【映画】「遠い山なみの光」 あらゆる価値観が変動した時代 その中で揺らめく心 心の闇が織りなすミステリー

[音楽] どうも山羊島です。え、今日はこれ遠い 山波の光、え、この作品の話をしていこう と思います。それではやっていきましょう 。 遠い山波の光。え、この作品は2025年 9月5日から劇場公開が始まった、え、か 石黒原作のヒューマンミステリーと、え、 まあもういきなり行こうか。エビ インスタント評価。え、非常にね、面白い 作品だったなと。あの、ま、一見している と、ま、今ヒューマンミステリーと言った けれども、ま、ただのヒューマンドラマの ように、ま、見えてはいるんだが、見て いくに従ってあれ、あれって思うような ことがこう出てきて、最後にこうなる真実 がも見えた時にちょっとぞっとするんだよ ね。え、ここの仕掛け というか、ま、全体の物語というものの、 え、面白さというものがありつつ、え、 さらに、え、 こう観客をね、あの、うまくその映像で いっていくのがこれの監督の仕事なわけ じゃない。え、そこの落としどという部分 が、ま、非常に匠で作品と非常にこう マッチした形で演出がつけられてたんじゃ ないかなとね。で、 ま、主演は広瀬鈴とまあ道ですよ。まあ、 すずっちゃんはね、ま、まあ、まあ、ま、 まあ、ま、とりあえず特別言うことないん だけれども、まあ、ま、も、もうこれを 取っている9月6日、え、この時点におい てはまあ2回不はね、結婚の話であるだと か、まあまあまあ、もう話題性も膨らん でるというところでね、あの、そういった ゴシップ的な面でも、ま、劇場に足を運ぶ 、え、価値はあるんじゃないかなと。まあ 、2人とも可愛いよね。僕的にはこの二階 大好きなわけですよね。大好きなわけだ から、ま、それであ、彼女が出てるってね 、見に行った作品はいっぱいあるわけなん だけれども、まあ今回もそういう作品の1 つですよね。で、ま、この2人がまあ絶妙 に、えー、 見事な空気感、ちょっとピリッとした感じ の、え、空気感を演じ上げてくれてるので ね、ま、それのおかげでうん。この物語に グっと深みが、え、うん、この物語に深み がじゃないね。この深みのある物語にもう 血の通った肉の厚みというものを、え、 与えてくれてるという、ま、そういう 作品だよね。で、ま、舞台は、え、この 広瀬鈴ず と二階ドフ、この2人が演じてるのが、え 、1950年代、 それと1980年代というこの2つの時代 を うん、描いて、ま、この1980年代の、 え、 ま、広瀬鈴、ま、広瀬鈴じゃないんだけど 、ま、この、このキャラクターの、え、ま 、海層だったり解雇録だったりみたいな ところで、ま、この1950年代が描か れるとね。この1950年代という時代は 、まあ、非常に日本人にとってはうん、 絶妙に、えー、微妙な時代なわけですよ。 いわゆる戦後の土作という、え、時代でも あるわけだよね。で、ま、この物語の舞台 はまあ長崎なわけですよ。だから戦後の 復興、え、原子爆弾からの、え、町の復興 というものの中にはね、え、人間の心の闇 というものがま、あるわけ。あの、今で さえこう差別的な人間というものは世の中 には多いわけでね、当時としては口がなく 差別をしてたわけだよね。放射能が映ると かね。うん。こういった時代でありでも それは被爆口でイ口長崎での話なんだよね 。 だから、え、それによって、あの、歪め られた、のびノびとしていない、そういう 心を持った人間というものがいて、で、 その中でも、ま、割と健やかに生きている 人間というものがいて、で、ま、さらに 向こう側の人間もいてと、で、さらにそれ だけじゃない。そういうことだけではなく て、え、イデオロギーの変遷というものが 、ま、あの、 非常に大きく強かった時代だよね。何しろ 、え、1940年代までは天皇陛下という ものは人ではなくて神だったんだから でしょね。そういう教育を受けてね。うん 。その戦争に対して、え、どういう風に 向き合う、え、どういう風に自分たちは 生きていかなければいけないとか、まあ、 もう何しろ教育から何からが違うわけです よ、倫理感が。で、それが、え、50年代 にはていうか敗戦して、まあガラっと 変わったわけだよ。180°。そうすると それまで、ええ、浸しっているふりをして いた人たちの不満みたいなものが紛する 正義が変わったから。正義って風的なもの ではなくて、ある一方の視点における都合 のいいこと。これが正義なんで、えー、 こうガラっと変わるわけだよね。で、この 中における人の心の複雑さ、例えば世話に なったということに対して、え、恩を感じ ているという部分というものは、これは、 ま、もう同時にあるでしょうよ。同時に ありながらも本当全く同時になんであんな 教育をしやがったんだというような思い だったりってのも、まあ同時にあるわけ です。この2つというものが人間は内放さ れてるわけですよ。どっちか片っぽじゃ ない。必ずどっちかなんだ。で、その中で 心のバランス、思考のバランス、倫理の バランス、社会のバランス、これを全部 変化させなさいよと言われてたのがこの 50年代というわけだよね。だからそこで 、え、生きている人たちというものは生き ていくだけでも戦いなわけ。この10年間 ってものを今我々が想像できるかと言っ たら僕はとても想像はできないと思う。 だって今世の中便利になったしね。で、 若い人なんかやりたくないものはやらな いって平気で言うし、嫌なことからは 逃げるということに対して何のためいも ないしね。ありえないわけですよ。それは 70年代生まれの僕らからしてもね。だ からそれだけ、え、価値観というものは ここで変わったわけだよね。ね、僕の頃 なんか嫌だって言ったって首に引っかけ られてずりずり引きずられててもやらされ たってそういう時代 でさね。で、それを悪いことではなかった わけじゃない。ま、あんまりいいこととも されてなかったから。だから、ま、世の中 変わったんだけれども、あの、ま、もう ぶっちゃけ当たり前のようになってたね。 で、そういうことというものが、ま、徐々 に徐々に変わってきたわけだけど、この 50年代というものはそれが一気に変わっ た時代だからね。想像するとまあ、もう 驚くよね。で、あの、 ま、今僕の時代と、え、若い子の時代って ものを、ま、今比較して売ったわけだけど 、ま、これ今の若い子からすると僕らが 生きてきた時代というものは話に聞いても 想像はできないというレベルのぐらいで、 え、感覚が違うとは思うんだけれども、ま 、僕らからしても今時の子供たちの感覚 って 、ま、ぶっちゃけ何言ってんのか分からな いっていうレベルなわけじゃない。だって 今の子たちって8時15分前集合ねって 言ったら、え、8時14分とかに来るよう な世代だから8時15分の前に集合って いう風に理解するからね、彼らは。でも僕 らは、え、8時15分前って言ったら8時 になる15分前、え、に集合という、え、 感じになるんでね。だからそう集合時間の 連絡ってもうでさえも世代官で、え、もう 覚醒の感があるわけですよね。うん。それ をね、一気に味わなきゃいけない。うん。 5年、10年の範囲の中で全部やらなきゃ いけないね。僕らはまだ20年30年の幅 がある、え、中でのギャップが徐々に徐々 に来たもんだからなるほどねみたいな ところはあるけれども、あのこの50年代 の場合ってのはもう紙をひっくり返すかの ようにパタンと変えなきゃいけないみたい なね、そういった価値観、イデオロギーの 変換というものが要求された時代なんで、 そこで生きていた人間の心の歪み、心の ストレスというものがいかなるものかと いう ことだよで、ま、それによってこの作品の 中の、え、ミステリーというものが、え、 血肉を持ってこう見ていてね、分かった 瞬間にゾっとする、え、そういう シチュエーションというものが生まれて くるというわけでね。で、この静かで、え 、それでいてじわじわじわじわと流れて いく部分、ここをだからこの広瀬鈴と二 階道不というものが、まあ、見事に返じ てる。そこにあるのは、え、理想や欲求だ とかというものが、えー、 理想や欲求あり方みたいなものとのね、え 、もう全く違う価値観の、え、開光であっ て、で、これの融合みたいなものがこの 作品なわけなんだけれども、え、ここの 部分というものの、え、キャラクターの 持っている色彩だよね。うん。あの、着 てる服の色彩じゃないよ。キャラクターが 持っている、え、人物像としての、え、 もう色彩感まねえ、こういった キャラクター造形とかね、ま、そういう 言い方がいいかな。え、そういった、ま、 でもキャラクター造形っていうと顔立ちの こと考える人もいるからね。まあまあ まあまあまま、そういうことじゃないです よ。もう人間的な部分ね。うん。そういっ たものがあの見事に演じられていなければ 、え、ここで言ったそこの価値観の相意だ とかの部分、え、人々の中ね、もう主人公 だけじゃない。もう全部だよ。ここに登場 する。それがそういった渦の中に落ちて そこの中を生きててね。ていうところなの でね。で、ま、この時代をね、僕は責める ことはできないと思うの。やっぱり生き てくだけで精一杯な時代だった。そこから こう上がってきてよし、これからいい時代 迎えるぞっていうところのこのうん、こう なってるところじゃないね。もうまさにね 。で、その中において価値観がぐるぐる 変わってく。仕方ない仕方ないと言って 納得させるしかない部分がいっぱいあるん だよ。いっぱいあるのだけどその中でどう 行きたい?こういう世の中になったから何 がやれる?これがやれる。でもこれまで こういう生き方してきたみたいな部分の中 でのね、もう、え、どうしたらいいかと いうような、えー、ところ。ま、こういっ た部分ね、だよね。きっとね、今時の70 代、80代の人っていうのはこれに近い 感覚を今でも味わってるかもしれない。 うん。世の中ほら、え、何でもデジタルに なってったでしょ?場所によっては現金 使えないってところもあったりするわけだ よね。イギリスなんか行ったらさ、あの、 駐車場の決済とか携帯のアプリでみたいな そういう世界だから、あの、スマホが なければ、ま、生きていけないようなに なってる。で、それは今の70代、80代 の人間からしてみたらね、まあ、もうなん かこう漫画の中にあるようなね、もう まさに絵に書いた持ちですよ。え、そう いったものの方が現実にとって変わって しまっていて、ま、意味が分からない。 うん。 IDね、メールアドレスだってなんだ、 パスワードなんだ、え、パスコードなんだ 。いや、それがお前自身のことだよって。 うん。そこに全てが入ってんだよって言っ てもなんだか意味が分からねえみたいな。 でも世の中そっちでガンガン進んじゃっ てってるわけじゃないで。え、あれをやっ ていい、これをやっていいみたいなところ 、え、こういった部分の変化って彼らは、 ま、割とスローペースの変化になってた わけですよ。それが、ま、今もう ものすごいスピードで日進の世界のノりで ね、まあ、変わってってるという、え、 ところ。そこにおけおいて、ま、倫理感の 違いもあるよね。ハラスメントだなんだと かっていう風に言われること。昔はそんな 風には言われなかった。でも今言われる みたいな。まあ、こんなもんの嵐なわけで 、多分今の、え、そういう世代の高齢者と いうものは、え、そこの部分を、ま、ね、 この作品の中での50年代での倫理変化 パタンと変わったかのようなあれに近い ものを感じてるんじゃないと思ないかと 思うんだけど、そこに生まれてくる心の中 の隙間風の部分だよね。え、こういった 部分がね、あの、あるで、それが、ま、 この物語の中において、ま、とっても重要 で、そこがもう匠に描かれてるよと。 大丈夫かな。これね、もうSDカードも やばいし、バッテリーもやばいんだよね。 何しろ今日3本取って、今日か離れ渡ん なきゃいけない。今日3本取って今夜の 動画を出してアップロードしたあげく、え 、午前中のうちから出ないと多分間に合わ ないんでね。え、白石さんのコンサートに も行かなきゃいけなかったりっていうま、 ちょっと離れ技をしなきゃいけないんで、 まとめて撮ってるんでね、もうちょっと 怪しいんだけれども、ま、こんなこと話し てる時間の方がもったいないんだけど。ま 、そういうわけでね、あの、非常に人間 ドラマとして濃くて、その時代感、え、 時代によって、え、潰し、潰されてきた ものであるだとか、潰された倫理感である ものだとかね。そういったことに様々な ことから発生する 心のストレスで、それのがどういう風に いしていたかね。で、そこに流れる隙間風 だよね。え、こういったものというものが 物語の厚みを出してそれをま、うまくこの 2人が演じてる。え、そういう作品ですよ 。なのでね、え、是非ともこれ劇場にね、 足を運んで、えー、そこで、え、こう行わ れるミステリー、え、こういったものをね 、是非、え、堪能してきてもらいたいなと 、え、そんな風に思います。はい。え、 今回はこの辺で終わりにしようと思います 。チャンネル登録と高評価よろしくお願い します。 それでは [音楽]

「遠い山なみの光」の感想

原作 カズオ・イシグロ
監督 石川慶
脚本 石川慶
撮影 ピオトル・ニエミイスキ
音楽 パヴェウ・ムィキェティン
出演 広瀬すず
   二階堂ふみ
   吉田羊
   カミラ・アイコ
   柴田理恵
   渡辺大知
   鈴木碧桜
   松下洸平
   三浦友和

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