田中優子さんとの対談。(第五章「紐とき寒行」をめぐって)

お待せいたしました。 え、皆様お待たせいたしました。 え、ご存じたから、え、 よろしくお願いいたします。 あの、予定ではまずはご覧いただいた感想をしてから入ろうと思ったんですけど、まさかあんな展開になると思う。あ、すごくことした気がした。 そう言っていただきますと はい。ちょっとこ胸の疲れがありますが私ね、あの結構最初終わった時にもう胸が詰まっちゃってこのままここに来ても泣き出しちゃうんじゃないかと思っようや あそれは まりました。 あ、ありがとうございます。 そうね。あの これは最初に読んだった時に本読んだ時に ガストのシ あのやっぱりあの聞き入りながら出入り 始めていう冬の闇の中に溶けてたっていう 読んだ時に子供の頃のそれこそ我が家も人 まで暮らしてましたから川の字になって見 ててでもうあの今と違ってあ今はあ家が こうかなりあのね、囲われてるんで外の音 が聞こえないってありますけど、あの年は 外の音とか何かあればなんだけどさって こう雪が降ってるような日は特に本当に 心身としてあの頃の静かさっていうのを 久しぶりに思い出してそれで この最後をどういう風にやればいいのかな 舞台にした時にこれあそこで語り終え で、あの、ま、終わりましたってなると当然拍手も来ちゃうんで。 うん。 なんかこの第5 章のおしまいだけは正直な気持ち拍手がなくてもいいぐらいなんかそういう偶ができないかと思ってそれで最後あの牛さんの言葉をこうつなぎ合わせてコム歌して コは新たに作ったです。 そうですね。 そうですよね。 歌は最後入れてませんか歌があの聞こえてくるような気がしますけれども子さんが作あのそうここで歌ってくださるこのいっては いや初めて私聞きましたし はい あのそうなんですから原作にないものを一応は僕があのい そうあの石村さんの元々の原作の言葉をこうつなぎ合わせてちょっと足りないと思 なって、 それで、え、今日は明りのね、あの、捜査作曲家の金のさんに 知らぬ会のテーマを作曲してくださって彼にお願いしてゴムにしていただいて で子さんにペ そうですね。ですからここにあの耳に残 が残るしますしあの空間の感覚ってのは 残りますから何かあのここでまた出てきて 私が喋るっていう気にならなかったです 皆さんにその余裕をそのまま持っ て帰ってきたいなと思いましたね。そう。 あ、それありがたいです。はい。 よく各々の世界ではね、 いいのを見た後はやっぱり拍手したくないって、あの、本来他拍手ないんですよ。 ですから本当にその見慣れた方は拍手しないです。 今はもう拍手しちゃうんしょうがなくて 皆さんあのやる方と演者の方です、ま、しょうがないなと思ってたと思うんですけど、本来がしないものですね。 うん。 やっぱりあれはあの今日のあの舞台と同じようにあの世とこの世が同時にあるかなんですよ。のも ですからあの石さんはご自分での曲をお作りになってるとまの作品を本当にこうノム向こう側の世界とこっち側の世界が同時にあるようなそういう構成になってましたね。 しかもその様が 両方の世界を はい。はい。そうですね。 ね。で、こう私たちのこう現代だと文化様のような方本当にこう心を病んでいる精病んでいる人ででしかもそのなかなかちゃんと歩けないという意思てしまいますよね。で、しかしそういう人に対してそのこう神経どの はい。とか、それからもう1 つ満々さ、あんですけど、あれはね、ほのなんですよ。うん。 元々 うん。 だからやっぱりその障害を持っている人を仏様として別世界の人として扱うすごく丁寧に扱うっていうことは、 あの、こう数ではあった、あの、例えば福のさんそうですね、福さんて本当に実在の人物なんですけど、障害を持った方だったんですね。 それがあの福さんのわけですよね。守りがみたいですよね。で、あの七福人もそうだんです。 ああ。 ですからあのやっぱりそういう風にこうこう人とは違うけれども じゃあ廃斥すればいいのか邪魔だって思うのかってそうじゃなくて うん。 向こ側の世界している人としてやっぱりそのどこか崇める気持ちっていう 神の神です。 情がっぱい感じるから もあったと思うんですよ。 で、それを私さんの作品からは本当によく感じとるは あのこの作品はこさんだけやって来の方たらっしゃいましたね。 ライブの風たちもそういう風な存在として扱ってい、あの、書かれていてで、しかもあの業で水の中に寒い時に海に使ってそれが清めるっていう感じなんでしたけれども だけどもそれをこう見ている人たちもそれ邪魔したりはしないしでそういう世界っていうのはあったんですよね。うん。 その他の作品でもあのこう対抗を作る方を投げる人たちとかそれから死体の処理をする人たちとが出てきますよね。 で、そういう方たちを石さんはしっかりと見ながらしかもしする 友達になるな。 からあとは勇女たち うん。もう本当にあの、え、あの、 16 女ロの時みたいに どこかでこう普通の人たちは馬鹿にしてるんだけども、 だけどもあのみ子さんはそうじゃないです。 しかもそういう女郎さんたちが様を見て、あの、やっぱり様をすごく大事にするの気持ちが 伝わってきますよね。 はい。 そういう風にこう今の社会でどんどん排除してしまっている。 そういう存在をこう何かね、例とちょっと違うんですね。 はい。 あの、同時にあの世とこの世が同時に存在しているから当然ここにいていいよねっていうその そういう感情を持ちながらどこかでめている感のかな。そういうものを感じますよね。 やっぱり現代というかこの時代というのはどっからそうなっちゃったのかですが、やはりこちら側の世の中ばっかりになって だからこちら側の世の中の価値観ってなるともどうしても本当に目に見えるもの 手に取れるものにしか価値を乱さなくなっていくっていうその辺のなんとも言えない偏り方 やっぱりあれですかね、石村さんの原点ってあの割とあの正伝説あのね、戦争と あの庶民のが感じ取った南戦争ってことを書かれた南駅伝説っていう本があるんですけど、 やっぱりこうそれこそ日近代の始まり方っていうのにやりさんっていうの 目を注いでそこからやはり今体っていうのはやっぱり見返そうとしてるっていう気がするんですけども。 そうですね。 ですか?その又での又事件への抱え方っていうのがやっぱそこにあるから いや近代ってどうしてこうなっちゃってるんだろうってその南事件が消しからんというそういう話じゃなくて うん こうなっちゃっているっていうところに自分たちが自分が暮らしているっていうこのものすごく辛い切なていつも書えていて うん でそれはやっぱりこういうその幼い頃の経験だとか世界観自分幼い頃にこの空 をやってくださったあの空間ですよね。 本当にあの井上さんがこの演じてくださる と空間が見えるんですよ。だからその酒の 空間だけ家中それからあの全体の空間が 見えてくるのでああの中で生まれ育ていう ことは世界がこう1つじゃなくて 本当に多様に見えてる見えていたよく わかりますね。はい。そうですよね。 それこそ太大性っての最近言葉になってるけど、そう言ってるけどやっぱり見えてる世界はこちら側だけだと多様のなんつか層が本当に浅いものにないスペラですね。それからそのそれ的な動物と仲がいいとね。そうそう動物今生きてる目の前に生きてるキだとかたぬきさとかそうだ猫だとかすごい仲いいですよね。 その子さんがその他の症中で動物との関係それから野菜 食物草とか野菜との関係今日も野菜でいっぱい出てきたけど大根とかとか出てきますよね。 それであの、あの登場の仕方っていうのどの症でもそうなんだけど食べ物なんだけど生き物にていうのかな? 本当に今日の後でやってくださ 生きてるものをこう実から出してくてで生きてるものを育てる時にあのもうちゃんとここでやっておかないと栄養部がちゃんといかないなっていうとこまで書いてるしやっぱり生きてるものとしたってんですよ。 あ、そ、その多様性というのを私たちは失 あのお母さん、ま、え、だからみ子さんのお母さん、はさんがあの、ま、恥かしいこと大体お母さん 1 役目だったんですけど、たまたま体調が悪くて自分の畑に行かない時に近所の畑をやってらっしゃる方がなんかあのね、あのついでになんかやることがあったら、あの、なんか頼まれてもね、いいよっていうな言われるとそれじゃあ、あの、え えっと、草に うん、 草に挨拶しておいてください。 今日は行かれないけどって挨拶してくれないて、 え、それでいいの?それだけお願いしますみたいなことを言われる方でつもだからご自分も脳作業しながらそういう作物やあるいは周りの自然のものに声かけをして それが自然の方だから。 そう、そうなんです。 全体が生きてるから、 その生きている生命の世界で自分が生かされてる感思ってるんですよね。 それがその食べ物の食べ方っていうことに反映されてきて 食べないっていうことが使うじゃないですか。 その修年さんは料理って言葉が使わないんです。 うん。 食べ土の中からも取ってきたり海の中からもの取ってきますね。 それそのまま人間って食べられないものありますよね。で、それを人間が食べられるようにするのが食べれなんです。 うん。 だから料理なんか必要がないんですよ。だけどやっぱりあの例えば今日だったらあの大根を取ってきてその冬の間ちゃんと戻さなきゃいけないから干すわけですよね。 それで星にしたりそれからワにしたりするわけですね。あれはま、保存のためなんだけどもそういうあれは食べなですよね。 つまり美味しいかどうかとかどういうすごい料理ができるかとかって話はこすごい嫌いで うん。 東京に行ってあんなものになんでお金のや て書いたすごつ 食べ物に行って料理をこういうな料理を 食べるって何なんだろうて思ってうんうん 何かこう食べをしていくあの春野さんから 学んったことをみ子さん自分でこういうに なってでだんだんやれなくなりますよね。 今の時代だと思った畑の仕事もやっぱ普通の人できなくなるんです。 でもやっぱりこういつもそ物に対する うん。 姿勢というのがやっぱり自然に対する姿勢なんですよ。 そうですよね。から村さんはあのそれこそ あの皆にはいろんな方がねやっぱり来まし たけどそのま入れ先にも魚になっていて それで人が来ると必ず表を最初の声 お母さん元気の頃お母さんと2人でやられ てです。 僕がした時ね、 あの、熊本の施設でもう亡くなりた 19日前なんですけど、 あの、ま、その時は元気で 1 時間ぐらい話たんですけど、ま、もう私長くなっちゃうとんで 1 時間ぐらいで失礼した時に今日は何もご用意できません。過ぎの時は必ずとなんか用意して待っててくること言うわけですよ。 もちろんそんなもうね、そういう状態になったら無理なんだけど、そういう言葉をでもかけてください。なんかそれだけでもね、あの、僕ももうまたまた是非お邪魔してね、お話したいな。できれば石村さんの前で行きたいなって思って帰ったんですけど、 そんな風に気遣いされる方のね、 19日後にくなられてない。 最後はあの、ま、パキン病でなるんですが 、あの、私も訪問してますけれども、もう 施設に入りて、ただ施設と言っても個室 普通のアパートの人みたいな形で入っ てらっしゃるので、他の方がいるわけじゃ ないんだけども、渡辺教司さんが夜になる といらに 立って、渡辺教師さん大変な歴史家なん ですよ。 どこに立って料理して、それであの西子さんに食べたで、また帰ってくていうそういう日を送ってたんですよね。でもその時だってなぜかやっぱり自分で本作りたい。 うん。でしょうね。 で、あの、やはり本当に自然のものをずっと食してきたから味がやっぱりね、すごく敏感で、あの、渡辺教司さんがこれはどこでないって書いてたけど、あのスーパーで買った魚の真を作りですね。お、刺身は僕と僕はこれは結構美味しいと思うんだけど、もう黙って出たしても分かっちゃう。 あ、分かっちゃった。 分かっちゃってない。だからわゆるなんていうか、そのね、 あ、もうこれはあの東京に来てらした時もね、あの魚屋さんで魚見て、あ、この魚はちょっと日語ってるみたいなことを言ったら魚屋さんが怒っちゃって、何言ってんだよ。 今日さきつきでしたねって言われて、あ、私こと言っちゃったのかしらていう風には思ったらしいけど、あの、これは海のそばで育った方にとってはもうしょうがないですよね。 そうですね。あの、不会上土ってでも出てくるんです。他の方の漁師さんに初めて出てくる、あの、東京の人本当にかわいそうだろ。腐った魚しか食べてない。 あ、そういう意味では、ま、確かにすごくすごい今の世界からすればいいたなことをかつての本の方ですけども暮らしてたし、 あの、僕あの初め 2 回目に又行った時に向こうの熊の記者さんが駐催してる草出身の方と合わせてくれたんですよ。 で、僕より多分1 ぐらい先上だったからもう 80 超えてらっしゃる方と会いした時にあの昔にね、あの娘に塩ひ狩と娘浜に はい。 もう大体3月4月5 月になるとどんどんどんどん海のが豊かになってきて毎日そこで取ったものを食べるわけですよね。 で、学校から帰ってくるともうあの式に なってくるのはもうすぐ分かるからその 引き時きだってなるとバーっともうあのカ を掘り投げて姿勢に村中の門が浜に出てを ね取るんですよって話をされた時の80歳 の男の方の目が輝いたもう本当にね小さい 頃に戻ってるんですね。で、ちょうど僕、 あの、第2章なんかではそういう浜辺で こう会を拾ったりするのをやってたもん ですから、み子さんがあったその時に本当 にそのこのなんて言うんですかね、こう 運上に住んでるもののものの豊かさ、もう 出て座って書いてもこうこうそれを いただけることの嬉しさみたいなものを 文部文書にされてるからそれがその天草 出身の方をにのその様子を見てると あ ああ、皆さんこういって感じ海のものと共に暮らしてたんだなっていうのはすごく伝わってきたね。あの本当に熊とご紹介いただいて記者さんに感謝です。 あのでしかもそういうことが大々こう伝えられてくるわけですよね。 そうすると今日も様にその麦の工事をの様子を 味わってもらうね。で、これはもう春は春野さんがやっぱりかさんにつもこう試してもらってあとこれあとどうしたらいいのかとかそしたらもうちょっと干した方がいいとか言われるんですよね。 あ風にしてそのまさにこうかさのような 状態になってしまっていてもそれ頼って いうつまりそれを受けとするとか伝承 しようとするとか学ぼうとしてる次の世代 の人それが伝わってくるしそれから私は あのこの作品ですごく感動したのその 年寄りたちがもう腰が曲がって畑に出て 行かれなくなってうちの中で猫の入って そのしか亡くなった 時に魂が家に入るっていう言い方してるでしょう。 私はあれはちょっと驚いた。うん。 そう。あの、こう何もできなくなって家にいる年寄りって今どういう扱いにされてます?私も年寄りだから分かります。 で、そういう今のようなその高齢者に対する考え方だとか扱い方だとか施設に入らないともう無理だとかっていう風にこうなってしまうっていう行くこの社会比べた時に はい。 魂が入るね。 あの表現がすごいな ですね。 あの、それば今日やっちゃ、やっちまったと思って、ま、でもとにく、ま、 4 つらしょうがないから最後まで行ってどうしようかなと思った瞬間にあのシーンを見ていただけないんじゃやっぱりこの第 5 章を見ていただいたことにならないと思って もう1回やると いや、私ね、あれで終わった時にはこの話をここでやらなくちゃと思った。 うん。 あ、あ、ここが抜かすっていう演出にしたので でもあそこはすごく大事なところなんでの話と魂が入るって話をじゃこしようかなと。あの時は決心してたやってくださって そうなんですよ。とこうまねこうなもあるんですね。 やっぱりね、あるですよ。私たちは同じ年なんです。もう高齢者ですからね。 2 人ともあるんですよ。やっぱりあの私もね、実はあの神さんのね、あの今日も世話してく彼女、ま、彼女も役者なんですけど、 いい役者なんですよ。 本当にいい。私もに拝見したことあります。 でね、あの、そのね、彼女のお母さんって、ま、広島出身なんですけど、広島から 904 ぐらいかな、これカナに来てもらって 102 歳まで一緒に過ごしてたんですよ。それで、 で、一応週に 3 回かあの、デサービスたりし、で、でもヘルパーさんとか来てもらってさね、面白いのはね、あの、最初の頃はやっぱりあの、ちょっと表情も硬かったね。 み、あの、知らないとこまで来たわけですよ。だんだんクラス的に表情が大になって、それでね、ある時からね、ヘルパーさんたちがね、なんて言ったですか?ヘルパーさんたちが来ると元気になった。 結構ニコニコして、あの、 ヘルパさんたちの方って そう、そう、そう。ヘルパーさんたちのね、元気になるんですよ。帰ってきても。 それで、あの、ま、経の認知症とかって言われてたんですけど、どこが認知症なんですかみたいにおっしゃってて、ま、テレビなんか見てると、あの、字幕付きの画なんかちゃんと理解して見てたりするんですよ。 なんで、あの、例えばエルパーさんの方がそうやって元気になって、で、僕自身もね、なんていうかね、話してるとやっぱり高齢者の笑顔っていうのは独特ななんかありますね。 こちらをこう力が出てる から、ま、あるし、あの時期には魂が入ってたのかもしれない。 なるほど。 そういう魂の入り方ありますよね。 うん。 でも本当にそういう意味であの石さんの作品というのは今回もそうですが 11章全部ね はい。うん。 その1つ1 つこうどこから見るのかって側面が違うけれども はい。 でも全てにわってそのようなこの生命の世界っていうだからの散世界という言葉がね、もう突然広くなるでしょう。もう宇宙宇宙代まで私たち見えてきますよね。あの言葉がすごいですね。ま、仏教用だけど。 うん。 だけどあれを聞けばもう本当に宇宙が見えてくる世界 でもその宇宙が見えてくるあの世界がしかもその生命で満たされてる世界として見えてくるんですよ。そういう言葉を村さんが選んで、で、しかもそれを井さんが演じると言葉が体の中で入ってくる感じがする。 で、今日はあの驚いたのはあの天の兵がいらっしゃるからって言うんで、 それを家族を守るでしょ。 はい。はい。 あの画面すごい迫力でしたね。 あれ、あの、ただ読んでいるとそういうことがあったのかです。ちょっと過ぎちゃうんだけれどもでも今日あ拝見していて、あ、この作品の 1 つのやばれなんだ。はい。て思いました。 はい。 あの、み子さんをしてやはりあの、 あの、家の中でみ子さんは幼い頃 1 番偉いのは様だと思ってたっていうのがれてるんですけど、なぜそう思ったかっていうと父親が亀太郎さんが お様という存在に対して大変やびしく接していた。 えっと、箱然ご飯なんかも箱なんですけど、それはやっぱりこうザも使ってうん。 運んでいいと。 だから自分の父親があのね、あの結構気が強くて怒ると思う。ガシたなんか飛んでくれた。そんな親父があれだけま、行ってみれば貸していけるということはそのおか様がこの家では 1 番偉い人なんだという風にずっとま思ってたっていう。 あの、そういう意味ではこう亀太郎さんを 僕なんかの立場から考えるとね、言って みれば自分の神さんの国家さんがそういう 町の人たちが神経なんて精神のかってなっ た時にそどこまでそんなことができるかて いうともうなんとかしろよとかしろよ に当たっちゃったりとか自分なりそうだし そこを そういう気配を見 せに様のことをやはり大変大切にしていたということ自体がね、やはり子さんにとってこう大きかなかそうですよ。 はい。 なんかね、花性って私にとってはすごく嫌な生徒かなと思うんだけど、朝鮮のもう 1つの面を見たような気もするんですね。 あの、当然の場合には自分の家族がもう 全部支配にいるからも戦前です。この話 支配にいるから家族に対して何でもできる んですよ。そういう権力を持ってるんです よね。だからもう残酷なことだとできるだ けどそうじゃなくて逆のことができるん だって長がその景官に対してまさに関係に 対してその家族を守りきるっていうそう いう長のもう1つの面とかそういうものを 感じましたよね。 本当にあの亀太郎、亀太郎さん はい。 そういう人を脱しするからみ子さんもこう何度もいろんな書で自分の渋谷のことを 書いてる でそこにはその外に対その外に対しても厳しい面と優しい面と 16 女郎なんかの場にも本当にこう女郎老さんが亡くなったっていうそれだけでも自分がワンワン泣いてしまうような人ですからね。 そういうこう人物層っていうのかね、その息子さん本当によく書いてますよね。ですね、あの、やはりお父さんこの先がやっぱりお父さんが亡くなられ手から書かれてるんで、 あの、春野さんはまだお元気だった頃なんで、え、どちらかというとお父さんのエピソードの方が多いんですよね。 で、ま、お家さん、ま、なくなられてるん ですけど、元気だったハ野さんの エピソードはこの作品よりは、え、ま、 ある意味ではさんが亡くなられた後の エッセとかになると本当に多くなってくる です。 でもつくづく渋子という側はご家族から本当に作り上げたこういう方なんだけど、ま、作品というかごう家族の魂がやっぱりやっぱりこうを引き継いで内子という人間が成長されたんだなっていうのは 毎回やるたびに思って、 え、そろそ 石村さん関係の話時間経っちゃうんですよ。そう 皆さんに余韻を感じていただくためにすぐに終わろうと思って時間がありがとうございます。 こちら本当にありがとうございました。 はい、ありがとうございます。 今 2人は、え、千田4 和我が家の方々なんですけど、この衣装、え、我が家にご協力だきまして、え、作っていただいたオリジナルの衣装はい。 それとさん、あの、今日大事な人を全て紹介を、え、今日は照明をやってくださいましたけど、本来は 3 月高家で、え、この知らに会いのて、そして出しで、あの、今日も作曲してください それではそれとね、なんかもしかしたら これ同じ作品をえっと相模あの相み物の方 でも、え、やることになるかもかなという 風に思っておりますので、もしその時には お知り合いとかに声いただいて大変 ありがたい。 え、それではどうぞ、あの、帰り口を気をつけてお帰えてください。

2025年6月8日、私の地元相模原のメイプルホールでの独演『椿の海の記』第五章「紐とき寒行」(石牟礼道子 原作)の上演を終えました後の、田中優子さんとの対談の模様です。
この時はちょっとしたアクシデントがございまして、ラストの場面を二回ご覧いただくことにもなりまして……。
第五章はこの後、千葉鴨川~東京~柏~北九州~水俣……と巡演してまいります。詳しくは独演『椿の海の記』公式サイト
https://www.tsubaki-dokuen.comからご確認ください。

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