【太田光vs神谷宗幣】戦後教育は左に寄り過ぎていた #参政党 #参議院 #日本人ファースト
戦争に負けたことによって、まあ、一気にその教育が変わったわけですよね。 180と で、そん中でやっぱり、え、今までの日本、僕は昭和 40年生まれなんですけども はい。 やっぱりその戦国教育の中で育ってきて ああ、この年になって今60ですけれども はい。 ちょっとやっぱりあの中道左覇とは言うけど割とリベラルに近寄りすぎていたところがあるなっていうのはやっぱ僕自身も思うし うん。私もあります。 ありますか?うん。だからそういう意味で言うとやっぱりここでもう 1 つこの元々のあ、戦前からあるいはもっと言うと乞ジの時代から日本初期の時代から伝わる日本の心をもうちょっと継承してってもいいんじゃないか。 GH が教えないってことに決めたことをもう 1 回教えてもいいんじゃないかっていう気持ちは僕はすごく共感するんですよ。で、そういう意味で言うと戦争に負けたからと言って戦前の日本の はい。 我々の親ですよね。親たちが 果たして本当に間違いだった。それはつまり うん。 はっきり言えば東京裁判です。 はい。 東京裁判って本当に 全倒な裁判だったのかっていう疑問があるわけです。 あれは勝者の裁判だっただろう。 だからあの戦争も僕は正直言うとあの戦争も日本だけが悪かったっていうことはちょっと論があるしあの時は帝国主義だったから職民政策でも各国があって日本は追い詰められていたっていう部分の中でやっぱり我々の親は あの我々未来の子供たちを守るためにやったことであるだろうからっていう意味で言うとこないださんにも言ったんですけれども 僕 は、その国、あの、東京裁判に関した不満があると。 で、言えないことも分かる。今ね、日本は負けた国だからなかなか言えないこともあるけども、言うべきことを言うというならば、 あの、広島崎の原爆と並びに東京大空衆州無差別殺劇じゃないですか? はい。 あれはやっぱり国際法違反だったでしょってことは言ってほしいと はい。 言ってるぐらいなんですよね。 です。私該当でそれ言ってますから。
元動画はコチラ
2025/07/14公開