広瀬すずと二階堂ふみの邂逅が美しい…すっきりしないのになぜ惹かれる? 映画『遠い山なみの光』評価&考察レビュー

映画遠い山波の光レビュー記憶の揺らぎが 映し出す人間の多面性か石黒の長編小説 デビュー作を原作とし石川監督が映画化し た遠い山波の光は2025年9月に日本で 公開された作品である。主演を務めるのは 広瀬鈴。本作は第78回幹務国際映画祭 ある視点部門で公式上映され国際的な評価 と注目を集めた。石黒文学が持つ曖昧さと 余白の魅力を映像へと変換し、人間が 抱える記憶と感情の複雑さを書いた本作は 決して分かりやすい娯楽映画ではない。 それでも観客を強く引き込む不思議な吸引 力を備えている。2つの時代を工作させる 物語構造。映画は1950年代の長崎と 1980年代のイギリスを生きしながら 進行する。主人公の越子広瀬鈴は戦後の 長崎で青春を過ごし、やがてイギリスへと 当たった女性である。物語の枠組は イギリスに暮らす娘。2期が母の反省を 作品として残そうと試み、母から語りを 聞き取る場面で構成されている。だが越子 の語る記憶は一見すると筋が通っている ようで所々に説明のつかない違和感が潜ん でいる。記憶の断片には語られていない 空白や出来事同士が矛盾しているように 思える部分が存在する。その不正合が観客 になぜ母はこのように語るのかという問を 生み出し物語全体を包み込む謎空気を形成 している。記憶と語りの間にあるずれ本作 を見ていて最も強く印象に残るのは越子の 記憶における語られ方と語られなさの大で ある。語り手である本人にとっては一貫し ている物語でも受け手からすると不可快に 思える箇所が少なくない。 その背景には人間の記憶が本質的に不完全 であるという現実がある。時間の経過と 共もに人は自らにとって絶えがい記憶を 暴却し、あるいは願望によって書き換えて しまう。後悔や罪悪感を柔らげるために 事実の一部を意図塗り換えることすらある 。結果として本人の中では整合性が保たれ ているにも関わらず他者にとっては矛盾や 違和感として立ち現れる。石川監督の演出 はこのずれを匠に映像化する。人物同士の 会話の業官、沈黙の時間、そして風景の 切り取り方が記憶の曖昧さを資格的に示し ている。例えば長崎の風景はどこか幻想的 で現実と海層の教会が揺らぐように書か れる。それはまさに人が過去を思い返す時 の曖昧な感覚に近い。すっきりしない物語 の魅力。遠い山波の光を見えた時、多くの 観客がダであろう感情は腑に落ちないと いうものである。通常のドラマ作品であれ ば伏線は回収され、謎は解かれる。しかし 本作ではあえて多くの謎が未解決のまま 残される。そのため観客の中には何回で 分かりにくいと感じる人もいるだろう。だ がこのすっきりしなさこそが本作の確信的 な魅力である。人生において過去の出来事 や人間関係が全て明確に解決することは 少ない。むしろ多くは曖昧なまま、 あるいは心の中に矛盾を抱えたまま続いて いく。映画が提示するのはその現実に近い 人間のあり方なのだ。つまり本作は観客に 人生における解決不可能なものをどう 受け止めるかという問を投げかけている。 観客は不完全な記憶や語りの中から自らの 体験を重ね合わせ試作を深めることになる 。その過程で得られる感覚は決して心よい ものばかりではないが強烈に印象に残る。 広瀬鈴の存在感と石川系の演出。主人 公越子を演じる広瀬鈴の演技は作品全体の 重心を支えている。感情を大きく表するの ではなく、言葉と沈黙の間に漂う理細な 感情を表現することで人物の奥行きを 浮かび上がらせた。とり分け娘に語り ながらふと見せる視線の揺れや過去を 思い出す際の呼吸の変化は観客に語られて いない何かを直感させる。石川慶監督は 三バと延来ある男に続き文学作品を映像に 翻訳する手案を発揮した。彼の演出は説明 を省き余白を大切にする。画面の陰営影や 構図は石黒文学が持つ語られない部分の 重みを的確に表現している。長崎の風景を 捉えた映像は美しくもはかなく記憶その ものの揺らぎを象徴しているように見える 。石黒文学の映像家としての意義。数石黒 の作品は明解なストーリーよりも記憶時間 語りの蓋しかさといったテーマに重きが 置かれている。そのため映像化は容易では ないが、本作は石黒文学のエッセンスを 忠実に再現していると言える。石黒が小説 で書いてきたのは人が過去をどう語り、 どう記憶するかという問題でありそれは 同時に人間が生きるとはどういうことかと いう根源的な問につがっている。大い山波 の光はそのテーマを日本とイギリスという 2つの文化背景の中で示し、戦後や移民の 経験とも結びつけながら描き出した。結論 分からなさと共に生きる映画映画遠い山波 の光は観客をすっきりとした解決へ導く 作品ではない。むしろ分からなさや未解決 をそのまま抱えることを求める映画である 。人間は自分に都合の良い形で記憶を語り 、時に事実を塗り換える。その結果物語は 他者にとって不可快なものとなるが、それ こそが人間の本質的な姿なのだ。石川監督 と広瀬鈴が作り上げた本作は観客に人は どこまで真実を語れるのかという問いを 突きつける。そしてその問いは見終わった 後も心に残り続ける。遠い山波の光は記憶 と語りの揺らぎを通して人間の多面性を 移し出す。極めて文学的で挑戦的な映像 体験である。

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