【暴露】ピア兄にもピアノ反抗期があった!?恩師が語る幼少期の“ピアノ辞める事件”と練習曲の真実とは!!【ぼくのともだち】
先生、もしもし。僕もピアノやめます。やめるのね言っていなんか上手なのにもったいないねとか。うん。ピアノ嫌いになっちゃったの。うくんだけ。はいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはい。すごい可愛かったよ [笑い] [音楽] よ。みんな練習してる。どうもピアノ兄さん新井です。ポロろロりン。すいません。 ちょっと隣き声出して。 え、私もやりたい。 え、じゃ一緒にやりますか? 一緒にやりたい。 せーの。 いや、みんな 練習してる。 どうもピアノ兄さん新井です。 ピアノばさんいまいです。 光栄すごい光栄です。 ということで素敵なお姉様に隣に座って いただいておりますけれども、本日はです ね、私の幼少期に習ってたピアノの先生に 来ていただけることになりました。 ありがとうございます。 何を格そう今撮影させていただいてるこの お部屋もですね、先生のレッスンでござい まして、僕何歳に来ました?うーん、 年長さんの終わりか。6歳前後ぐらい、 5歳、6 歳ぐらいから大体修学上がったか上がってないかぐらいのところずっとお世話になってた先生でございます。 [音楽] 本日は特別会ということでございまして、 いつもいろんな方からご質問いただいて、 幼少期のピアニアどんな感じだったんです か?練習はどんな感じだったんですか?と か、どんな曲やってたんですかとかって いう質問をいいた時におぼろげな記憶で 答えているんですけれども、もしかしたら 僕はめちゃくちゃ嘘ついてるかもしれませ んので、私の幼少期についてどんな子供 だったのかっていうのを教えていただき たいなって思って はい、よろしくお願いいたします。 よろしくお願いします 。練習してろ。お元気でしたか? あ、それなりに この前10 年ぶりぐらいにお会いして高校りましたとか大学受かりましたっていうその節めにお電話させていただいたりとかっていうことはあったんですけれども、ま、私がピアノをやめるっていう事件が 1 回あってそこからはお会いすることがなかなかなくて ですね。 先日久しぶりにインドカリーをいて 食べましたね。 思い出話に鼻が咲いたりとか。 え、僕ってそんなだったのって思ったことが ありました。 はい。最初に こう聞いんですけど、え子語子語が YouTubeやってるってどですか? 全然大丈夫です。なんか活躍してるんだなって嬉しく見てます。 どこで知っていただいたんですか? 私の周りの友達が見てくれてて、あくのその YouTube。 うん。 それであ、あい君で巻き先生の生徒だよねみたいな感じで言って。 あ、そうそうそうそう。YouTube やってるよって言って、え、マジでっていう、そういう感じで知ったって感じ。 え、大丈夫ですか?なん変なことしてなかったですか?そ、 あ、全然全然。全然 YouTuber にななりそうでした。子供の時。あ あ、なんかその返はありましたね。えっと、まず最初にその返を感じたのがあ、彼ならやりかねないなと思って YouTube ああ、僕がですか。 うん。1 人でいる時の悪クインってなんか割ともう素直でなしいまで行かないけど、ま、普通の少年なんですけど、人数が集まったこう場がね、人が多いとテンション上がっていくっていう はい。 で、1 回だけクリスマス会に来てくれたの。私が主催しているクリスマス会毎年クリスマス会開いてるんだけど 1 度も出席してくれなかった。あっくんは。 え、ただ 1 回だけ出てくれた年があって、みんな個人個人でピアノのレッスンしてるから、ま、ちょっとみんなこうまだお友達とかじゃないからそよしいじゃないですか。 誰かじゃあ1番最初に引きたい子いるとか 私が言ってもみんなもしも字してるんだ けど、あ、くんだけはいはいはいはいはい はいはいはいはいはいはいはいとか言って ああああじゃああ君どうぞ で引いてすごい満足そうにもうねやっ ちゃったぞみたいな顔して引き終わって席 についてあじゃあ次誰か引きたい子います かって言ったらまた立ち上がってはいはい はいてやピアノ引いてくれる人ってこと です そう、最初にピアノをひまずなんだろうプログラムとかないから もうそのお教室でやってるからもう 1人1 人好きな子から引いてくださいよみたいな感じでこう誰から引く 1 番最初に引きたい人って言ったらあっくんがバーンつってはなんかなんだろうなその人が多いとテンション上がりがち 上がりがちです。 [笑い] ギアノ引くのに率戦して手を上げるっていうのは偉いですね。 えらいですね。今そうじゃないんですか? 今ちょっと9 時だったら最初にたいけど、今 9時の話かと思っ ピアノか。 ピアノだよ。ピア よく頑張ったな。 え、なんかだからびっくりしちゃって。ええ、そういう感じなんだって言って。 じゃ、1 人でレッスンの時の少年洗いとギャップになんだこいつ。 うん。ちょっとびっくりして震え各。マジですか?この子って。 [笑い] でも今もあのナチュラルに呼んでいただいてますけど、私はちっちゃい頃あっくんって呼ばれてます。 あ、くです。私の中でも多分死ぬまであっくんですね。 新いishさの、あ、あさのか。 あきさのあっくんじゃないですか。最初だってお母さんがあっくんって呼んでたから。 あ、そうだった。父親も中学生ぐらい僕のことあっくんって言って 可愛いくんのお父さんすごい素敵なお父さんです。大好き。 家に来ていただいてた時とかもありました。 ありました。ありました。 あくんのピアノの部屋に向こう側リビングだって はい。 あっちが。 それでなんかそっからね、ちょっとテレビとか見れるんだよね。 見れます ね。 横向けば見る。 そう。横向けば見れてじゃあくんやろうかとか言ってあくも座ってじゃ引くのかなと思ってびっくりするのが引きながらテレビは見てました。 [音楽] 指は動いてるけど。 指は動いてるけど地線はテレビにあるっていう。 今も同じ構図で置いてあるんドア開けたらもうテレビ見えちゃうんで。 うん。そういう 今もたまに ちょっとね、 野球見ながら やってた。 やって みの魂100まで で、今ちょっとここに置けちゃうのでね。 あ、そうだよね。ここちょっとここに スマホとか置けちゃうんで自分の記憶とはあまり大きなそいはないかもしれない。 あとは印象的なのはこうレッスン始まる前にそん時に AKB48が流行ってて フライングゲットがすごい好きだった。 なんか前田あ子さん好きだった。 はい。どうやって結婚できるか考えてました。でも音楽の人だから音楽頑張ってたらちょっと近づくかもしれない。 あ、めっちゃ思い出した。フライングゲットは うん。 なんかそのために学買ったんですよ。 そうだよね。 雑誌の 月刊ピアノかなんかでめっちゃ練習してました。 本当あのその当時やらなきゃいけない課題よりそっちばっかやって。 やってました。 やってたよ。絶対だってレッスン始める前に先生先生これだけ聞いて。 ちょっとこれだけ聞いてとか言ってフライグゲットが始まるんだ。 こっそりじゃないんだ。 うん。もう僕練習してますと言わんばかり。あ、それなんだと思って 流行りの曲が引きたいっていう願望もあんまなくて。 あ、じゃ、フライングゲットだけは フライングゲットめちゃくちゃ覚えてます。 すごい好きだったんだね。 すごい。いや、でもフライングゲットが好きだったっていう前、 前こが好き。 でもそれ多分中学校、 え、中学も そう、小学校じゃないだってこれだけちょっとまずこれから聞いてとか言う。 修学1年生かね。 いや、言うのかな?あくんなら言うか。 僕だったら言う気がします。 言うね。あ、じゃ言う。 僕そこでちゃんと大人の階段登れなかった。確か制服カードだけ。 そうかもしんない。サイズもちっちゃかったしね。 サイズもちっちゃいちっちゃかった。 そ、なんか僕ご飯食べれないのとか言ってたもんね。 え、なんですか? わかんない。なんかご飯食べれないと。お母さんも言ってたよ。あさんもご飯食べないと。 [音楽] 僕の家野球部ぐらいご飯あった。野球 今もその節あるんですけどうん。 こんぐらいのでっかいご飯にまず予想われるんです。茶碗の 3倍ぐらいのうん。 こん盛りではないですけど、もうなんかデフォルト結構多かった気がしますね。 うん。うん。 だから普通にみんなとご飯食べると、え、給食とかも残でも全然それ覚えないです。 へえ。 なんか食べれないとか言って女んじゃ大きくなれないとお母さんがぼやいてた気がする。 うん。でもなんかあの頃は自信を失ってた時期かもしんないですね。 そうなんだ。何で? いや、僕結構あの日能県とかも言ってたじゃないですか。小とかの時に。 うん。日の県って何? あの、中学受験の ああ、 塾とかも行ってて、最初入ったら塾の中でも結構トップ目で 1 番上のクラスとかにも入ってたんですけど、もうだんだん題とかもできなくなってきて へえ。 で、宿題終わらせてから行くために遅刻とかしてたんです。でも家は出ないとバレるから連車乗っていくんですけど、 川越まで 待ちのベンチでバーってへえ。 へえ。 やって毎回遅刻してくるし。これそっか 親にバレんだ。 成績も下がってきてみたいな感じで うん。 あ、僕ってできない子なんだって思ってた。 へえ。そうなんだね。 ところもあったかもしんないですね。それでピアノもだんだん緊張してきちゃっ ていう。 うー。緊張してる。してた。 めっちゃするようになっちゃって。 しょ。5ぐらい。 うん。 中学校に上がるか上がらないかぐらいのところだった気がするんですけどで、日のもやめて中学事件もせずにでピアノも多分やめたいって言っちゃって ていうのがあそこだったんで うん。 子供の頃結構僕無敵だと思ってたんですよ。ピアノも上手だし勉強もできる子だと思ってたんです。 そうかもしれない。小さい頃すごいなんか俺様だった気がする。 俺様だった気がするんですよね。 うん。うん。なんか自信満々っていう 多分そこがちょっと小学校高学年ですごい人たちの演奏とかも聞くようになって勉強もピアノもちょっと自信なくなっちゃった [音楽] てっていうところはもしかしたらあったかもしれないです。 うん。 僕もそこ結構記憶曖昧ですけど僕日の剣もやめるの電話した時は覚えてるんです。 おじいちゃんの家からなんかやめますって電話した気がするんです。 うん。おじいちゃん力。 おじいちゃん。 おじいちゃん力。なんでだろう。な んでだろう。なんでだろう。な んでだ?なんか色々やりすぎたのかな かもしれないですね。それかなんか最初の自信が高すぎたのかもしんないです。胃の中の川ずが開会を 知ったら し知ってもないぐらいのところで うん。大ながらに出てみたらあれ もまだその海につがる 川にちょっと差しかかるぐらいの時に海に向かう 周りの人たちちょっと すごくない なんか自分大ガエルだと思ってたらなんか大とか同じとこに向かおうとしてて無理無理無理無理無理無理みたいな なんかすごいヘラヘラしてたけどね 本当ですか? コンクールとか終わって なんか引き終わるじゃないんですか なんかヘラヘラって 隠してたかもしれない隠 してたのかな。そういう自信のなさを。 全然何にも思ってなかったら面白いです。 でもちょっとなんか病んでた気がするんですよね。 本気でヘラヘラしただけ。 本気でヘラヘラ。 本気のヘラヘラだったり。 え、でも結構やめるっていうのはすごい大きい決断だったと思うんですよ。自分の中で人生の中でピアノ引いてる時間っていうのは物心ついた時にもうピアノ引ったんで結構ちラほやされるのが好きだったんで。 そんな感じ。 もうピアノ引くと小学校とかでもなんか親戚の集まりとかでもちょっとピアノ引くとわーって言ってもらえたりっていうなんか自分を認めてもらえる何かっていうのが あるっていうのはすごく あのいいことだなとはずっと思ってたんでそれを失うっていうのは多分僕の中で大きな決断だったんですけど多分その中でもま、中学が上がってましたよね。 [音楽] 上がってた。その第 1次やめた息気があったじゃん。 あれは あれはいつ?あ、それも中学 うん。 僕なんか第1次やめたいと 第2次やめたい駅が あったみたいで、第2 次やめたい気で本当に やめた。 やめちゃった。 うん。 第一次やめたいはどっちも泣いてたよね。 いや、泣いてます。多分 先生、もしもし。僕もうピアノやめます。 いや、多分そこで僕の母と色々一悶着があって うん。 多分泣きながらじゃあ自分で電話しなさい的なやつでしょ。どうせ 多分多分そうだと思います。 やめるのねって言っていなんか上手なのにもったいないねとかうん。ピアノ嫌いになっちゃったのどっちだよ。 [音楽] 多分フィアナ好きなんですよね。多分練習したくないか。 うん。練習したくないか なんか練習はしたくないがありましたね。 うん。それはそうかもしれない。 もう練習しなさいって多分 1年で感染した1000 回ぐらい言われてると思う。 うん。スカさんも言いくびれたって言ってましたね。 多分言いくれてると思いますね。 だ、もうちっちゃい頃は素直にレッスンでも素直なんだよ。 はい。 素直なんだよね。 え、レッスンでも素直じゃなかったですか? えっとね、56 年生の時はやっぱりね、だんだんクレシェントしてポルテだよって言ってで、ま、やるじゃない。 はい。で、なんか違うんだよねって言うと 、なんか最初んって顔して、で、もう1回 やるので、もっとだよって言うじゃん、私 がもっとホルテで、もっとホルテだよって 言うと、また今度うんていう可愛い顔が はみたいな顔になってわー引くじゃん。え 、ハックもっと言うともう全部 クレシントしない。もう最初から最後まで ずっとホルテ ね。 これもうなんか軽い反抗機なんだなと思って見てたけど 絶対反抗機です、それ。 うん。ね。 ごめんや。いや、いや、もう口とんがあの顔やって。あの顔やって こですか? 口とんがらしながらね。 ええ、 なんか最初は可愛いんだけど簡んだんなんかくそって顔してんだよ本当に。 僕の中での音楽の美学とかじゃなくてなんか 何回引かせんだよっていう感じ やってるよって思ってたんだと思うよ。 しかも結構めちゃくちゃレッスンしていただいてましたよ。時間的に。 うん。長いです。あんま言わない方がいい。 あ、うん。大丈夫だよ。やってた。すごく長い。 多分30分が うん。 それ、あの、普通の音楽教室やってる時には、ま、ちょっと長引いちゃう時もあったけど、曲の量が多かったからちょっとね、はみ出ちゃったりもする時あったけど、でもなんかこうやってうちに呼んでほぼ画宿みたいな状態でレッスンしてる時はもう本当に長い時間でもね、あくのすごいなって思ったところは積み重ねていける子だなと思った。 へえ。 ま、その時にできるようにするんだよね。レッスしてる間にあ、それすごい上手。 今の今のって言ってあげるともうそれを絶対に崩さずにずっと 次の週も大体リセットされちゃうことがいるじゃん。 あれ先週そのレッスンをやってそこができたから次の話をしようかなって思ってるじゃないですかとしては。だけどなんかリセットされてあ、またその説明しなくちゃいけないのねっていうのがないタイプだった。 ええ、そうなんだ。 うん。だからね、頭のいい子なんだなって感じてた。頭いいんだなって。 [音楽] え、そう。え、 理解力があるし、あと模法が上手だった。 でももしかしたら母レッスンについてきてた。 うん。そう、そう、そうだね。 こう言われたでしょっていうのはずっと言われてましたね。 うん。家でちゃんとそれを守って 守ってっていうか母はピアノ引けないんでお会さんやってみてよみたいなこと確か言ってた気がするんですけど [笑い] 言いがち言いがちねえ子供 えどうやってやんの教えてよって言ったような気もするんですよ。 うん。 でも、ま、とにかく次の週までにちゃんとそのいいね、今の良かったよって言ったことところはちゃんとそのまま維持してだから次のことができたっていう感じ でどんどんどんどんこう上手になっていく。だから目に見えてこう上手になっていくんだよね。毎週毎週ちょっとずつ。 ええ、そうだったんです。 そうそう。だからま、本当 123 年生ぐらいまではなんかすごい可愛くてなんか褒めてあげるじゃん。なんか何回かやって違う違う。 元もっととか言ってるとさ、なんかさっきの高学年の話ね、むかついて全部でポテ引くっていうのは もう低学年の頃はね、もうすごい一生懸命何度も何度も繰り返してあ、そうそうそれそれとか言うとなんか鼻の穴をね、こヒクさせながらこうやってはかぶんだよね。あの顔やって欲しいんだけどもう見れないのか。 [音楽] 全然覚えてない。覚えてないか 覚えてない。 その頃も別にそんなあざとくない。 あの歯か髪の顔が見たいなと思うんだけどもやれないのかなと。 ええ、その可愛さまだ残って。 すごい可愛かったよ。ありが 俺はもうちょっと顔も吹けてきちゃって。ちっちゃい頃もう母にもよく言われるんですよ。もうぷニぷニでっていう今。 うん。すごい可愛い。 ちょっとほ、方が断して いつまでもね、可愛かった気持ち悪いよね。 結構重かはありますね。 うん。笑顔がね、やっぱ笑顔はあの時のままかな。 うん。笑った時の ずっと笑ってよ。 キモい。 でもなんかすごい問題児だったっていうごめんなさいっていうなんか思い出しかないんですけど。 ええ、そうかな。それはあのコンクールの時のあのずらとかじゃない? え?あれコンクールでやったんですか?発表会とかじゃないです。 あれコンクールだったと思うんだよね。多分コンクールの会場じゃない? 同じ音楽教室の先生たちがいっぱいいらっしゃるっていうところで。 うん。 だから先生の生徒さんが出てる なんかコンクールか発表会コンクール。 いや、発表会じゃないな。 発表会じゃなくて多分コンクールじゃない?子室があるとこでしょ? そう、そうです。僕あの母子室っていうのがあるんですよ。大きめのホールには。で、そこっていうのはこっちの音は聞こえないけどあっちの音はスピーカーで聞こえるっていうところなんで、そこで友達とわーキャわーキャして遊んでたんですよね。 僕はもうどんなにわーキャしても怒られ ないしロビーとかではわーキャワーキャし て怒られるけどここって天国だって思って でそこのホールとここは隔離された環境 だっていう風に思ってたんです。で、そし たら室のなんか電気がちょっとこのつまみ で調整できる部屋だったんですよ。だから パチパチのこのオンオフだけじゃなくて これができる。で、これで僕めっちゃ遊ん でたんですよね。 これ結構覚えてるんですけど、そしたら先生がバッてオシスに入ってきて多分曲感だったのかな。同じタイミングで何人かの先生が うん。 鬼の行層で うん。入って。 そりゃそうだ。 めちゃくちゃ怒られて だってコンクールだもん。 そうですね。コンクールでやってたらもう本当にごめんなさいですね。 うん。そうだよ。コンク。それもコンクールだったし。あのお友達で出会った。 その隣のつも毎回一緒になる お隣の うん。H 君と、ま、小学校とかもその後一緒だったりもして結構仲良くもなったんですけどピアノのコンクレ最初出会ってで、ま、同じ男の子だったりするんで打ち解けるのも早くてだけどその子は結構真面目なんですよ。僕が率戦してお支室をカチカチしてたのに一緒に平野君もう脅みたいに怒られる。 かわいそう。もうね、あ、くのせい 何も知らない母親が客席で入ってたら 近くで先生があのあきっさしっといたからで僕の母がええみたいな。 そうだね。そうだね。あっくんはねなんかね私がの通ってた某音楽教室 はい。 で私はま、あっくんって呼んでたけど周りの先生はあきさって呼んで あきさって呼ばれてたんですよね。 だからもう指名ハみたいな。 そうだね。丸書きをすなよって。 そう、そう、そう、そう。なんかお祭りでなんかあっくんを見かけたらしくて。そう。秋さにあったよとか言って。 ええ、目撃。 本当に指名早。 本当なんかね、あっくんはだから先生も認識してたからもうどこ歩いてても飽きさが喫茶がってこうね、なん情報がいきちゃうわけよ。そうするとみんな私のとこにこう集まってくるわけよ。 秋さこうだったよとかさ、なんか笑い君だったよ。全部私のところにこういろんな情報 え、ちょっともうほとしっかりして 私のとこで習ってた頃はあ、すいませんだったけど私が先生にちょっとふざけてるからあいつつってすいません。 そのふざけた。 あ、だからコンクールで騒がしい。 パチパチ。あ、でも騒がしいは普通でしたもんね。 客席で騒いで 怒られるとかは。 日常半事だった。 そうだね。そうするとなんか言われてあ、すいませんと言ってた記憶がある。すご。 いや、でも私も一緒に遊んでたけどね。遊んでたでしょ。 覚えてないの?このグリして遊んでたじゃん。 階段で。 階で。 ああ、懐かしい。 このありましたね。あそこで あったかも。こした。 [笑い] 練習してろ。 コンクールで行ってみたら違う曲で申し込んでとかあの引いたことはもちろんあるんですけどなんか 1 ヶ月前に最後に引いたやつでそれで出るしかないから全部思い思い出しながら 思い出しながら は帰りたいは帰りたい帰りたい帰りたい すごくない であのごめんなさいと思いながらおじりして帰ってきたていうこともありますし すごいろんな修ラバをくり抜けて 修バでしたね ねそれはみんなあの成長のね いでも糧になってたら大学時代でやらないんですよ あだけ幼少期に勝手にするようなこといっぱいあって未だに [笑い] まだ成長感じ 登場 はい。 ですね。じゃあこれからきっとまた大きく飛躍するんでしょう。 でもあのそういう他人のそういうところにはある程度観かもしれないですね。 うん。ああ、分かる。 なんでそういうミスが起こるのかっていうのが分からない人にとっては ああ、そうだよね。私もそうかも。 不注意じゃんとか言われるかもしれないです。 注意して間違えるんですかね? うん。そう。一生懸命やってるんだよね。 そうなんですよ。 うん。すっごい真面目にやってんだよね。 そうなんですよ。 なのにそうなっちゃうの。 はい。 分かる? しっかり手を上げて横断歩道を渡ってしか右左右確認して実は信号赤だったみたいな。そういう感じです。 ええみたい。 重要。1 番重要なやつない。そう。手一杯生きてるんです。 そうですね。 え、で、僕ってどんな曲とかなんか、あの、コンクレとかで出るような曲っていうのは結構残ってるので、 なんとなく覚えてるんですけど、 なんかどんなスパンで僕って うん。それがさ、私もよく覚えてます。なんだろうな。なんかやっ セニーとかやってましたよ。 やってたよ。 しっかりやってました。 しぶしぶやってた。 あ、そっぱしぶしぶ。 しぶしぶやってたんじゃない?なんかそんなに積極的には なんか僕全然やってないつもりでいてでも学校ちょっと 意外と バッハもやったしね。 シンフォニアとかも うん。 ちょっとやってましたよ。 ちょっとやってたよね。本当最初の方だけだったけどね。でもあの後やったの? ま、平均ギスとかはコンクールとかで必要な分だけ。 え、じゃインデンションとシンフォニはやってないんだ? そうなんです。今でもバハ1番苦手です。 ふーん。 私今でもレッスンでインベンションとシンフォニアやってるよ。 え、絶対やった方がいいんですけど。 やってるんだよ。まだやらやらされてるってら平があるけど。 その数極のあのインベンションとかシンフォニアでわれたバッハ力を バハ力 一生懸命 すごいじゃん。そっから伸ばしていけるの。 いや、バーハ1番苦手でしたね。今も バハだよね。 はい。でもちょっとまたやり直そうと思って 母やった方がいいんだ。 やった方がいいんですよね。 聞いてる時はすごくいいんですけど、聞いてると嫌なんです。 で、本番とか本当にやだし、 本番でなんてバッハは引きたくないよね。 本番で引くとかじゃないですから。そう。 え、でも僕もなんかいろんなコンテンツをちょっと小学生とか聞く練習とかをちょっとコンテンツであげること多いんですけどうん。 チェル2とか歯のとか そちのアルバムとかうん。うん。て っていうのあげることが多いんですけど、 未だにバッハに触れたことがなくて うん。本当に まだバレてないんですけど、あのインベンションとかシンファニアとかを たけて通ってるってこと。 あ、ピアニーがこれからちゃんと真面目に勉強して配信しますので生徒さんの皆さん参考にしてください。絶対やった。 絶対やったがいいんですよね。 絶対やった方がいいよ。 絶対やった方がいい。 うん。私だって終わってるんで、前の先生のところで。 そのインベンションとシンポニアのさ、 1 番最初やった先生のところで全部全局やって、で、先生がまた変わってそこでまた全局やって、今 3回目だか。 え、 それもさ、手痛めたりとかいろんなことをやってるとなんかだんだんさ仕事もしてるしそんなに昔みたいに若い頃のようには練習できないじゃん。 まだ未だにやっとシンフォニアの僕板 3回3目の3 車目3 車目のシンフォニアの 6番まで来たところから でもなんか引くたに変わりそうですよね。 あ、そうだね。新しい発見がある。 一応大学生時代はま、4 世とかもやってはいたんですけど 全然2 世をしっかり聞くっていうんだけどもでも結構ものすごく大変ですよね。 うん。そういえばあっくんってちっちゃいくないか。うん。 いわゆる速本ってやってなかった。 そうなんですよ。バーナムとかもやったことなくて。そうだよね。 バイエルとかもやっ 家に学自体はあるんですけど、そんななんか しっかり筋を通してやった記憶なく やってないね。なんか多分やってないと思う。てかやらなくても大丈夫。なんかね、飽きちゃいそうな気がして。 飽きちゃいましたね。 多分なんか引けちゃうから。 いや、そんなこともないと思うんですけど。 多分引けちゃうなって思って私が今更バイエルやってもねって思っちゃったのかもしんない。 へえ。 でもコンクールの曲が結構コンクールって言うともうなんか結構ほら色々やったじゃん。その音楽教室だけのコンクールじゃなくて他のコンクールも色々出たいって言って ま、とにかくその曲を消化していくのが忙しくって はい。 なんか基礎的ななんかそう本みたいなのを取りかかってる時間がなかったかな。 で、私はその時に、ま、ちょっと自分の都合のいい会社としてコンクールとかの課題局とかでその技術とかいろんなことを、ま、学んでいけるからわざわざそのわざわざ下まで下がってね、ドれミからやらなくてもと思っていろんな曲を引くことによって成長していけるから彼にとってはプラスだよね。て自分に聞かせてたかもしれない。 あ、でもなんかそこに認識同じでしたね。 なんかあんまり練習とかで密に基礎力を上げるっていうよりは 例えば5の力持ってる時に7 ぐらいの曲を課題局で いただくことによってそれを必死に頑張ると うん。 それ時間の老費かなと思ってちょっと え、でもなんか僕こっちは多分やりたくなかったと思うんで。 そう。興味が分かなそうな顔してたもん。 はい。でもそれでなんか手も大きくなったかなっていう。 うん。無理やり。 はい。 全然届かない曲やってたもんね。 全然届かない曲で。 だからちょっと背伸びをし続けることによってでその曲にはしっかり取り組むっていうところで うん。うん。そうだね。 1曲1曲はものすごくやったよね。 はい。 うん。 今聞いてもよくこれ引いたなって今見ても思う時もあるんですけど。 うん。確かに 懐かしいアイテムのご紹介。 はい。 私の思い出の品をご用意いただきました。 ありがとうございます。 これあれですね。ま、僕は埼玉県出身っていうのは言っても大丈夫なんで 最の国埼玉ピアノコンクール。 これ、あの、高校とかでも僕は出てたんです結構。だからもう何年か 56 年は出てたのかなって感じなんですけど、これが多分予選で、 あ、それが予選で中本線で本戦っていう感じ。 で、結果がウキウキしながら新聞を私は買いに行きましてで、ワクワクしてどうだ結果どうだったかなってあ、乗ってた。 嬉しいと思ってまずこう切り抜いてその切り抜いた部分を保存しないっていうき いらない方を保存してます でもこれあれなんすよね。新聞でしか出ないんですよね。その予選とか温泉が。 そうなんだと思う。 はい。 第1 回目の顔が乗ったやつもさ嬉しくてさ、こう囲ったんだよね。すぐ見えるようにこうやってこうやって同じ顔かも。 いや、でも本当にくにはすごく色々なんかたくさん思い出があるから、いろんな思い出を作ってもらった。 え、嬉しいです。 生徒さんです。経験をなんか一緒にさせてもらったなっていう感じがします。これが本線、本戦出場。 本戦室。あ、これですね。 うん。これうん。そう、そう。 同じ写真なんですよ。僕多分使い回して。うん。 最後の25人に残ったのに。 そうでこの結果の新聞を買ってません。多分ダメでした。 の 多分ダメだったと思います。 え、そんなことないよ。なんかもらったよ。 え、あれでも5 人ぐらいしか選ばれないですよね。 え、なんかもらったんじゃない?なんかもらわんなかったっけ? え、いや、もら、キラキラ星ですよね。 うん。全然何にも引っかからなかったっけ と思いますね。 嘘。 あれ?本当?あちゃん、私なんか何かと勘違いしてるのかもしれない。あ、すごい。電 車掌。 これ、これもあれですよね。あ、これだ。これ結構バれちゃった。 あっくんが違うコンクールで本戦まで行って本戦で金称もらった時の指導車掌で私がもらった。あっくが緊受賞した時に一緒にもらった。 嬉しい。 で、その後にね、出た時に先生にこれをね、あげたいって。 あ、僕がですか? うん。言ったんだよ。覚えてない? おしくも逃したんだよね。その次の年か次の年か。で、逃しちゃって、その時にあっくんが私に言ったのが先生にこの指導者写真書をあげれなくてごめんねって言ったの。 ええ?何それ? そんな可愛いエピソード? 何それ? え、いいよ。あ、く、そんなの私別にこれが惜しくてやってるわけじゃないからって言ったらうん。 でもなんかなかったねとか言って。 ええ。でもなんかちょっと可愛いやるけど名前可愛かった。 何を言ってんだ。 でもこうやって今ピアノを通してお仕事ができてるっていうのは本当にあの時こんな問題じゃ室パチパチするようなあっくんを。 [笑い] あっくんを。 あ、くんはなんか誰よりも過ごしたかなって思ってますね。 こんなにあの記憶がおぼげで うん。 の中ですけど うん。 でもあの時にピアノに毎週金曜日でしたっけ? [音楽] 毎週金曜日色々変わったけどね。 はい。でもな、金曜日っていうあ あ、金曜日。うん。そう。金曜日。 これが終わったら週末っていう。 そうそうそう。ま、きっとその週末の方に気持ちは飛んでってたと思うけど。 で、あの教室の水槽にナズが、黒いにナズがいて うん。うん。 で、それを毎回見つけてからレにゆっくり やったんですけど。 そうなんだ。 それは知らなかった。 え、でもましたよね。なんか水槽 いた。うん。た、いた。水槽あったね。 こんなちっちゃいナマズが うん。いたいたかもしれない。 っていうなんかすごい僕のピアノ人生のすごい大事な部分を作ってくださった 小学生だなっていう気を持って 面白いこと出会えて良かったなって幼少期に関われたこと私の中で大切な一部なんで自分の人生の中の一部として大切な思いかなって思ってます。 [笑い] 嬉しい。 中学生の時になんかもうやめる事件のちょっと前ぐらいもうお母さんと一緒じゃなくて 1 人でレッスン来てたんだ。自転車で。自転車になって。 え、覚えてないの? 覚えてないです。 もうね、6年生か中1 ぐらいの時にはね、まずこうレースにこう入ってくるじゃん。それせ聞いてよって入ってくるんだよ。何事と思ってどうしたのって言ったら雪が降ったんだよね。 その週の高に雪が降ってお母さんの車をこう庭にね、おバックで入れるのに雪があるとお母さん入れられないかなって思ったんですって。 それで僕ね一生懸命雪かきしたんだよ。今のにさ、 お母さんな何て言ったと思う?余計なことするなって言ったんだよ。 あった。 泣きながらレッスン来ます。 あった、あった。そうなんすよ。スコップでその頃。 それ私なんて言ってあげたらよかった。あ、そうなんだ。 あった、あった。結構 6年生11 あたりはお悩み相談だったよね。レ前に やっぱちょっと 病んでたんだ。 闇きか。 闇だね。 あ、そうなん。ラインなんか激しく泣いてきたよ。 そんな泣くことかな ね。今思うと 多分いいことしたつもりが むしろないかな。 うん。余計のことすんなって言われて 余めっちゃ邪魔なとこに行たとかじゃない。 そんなやりそう。 なんか やりそうやり。 その辺に散らばってんのを一番邪魔なとこにこんもりや どうみたいな。邪魔だよて言って 疲れた。 あとなんかレッスン最後だったんだよね。 えっと、6年生とか中学生ぐらいの時には 1 番最後のレッスンのその日のレッスンに来る生徒さんの 1番最後にアップが来る 時間にだったの。レッスン時間。 はい。 それでレッスン終わって私はもう教室を片付けるじゃん。でもあともうシャッター閉めてもう帰れるっていう感じなわけよ。なのにさ、なんか新井少年はなかなか帰ろうとしないのよ。 あ、そうなんだ。 うろうろ。 なんかそのもう何年通ってるのっていう教室のチ合室なのに [音楽] うん。 あ、これはとか言って今もうなんか今発見しましたみたいな感じでこれはとか言ってなんかいじったりとかしてなかなか帰んないんだよ なあ。 なんで帰えないんだろうって思いながら でなんかさ、なんかさ、やが出ちゃった。あく出てきちゃった。そんな感じだよ。で、なんか高学年ですよ。 高学年かを閉めて私は帰りたいんですけど新井少年はなかなか帰らないので [笑い] お疲れのところ そうもう早く帰んないとお母さん心配するよとか言ってもうそうだよねとか言ってなんかだラだラいるんだよね 先生が大好きだったんだね いやでも笑えたのがあの泣きながらなんだっけな何回も言ってそれでもえ違うよ違うよってなんかすごい注意して から先生はさ、僕のことが嫌いなんだよ、最後の。 いや、レッスンでそういうとこだから僕のことが嫌いなんだよ。いや、好き嫌いで仕事してないから。 [笑い] [音楽] 面白かったなと思っ、なんか言うことが面白かった。やっぱ昔から 僕 うん。 今聞くとちょっとお恥ずかしいですね。 いや、面白い。 本当にお父さんもお母さんもあくもすごい個性的面白い家族だな。 犬まで個性的でした。 そうだね。めぐちゃんなの? 大丈夫です。めぐちゃん。 めぐちゃん 先生が引くと吠えるみたいな。 うるせ。 いや、なんか普段と高さが違うと吠えるっていう。 こいつ音の違いが分かった。そうです。先生があの 1台のピアノでレスたやつって 多分この辺で。 ああ、そうだね。引いてあげると 引くといつも めっちゃ覚えてたよね。 それはよく今でも話題に上がるんですけど。 懐かしいぐちゃん。 へえ。 ね。 僕今教える立場になってきて うん。 で、結構色々言ったりとか することもあるんですけど、 教える立場になって やはりあそこですごい愛情かけていただいてたんだなっていう。 すっごい疲れてる時にレッスンが長かったりすると で、そこに僕の母親も稼きたりするんです。レッスン中に家でこんなんなんですよみたいな 感じで うん。 てなくてたらもう早く寝たいよみたいな気持ちが持ってたこともあるんですけどあれだけ時間をたくさん取っていただいてレッスンしていただいてたってことはすごい愛情なんだなっていうのを 教える立場になって改めてうん。 そうだね。実感しました。 そうだね。 私なりに一生懸命あって向き合ってきたかなっていうのありますね。 いろんな先生 教わったこともあるんですけど、大学の先生だったりとかもすごい大きいんですけど、でもあの多な小学生の時期に [音楽] 先生のレッスン受けられたっていうのは なんか僕の中での音楽士の大きな第っていう結構重大な あ 期間だったかなって思うので のびノびと うん レッスンをしていただいてたんだなっていう うんそうかもしれないなんかしつこかったけど私がすごいしつこくももう 1回もう1回ってい 言ったけど最終的にはできできてたから最後いつも なんか肩にはめられたら多分僕全然楽しくなくなっちゃったかなと思う く物だったなって思うんで うん。私が肩にはめられるのが嫌いだから多分そういうレッスンは多分しなかったと思う。しつこかったけど卵出しにしるとかそういうのはなかったと思う。 本当に先生あっての今の私でございます。 そんでもございません。 あくの能力と努力と生まれ持っきた素失と なんかエモイカになっちゃいました。 エモいかになっ 笑いすぎて常に少し涙 思い出話もすごい 話咲くところでございますけれどもこれからも私がメキメキとピアノを引き続けられることが先生 1番の恩返しかなとも思うので はい。そうですね。 これからもあの頑張っていきたいと思います。 頑張ってください。ますます期待しております。 ありがとうございます。 ということでエ会になってしまいましたけれども、本日のゲストは僕の小学生時代の先生でした。ありがとうございました。 ありがとうございました。よろしくお願いします。 よろしくお願いします。 [音楽]
今回のゲストはピア兄の恩師 今井ちまき先生が遊びに来て下さり、
ピア兄の幼少期について赤裸々にお話いただきました!
是非最後までご覧ください!!
【出演情報】
◎瑛のピアノリサイタル、大阪東京で開催!
◆ 大阪公演
2025年10月18日(土) 14:30開演
今福音楽堂(大阪府大阪市城東区今福東1丁目10-5 今福ファミリータウン3階)
https://teket.jp/8315/54626
◆ 東京公演
2025年11月3日(月・祝) 17:00開演
板橋区立文化会館 小ホール(東京都板橋区大山東町51−1)
https://teket.jp/8315/54798
◎10/11 with鳥尾匠海「Concert for KIDS ~そらくんといっしょ!~」
◎10/3 with榊原花梨(cl)&三浦千花音(cl)トリオコンサート『TANGO』
https://teket.jp/15032/53602
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新井 瑛久 | アライアキヒサ
東京藝術大学ピアノ専攻を卒業。
学部時代から室内楽作品を多く演奏し、同大学院室内楽専攻に進学&卒業
ヴィオラ奏者とのデュオとして出場した
International String Competition 2021-Wieniawski Editionにて
Professional Category第1位、あわせてソナタ賞を受賞
2023年2月にロマン派音楽研究会《ROMUVE》管弦楽団と共演し、
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番を演奏
2021年に結成した大学同期との
音楽家ユニット「お茶かる」として2023年11月まで活動
現在は自ら演奏活動やピアノ講師を行う傍ら、
YouTubeチャンネル【ピアノおにいさん新井】や
instagramでのSNS活動を通して、
音楽の魅力やピアノを弾く楽しさを伝える活動をしている
馬顔、猫背、日高屋、巨人ファン
・ᴗ・ 湯呑みん(頂きます女子Staff)
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https://www.youtube.com/@yunomin_daily
13件のコメント
あっくん、いえお兄さん、素敵なお話ありがとうございました🎉
すごい良い先生に恵まれて、良かったですね。今でもその関係が続いているってすごい素晴らしいです。今のピア兄を形成していると言っても過言ではないですね。
最高❣️
素敵❣️
涙が出てきました。
ピア兄!
これからも
今のピア兄のままで頑張ってください!
ずっと応援しています♪
素敵な先生との出会いに感謝を忘れないでください❣️
がんばれ〜💪
新井さんの素直で可愛かった頃も口をとんがらせた反抗期の頃も愛おしく思えました😄
ぴあ兄はたくさんの方の愛情からできていると思いました。
幼少期の先生とこんなふうに語り合えるなんて素敵ですね!ピアノのスキルアップと継続には、良い先生との出会いがとてつもなく重要だと再認識しました。自分の今の先生がピアノのテクニック、教え方、人間力もろとも素晴らしいので、先生のレッスンを大切にしていきたいなと思いました!
素敵な先生の愛情に育まれて、今のピア兄さんがあるんですね✨
一つ一つのエピソードに笑ったり、ジーンとしたり、感動しながら聴かせていただきました🥲
私も、ずっとお会いしていない、自分を育ててくれたピアノの先生に、ありがとうと伝えたくなりました。
そして、ピアノの楽しさをもう一度思い出させてくれたピア兄さんにも、ありがとうございます!🥰
幼い頃に習っていたピアノの先生とのお話し、大切な思い出がいっぱいですね!新井少年は本当に可愛かったんだなーと、想像しながら楽しく聞きました☺️とても貴重で良い回でしたね。ありがとうございました😊何かを教える大変さって後からわかりますよね。先生に本当に感謝ですね❤
今井ちまき先生のお話、すごく楽しかったです!
めっちゃおもしろかったです❗️
あっくんと、呼ばれていたのですね❗️新井くんはやはり理解力のある頭のいい子、だけどいたずらっ子だった😂
母子室のエピソード、笑いました🤣
最後に恩師との連弾聞きたかったです🎵
楽しいお話をありがとうございました❤
楽しかったです😊先生が何度かお父様やお母様のことを仰っていましたが、楽しいご家族なんだなぁ😊愛情かけて育てられた新井さんは、だから良い人なんだなぁと感じました😊
先生との連弾とか聴いてみたかったです🎉❤
バッハ待ってます❤
先生の、お喋りが、とてもお上手で、楽しませて頂きました😊ピア兄さん丸裸でしたね😂
ヤンチャで暎れるあっくん ユニークで暎ないあっくん‼️次回は、どんなあっくんにお会いできるか 楽しみにしております❤