが多かったですね。で、あの、そ、そんな中で私たちのその団体一歩 1歩ってところですけれども、 やっぱり、ま、似たような名なぞられるんだけど、 あの、 そうですね、少し経ってからかな、その主にその歌を歌うようになって、 それで主人はギターが大好きなので持っていって、あの、何曲か歌ったりしたそしたらあるか。 からはあの歌っこやってくんねんかみたいな感じになって毎週毎週行くて行くとほとこれが歌いでえんだけどみたいな感じで言われて でどんどん曲を増やしてっていう感じで それをよくやってました。 で、あの、私たち最初に、 あの、なんていうか、そのボランティアを うん。 うまく動かすための NPO みたいのがこう現地にあってそこにも相談に行って自分たちは子供のためのプログラムしたいってことを申し出れたんです。 で、私も教会でほら、ずっと教会学校とかやってきてるし、子供の会話クラスとかもやってきてるから子供だったら相手にできるっていうのもあったので子供やりたいねっていうことで申し出た。その理由は そのほとんどのお茶子が あの日中で ああ ご夫人型ばかり 男の人は出てこない。ああ、 で、子供たちもない。 はい。 で、子供たちは学校から帰ってきても 仮説が全部公演とか取ってしまったので 遊ぶところがない。 だからそんなことであの子供のプログラムをしたいって申し出たら すっごくそのあのNPO の方でも喜んでくださって 本当に子供のことはどうしていいかって思っていたのでいいので日中は午前午後そのお着行して 夕方は子供子供 というのをやってました。 なるほど。そうなんですね。ま、子供たち小学生とかする 小学生ですね。 主に、ま、幼稚園の子も入ったりはしますけれども。 うん。うん。うん。なるほど。 で、あの、基本宿題をやらせる。 まず そして宿題やったらおやつを食べる。 で、おやつを食べたら外に出てもいいし、ま、外つっても本当に 仮説住宅の隙間でしかだけども 遊んだり、 家の中で、 家の中っていうか、集会所の中で遊んだりしてました。なんですね。 ま、そういうあの子供の向けのプログラムっていうのはもうずっとやってこられたからいっぱいあったわけなんです。 そうだからやりたくて自分もずっとそれ続けたかったんですが なんと情けないことに最初の数回で私は行けなくなってしまった。 そうなんですか。 ああ、それはどうした? ていうのはあの もう行って4ヶ月後ぐらいに はい。 あの、熱が出まして、でもこんな熱ぐらいと思って薬局でバファリン買って飲んで、そうすると横さは下がってるので、またボランティアさんたちと一緒に行くんだけども、仮説でまた熱が出てくる。で、またバッファリン飲んでまた行く。 それ1 週間繰り返してダメなので、あ、これはもうちょっと休み取らなければ無理かなと思って休んで、で、お医者さんにも行って で、すぐ治るだろうなみたいに高くっていたら そのまま治らなくて で、ある朝あの なんか息ができないっていうのか、ここに砂袋が詰まったみたいな苦しさがあって、あ、息ができない、息ができない、空腹空気が入らないみたいなのがあって、同車さんに行って、で、元々私機 資格長所って病気持ってたので、 で、それで起きてるんでしょうなんて言って薬出してくれて、 で、そんな治療続けて悪くな、ま、ますます悪くなって、 で、入院までしたんですけれども、 入院した時に 入院する前と大して良くなっていない状態で退してたとかってあって、 そう、そう。 うん。 で、それで結局もう日常のこともできなくなっていたので、 で、夜もずっとあの席が出て、タが出て 眠れなくて主人にもあの、 別の部屋で寝てもらって、それでもどうしても咳のゴンゴンが聞こえるので、 あの、主人も一発の頭で寝られないことが多かったみたいですけど、 ま、そんな感じで私は動けなくなったしま あ。ま、 でも主人がその分ものすごく 頑張ってやってましたけど。 そうですか。 ま、やっても大変ですね。そういう被災者の方の知恵に行ったのにそれがやっぱできなくなって そうですね。なんか精神的には辛かったですね。 なんか少しでもお役に立ちたいと思ったのに逆に自分が人に助けてもらわなければうん。 [音楽] っていう感じで、でもそのとして、 あの、地元の方と逆に私のために助けてくれる人が地元の方でも、ま、ボブボランティアの方でもそうですけど、 そういう方とすっごくいい関係になって、 で、あの、 地元の方もそのうん、 キリスト教のことに前からこう、ちょっとこう関わりがあったっていうことですごい関心持ってくださったり、 でも家族がいるからクリスチャンになるわけにはいかないとか言いながらも [音楽] すごくこ に歩くださることで、ま、する機会にはなったし、 そういう面もあったんですけれど、でも気持ちとしては うん。 役立たずの私っていうのは本当に辛かったです。体の辛さも本当に辛かったですけど、 心の辛さも強かったですね。 うん。そうだったんですね。ま、じゃあその、ま、構の方ではちゃ、そのちゃんとした治療というか にならなかったってことなんですか? うん。そうですね。 なんかお医者さんもだんだん私と目を合わせなくなっ そうなんですか。 最後CT を取った時私もびっくりしたんだけれども、 あの、 なんて言うんですか?普通の人のこう映すとこう少しこう白いのがポチポチ見えることもあるんだけど、私のボコボコボコボコ私の背はどこなんちゃっていうくらい、 あの影が白いのが映ってな んだろうと思ってたらお医者さんが面の方見たま、スクリーン見たままパソコンの 固まっちゃって私の方見なくて どうなるんだろうと思ったら これは中症だから って言われてか。 うん。でもその時も今もあの言われている病が分からなかったので あの悪くなる一歩でした。 そうなんです。お医者さんもわかんなかったんですね。それでね。 そうですね。やっぱりあのお医者さんだすごく珍しい病気だと患者を見たことがない人だと診断もつけにくいし 治療法もちょっとっていうのがあるんですけど。 そうですか。 ま、でもそこで、ま、見つけていただいて ていう感じで治療、そちらの治療じゃあ始まったって感じですか? ま、そこでそこで言ってて結局 うん。どういうもな結局 2013年 入院中にあまりにも苦しくて もう夜中も看護師さんがついて 酸素の濃度こう上げてくれるんですけど でもそれでも楽にならなくてどうしようもなくて それで昔この機関資格長所っていうものの方でお世話になっていた虎の本病院の先生に 電話をして相談したらその時の私の喋り方がそれこそあのうん すいませんご 実はていいうそんな感じで電話口で先生が あなたね、そんな喋り方してたらだめだよ。 もう早く来なきゃだめだから明日こっちに来なさいて言われてで、え、明日って今入院してるんですけどどうやって行くんですかつったらだからなんかドクターヘリでも来てくれるのかなと思ったら そこまでは行けなくてそうそれであの新幹線でくればいいじゃないですか 自分で自で来いと そうそうそうそうそれでその酸素その時 3L ぐらいとかだったのでじゃボンベ何本持ってねみたいに言われて主人ともう 1人のボランティアのコ人とでう んは そういうのも持って うん。 で、移動して翌日 で入院して でもその後その違う病気もある。 はい。 同じこの呼吸機なんだけども でそれが分かって あの虎のもんに入院していて で少しずつ良くなってそれでも酸素 24時間っていうのはうん うん5年丸5年は続きましたけど あそうだったんですね。ああそれは大変でしたね。 うん。ふん。 ああ。 あ、じゃあ、ま、そちらの虎の門病院に入院して、ま、でも大分よくそこで、 そうですね、だんだん一気に良くはならなかったんです。同の方が気の毒で なんか同の人が私がごめんなさい。なんかも関うさくてって言うといいのよ、いいのよ。みんな病気で治るために来てるんだからって皆さんおっしゃるのね。だけど面会の方が来ると公栄で [音楽] [音楽] あの席をあれが一晩続くのよ。すいません。 ですか? こっちでもあっちでもそうやって面会の人に話してるんだから。 そうですか。 私には決して嫌なこと言わない。励ましてくださるけど皆さんにもう辛い思いさせて申し訳ありませんていう感じでしたけどでしたか。いや、でも席は辛いですよね。そうくとね。そうですか。今はでも今ね、今日とかはすごいこう元気にしてくださってますけど。あの、ま、 どういう状態になんですか? 特徴。この病気の特徴っていうのは、 あ、 ごめんなさい。と タがすごいんですね。広かった時は汚い話して申し訳ないんですけど、紙コップにいっぱい以上取れちゃうぐらい 1日でそうですか。 ま、実際貯めてはないです。でも飛にこんな感じでティッシュでこのぐらい取ってみたいに言うと、あ、それはもうって言われたんだけど、どこにそんなにタがあるの?毎日毎日よく製造してるなみたいな [音楽] 状態でそのタとそれから石炭と でそれ今タがだいぶ減ってきてうん。 席もるんですけど、昔ほどじゃなくて うん。うん。うん。 ごめんなさい。そんなこと言ってると。 そうですね。 ごめんなさい。証明したみたいにたけど。 ええ、そうですか。 で、1 番辛いのはでもあの呼吸の苦しさ、酸素濃度が下がるは ていうのが1番辛いんですね。うん。 でも気持ち不気なので、 あの、 一応あまり役立つような、人の役立つようなことできないんですけれども、 こして話したりとか なんかそういうことは 問題なくできるので、 ま、あとはもう薬を はい。ずっと使いながら で入院も時々しながら そして多い時は年に3回 入院していて 計算すると6日のうちの1 日は私は病院だったっていうぐらい 1 年間でっていう年もあった でもそうしてここまでなって まあ一応人様には お世話になりながらだけど今も だいぶあの元気になってきてるなと思います。 そうなんですね。はい。 ま、それも構いにならね、また入院されたりとかこうが大変でしたね。そね。そうですか。ま、その構石での働きはじゃあ、えっと 11年間続いたということなんで 2023年にはい。はい。 またもう川石を離れて戻ってこられたということなんですね。 はい。わかりました。ま、その戻ってからのことはまた次回じゃあお伺いします。今日ありがとうございました。 はい。ありがとうございました。 はい。いかがだったでしょうかね。ま、 構石での、え、お働きの様子伺いました けれども、私も最近ですね、あの、久し ぶりに構石に行ってまいりました。もう だいぶ復興は進んでいるんですけれども、 やっぱりその震災の傷とかそういうもって そうなかなかね、言えるものではないんだ なっていうことも改めてまた思い起こさ ていますけれどもやっぱりその血に姉を 下ろして共に住んで共にそういう被災の者 の方々とこう歩んでいく本当にそういう働 きって大切なことだなって改めて思わされ ました。でも、ま、その中でね、あの、 病気になってご自身のことも本当に大変 だったと思うんですけれども、ま、その中 で本当に苦しんでいる人、悲しんでいる人 に共感してその人の気持ちに寄り添うこと がますますできたんではないかなと思って います。はい。まだまだ、え、よしえさん のお話ので、次回もお楽しみになさ。 それでは今日はこの辺でさよなら。よに悲しみに出会い涙する時もでもその旅に私は気づくのでしょう。 [音楽] [拍手] あなたの素晴らしい 愛
「どんな人生の中にも神様のご計画と愛が満ち溢れている」
ゲストは 高橋芳江さん です
被災地岩手で 幸先良いスタートを切ったはずが・・・
ぜひご覧ください
ご主人の高橋和義さんのインタビューはこちらです
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