「お母さんはパーティーに来ないで」息子夫婦に自分の家から追い出された73歳の私。その夜、偶然見つけたUSBの中身に震えが止まらなかった。翌朝、私は静かに微笑んで、ある電話をかけた。【60代以上の方へ】
お母さん、その日はおばさんの家で1日 休んでもらえませんか?73歳の田中静は 包丁を握る手を止めた息子の妻、里の声が 台所に響いた。自分の家で開かれる結婚 10周年記念パーティーから静は締め出さ れようとしていた。その瞬間静は知ら なかった。この一言が彼女の残りの人生を 完全に変えることになるとは。 1500万円の退職金を使って立てたえ。 自分の名義になっている家、その家から まるで招かれざる客のように追い出される 。でも静はまだ知らなかった。数日後に 発見する衝撃的な真実を息子と嫁が隠して いた。もっと残酷な計画をそしてしはまだ 知らなかった。73歳という年齢でも人生 を完全にやり直すことができるということ を。これは1人の女性が尊厳を取り戻し真 の自由を手に入れるまでの物語です。 お母さん、その日はおばさんの家で1日 休んでもらえませんか?お客さんが多くて お母さんに疲れさせてしまうし、お世話 するのも大変で、静は包丁を握る手を止め た。夕食の準備をしていた手が震えた。 息子の憲生と嫁の里画が結婚10周年記念 パーティーを開くという話を聞いたばかり だった。そして今リカは静に自分の家から 出ていくように言っていた。そうだよ 母さん。僕たちだけで何とかするから。 母さんがいると僕たちも気を使わなきゃ いけないし、お客さんの接に集中できない 。憲生が妻に同調した静は73歳だった。 この家に住んで5年になる。いや、正確に 言えばこの家の名義人はしずれだった。 15年前憲生が結婚する時彼のローンの 信用度が低くて銀行から借りられなかった 。それで静が退職金1500万円を出し 名義もしにして家を立てたのだ。お客さん が多いって何人ぐらい来るのをしは小さく 聞いた。30人ぐらいかな。友達同僚。 あとは里の親戚も。憲生は当然のように 答えた。静は胸が苦しくなった。30人。 その中に静の居場所はないのだ。自分の家 で開かれるパーティーなのに。里川は台所 で洗い物をしながら続けた。お母さんも 分かってくださると思いますが、今の若い 人達ってお年寄りがいる時を使うじゃない ですか。みんなリラックスして楽しんで 欲しいんです。しは何も言えなかった。お 年寄りという言葉が胸に刺さった。自分は いつから家族ではなくお年寄りになったの だろう。静は自分の小さな部屋に戻ると 引き出しから古い通帳を取り出した退職金 1500万円を使った記録がそこにあった 。当時憲生はお母さん一緒に住もう家族 みんなで幸せに暮らそうと言っていたしの 夫は10年前に亡くなった。1人暮らしは 寂しかった。憲制の提案は魅力的だった。 息子の家族と一緒に住めば孫たちの成長も 見守れる。そう思って決断したのだ。でも 現実は違った。静は家事のほとんどを担当 していた。朝6時に起きて朝食を作り選択 をし掃除をする。夕方は夕食の準備。生も 里も仕事から帰ってくると当然のように静 が作った料理を食べが洗った服を着た。 孫野太郎は今12歳。花子は10歳になっ た。静が1番可愛がっていた時期は過ぎて 今は友達との時間の方が大切らしい。し勢 が話しかけてもスマホを見ながらうんうん と適当に返事をするだけだった。しは孫 たちの誕生日パーティーのことを思い出し た。いつも準備はしがしていた。ケーキを 焼き、料理を作り、飾り付けをする。でも 写真には映らない。お客さんが来るとしは 台所で片付けをしているか。自分の部屋で 過ごしていた。おばあちゃんは台所にいる からパーティーには参加しないよ。昨年の 太郎の誕生日の時友達にそう説明している のを偶然聞いてしまった。静の心はいたん だ。自分は家族の一員ではなく家事をする 人として認識されているのだと気づいた 里ガが嫁に来た時の言葉を思い出した。 私たちずっと幸せな家族でいましょうね。 お母さん、あの時の笑顔は今思えば作り物 だったのかもしれない。先月生の友人たち が遊びに来た時のことだった。しは自分の 部屋で静かにしているように言われた。 お母さん、今日はちょっと部屋にいて もらえる?友達との話があるから。憲生は そう言ってしを今から追い出した自分の家 なのにしは客扱いされていた。いや、客 以下だった。客なら丁寧に扱われる。里川 は最近高価な家具や装飾品を勝手に買って くることが多くなった。リビングの大きな ソファは50万円。ダイニングテーブルは 30万円。静に相談することはなかった。 お母さん、どう思います?素敵でしょう。 里川は新しい家具を見せながら言ったが、 静の意見を求めているのではなく、褒めて もらいたいだけだった。静が少し派手 すぎるんじゃないと言うと、里の顔が曇っ たお母さんの時代とは違うんです。今は こういうのが普通なんですよ。静は何も 言えなくなった。自分の家なのに自分の 意見は無視される。名義はしなのに決定権 は里にあった。今回のパーティーの準備で も同じだったしが昔ながらの和食も少し 入れたらどうと提案すると里川首を振った 。お母さん若い人の口には合わないと思い ます。今回はおしゃれな洋風パーティーに したいんです。静の提案は古臭いセンスが ないとしてキャッタされた。でもしが提案 した料理の材料費はしの年金から出される ことになるのだろう。いつものようにしは 自分が好きな煮物を作った。夫が生きてい た頃よく作っていた懐かしい味だった。で も夕食の時里ガが眉を潜めた。お母さん この匂いちょっと古臭いですね。せっかく おしゃれなインテリアにしたのにこの匂い が部屋にこもると台無しです。しは自分の 料理が古臭い匂いと言われて傷ついた夫と 一緒に食べていた思い出の味が否定された 気がした。憲生も妻に同調した。そうだな 。もう少し現代的な料理の方がいいかも しれない。母さんも時代に合わせないと。 時代に合わせる静は73歳だった。73 年間生きてきた価値観を時代遅れとして 捨てろと言われているような気がした。 憲生は最近友人たちに母の面倒を見ている とよく言っていた。静が偶然聞いてしまっ たのだ。うちの母さんも年だから色々と 大変でさ。でも家族だからね。仕方ないよ 。面倒を見ている静は毎朝6時に起きて 家族の朝食を作り選択をし掃除をしていた 。高熱費も食費も大部分は静の年金から出 ていた。それなのに面倒を見てもらって いることになっていた。しは孫の太郎が 友達と話しているのを偶然聞いてしまった 。うちのおばあちゃんは台所にいるだけ パーティーとかには出てこないよ。 ちょっと恥ずかしいし。恥ずかしい。静は 自分が家族の恥だと思われていることを 知った。お母さん、古いUSBを探して もらえる?僕の机の引き出しにあるはずな んだけど、牽生が慌てたように言った パーティーで昔の家族の動画を流したいん だ。しは牽生の部屋に向かった。引き出し の中を探すと確かに古いUSBがあった。 でも牽生の表情は妙に緊張していた。 お母さん、そのUSBの中の記念っていう 名前のファイルだけコピーしてね。他の ファイルは開かないで。の口調は命令的 だった。そして異常に注意深かった。なぜ そんなに神経室になるのだろう?分かった わ。静はUSBを受け取ったが憲制の様子 が気になった。何か隠しているのではない か。そんな直感が働いた。本当に記念 ノファイルだけだよ。間違えないでね。憲 はもう一度念したその必死さが帰って静の 疑念を強くしたしは自分の部屋のパソコン にUSBを挿した憲制に言われた通り記念 という名前のフォルダーを探した確かに あった中には家族の古い動画がいくつか 入っていた。でもその隣にプライベート 削除しないでというフォルダーがあった。 静は迷った。牽制綿のファイルを開くなと 言った。でもこのフォルダーの名前が気に なった。なぜ削除しないでと書いてあるの だろう。後期が勝った。しはその フォルダーをクリックした。中には20個 以上の動画ファイルがあった。ファイル名 は日付だけで内容が分からなかった。しは 1番上のファイルをクリックした。画面に 現れたのは里画だった。電話をしながら キッチンを歩き回っているがスマート フォンで撮影しているようだった。本当に ストレス溜まる。ボぎボさんと一緒に住む のってこんなに息が詰まるなんて思わ なかった。いつも優しい嫁のふりをし なきゃいけないし好れて死にそう。しの 心臓が止まりそうになった。里川は電話の 相手に愚痴を言っていた。早く1人暮らし がしたい。でも憲生が家族は一緒にいる べきだとか言うのよ。偽者よね。本当は めんどくさいだけなのに。静は震える手で 次の動画を開いた。今度は賢生が映ってい た。里ガが撮影しているようだった。あと 数年我慢しよう。事業資金のローンが通る まで待って、それから母さんを別のところ に住まわせる方法を考えよう。憲制が妻に 行っていたしの存在は我慢するもの。 たったでも難しいでしょう。小さん、この 家から出たがらないと思うよ。里の声が 聞こえた。大丈夫。母さんはお人よしだ から適当に理由をつけて保証人にさえなっ てもらえればあはな何とかなる。保証人。 静は息が詰まった。彼らはしに何かの保証 人になることを求めるつもりなのだ。 おそらく事業資金の次の動画はつい数日前 に撮られたものだった。憲生と里が パーティーの話をしに伝えた後の会話だっ た。小さんすごく悲しそうな顔してたわね 。でも承知してくれてよかった。私たちの パーティーは完璧になるわ。里が笑い ながら言ったしの悲しみをすごく悲しそう な顔として笑いのネタにしていた。当然だ よ。母さんは僕の言うことは何でも聞く から適当に優しい言葉をかけておけば 大丈夫。憲制の答えが致名的だった。適当 に優しい言葉をかけておけば大丈夫。静の 愛情は演技だった。それにしてもよく考え たわね。お母さんをパーティーから除外 するなんて。だって恥ずかしいじゃない。 友達にまだ小母さんと住んでるの?って 思われたくないもの。今時と同居なんて 古臭いでしょう。里の言葉が胸に刺さった 。静の存在は恥ずかしいもの。たった パーティーが成功したら次は保証人の件を 相談しよう。母さんなら絶対に引き受けて くれる。そうね。小さんって断 るってことを知らないものね。便利よね。 そういう人って便利。しは便利な人。 たった美容価値のある道具家族ではなかっ た。し勢は震える手で全ての動画を自分の USBにコピーした20本以上の動画が あったどれも営の軽別と利用計画を記録し たものだった。コピーが終わるとしは椅子 にもたれかかった。73年間生きてきて こんなにも深く裏切られたのは初めてだっ た。静は家の中を見回したリビングの高な ソファ、ダイニングの立派なテーブル、壁 にかかった家族の写真全てが偽物に見えた 。愛情の家ではなく疑満の舞隊装置だった 。静は立ち上がった。足がふらついたが 意思は固まっていた。パーティーの前に 行動しなければならない。彼らが保証人の 話を持ち出す前に時計を見ると午後3時 だった。憲制と理香は夕方まで帰らない。 時間は十分にあった。地添ずは自分の部屋 に戻り、古いアドレスを取り出した不 動産会社の電話番号を探した。この家を 売るために翌朝憲生と里画が1日中外出 することを確認するとしは行動を開始した 。パーティーの準備で忙しい彼らは朝早く から夕方まで帰らない予定だった。静は不 動産会社に電話をかけた。もしもし。田中 不動産でしょうか?この家を売りたいの ですが。はい。受け承回ります。急いで いらっしゃいますか?はい、できるだけ 早く。そして内密に処理していただきたい のです。不動産者の担当者は事情を察した ようだった。高齢の女性の1人暮らしへの 移行は珍しいことではないらしい。わかり ました。今日の午後査定にお伺いします。 書類の準備もございますので静はアンドし た。家の名義はしだった。夫の死護全て静 名義に変更していた憲制の同意は必要 なかった。午後1時不動産の担当者が来た 中年の男性で静の事情を理解している様子 だった。リッチも良いし建物の状態も良好 ですね。1800万円でいかがでしょうか ?現金での率結でしたら来週中には契約 できます。静は測頭した。お願いします。 1500万円で立てた絵が1800万円に なった。300万円の利益があった。でも しにとって重要なのは金額ではなく自由 だった。不動産者の担当者が帰るとしは次 の行動に移った新しい住まを探すことだっ た。インターネットで調べ、隣の区にある 高齢者向けの賃貸住宅を見つけた セキュリティがしっかりしていて管理人も 上駐している1LDで十分だった。電話で 問い合わせるとすぐに見学ができることに なった。静は午後3時にその物件を訪れた 。部屋は小さかったが清潔で明るかった。 南向きのベランダからは小さな公園が見え た。家賃は月8万円。静の年金で十分に 支払える金額だった。今日契約したいの ですが不動産会社の人は驚いた。今日です か?はい。来週から住みたいのです。静の 決意は硬かった。必要な書類は全て揃って いた。その日のうちに契約を済ませた夕方 静は引っ越し業者に電話をかけた。明日の 朝1番で引っ越しをお願いしたいのですが 、明日ですか?かなり急ですがお金は多め にお支払いします。どうしても明日出 なければならないのです。静の必死さが 伝わったのか。業者は承諾してくれた。静 は自賛できる荷物だけを整理した。服、 写真夫との思い出の品じな。家具は新しい 家で揃える予定だった。最後にしは ダイニングテーブルに手紙を置いた。憲生 、里ヶ、家は売却しました。新しい住所は 教えません。パーティーは別の場所で開い てください。母より短い手紙だった。長い 説明は必要なかった。午後6時、しの 新しい部屋で電話が鳴った健たしからだっ た。お母さん、どういうことですか?家の 前に売却済みの看板が立ってる鍵も変わっ てて入れない。牽生の声はサ乱していた。 パーティーの準備から帰って自分の家に 入れなくなったのだ。静は落ち着いて答え た。パーティーでお呼ばれしない客になり たくなかったからよ。何を言ってるんです か?明日パーティーなんですよ。友達にも 会社の人にも連絡してあるんです。里ガの 声も聞こえた。小ボさん、これじゃあ 私たちどこでパーティーをすればいいん ですか?恥を描かせるつもりですか?しず は動画で聞いたリカの言葉を思い出した。 恥を書く心配はないわよ。適当に優しい 言葉をかければみんな理解してくれる でしょう。それとも息が詰まるから考え られないのかしら。電話の向こうが静まっ た牽生の声が震えていた。お母さん、それ は便利な人じゃなくなってごめんなさいね 。静はそう言って電話を切った。そして 電源を切った。翌日しは新しい部屋で朝食 を作った小さなキッチンだったが自分だけ のキッチンだった。誰にも古臭い匂い。と 言われることのないキッチンだった。 引っく た量は思っていたより少なかった。73年 の人生の荷物が1tトラック1台に収まっ た。でもその軽さが心地よかった。新しい ベッドを買った。新しいテーブルも椅子も 買った。全て静の好みで選んだ。誰の許可 も必要なかった。午後しは近くのスーパー に買い物に出かけた夫の好きだった煮物の 材料を買った。誰にも文句を言われること なく懐かしい味を作ることができる。夕食 はしず1人だった。でも寂しくなかった。 偽物の家族の中にいるより1人の方が ずっと平和だった。しは高齢者向けの ハイキングクラブに参加していた。毎週 土曜日同世代の人たちと近郊の山を歩いた しさん。今度の熊の古藤のツアー。一緒に 行きませんか?クラブのメンバーの1人 70歳の佐藤さんが声をかけてくれた熊の 古藤しが昔から歩いてみたいと思っていた 道だった。行きたいです。静は即頭した。 昔なら家族に相談してからと言っただろう 。でも今は違う。自分の意思で決められる 。静は小さなブログを始めていた。 ハイキングの写真と感想を書いていた。 読者は多くなかったがコメントをくれる人 もいた。素敵な写真ですね。も歩いてみ たくなりました。そんなコメントを読むと しは嬉しくなった。誰かの役に立っている という実感があった。静の新しい部屋には ハイキングで撮った写真がたくさん飾られ ていた山の緑、川の青、空の雲、どれも静 が自分の足で歩いて見つけた景色だった。 憲制と里画のパーティーは中止になった。 友人や同僚に事情を説明するのは屈辱的 だったろう。しは少し気のどに思ったが 登場はしなかった。彼らは里画の実家に身 を寄せることになった。3LDKの家から 里画の実家の一室へ窮屈で居心地が悪い はずだった。静は偶然古い友人から憲生の 近況を聞いた。憲生君会社でも立場が悪く なったみたい。母親を追い出すなんて人と してどうなのかって言われてるのよ。静は 複雑な気持ちだった。憲制の人生が崩れる ことを望んでいたわけではない。ただ自分 の尊厳を守りたかっただけだった。ある日 、静の携帯電話に長いメッセージが届いた 健正市からだった。お母さん、本当に ごめんなさい。僕たちが間違っていました 。お母さんを傷つけてしまって申し訳あり ませんでした。どうか許してください。お 金を貸していただけませんか?新しい住ま を借りるためのお金が必要なんです。僕 たちに頼る人がいません。お母さんだけが 頼りなんです。お願いします。静は メッセージを最後まで読んだ。そして削除 した。返信はしなかった。憲制はまだ理解 していなかった。しが傷ついたのはお金の 問題ではなく、尊厳の問題だった。彼らは しを人として見ていなかった。道具として 使っていた。今更お金を貸して欲しいと 言われてもしには何の義務もなかった。 憲生は43歳の大人だった。自分の責任で 生きていくべきだった。静は家の売却代金 の一部を使って生命保険に加入した。自役 者は孫の太郎と花子だった。ただし、彼ら が18歳になってからの受け取りとした この決断には理由があった。静は孫たちを 愛していた。でも憲生と里に管理されるお 金は孫たちのためには使われないだろう。 18歳まで待てば孫たちは自分の判断でお 金を使えるようになる。静は保険少々金庫 にしまいながら考えた。これで孫たちの 将来は守られる。そして憲制と理下は静の 死を待つ理由を失った。夕方しは新しい 部屋のベランダに立った西の空が夕やけに 染まっていた山のシルエットがくっきりと 見えた。明日はあの山を歩く予定だった。 静は深呼吸した。空気が美味しかった。誰 にも気を使う必要のない空気だった。翌朝 静は6時に起きた。でも誰かのためでは なく自分のために起きた。朝食も自分の 好きなものを作ったトーストと卵。それに コーヒー。シンプルだったが美味しかった 。7時にハイキングクラブのメンバーと 待ち合わせた。今日は少し遠い山まで足を 伸ばす予定だった。しさん、調子はどう ですか?佐藤さんが声をかけてくれた。 最高です。静は心から答えたバスに乗り ながらしは窓の外を眺めた。町が遠ざかっ ていく。牽制や里画のことも遠ざかって いく。山に着くとす々しい空気が静然を 包んだ。木々の緑が目に優しく鳥の最釣り が心地よい。今日は天気がいいから頂上 からの眺めが最高でしょうね。メンバーの 1人が言った。静は頷いた長。自分の足で 登る頂上。誰にも止められない誰にも遠慮 しない頂上。登山道度を歩きながらしは 過去3ヶ月を振り返ったあの夜USB動画 を見た時の衝撃翌日の決断と行動そして 今日の自由全てが夢のようだった。でも夢 ではなかった。現実だった。静が自分で 掴んだ現実だった。2時間かけて山頂に 到達した静の足はしっかりしていた。73 歳だが、まだまだ歩ける、まだまだ生き られる。山頂からの眺めは絶景だった。緑 の山々がつり、遠くに海も見えた。風が頬 を撫でていくしさん。写真撮りましょうか 。佐藤さんがカメラを向けてくれた。しは 笑顔になった。心からの笑顔だった。ここ 数年で1番自然な笑顔だった。写真を撮っ た後、しは1人で少し離れた岩に座った。 景色を眺めながらしは考えた。あの家での 5年間は無駄だったのだろうか。いや、 そうではない。あの経験があったから今の 自由の価値が分かる。光があるから影が ある。影があるから光が輝く。牽制と里の 憎しみもうほとんど残っていなかった。彼 らは彼らなりに必死に生きているのだろう 。ただその方法が間違っていただけだった 。し勢は彼らを許すつもりはなかった。で もにんでもいなかった。無関心だった。 それが1番楽な関係だった。下山の途中、 佐藤さんが静に話しかけてきた。しずえ さん、最近とても元気になりましたね。前 にあった時はどこか疲れているように見え たんですが、静は微えんだ。生活が変わっ たんです。良い方向に。そうですか。それ は良かった。人生何歳からでも変えられる ものですからね。佐藤さんの言葉が心に 響いた。何歳からでも変えられる。73歳 でも遅くない。その日の夕方しは新しい アパートの住人たちと出会った隣の部屋に 住む80歳の田中さんが声をかけてくれた 。しずえさん、今度お茶でもしませんか? 1人暮らしは寂しいでしょう。ありがとう ございます。でも1人暮らし楽しんでるん です。しは正直に答えた。田中さんは意外 そうな顔をした。珍しいですね。皆さん 寂しがるんですが、家族がいても寂しい時 があります。1人でも楽しい時があります 。静の言葉に田中さんは深く頷いた。そう ですね。質の問題ですものね。人間関係は その夜しは田中さんとお茶を飲んだ、田中 さんも似たような経験をしていた。息子 夫婦との関係で悩み、最終的に1人暮らし を選んだのだった。でもね、しずえさん、 1人暮らしを始めて5年。これが人生で 1番幸せかもしれません。田中さんの言葉 がしの心を温めた。同じような経験をした 人がいる。自分は1人ではない。夜しは 太郎と花子のことを考えた。あの子たちは 今頃どうしているだろう。父親と母親の 喧嘩を聞いて悲しい思いをしているのでは ないだろうか。静は複雑だった。孫たちを 愛している気持ちは変わらない。でも憲制 と里画を通じて関わりを持つのは不可能 だった。しは机の引き出しから戦を 取り出した。孫たちに手紙を描こうと思っ た。でもペンを持ったまま何も書けなかっ た。何を書けばいいのだろう。おばあ ちゃんは元気です。あなたたちを愛してい ます。全て嘘ではないが真実でもない。 複雑すぎる。結局しは手紙を書かなかった 。いつか太郎と花子が大人になった時、 自分で判断できるようになった時、その時 に会えばいい。急ぐ必要はない。静は保険 少々もう1度確認した。太郎と花子が18 歳になった時、それぞれ500万円を 受け取れる大学の費用には十分だろう。 それが静にできる最後の愛情だった。秋が 来た。静のアパートの前の公園の木々が 色づいている。赤や王食の歯が風に待って 美しい光景だった。静はハイキングクラブ の活動を続けていた。今度は揉みじ狩りの 計画があった。熊の古藤のツアーも来月に 迫っていた。し勢のブログも読者が増えて いた。50人ほどだがコメントも活達だっ たしさんの写真を見ていると私も山に行き たくなります。1人暮らしを始めてよかっ たですね。勇気をもらいました。そんな コメントが静をはげました。自分の経験が 誰かの役に立っている。それが嬉しかった 。ある日、静は偶然牽制を町で見かけた。 やれていた。スーツもしわくちゃで以前の ような地震に満ちた表情はなかった。静は 隠れるでもなく声をかけるでもなくただ 通りすぎた。牽制は静に気づいていない ようだった。それで良かった。もう関わる 必要はない。11月静は旅行会社で熊の 古藤の詳細な資料をもらった。3日間の コースで宿泊は旅館だった。1人での参加 だが、現地でガイドがついてくれるお1人 での参加大丈夫ですか?旅行会社の若い 女性が心配そうに聞いた。大丈夫です。 むしろ1人の方が気楽です。静は自信を 持って答えた。以前なら家族と相談して からと言っただろう。今は違う。自分で 決められる熊の古藤古代から続く巡礼の道 。多くの人が自分自身を見つめ直すために 歩いた道。しずもその道を歩く新しい自分 を見つけるために申し込みを済ませて帰る 道で静は携帯電話を見た。からの着信履歴 が3元あった。でも静は電話をかけ直さ なかった。もう彼らとは関係のない人生を 歩んでいる。12月に入るとしのアパート の管理人から声をかけられた田中さん とてもお元気そうですね。引っ越してこ られた頃よりずっと明るくなられました。 管理人の山田さんは60代の女性だった。 し勢と同世代で話しやすかった。 ありがとうございます。毎日が楽しいん です。しは心からそう答えた。朝起きる ことが楽しい。自分のペースで生活できる ことが楽しい。誰にも文句を言われること なく自分の好きな料理を作れることが 楽しい。秘訣は何ですか?山田さんが興味 深そうに聞いた。自分の人生を自分で 決めることでしょうか?しの答えに山田 さんは深く頷いた。なるほど。当たり前の ことのようで実は1番難しいことですよね 。その通りだった。73年間生きてしは 初めて自分の人生を自分で決めている実感 を持っていた。夕方静は近所の戦闘に行っ た。1人でゆっくりと湯舟に浸る。誰も せかさない誰も文句を言わない。私服の 時間だった。湯舟の中で静は空を見上げた 。小さな窓から見える空は狭かったが、 とても高く感じられた自由の空だった。 12月31日大晦日だった。静は1人で 年越しそばを食べていた。テレビでは紅白 歌合戦が流れていたが、音量は小さくして あった。静は今年1年を振り返った。1月 から8月まであの家で偽りの家族生活を 送っていた。9月に真実を知り、行動を 起こした。10月から12月は新しい生活 、まるで別の人生のようだった。同じ年の 出来事とは思えなかった。11時50分に なるとしは窓を開けた。外は静かだった。 遠くで女やの金が聞こえる。日付が変わる 瞬間、静は小さく手を合わせた。新しい年 への感謝の気持ちだった。そして夫への 報告でもあった。お父さん、私自由になり ました。風が頬を撫でていった夫からの 返事のようだった。翌年の春しは熊のこと を歩いていた3日間のツアーの最終日だっ た古い石段を一歩一歩踏みしめながらしは 不思議な充実感を味わっていた。足は疲れ ていたが心は軽やかだった。しずさん ペース大丈夫ですか?一緒に参加した60 代の夫婦が心配して声をかけてくれた。 大丈夫です。むしろ調子がいいです。本当 だった。74歳になったしの足取りは確か だった。心が軽いと体も軽くなるものだっ た。賛道の途中で休憩した時、ガイドの 男性が熊の古藤の歴史を説明してくれた。 この道は1000年以上前から多くの人が 歩いてきました。皇族も庶民もお芋きも みんなそれぞれの思いを胸に歩いたのです 。静は深く頷いた。自分もその1人になっ た74年間の人生を背負ってこの道を歩い ているツアーの最終地点は小さな展望台 だった。そこから悪魔の山々山々が一望 できた緑の山が行にも重なり、遠くには 青い海も見えた。静は展望台の橋に立った 風が心地よく吹いている。深呼吸をすると 成長な空気が肺を満たした。この瞬間静は 確信した。自分の選択は正しかった。家を 売り、1人暮らしを始めたこと、憲制と リカとの関係を断ったこと、全て正しかっ た。静は携帯電話を取り出し、自撮りをし た山々を背景にした自分の写真。顔は 汗ばんでいたが、表情は穏やかだった。 73歳になってから覚えた。本当の笑顔 だった。その写真を後でブログに載せる ことにした。コメント欄にはきっと同世代 の人たちからの励ましの言葉が寄せられる だろう。そしてそれがまた誰かの勇気に なるかもしれない。帰り道しは同行者たち と話をした。みんなそれぞれの人生を歩ん でいた。私も息子夫婦と同居していた時期 がありました。60代の女性が静に 打ち明けた。でも最後は1人暮らしを選び ました。家族だからって何でも我慢しなく ていいんですよね。静は深く頷いた。同じ ような経験をした人は少なくない。みんな それぞれの方法で乗り越えている。大切な のは自分を大切にすることです。静が 答えると女性は微えんだ。その通りですね 。自分を大切にできない人は他の人も大切 にできませんからバスに乗って帰る道中し は窓の外を眺めた山から平ちに降りてくる と日常の世界が戻ってくる。でも静の心は 山にいた時のままだった。住み切っていて 軽やかだった。アパートに帰るとブス番 電話に何件かメッセージが入っていた。 バイキングクラブからの連絡、旅行会社 からの案内、そして先生からの止が一見。 静は生のメッセージだけは聞かなかった。 削除した。もうその必要はなかった。 代わりにブログを更新した熊の古藤の写真 と感想を載せた74歳にして初めて本当の 自由を味わっています。遅すぎるという ことはありません。いつからでも新しい 人生は始められます。そう書いて投稿した 翌朝ブログのコメント欄を見るとたくさん のコメントが寄せられていた勇気をもらい ました。私も行動してみます。しずさんの 写真を見ていると希望が湧いてきます。私 もシュートとの関係で悩んでいました。 参考になります。しは1つ1つのコメント に丁寧に返事を書いた。自分の経験が誰か の役に立つことが嬉しかった。夏が来た。 静は毎日を規則正しく過ごしていた。朝は 6時に気象。軽い体操をしてから朝食。 午前中は読種やかじ。午後は散歩や ハイキングクラブの活動夕方は夕食の準備 夜はブログの更新や読書。シンプルだが 充実した日々だった。誰にも邪魔されない 。自分だけの時間終わりだった。ある日は スーパーで偶然里画を見かけた。里ガは 1人で買い物をしていた。やれて見えた。 以前の華やかさはなくなっていた。しずは 隠れるでもなく、声をかけるでもなく、 普通に買い物を続けた里川はしに気づいて いないようだった。レジで会計を済ませる 時、静は不思議と何も感じなかった。 憎しみも同場も湧かなかった。ただ知って いる人を見かけたという程度の認識だった 。それが1番健康的な関係だった。秋に なると静は保険会社を訪れた生命保険の 内容を再確認するためだった。刺益者は 田中太郎さんと田中花子さん。それぞれが 18歳になった時点で500万円ずつと いうことですね。保険会社の担当者が確認 した。はい。変更はありません。静は即頭 した。これが孫たちへの最後の贈り物だっ た。憲制と里画を通さず直接孫たちに渡る 仕組みになっている。太郎は今13歳花子 は11歳あと5年から7年でそれぞれが 自分の判断でお金を使えるようになる。 大学に行くもよし、専門学校に行くもよし 、企業するもよし、選択肢を与えることが 静にできる最後の愛情だった。帰り道静は 公園のベンチに座った。紅用した木々が 美しかった。風がほを撫でていく。静は空 を見上げた。雲1つない青空だった。その 青空のようにしの心も住み切っていた。 12月しは2回目の年越しの準備をしてい た。1人暮らしを始めて1年と3ヶ月。 あっという間だった。今年も年越しそばを 1人で食べる予定だった。でも今度は 寂しくない。1人の時間を楽しめるように なった。大晦日の夜しはベランダに出た。 星が綺麗に見えた。都心にしては珍しい ことだった。ロヤの金が聞こえる中、静は 今年1年を振り返った熊の古藤を歩いた こと、ブログの読者が増えたこと、 ハイキングクラブでの新しい友人たち全て が貴重な思い出だった。そして来年の目標 も決まっていた北海道の大雪山を歩くこと 。そして可能ならば海外のトレッキングに も挑戦してみたい。年が開けると同時にし は手を合わせた夫への報告と新しい年への 決意を込めてお父さん今年も自由に生きる ことができました。来年もきっと大丈夫 です。77歳になった静はさらに活動的に なっていたブログの読者は1000人を 超え公演の依頼まで来るようになった高齢 者の生きがいについてというテーマで公民 館で講演をした徴州は同世代の女性が中心 だった。星を取ったら大人なしくしている べきという考えは古いと思います。やり たいことがあれば挑戦する。それに年齢は 関係ありません。し勢の言葉に会場からは 大きな拍手が起こった。公演後何人かの 女性が静に声をかけてきた。私も夫を なくして5年何をしていいか分からなかっ たんです。でもしえさんの話を聞いて何か 始めてみたくなりました。息子夫婦との 関係で悩んでいました。しさんのような 勇気を持ちたいです。静の経験が多くの人 の背中を押していた。それが静の最大の 喜びだった。77歳の春。静はいつもの ようにハイキングクラブの活動に参加して いた。今日は近郊の里山歩きだった。賛道 を歩きながら静は3年前のことを思い出し ていた。あの日憲生と里画からパーティー から締め出されると言われた日。あの時は 絶望的な気持ちだった。でも今は違う。 毎日が楽しくて生きがいに満ちている3年 前の自分に大丈夫、きっと良くなると言っ てあげたい気持ちだった。山頂に着くとし は仲間たちと一緒に弁当を食べた。手作り の弁当は美味しかった。誰にも古臭いと 言われることのないしの好きな味だったし さん。また来月の北海道ツアー参加するん ですよね。クラブのメンバーが聞いた。 もちろんです。楽しみでたまりません。地 は心から答えた77歳での北海道登山周り は心配するかもしれないがしは自信があっ た。5月のある日静のアパートに一通の 手紙が届いた差し出し人渡ろうだった。 もう16歳になっているはずだった。手紙 を開くと貧線に丁寧な字で書かれていた。 おばあちゃんへ。お元気ですか?僕は高校 2年生になりました。野球部でレギュラー になりました。たな子は中学3年生で ピアノのコンクールで入勝しました。お ばあちゃんのブログいつも読んでいます。 四国変路の記事すごいと思いました。僕の おばあちゃんは77歳なのに僕より元気で 活動的です。自慢のおばあちゃんです。 お父さんとお母さんのことですが、前より は落ち着きました。でもおばあちゃんの話 をするとまだ気まずい雰囲気になります。 僕は18歳になったらおばあちゃんに会い に行きます。その時は時間を取ってもらえ ますか?体に気をつけて元気でいて ください。太郎しは手紙を読み終えると しばらく涙が止まらなかった。嬉しい涙 だった。太郎が立たに成長している。 そして静のことを忘れずにいてくれる。静 はすぐに返事を書いた。太郎へ手紙を ありがとう。あなたが元気に成長している ことが1番嬉しいです。18歳になったら いつでも会いましょう。おばあちゃんは まだまだ元気です。あなたに会えるまで。 もっと元気でいるつもりです。野球も ピアノも頑張っておばあちゃんは遠くから 応援しています。愛を込めておばあちゃん より夏のある夜しはアパートのベランダで 夜空を見上げていた天野川がうっすらと 見えた。都市部では珍しい光景だった。静 は77年間の人生を振り返った。結婚、 出産、子育て、夫の介護とし、そして憲制 家族との5年間辛いこともたくさんあった 。でも今となっては全てが貴重な経験だっ た。特にこの3年間は人生で最も充実した 時期だった。自分で自分の人生を決めて いる実感があった。年を取ることが楽しい と初めて思った。静は明日の予定を考えた 。午前中はブログの更新。午後は ハイキングクラブのミーティング。夕方は 読書。シンプルだが満足度の高い1日に なる予定だった。お父さん私は幸せです。 しずは夜空に向かって小さくついた。夫が 聞いてくれているような気がした。77歳 の秋、静は大きな決断をしたアパートを 少し広い場所に引っ越すことにしたのだ。 どうして引っ越しよう?ハイキングクラブ の仲間が聞いた。本が増えすぎてそれに 小さな所斎が欲しくなったんです。ブログ の読者も増えて現稿以来も来るようになっ たので実際しのブログは出版社の目に 止まり書籍化の話が進んでいた77歳 1人暮らしの自由とりというタイトルで 来年出版予定だった新しいアパートは2 LKで小さな所斎があったしは本格的に執 活動を始めることにした自分の経験が誰か の役に立つならそれに勝さる喜びはなかっ た。一の日、静は荷物を整理しながらこの 3年間の変化を実感していた荷物も倍近く に増えていた。本、写真、ハイキング用品 、どれもしの新しい人生の証だった新しい アパートでの最初の冬。しは所斎にこもっ て現稿を書いていた。出版社から依頼され た本の現稿だった。第1章偽りの家族生活 。第2章真実の発見。第3章勇気ある決断 。第4章新しい人生の始まり明立てを考え ながらしは自分の物語を客観視していた。 まるで小説のような展開だった。でも現実 だった。静勢が実際に体験した物語だった 。現稿を書いていると時々涙が出たからっ た時期を思い出すからだ。でも今は違う 感情だった。あの経験があったから今が ある感謝の涙だった。12月の末が完成し た200ページの本になる予定だった。静 の3年間の記録、そして同じような教遇の 人への希望のメッセージ。年末の夜、しは 完成した現稿を読み返した。これが自分の 人生だった。77年間の集体だった。78 歳を迎えた静はさらなる挑戦を計画してい た。今度はヨーロッパのトレッキング ツアーに参加する予定だった。78歳で よろったトレッキング部ですか?旅行会社 の担当者が驚いた。年齢で諦めるのは もったいないでしょう。できるうちに色々 なことを経験したいんです。静の答えに 担当者も関心した素晴らしい考えですね。 詳しい資料を用意させていただきます。2 月しの本77歳1人暮らしの自由とりが 出版された初犯前部だったが2週間で完売 した反響は予想以上だった。初店でサイン 会を開いた時多くの読者がしに声をかけて くれた勇気をもらいました。私も行動して みます。家族との関係で悩んでいましたが 参考になりました。年を取ることが怖く なくなりました。読者の声がしをはげまし た。自分の経験が本当に人の役に立って いる。こんなに嬉しいことはなかった。 78歳の春、しは桜の下でハイキング クラブの仲間たちと花見をしていた。桜は 満回で風が吹くと花びが前を取った。 しずえさん本当にお疲れ様でした。本を 読ませていただきました。新しく入った 60代の女性が声をかけてきた。 ありがとうございます。少しでもお役に 立てればとても参考になりました。私も夫 をなくして2年。これからどう生きていけ ばいいか分からなかったんです。でもし さんの本を読んで希望が持てました。 そんな会話をしながらしは桜を見上げた 毎年咲いてちっ手また咲く人生も同じかも しれない。終わりがあるから美しい。有限 だから価値がある。しの携帯電話が鳴った 。知らない番号だった。もしもし。おばあ ちゃん僕太郎。太郎の声だった。もう17 歳になっているはずだった。太郎元気? うん。おばあちゃんの本読んだよ。すごい ね。僕のおばあちゃんが作家になるなんて 。太郎の声は嬉しそうだった。来年18歳 になったら約束通り会いに行くからね。 楽しみにしてるわ。でも無理しないで体に 気をつけて。おばあちゃんこそヨーロッパ のトレッキング部。気をつけてね。ブログ で知ったよ。電話を切った後しは深い満足 感を覚えた。太郎が自分を誇りに思って くれている。それが何よりも嬉しかった。 その夜しは新しいアパートのベランダに出 た夜景が美しかった町の明りが宝石のよう に輝いている。静は深呼吸した78歳の肺 に新鮮な空気が満ちた。まだまだ生き られる。まだまだ挑戦できる。空を 見上げると星が輝いていた。無数の星が静 を見守っているようだった。お父さん私は まだまだ頑張ります。静は星に向かって いった夫が微笑んでいるような気がした。 明日もまた新しい1日が始まる。78歳の しにはまだやりたいことがたくさんあった ヨーロッパでのトレッキング2冊目の本の 支出公演活動の拡大そして何より太郎と 花子が大人になった時に堂々と会えるよう な自分でいること静は微だ人生はまだ続い ている自分で選んだ道を自分のペースで 歩んでいるそれが静の人生だった78歳に して初めて手に入れた本当の自由な人生 だった風が頬を撫でてく優しい風だった。 希望を運んでくる風だった。静は両手を 広げた風を全身で感じながら未来への扉を 開いた。その扉の向こうにはまだ見ぬ景色 が広がっていた。まだ歩いたことのない道 が続いていた。まだ会ったことのない人 たちが待っていた。78歳の静はその扉を くぐり抜けていく。自分の足で自分の意で 自分の人生を歩み続けるため
制作スタッフ
企画・制作
企画・脚本: 山田太郎 (Yamada Tarō)
ストーリーテラー: 田中花子 (Tanaka Hanako)
ナレーター: 佐藤明 (Satō Akira)
技術スタッフ
映像編集: 中村浩 (Nakamura Hiroshi)
音響効果: 小林玲 (Kobayashi Rei)
撮影監督: 渡辺大地 (Watanabe Daichi)
デザイン・アート
イラスト制作: 林美久 (Hayashi Miku)
グラフィックデザイン: 藤原颯太 (Fujiwara Sōta)
アニメーション: 松田結衣 (Matsuda Yui)
管理・運営
プロデューサー: 鈴木健太 (Suzuki Kenta)
ディレクター: 木村奈々 (Kimura Nana)
チャンネル運営: 高橋涼 (Takahashi Ryō)
サポート
リサーチャー: 小川恵美 (Ogawa Emi)
翻訳: 石田健二 (Ishida Kenji)
品質管理: 森本彩香 (Morimoto Ayaka)
音楽制作: 井上拓海 (Inoue Takumi)
音声:
VOICEVOX:青山龍星