「標準語」は戦争の時代に多様性を削っていくために作られたもの!?

TBS ポトキャストからはあのことニュース。今年は日本の戦後 [音楽] 80年という1 つの節目の年でもあります。 私自身も昨日万博で行われたこの戦争に ついて紛争について考えるイベントに出し たということで2次からのゲストである 大阪大学名誉教授の金水サ哲さんに早めに 入っていただきました戦争と言葉という テーマで話を伺っていきます。金水先生は 元々はあのこのラジオで言うとゆゲ画学ラ ララジオの水野さんの紹介で話が出てお 会いしたいお会いしたいと思っていて今日 お会いすることができました。今日どうも 本当にどうもありがとうございます。 嬉しいです。まずはこの時間帯は 10分今戦争と言葉について うん。 まあ日本戦後80 年ですけれども世界ではガザ うんうん。 あとはウクライナ うん。 まだ戦争ついてますけどそれとま言葉について どんなことを考えお感じになるかということ是非お聞かせ願いますか? はい。そうですね。 ま、あの、私自身は、あの、日本語の歴史 を研究してるもので、あと、ま、役割語 っていうそのステプな日本語について ちょっとあの、研究してるので、ま、戦争 について直接 その言語の面から研究するのは、あの、 社会学ルがあって、まあまあ私はその 専門ではないんですけれども、やはり 今後の歴史を見ていく時に うん、 あの戦争と言葉ってすごい深い関連があるなっていうのはちょくちょく感じまして 言語を調べていく上でやっぱり戦争との 関係性と はい。 というのはですね、あの日本、日本語って言うと皆さん、あの、いやはり標準語 を想像されると思いますけど、標準語っていうのは明治時代になって日本人が意識するようになったわけで、 で、ま、大体標準語っていうのが、あの、なんとなくイメージができてきたのが明治 20年代から30 年代ぐらいのことなんですけれども、 明治20年30年。 で、結局その近代国家っていうのは国土があって、国民があって、国語があっていうこれがま、全部セットになってるわけですよね。 はい。 で、明治政府っていうのがそもそもある意味戦争準備国家みたいな形で始まっていった ほ 面があるっていうのは、ま、そのあれですね、あのほっといたらイギリスとかフランスとか大外勢力から占領されるかもしれないと。 そんな中で近代国家を作って不強兵しないといけないっていう。うん。 そういう意識の中で日本語に標準語が必要だっていう風に、え、考えるようになった時に 国語で国語教育ってのは要するに標準語教育ですから その標準語っていうのをちゃんと作らないといけない。 え、そういう意識がこうできてきたわけですよね。 やっぱり権力側から言うと統治した方が 言語を整えた方が はい。そうです。 コントロールしやすいし。 そうです。 それまでっていうのはじゃあもう全くそういう考え方なかったわけですよ。バラバラで。 あ、そうですね。 なかったわけではないですけれども、いわば国っていうのはあの反ですから はあは。 お国言葉っていうのは要するにそのあれですね、香班であるとか、 あの松前班であるとか、ま、それぞれの反の中で使われてる言葉であるとで、あの上層部の人たち、物資の人たちはあのあれですね、江戸に産金交代で集まったりするので共通言語はあるんですけれども はい。 あの、こう庶民の固定された人たちってのは国言葉を使ってるので、で、それがなんか悪い言葉だとか、あの、汚い言葉だとかっていう意識はあんまりないんですよね。 はい。はい。 で、これがあの近代国家ができて国語っていうのができて標準語っていうのをみんなが意識するようになってくると 標準語こそが正しい日本語であって方言はあの汚い間違った言葉だと。 間違ったことがあるなんですか? で、で、学校では方法言札っていうのを下げられて、今日私は汚い方言ましたって言って、 で、誰かまた方言ったやつを見つけたらそいつにその方言札をこう渡すみたいな。で、これ 1番きつかったのはやっぱ流んですよね。 はあ。 で、あの、本土の言葉とだいぶ違いますので はい。 だからそういう意味で琉球の有の言葉ってやっぱり先前線中にもめちゃくちゃ衰弱しちゃったんですよね。 で、そうそういうのは、ま、わば日本国家をその教育を統一するとか、あの、こう完僚制度っていうか統治をしやすくするっていう意味ではもちろんプラスの面はあるんですけれどもうん。 それは、ま、わばあの標準語っていうのは実はフィクションなんだよともう常々思ってるんですけれどもうん。あ あ、フィクション。 ええ、あのリアルっていうのは、ま、方言の生活があって、 標準語はリアルで、あの、 バーチャルであって 作り上げられた。 フィクションであると。 で、これは何のためのフィクションかって言うと、それは、ま、いわゆる福教兵の一端なんですけれども、 それはあ、あの、最もネガティブな面から言うと戦争するための言語だっていう風に言えなくもないなっていう風に 思うようになりまして。 神様はどう思います?今までのところ作り上げられたものが標準語で はい。全然知らなかったですね。 え、なんかその感覚はね、今生きてるとあんまりない感じはするんですけどはい。言に対してもそういうなんかこうちょっと弾圧のような、ま、差別ですよね、ほぼ。え、 はい。そういった扱い受けていたっていうこともね、びっくりでした。 はい。汚いものっていうあれだったんですね。 はい。だから要するに戦争っていうのは、あの、こう多様性をどんどん削っていく方向に向かっていきます。え え、 そうなんですよ。だからそうです。 だから外国人鉛りみたいなものがこう聞こえてきたらあいつは外国人だっていう形で あの差別するまよく知られてるのはまあ震災があった時 のあの在日の方に対する外であるとかね そうそこでもやっぱり言葉を通じてこいつはなってるからっていうような形であの弾圧があった レッテルをして レッテルハリをする これって日本だけで海外で あ、もちろんありますね。 はい。 だ、そういう形で方法言をあの削っていく。外国人生りに対して差別をする ていうのは要するに日本人っていうのをこうあの非常にフィクションなんだけれどもそれがあったかもリアルに最初からあるような形で枠をはめる。そのことによってあのま戦争っていうのはやりやすくなる。 だから、あの、外国の名前喋ってたらこいつはスパイダーっていう風に分かるようにするとか、そういう、ま、人々の恐怖感とかね。そう、 早なものであるはずなの。 そう、そう、そう、そう、そう。 だから本当は日本語だって方言を見ていったらもう非常に多様で豊かで うん。 え、ですし、 方言だからこ存伝わるとか感情が乗るっていうのは多分にある。 その通りです。 生活の言語なんで、これに対して標準語っていうのはもちろん標準語で生活してる人もいますけれども はい。 成立ちからしてこれやっぱりフィクショナルなものです。 はい。 例えばあの男性と女性の言葉遣いが違うっていう風に 思ってるのは実は文部昔の文科にあたる文部省が作った教科書にも男はこう喋る、女はこう喋るって書いてある部分があるんですけれども例えば男は僕君を使って良いて書いてあって女はっていうのは書いてないんですがあの基本的には私を使いなさいって書いてあるんですよね。 [音楽] 書いてあるんです。 書いてあるです。 それまではどうなってたんですか?もうじゃあそこの意識はなかったんですか? ね。なかったですね。だから国言葉ですからおとかわしはとかま、いろんな形があった。それで例えば女性がですね、あの俺ってあんまり今使わないですよね。 俺は ところがあの現代の標準あの方言を見ても調査をすると地方によって結構女性が俺を使うっていう地域があるんですよね。 ほうほうほ。 だから俺は男性専用であの女性は使わないっていうのは標準語っていうフィクションの中で作られたお話であってそれが日本全国でそうなんだって我々思い込まされてるけど実は先生そんなことはない ああっていうことなんですよね。 だから言語っていうのは本来は非常に多様なものだけれども近代国家っていう枠をはめられるとあのここにはまらないものはいわば見えなくなってしまって無かされる。 あ、 そそれと戦争っていう状態戦争っていう状態はそれを極限まで押しめるものだという風にま感じてます。 ある意味でじゃ、そう思い込まされてることって、ま、うん、言葉遣い正しいのかわからないですけど、気持ち悪いなというか、 [音楽] 自分外え味方を そう思ってるのか そうなんですよね。うん。 だから案外そういうことには気づかなくてで関西人はね、あの、自分たちが使ってるの方言だと思ってないので、 あの、あれなんですけども、そんなに、 あの、傷ついてないんですけども、あの、やっぱりそれ以外の方言の方を使ってる人っていうのはやっぱり自分たち使ってんのは、あの、汚い方言だからって思ってる人は結構 多いんですね。未にやもういっぱいいますよ。 やっぱりそれじゃ戦治中のそのことがずっとそれあります。そうです。続いてはい。はい。 はあ。 そこで一旦やっぱりその国言葉っていうその法言に対する意識がもうガラっと変わってしまってで標準語教育があのガンガン入れられた結果 例えばね教科書を読む時に はい。 標準語アクセントで読むって普通じゃないですか? あのつまり 東京だと はい。キツネはこう言いましたっていうその標準語でうん。はい。 え、読みますよね。関西人がね、ま、これ後の関西弁の話になりますけども。 あの、狐はこう言いました。あの、教科書読む時でもね、関西弁で読む ですよね。 おお。 まあ、だからそういう風にその、ま、アクセントっていうのも、あの、すごい多様性があって、で、やっぱり、ま、あの、井上さんみたいにアナウンサーは、あ、アナウンサーさんはもう標準語アクセント徹底的 アクセント時点をもうはい。片っ端しから嫁となります。 はい。そうなんですよね。で、方法言によっては例えばあの、茨城とかあのあれですね、えっと、栃木とかは無惑セント地帯ですから。 あの、あの辺の出身のアナウンサーさんは本当に苦労して標準アクセントもうゼロから作り上げるね。そうなんです ことやるんですよね。 まあまあだからそういう形で標準語がその所与のものであって うんうん。 日本人なら標準語使って当たり前だ みたいな 感覚っていうのは本当に近代国家になってできたこと うん。なんだっていうことを 踏まえた上で戦争ってのはそれがもう極限まであの至るっていうことにまず思いをいたしていただきたくて だからなんかその言葉もそうですけど何でもその純粋性とかね本当の日本語とか本当の日本人とかそういうワードが出てきたら ちょっと危ないな 危ないなってそのないあるわけかない そうなんですよ。 あの、ま、その辺のことをね、あの、つくづく、ま、言語学を勉強してと思います。 あ、 神さん、やっぱりその言語と戦争っていうものを見ていくと、そう細かいところ、例えばじゃあ先ほど教科の読み方の話ありましたけど、 上さん自身も大阪とか東北で生活していて、その教科書読む時にもなんかありましたか? そうですね。標準語で読む言で読む。 あの東北では標準語で読んでいて関西の時は英語ですらアイアムサムみたいな感じであのアクセントつけて言ってたので全然違うなって思いながらもでもやっぱり教科書は標準語だったしあと私今広島でコメンテーターの仕事してるんですけれども その方がそのアナウンサーの方がミニコーナーとかではなんとかじゃろうみたいな感じで うん。あれめっちゃくちゃいいですよね。 そう。 すごいそれもいいなって思って、やっぱこれは多様性担保する大切な話なんだなって思いながら聞いていたりとか、あと先生にちょっとはい。 はい。どうぞ。 伺いたいのがその 戦争がこう近づいてきてるぞっていうのがその言葉がこんな風に変わってきてる。今、ま、本当の日本語とかっていう風な話もおっしゃってましたけど、こういった側面からあれちょっと今危ないんじゃないのっていう、そういう風なチェックができる言葉からっていうものって。 はい。チェックができるね。うん。 ちょ、最近びっくりしたことがあって はい。 あの、ま、いろんな、あの、SNS でいっぱい拡散してるんですけど はい。 私っていうのは昔は平和の輪に多いっていう字と心志しっていう字を書いたんだっていうの。 で、それをたことあります。 あの、Cの死ですね、私っていう 感じを使うようになったのは GHQ に押し付けられたんで云ぬんていうね。 見たことある。 あの、僕が見たのはあれですね、えっと、インスタで うん。 あの、そういう情報を拡散してる人がいて、 あの、で、九州の某 あの曲のアナウンサーさんがこれ大嘘だっていう風にあの言ってるんですけども、 だから要するに私っていうのはその周囲と溶け込んで、 あの、なんでしょうね。 だから和を持って唐年となすっていうのが本来の日本人の感覚で、 それをこの漢字の表記は表してるんだけれども、 あの乃の乃の木辺にって書く私っていうのは自分の田ぼの犬を狩るっていう意味でその私有独占を表してるんだっていううん。 ということを言ってでだからこれは戦レジウムなんだよっていう風に言フらしてる人がいるんだけど そんなのも辞引いたら一発で嘘だってわかるんですけれどもうん。 だからそ、あの、それに対するやっぱりそのフォロワーさんとかね、コメントとか あ、いっぱいついてて、 これはもう驚きましたね。 そうであってほしいというかぽいことに皆さんがこう後からくっついてくてことですか? 技術どうかは関係ないから うん。 みんなフィクションを信じたがってるんですよね。そういう日本純粋な日本人の精神ってこんなんだよっていうね。 うん。 だから、だからそっちの方向に世界がこう進んでて、ま、ロシアでもそうですし、アメリカでもそうですけれども、一国ファーストで云ぬんかぬんみたいなことを言ってる人達っていう人の頭の中は [音楽] うん、 なんか同じ方向に住んでるなっていう風に 感じるのがちょっと怖いですよね。 あ、そう。私って話はもうありえない。 ありえないですよね。ええ。 ま、これ話し出すと長いんでもうやめますけれども。 はい。 あの、ま、すぐ嘘だってわかるんで、ま、これはだから攻撃しやすいんか、あの、防御しやすいんですけれども、もっとわかんない形で、 ま、潜り込ませ、そう、そう、そう。そういうのはあると思いますね。 でもそのありえない話ですら、ま、年しやかに広まってしまうってことですもんね。それ、ま、 SNS の力もあるし、やっぱ拡散力があるんで。 そう。はい。 そう。だからわゆるこのあれですよね。 大手、え、その放送局の言ってることはだから陰謀で操られてオールドメディアってのはもうダメなんだ。うん。うん。 だからこそSNS が伝えること真実なんだっていう風になってるってのは、ま、今までにはなかった形ですけれども、ある意味非常に こう、 あの、とんでもない方向に簡単に進んでいくんじゃないかっていう恐ろしさはあるなって。 危険性はね、80 年前もそういうことは小さいとこであったんでしょうけど、やっぱり SNSというものができて1人1 人発信でこれいいことなんですけど、いいことなんですけど、そういうことでそのリスク危険性がやっぱりあるっていうことを そうなんですね。 やっぱりみんなが1人で思っていく。 だからやっぱりその本当の日本人の精神はこうだよとかっていう耳に心地よい 言葉がわっと拡散してしまうと いうのは本当に危険な状態だと思いますね。 いや、ここまで金水先生に話を伺ってきましたけれども、 2 時代のゲストコーナー、ここでは関西弁について話を伺えればと考えております。先生、一旦ありがとうございました。あの、ニュースでした。 [音楽] の [音楽]

毎週土曜日 13:00~15:00 OA

TBSラジオ 井上貴博 土曜日の「あ」

2025.8.30 OA分/「あ」のことニュース

テーマ:戦争と言葉

ゲスト:大阪大学 名誉教授の金水敏さん

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