【第1部】シンポジウム基調講演・長野県大町市・サウンドウッズフォーラム2025・まちとつながる森の所有者はどこにいるのか

えそしたらあの今日はあのえ地域の暮ラシと森林管理っていうタイトルでお話を 45分間えまずさせていただきますはい であの今日お話しようと思っていることは まこのタイトルの通りなんですけれども あの森林の管理あるいは臨手 という立場がどういうものなのかっていう ことを国に考えてることとあと今日後ほど あの登壇されるパレラの方々はまいわゆる 我々の教会の区分でいくと専業っていう ことになるかと思うんですよねでただあの 新金の消費有者ま臨カと言いますけれども いろんな立場の人がいて必ずとしもその 診議は所有しているけれども人形を経営し てるわけじゃないっていう方はまたくさん いらっしゃいますし規模小さい人もい るっていうことであの僕の話の中ではそう いったあの小規模の所有という立場が どんなもんなのかについてもまお話をして いこうと思いますでま自己紹介いたします とあの 1963年生配れにしてあの実はもう すでに完暦も超えてしまってるんです けれどもあの学校出てたまたまたまたまと いうかあの東京で臨業と木材関係の専門 業界就職してでそこで11年間働いた後 99年からフリーライターになってという ことで数えますと今年でこの世界社会人 経験この世界しかないんですけど37年間 臨とか大目のことを致してきておりますで 東京生まれなんですけれどもここに書き ましたけどあの15年前に上田市の3カ地 に移住しておりましてでま本は書いてるの で本当はこの資料を皆さんに元々にお配り してQRコード読んでもらってすぐ本を 買ってもらうっていう仕掛けにすれば 良かったんですけどまこんな本も書いて いうことでご案内しましたでこういうとこ に住んでおりますあのちょっと古い写真 混じってますけれどもあの集落の個数が 40個ぐらいのえまあまあ山の中標 600mですけれどもそこであのま田ぼや 畑あったりしながらえ林と財目の取材をし ているとでこういうあの地域社会の一員に まあのにわ住民ですけどなったことによっ てその小規模所有者の人たちが住んでいる 地域社会における森林管理ということに ついても色々思うところもありまして今日 はその辺のお話の後半でさせていただき ますそれでま最初にあの僕こういう機会 いただくといつもあのお話しすることが ありましてあの臨魚ってどういう何なの かっていうことを国内の考えでお話しし ますけれどもあの今3のその臨巡る議論 っていうのはやっぱりかなり生産に偏っ てる部分があると思っておりましてで木材 生産ももちろん人形系の1つのあの姿なん ですけれどもあの生産することに偏そう いったこう議論と理解が今あの進んで るって感じているんですがあの銀業って じゃ何なんかっていう僕自身がこう取材を しながら自分で通ってるところもあるん ですけどこの写真でご紹介してるのはあの 静岡県の天流という人形産地のま自罰臨価 っていうあの自分の所有臨を自分で定入れ して生産している人たちなんですけれども でその人たちにこれはもうかなりなんです けどあのこの3つの家の方に取材した時に まいく道にここに書かれたようなことを 言われましてというのはまもちろんえ臨求 を立てるっていうことは自分の所有人の 在目材料を生産してそれを販売して利益を 得てるわけなんですけれどもそれはあの インスタントにできるようになったわけで はなくってこの自分たちがこう木を切って その政権を立てていけるっていうことは その木を育ててきた時間と様々なあ労働の 提供という積み重なりがあって初めてその 今のこのリングに設計を立て るっていうことに至ることができてると いうことはあの今自分たちがやってると 同じように臨魚というをこれから続けて いくためには自分たちもその前の世代の人 たちと同じようにえをこう育てていくと いう営みをこう季節にやってかなきゃいけ ないかっていうようなことをまここに ちょっと独特の表現であの山にこう木が 大きくなってるってことはそのテレビに 通った人たちの無数の足跡がありあの多く の汗が染み込んでるんだっていうそういう 表現をこの3つの方がそれぞれでしてたん ですけれどもまそういったことを忘れずに いることがあの本質ではないかっていう ことを言われまして僕はその時にあのその 話聞きながらこの山の中のこう木を眺め なぼの木っていうのはこう当然ですけど 一中指跡的にできたわけじゃなくてこれ まだ大きくなるにこうかかった時間と いろんな積み重ねがあってえ今この人たち は人魚を立ってるその積み重ねを続け るっていうことが人形なんだなっていう ことをこうま僕のこう仕事のキャリアの中 では本当に初めてこう強く認識した瞬間 でしたでそういうことを改めてあの感じる ようになったことこの これは2年ほど前に長野県内の取材であり まして長野県の人今日地元で何もいらし てると思いますけどこの方は長め県稲師 っていうところであの松の生産で暮らして いう方なんですねで70年間もちろんその えっと自分のうちで食べる野菜とかま育て たりしてますけども基本的にこの収入って いうのはバただけなんですね70年間バた だけで暮らしてきたっていうちょっと有名 な方なんですけれども藤原さんって言うん ですけどその方の取材に行った時にですね あの松って今レッドレッドあの絶滅九州に なってますよね でなかなか取れないところがこの方の技はその地区の人形専門その行政の方が あの入ると要するに藤原さんの足跡を謎にして歩いてかないとどこで踏みつけるかわかんないっていうぐらい松がすごく出るでそれは松がこうだ単に出やすい山を管理してるんじゃなくて松た が出やすい山を70 年間作り続けてきてるんですよねでこれはあの写真で今お示してるのは あのましばかきって言ってあの臨床にこう体積してる葉ぱとか枝とかの芝に積してしまうんですけど昔はそれを炊き付けにしたり肥料にしたりするためにみんなこそって山の中に入ってたですよね ところがあの科学費が普及してで化石燃料 が普及してってことな誰もそういうこと やらなくなってしまったので今どの山にも こうこういったあの芝が対積してるんです けどその芝をもう1年中書くんですねで 藤原さんのこの生活パターンっていうのは 9月の半ばから10月の半ばぐらいのこの 松丈竹の再生期はもう何があってももう 朝倉暗内から山に入って真っ先を取り 続けるんですねでその1つ期間ほぼ1つ 期間で1年の暮らしののその整形の立てる 売上を叩き出すわけですけれどもじゃ他の 11月間は何やってるかって言うとその南 の島に行ってとかではなくて他の11ヶ月 間も毎日毎日山に行って芝を書きで様々な 工夫がありましてあのネキりとかもやるん ですよねま赤松の独特の応法なんですけど でいろんなこのトライアラがあってこの 70年間で試して今成果があってることと これ今試してこれから成果が出るかわかん ないことをやり続けてるんですけどその 営波のあの積み重さんの中にはやってみた けどうまくいかなかったこともいっぱい あるんですそのチャレンジを日常的にいつ もずっとやってらっしゃってであのこれ今 山の中にこう寝つけてますけどここは何を いつ何をやったとこに分かるようにも印が いっぱいあるんですねであの例えばネキり なんかもネキりをやってこんなことダメか なと思った7年ぐらいした時にうわっと出 てあこれが有効だったのかって言ってま 続けてるとそういうあの松が出やすい環境 を作るためのあの11ヶ月間の山行って いうのをずっと続けてらっしゃって要する に1年中山に入って松が出やすい環境を 育み続けてるんですよねこの写真もそうで この臨床にあの緑色の木があってあのよく 赤松りで松出すには赤松以外いらないって 人もいますけど藤原さんのはその添子だと かえ目とかそういう松と相性のいいと言わ れてる食性がいっぱい方向に入っていて それがこれが勝手に生えたわけじゃなくて ですねあのこれ松崎のあえっとこれは ネズミ差しの旧なんですけどこの ネズミ差しの旧集めてきてナで割ってナの 種 花坂じさんみたいに山中にこう巻いて巻い てつまりこの子もネズミ差し全部俺が 増やしたとそうやってえ松が出やすい環境 を整え続けて松で食べてるという方なん ですけどであのうちの地域もあるんです けど松山入札にかけて今年誰がどの企画を え取っていいかっていう入札なんかやるん ですね共有人なんかでで1年の権利でやる とこのマツが出るためのこう取り組みって いうのはやってすぐにインスタントに効果 が出るものは1つないんですよねという ことは1年間だけの権利を買うんだと誰も 松たが出やすい環境にしようということは しないんですよ翌年誰が買うか分かりませ んからだからただ取るだけで収出するで この藤さんの地域は入札の権利が15年間 もあるっていうことさすがにそれは長いで びっくりしたんですけれどもその1年で やってるって地域の話をした時に藤原さん が言われたのはそれは耐えるねつったん ですねつまりこのただ取るだけだったら もうそれは山の恵は耐えるねつまりその臨 ま何でもそうなんですけれどもその自然の 恵み恩恵に抑してこう我々が暮らしを 成り立たせていくためにはただ消費する だけではするだけ続かないんですよね やはりこの自然を育組み続けていくって いうベースがあって初めて我々の暮らしに ありたっていうしまさにそうだと思うん ですよねところがその白むっていうところ がなかなか今あの軽視されてるとまで言い ませんけれども視野に抜け落ちてるような 感がありまして本題的にその 臨業白なんかでも何年かに今日本の臨は 育てる時代から 利用する時代になったっていうことを言い ましたけれども育てる社会から使う時に なったって言いましたけど僕はもう考えば 臨量っていうのはもうどんな時でも常に 育てる時代なんですよね育てる時代が一切 終わることはなくて育てるっていうことを 続けながらえ恵を生産するっていうことも 一緒にやっていかなきゃいけないですから 臨魚は常に育てる試合なんだこれが林魚と いう隣のま法律なんじゃないかっていう風 に僕は考えているわけです でまそういうことをベースにしながら今の 人形の状況をこう考えていきたいんです けれどもじゃあ果たして今日これから 後ほどリ科の方が4つの家の方が登壇する のでそこの中で皆さんお話を聞いて いただければいいんですけれどもこれから 登壇される方々はご自身が持ってる山を 経営されてるとある意味非常に分かり やすい形のこう経営者なんですけれども 臨を経営してのは誰だ でこの図はたっちゃっとしてあのま杉の 丸田でもカマスでもいいんですけど丸タの 価格が仮に立法メト1万円で売れた場合に その売上がどういう配分になってるかって いうことを模式的に示したものなんです けれどもあの生産にかかる経費がまこれ ここに出してる数字後までも例ですから 80008000がいつもかってるわけ じゃないんですけど8000だったり 5000円だったりあるわけですけどつ つまり生産にかかる各種経費があってその 経費を差し引いた残りの額がま流木の代金 っていう言い方を専門用語に言います けれどもあの丸田を生産して販売にかかっ た様々な経費を差した額が森認者の収入に なるっていうそういう構図なわけですよね 林系っていうのはでこれが臨流なんです けど昨のその臨の議論っていうのはこの 計上されてる経費の方がむしろ林魚の経営 の収入であるかのような捉え方に政策的に もされていてで経費を差し入いた後の残っ たお金っていうのは森林消費者の手収入に なるっていうことでこれはもう金魚計入 っていうよりもま収入あの所有者に配分さ れる額みたいなえそういう位置付けになっ てしまうっていうのが実情ですつまり経営 者は森林所有者じゃなくってその国際の 生産をしたりするあの 事業者の方が経営者だっていうようなえ 認識が今は人形会議一般的になっている 現状があるんですねでそれが果たしてどう なのかっていう大が僕は個人的にありまし て この図はあの国が進めてる心理系管理制度 というもののえ図なんですけどこれも同じ ことさっきの表もう少し細かくしただけで 丸田のこの売上がありましてちょの反応が どう申し訳ないんですけどその売上からえ 様々な経費を差いて行政をお金を払って 残った分がえ森林所有者に支払われるべき え金銭の額ということで人形収入じゃ なくって人形経営収入はこの赤枠でかかっ た部分囲った部分が人形経営収入で森林 消費者には残った方が支払れるとそういう まになってますそれを基本的なあの人形の 経営構造と規定した上で各種政策が進め られてるっていうのが現実なんですねです のでこの計管理制度の中で国はその臨用 経営者っていうのは伐採者どうなんだって 言い方をましているわけですもう少しそれ をちょっとシンプルにしてしまうとま同じ もうちょっと分かりやすくしたものなん ですけれども新入処者の収入っていうのは この人形事業者に支払られたの額にそれは どういうことかって言うと思い書きました けれども結局まずま木材の価格は値下がり してるってことはずっと言われていてその 結果丸田を販売した売上っていうのが生産 経費ぐらいにしかま生をするあるいはえ 開発だったらこう全部切って売った後に もう1回再送林をするそういった経費の 対価ぐらいにしかならないというのがこう 丸木材の価格構造になっているわけですと いうことは人形系収入を上げようとすると その山を昔だった山を持ってることによっ て誰かに生産してもらってその売上をこう 使有者得て人形系収入だったんですけど それがもうままならないんですよね なかなかしらこうロムを発生してその森林 でその木材生産したりするそのローの大価 っていうのが大価ぐらいしかが収益にそれ しか収益にならないっていう実情になって ますということは所有者である銀貨にこの 過去に積み重ねてきた先祖の労務だとか 投資だとかあるいはその時間の積み重に よっても形成された価値というものの対価 を還元することがもう今本当にほとほど できなくなってるっていう状況の中である から銀者っていうのは所有者じゃなくって そこで労ムを発生させた人っていう風に しかならなくなっているというのが実情 ですということは今はその木を育てる過程 での価値をこの情勢してその価値をあの木 が育った時に対価として歓迎してもらうっ ていうことが非常に期待できないような 状況になっていて林魚がその僕は さっき組み続けることだと言いました けれどもするとこう採掘的な位置付けに せざるを得ない状況がまれていますその 結果所有をしてるっていうその銀価の立場 っていうのは非常にこう薄くぐような状況 になっています の立場っていうのはだからこう今のその臨 っていうのは森林所有者がいてその所有し ている森林の経済価値をま国でいう臨営者 伐採業者等が活用し活用っていうのはそこ で伐採をしたりだあるいは保育の行為も そうですけれども保育あの完発伐したり ダ知したりまランチあんまり最近やんない ですけど看伐したりする行為は完発して 看板売れればいいんですけどただ単に完伐 して切り捨てるだけだったら売上は発生し ないんですけどま定したっていうこと補助 金がもらえるとその補助金も一種の対価と して考えると山を対象にした労務を発生さ せた主体がロムの大価として経営収入を 得るというこう状況になっていてそうする とあの個人でこう処理をしてで自分でその ロムを発生させてないで持っているだけっ ていう銀価の場合はま自分はもうほとんど その山間感の恩恵も受けなくなっていき ますので管理したりケス利用というのも こうどんどんどんどん後に一方になってる と重事体になってますで今の林会見ると数 で言うと新金をただ所有してるだけのリ荷 がもう大多数になってるとそれは例えばま 僕も実は銀貨の橋れで1兆半ぐらいに山 持ってるんですけれどもあの知り合いから はそこでちゃんとやしいことやれってよく 言われてるんですけど誰誰のがその所有で そのロムを達成して山る仕事をして大会 ってことできるわけじゃないですよね本当 にこう1hのにも満たないような消費者 たちもいっぱいいますのでそういう人たち がこのローブを発生して対鼓を得 るっていうのはなかなか難しくな難しいの が現実ですから単に所有しているだけで こうあの恩恵を受けられないっていう 立ちまがま大脱になってるっていうのが 実情ですそうするとじゃあ一体何のために 木を植えてるのかあの環境を守るためとか そういうことはちょっと置いといて当事者 として見た場合何のために植えてるかで 元々は将来その大きく育った記憶家と得る ことが目的だったはずだしそれができる はずだったんですよねところがその基物の 価値っていうのが売上から還元され るっていうことが今ご説明したに難しく なっておりますので現実が木を植える目的 っていうのは将来こう生産して売るそう ロブを発生させる対象となる木を作ってい くっていう形になってるのが実情だと思っ ています保育の時のこう価値を作ってくっ て断致したりとかその価値を作っていく ための労働の対価っていうのを最終的な 売上が回収するのが非常に難しい状況に なってるですから木を植え るっていうことで将来的にその所有者が こう利益を得るっていうのは難しい状況に なってるじゃあが周年るにはどうする かって言うとま自分の所有してる参 行為をする自罰認になるのかあるいは臨 事業体に自分自らかこう素生産業者になっ て自分の所有あるいは所有じゃないところ で含めたところであの生産行為を行うこと によってその労働対価を得るかっていう ことでしか主任を得られないあるいは本当 はこういう風になって欲しいって意味です けどちょっと薄く書きましたけどあのいい 気を育ててその木を高くることによってえ 収入まもっとこれに期待したいんですけど それがなかなか難しい現実があるんですね であとあの最近の傾向で新人空間利用って いうことなんかが言われてますけれども その木材を生産するという老部の発生だけ じゃなくってソフト価値って言いました けど体験学習の場にしたりだとか様々な アクティビティをやってもらったりま観光 を含めてあるいは資料2吸収のこう対価を 得たりだとかっていうことでその木材を 生産しない形のこうソフトのソフト面の こうロールを発生させることによる期待感 対価収入るっていうこともまれつつあるか なとこのいう形の収入を得るというのが 人形になってる現状の中でじゃあ山をこれ から受け継いには特にその 小規模な所有者の人たちがこの山に関心を 持ちながら受け継いでいくにはこの山を こう森林を管理を次の世界が行き継いてき たどうしたらいいのかっていうそこがま 問題になっておりまして実は僕これに 関する答えをちょっと探し続けて るっていうのが実情なんですねあのあ そういうリ科とか地域社会が3人をちょ この銀価っていうのはもう規模小さい人を ここで指して使ってますけれども参を保有 し続ける意義っていうのはあるのかって いうのがま今社会的に問われてる状況だと 思っていて僕はそこに意義があるという風 にその意義にちょっと半ばしみつくような 形で取材をして発信をしてるんですけどま 自分なりに考えるとやっぱりこの身近な こう参任に住んでる三角地に住んでるよう な立場ですと身近なその自然の状態って いうのは本来的に自分ごとであるはずです から所容するという関係を維持することに よって身近な自然を自分ごとにまできる 実感を伴っててできるんじゃないかとま 本来その自然のことっていうのは都会に 住んでか誰にとったって自分のはずなん ですけれども3地に住みながらこう森林と のこう関わりをこう所有という形で保持 することによって自分ということフィット を感じることができるんじゃないかと あるいはまえちょっと突言い方かもしれ ませんけれども何かで困った時にその森林 があることによってま自分でこう生産 するっていうこともできますしあの あるいはま観光主義得たりってことも できるかもしれし山を持ってるってことが ブラシのセーフティセーフティネットとし ても機能できるそういった期待感も抱ける とそれとですねあとあの都会の人 はどう思うか分かりませんし元都会人で ある僕自身もあのこんなこと言っていいの かなんですけど森のことを山のことを好き になれば結構楽しいことはいっぱいある はずなんですねの様々な日常的に山と 関わりの中でそういったこう意義っていう ことがもっと強く実感されるようになれば いいなっていうことを思っていますただ みんながみんなその森林を所有してそう いう意義を感じられるかってとそうでもな いっていう事実もある中で森林所有者から こう経営を代っていうのは森林組合さんと か事業隊がまよく言う集約化って規模の 小さい人たちの森林をこう取りまとめて まとまった規模で経営を代行する経営を 委託されて委託されてやっていくっていう そういう形の臨業経営も当然あるわけなん ですけれどもでその場合のあの経営代行 っていうのがどういうものであるべき かっていうことをちょっと今の段階で もっと詰める必要があるという風に実は 思っていましてというのは今の経営の代行 っていうのは流国立ち木の所有者は あくまでも森林所有者なんですねある意味 当然なのかもしれないですところがその 森林所有者は立ち木の所有権も保持して いるんだけどその立ち木の経済価値を向し て信るのは経代者なんですよねすんだっ たらその収りでこの経営を代行する委託さ 委託っていうのむしろ本当の意味の経営の 代行という風にするにはもう地上権を完染 した方がすっきりするんじゃないかって こと最近考えていて立機の所有権を優勝で その経営者に移転するあるいはその今の 経営管理制度とかもそうなんですけど開発 した後に植える投資をするのが所有者なん ですよね所有者がお金をつまりこう販売し た収入っていうのはそれは本来所有者の ものなんですけどその中からこう様々な 景気を指した残った額があってその残った 額からさらに次の経営を始めるための投資 である職や保育のためのお金もそっから 取られていく取られていく公平があるん ですけどところがその植えた木の経済価値 っていうのは植えた上経費を負担した所有 者にはほとんどもたらされることが期待 できずにその大きくなった木の価値ちって いうのは経営実践者がえ利用していくって いうことであるならばそれはそもそも上の 段階から経営者っていう立場の人たちが 植えてくっていうことにした方がよっぽど すっきりするんじゃないかっていうことを 考えていてそういう形でこの経営代行って いうのをもう少し整理し直してこの小規模 所有問題をえ詰めていく必要もあるんじゃ ないかっていうこと最考えてます2番目に これ書いたのはあるその新ベンチャー企業 の人からそれベンチャー企業は所有者から 山をどんどんどんどん買ってるっていう人 なんですけどでその話した時その人話した 時言われたのは自分たちは消費規模の所有 者の人たちが森を抱えてることによって 悩んでるその悩みをその所有の自爆から 解き放ってあげてあげようとしてるんです ね所有してることによってこのはそのま うちの周りもいます結局子供たちが都会に 出ていってこの山からどうしていいのか 分からないとであとま実際そこそこの規模 の臨感の人でもその山があることが足かに なってこう自由に暮らせないっていうこと 言った人もいましたけれどもそういった 所有していることによる諸々の自爆から 解き放と解き放ってあげようとしてると いう言い方もして僕それを聞いた時 ちょっとなんと言って分かんなくなって しまってあのモヤモヤしたままなんです けどもただまそういう考え方もあるのかも しれません実際に所有してることで悩ん でる人もたくさんいますのででただ その地上権を風に規定したのはやっぱり この所有という土地所有ということを残し つつその地域のこの森の関係っていうのを 維持することによって上で書いたそのこの 3つに表してる様々なサービスあるいは 賛菜を取ったりキノコを取ったりっていう 楽しみも含めてそんなサービスは所有者だ とか地域社会にきちっとこう提供される ことが保持されて行かなければいけないと 思っていてそういうその自分ごとしてあの 考えられるようにするための担保は 何かしらの形でやっていかなきゃいけない という風に思っておりましてそこが1つ 所有という構造を残す手がかりになんでは ないかということを考えています まそういうあの現状のこう認識をちょっと した上でじゃああの小規模所有ということ の現状はどうなってるかっていうことをま 僕の住んでる地域のことを例にちょっとご 紹介したいんですけれどもあの 山の中この中でも3地に住める人いっぱい いると思うんですけれどももう人口が どんどんどんど減少する一方で山の中の 暮らシっていうのは本当に子供がいなく なってる中でこれから先成り立っていくの かっていう難しさがあるんですけれども この写真の人たちはみんな長野県なる人 ですけれどもあの上の3枚はお谷村の3歳 の塩漬けの名人の女性で90歳の方です けれども下の は秋山号で狩猟やっている兄弟の写真です があのやっぱり三間地区に暮らしがこう人 の営みがあるっていうことは 自然が自然ってやっぱ健全であって欲しい ですよねその健全であるということが自分 ごとであるっていう人たちがやっぱり3地 で暮らしを営め続けてるっていうことへの 期待感も強く僕は思っていてなんとか本当 のあの山の中になんと難しいこともあり ますけれどもあの自然に隣接する森に隣接 する地域との暮らシっていうのをこう何と か意味したいと思っていてまそのために 移住したわけじゃないんですけどあのそう 思いながら暮らす中でちょっと感じてる ことをご紹介しますけどこれがうちの集落 あのこうしてみるとすごい山の中だという 風に見えますけれどもまこの下まで行く人 もすっぱってあの仕事はないっていう開け たところがあってたまたまちょっと山の上 の方から取ってるのであのすごく山田見え ますけどここっちはもうちょっとこの上の 方になりますがこういうところなんですね であのさっき自分のプロフィールあんまり 詳しくご説明しませんでしたけれども移住 して集ラップのコミュニティでいろんな役 を担うようになってきていてで僕の個人的 なそのエポップメイキングが出来事として は参委員という地域の共有の管理をやる 自治会の役職っていうのを6年間にわたっ て務めたことがありまして3人の時にやっ てた仕事の抜粋がここに書いたことなん ですけれどもま本当にこのぐらいの時期5 月から6月7月っていうのはもうほとんど のあの週末になると山に入って何かする 仕事っていうのが発生してま忙しくしてた んですけれどもあのま僕以外にも3人いて 自治会で4人の役所議員がこうしたことを こうになっていくんですけれども6年間3 人あったことによっであの僕はそこの地域 で生まれ育だったわけじゃないんです けれどもあの山のことが分かるようになっ ていたんですね当たり前なんですけどその 例えば林動で東北が発生して初期に行か なきゃいけないなっていうことで3人に 連絡かけてどこそこで東北発生したとか ちょっとどかしといてくれとかって来るん ですけど最初のうちはその時にま行くん ですけど今はっていうかその3人やってる うちにどこそこって言われたらあそれは こんぐらいのうきであそこのリドはこう いう状態だからこういう道具を持っていか なきゃいけないなとか人数こんぐらいいる んじゃないかとかっていうこう監督の 分かりを見いたんですね繰り返し繰り返し 山にだからその自分が住んでる地域の自然 自分が住んでる地域の山っていうのが距離 感がものすごく縮まってそこでやっぱり こうあの親しみだったり様々な楽しみだっ たりっていうことをこう実感するように なってたという手応えを得られたことは 本当に自分にとって大きなことでしたその 地域の自然がこう自分ごとになってくる 家庭っていうのをこう経験できたんです けれども例えばこういうそ前のページで この山っていうの書いてあったかと思い ますけれども毎年1回秋のこう葉ぱこちて 見通が良くなった時期に隣接する集落との 教会をこの4コースあるんですよ年ずつ 回ってくるんですけど山みをして教会を 確認して確認するっていうのは役員が どんどん変わってきますので新たになった 役員に次の世代を意内としてこの教会を 確認してまるということをま毎年毎年4年 プールでやってで4年間その自治会の役の 人気があるので次のあったらまた次の人に なるってことを繰り返すんですけどこんな 時にも3人に投稿して東北があったら チェストで切り払ったりとかしながらま やっていきますこんなことをまやっていた んですねであとこういう東北目が発生し たらあの切ったりっていうのでやってきた んですけれどもでこんなことをやりながら こう感じていったことっていうのは 三カ地の暮らしっていうまにわか者 が感じているその暮らシっていうのはま 当然家庭があり仕事があってあとこう地域 社の場合やっぱ地域っていうこう自分たち が住んでいる地域のことがあるんですよね これはちょっと今薄くしちゃ書いちゃっ てるのはこの地域っていう地域性がこう 暮らしの中からやっぱりあの都市の方で ぶれている実感もあるんですけれども地域 って何かって言うとま僕は感じたのは5除 助け合うこと育成やっぱ次の世代あるいは 自然も育成することでやっぱり自然という 3巻間地域にあの切り離せないものがあり ますよねそれが地域だとで従来の中間地域 あるいは酸尊っていうのはま仕事自体が山 仕事だったり労業だったりっていうことで 仕事イコールここ地域だったわけですよね ところがそれがこうだんだんその一次産業 の営波っていうのからみんな離れていった 中でそのかつての地域っていうものの ことっていうのが臨魚だったら別の人にも やってもらって農業もそうですよね今あの 田ぼ畑を誰かに代作ってもらったいって ことが普通になってきてますのでつまり 外注してるわけですよね地域のことてで その地域のことを我々外注していくと やっぱりその暮らしっていうものの中の 家庭と仕事ってのは誰にもあるんですけど プラスアルファの地域っていうものが どんどんどんどん薄れていくとそこの地域 に住んでいる意味合いっていうのが やっぱり薄れざを得なくなっていってま 街場出ても便利かっていうのも当然出て くるんですけれどもそうするとま人口が 減ってるからでもあるんですけれどもその 助き合いとかその地域というものの意味 合いが薄ることによって地域は当然元気を なくしていくとで力を合わせて助け合って 暮らしを守ろうというそういった意欲も結 ていくま外中でってことになってるとそう するとそそれは結局整のつまりその暮らし ていく上でのその なんていうかな些細になってるものが薄れ ていくっていうことになると思っていて実 はこういう三カ地の暮らしそのものがま 脅やかされる事態にどんどんどんどんなっ てるという風には感じてきます まあただその中でそれをこうと打開する ためにその3人をながら感じていたのは みんなでもっと関心や意欲をこう持って もらえるにしたらどういうどうしたらいい かって今も本当にそのことよく考えてま 悩みをしてるとこなんですけど正直そこに どうするかっていうの難しさも実感し ながら今日なんかでも今日いろんな議論を 通じてそのヒントを僕自身もちょっと 持ち帰りたいと思ってここに来てという 実情もあります でただそのいろんな地域のこう取材をして いると様々にこの地域とこういうものを こう元気にてこっていう取り組みがあり まして3つほど事例をご紹介しますけれど もこれは僕は最近あの年に何回か1年ほど 前から通っている山形県のえ旧厚木町と いうところであのここはですね今日新組合 の関係者ますかね組合地元の森林組合が新 組めて利益が出ると組合員にこう配当を 出すんですね常用金の中から一部でもその 配当って新陸主身によって成り立ってます んで出資口数あたりいくらってなると ほとんど大した金にならないんですよあの 1口3000とか4000とかで3000 って言って5口出してれば1万5000と かなるかもしれませんけれどもそれ ちょっと飲んだら終わりみたいな話になる んですけどそんな配当を出してもしょうが ないっていうことでその地域の森林組合は 地域の自治会だとか任意団体が山のことで 何かの作業をするのに対するあの ハトっていうのかなえっとその日頭だった に使ってくれっていうことま補助金ですね 地域の営波に対する補助金を森林組の利益 の中から配当として地域還元してるんです ね非常に珍しいなんですけど個人の趣旨 組合に出すんじゃなくて地域に還元するで 僕はこのあの地域でその林道の林動って いうのは生活にもなってるのでその暮らし てる人たちが自集落で林動のこう草刈りを やるとその草刈りに対するご助金を心理 払ってるって聞いたので去年の6月にその 自分もカリバを担って左右に丸参加して どういう風にやってるかってやってみたん ですであのまあ1日ま半日かな作業して その後地域のこう看板な天気塗り換え なんかもやったんですけどでその後にま 医療会があって宴会やるとで自治会え今日 行政の方もいると思うんですけど行政から 補助金もらうと結構めどくさいんですよね いろんなこう人だとかそういうことを目書 書いてるところ森林組合がこう組み合いの 自分の地域に出す職になる非常にこう緩い というか使いやすいだから展開に使っても もちろんオッケーですし日頭に使っても いいしあるいは自治会の収入にしてもいい これも結構大きくてうちの自治会なんかで も人口がどんどん減っていけば減っていく ことで自治会の収入が落ちているんで 何万円かのこの収入っていうのがこういう 例えば森林組合からこうもたらされ るってことがある非常に大きなあの 地域の自治を支える基盤になってくるん ですよねそういうことに使ってもらい ましょうっていうことで森林組が地域し てるあこれはまさにこう地域の共同組合の 仕事だなと思って本当に実感しましたこう いうあの森林組合がだから地域の人の人 たちが地域の自然との係かりを続けていく ことを下支載しているという事例です あるいはこれあの隣の県の高山市っていう とこで木の駅ってありますよね地域の人 たちが自分たちのこう山の整備をしてその 看伐した看板を自治体とあとえっと バイマス燃料を作ってる人に買ってもらっ て地域通貨として買ってもらってっていう 木の駅の取り組みが全国で行われてます けどこの高山市の木の駅の取り組みって いうのはあの平産さんが作ってる圧縮木材 の杉のあの圧縮木材のプレートえっと地域 通貨に見立ててエネポっていうあの500 これ600えっと6万あるから3000円 あるんですけどこういうあの地域通貨で 看板線借り取るんですけどこのエネポは えっと平洋組み合っていうところが発行し てることになってるんですけどその高山市 にはもう1つ有名な地域通貨があってです ねご存知の方いますかねあのサルボって いうあのスタートの赤いえっとレフルに ありますよねサルボムコインっていう デジタル地域通貨があってスマホにこう チャージできるんですねでそのデジサルボ コインっていうのはエネポは僕が取材した 時にも56年前ですけど高山市内のえっと 70店舗ぐらいで使えるんですよまそれも でもこのエネポでおそばご馳になりました けどただサルボムコインはですね高山市内 の1500点つまりほとんどのお店で使え てしかも公共料金の社罪に当てられて天候 保険だとかあの税金だとかでこのエネポを 平田の和口に持ってくとサドボコイン化 交換してくれるんですよということは自分 たちの森林整備をして越伐をして看を 売り払った収入で地域の様々な暮らしの タイトルをそこで払うことができるんです よね税金払ったり屋さん本買ったりつまり 自分たちが森林を整備していた大価って いうのがインスタントに暮らしに使え るっていうそういう直結する仕組みを地域 の金融機関が協力して中立ちしてくれこれ もだからその暮らしと自然をこうつなげ 色くつげてくる下になってるこういう事例 もありますと長野県のえ僕の隣のえっと ち国村っていうところであのわっこの山服 農林者っていうまあの障害者の方あの雇用 収労支援なんて団体ですけれどもいわゆる 妊腹連携と言って人形と福祉の連携で障害 のある方々があるいは障害のある方のおら れる家族の方が地域でずっと暮らしてを 続けていけるように薪を作った りっていうような労働をあの障害のある方 にやってもらったり地域の温泉施設の ボイラの管理をやっぱ障害の方にやって もらったりっていうことであの障害の方の ある方の収労支援を臨業と絡めながら実施 することによってその人たちの暮らしを そこで継続できるように支えているという 取り組みがやってる人もいますこのこうし た類事の今臨と福祉の連携ってのは各地に あの事例もありますけれどもそういうあの も長野県内もあるですこれもあのその地域 の自然森林を生かしてそのクラシとこう つげてるっていう取り組みだと思っていて こういった様々な森林からもたらされる サービスっていうのを地域でこう生かして 地域の暮らしを成立させていくっていう ことのためには1つねやっぱりこの地域の コミュニティある地域の居住者が森林との 関係っていうの1つはあの所有っていう 関係によっ保持するっていうことも1つ 必要だと思いますしあるいは経営を代行し てもらったとしてもそう代表の当事者が やっぱりこういう地域サービスさっき新区 でやってましたけれども地域サービスって いうことを地域にこうもたらすっていう ことはやっぱり続けていってもらうそれに よって地域の暮らしと進自然っていうもの をえ関係が続くようにしてあげるそういう ことはやっぱり絶対必要なということを 思っていますまそういうことが成り立つ ためにもどうやって意欲を高めるかって いう課題が引き続き残っててそこに何は つきないんですけれどもまやっぱり市民と 自然と自然との係りっていうことを保持 するっていうことの意義はやっぱり必ず あるべきだあるはずだということを思って います で最後にですね今日もちょっとあの ちょうどのテーマになるんですけどあの皆 さんそうだ今日倫関係者の方会場の方で റെ業関係者だっていう方は色です裏返し ざっと1/3と言っていい感じですかね そうするとであの林日本って林拍書には 日本は世界の森林国って書かれてて新金率 が70%あるからんですけど最近その日本 って本当に新人国だのかなっていうことを ちょっと疑問に思っていてっていうのは ちょっと昔昔何年かまでやっちゃって ドイツ人と日本人のハーフの女性から日本 人って森林のこと本当に好きなんですか 問いかけられたことがあっって大切に思っ てんですかねって言われてでいや森林って いうのはそう あの 暮らしの元になっている自然森林っていう ことのを大切に思ってる人が多い国や地域 が森林国であったり森林権であったり森林 地域でとして誇れるっていうに森林が多い からっていうことだけじゃないはずじゃ じゃないかってこと思っているんですけど ただ現実はその三カ地の中に暮らしてると やっぱりもう山なんかいらないみたいな話 が日常的に聞こえてきていてあの さっきの呪爆じゃないんですけど新人との 関係を維持することに対する意欲が低下 する一方そういう状況持ってして新林国 なんて言ってていいのだろうかっていうま 問題意識があってあった時にですねこれ稲 市で長野県の稲市であの稲フォレスト カレージっていうのがあの5年間やって 今年去年で一組になったんですけど去年 取材に行った時にある参加者から 臨のこと調べようとするとこの ネガティブワードがもうごっそり出てきて 厳しいとか儲かないとか感覚が安いとか もう一体このネガティブな情報が氾濫し てる人業会って何ですかて思っていたら その稲フォレストカレッジは森に関わる 100の仕事を作ろうというこう前向きな テーマでやってるからそれだったら町に 住んでる自分たちでも森とのなんか関わり を身につけられるんじゃないかと思って 今日来ましたっていう参加者がいてそう いった参加者の人たちからなんかその臨業 の専門領域っていうことだけで見ていくと 浅瀬がないですねって言われたんですね もうこうどこに足を踏みなんかそこが見え ないから足を踏み入れるとズブズブズブっ てこう入り込んで怖くて入れないでところ がこのフォレステルティはなんか前向きな ポジティブな雰囲気溢れてるからやってき たんですって言われた時に一体この臨量界 で結局補助金も必要なので補助金も厳し いってこと言わなきゃいけませんのでこの ネガティブな話にななり続けてくあるいは あの絶望の陰みたいな話をそうタイトルの 書籍もありましたけどそんな状況 でいいのかなっていうことそんなことやっ てるからまたあの森の距離も遠くなってる のかなっていうことを最近ちょっと思って いてでここにじゃ赤掘自分の仕事とか立場 って何なんだろう僕もそのマイナスバード 連発してるのかっていうと自分はそんな こと全然思ってなくて自分はむしろその水 が進むように綺麗な水に見えるようにこう あの綺麗にしてこういろんな人たちが 楽しかってよってこと発信してるつもりな んですけれどもそういう仕事しなきゃいけ ないなって改めてが強く思っているところ でこれまちょっと書いてますけどちょっと 結構声を大にしてあの絶望ない人形は失体 なら僕の本を読んで欲しいっていう気持ち もちょっとあるんですけれどもやっぱり 朝瀬っていうかこうみんながもっと森の ことをこう堂々と好きになれるような環境 をやっぱり作っていくそれがこの森林国 長野県は森林国から権へっていうあの森林 県からറെ業権へか新事はくださけど臨業 がまだまだから臨魚権なきゃいけないって 言ってるんですけどあの森権っていいと 思うんですよねだけど森林権になるために はその森林のことが大切だっていう人の 割合が高くないと長野県の新率は7割 ぐらいあるんだったらやっぱり7割ぐらい の住民の人たちがやっぱ森て大切だよねと か森のこと好きだよねっていうそういう人 たちの割合を増やしていくっていうことも 考えながらその次の世代に森林をの管理だ とかを適切にこうあの証券していくって いうをあの作っていかなきゃいけないん じゃないかっていうことをま悩みながら 思っておりましてそういう環境整備をし つつあの次の世代のことを考えていきし たいですし今日の議論もしていきたいなと いうことを思ってますでそんなことをやっ ていけば今日大きなテーマになってるえっ と町に繋がろうとしてる森林者はどこに いるのかってテーマなんですけどま森の方 がこうやってあの今日後からねあの浅瀬 なんかいくらでも作ってやるぜっていう人 も登壇するんですあの浅瀬がなければあの 自分でい方を作ってでも渡してやらせ みたいな人も出てきますのでそういう人が こう出てくるとこう街の方からもこうつく て人も出てくるんじゃないかなっていう ことでまそういう ポジティブになれるそしてどういう形で こう地域を元気にしながら森林のことを 考え続けていけるのかっていう手応えを得 られる1日にできればいいなっていうこと を思っている次第です若干したからほぼ 45分間だと思うんですけどはいあの結論 めいたものを出せずに悩んでますってこと 白除しながら貴重になってしまいました けれどもあのちょっとこの僕の話を参考に していただきながらしていただきながらえ の議論をえ談者そして会の方の方を含めた 参加者の人たちとえ問題意識を深めて いければと思っておりますえっとご成長 ありがとうございました

【01】サウンドウッズフォーラム2025
2025年5月30日 大町商工会議所会議室

◆シンポジウム・基調講演◆
赤堀 楠雄 AKAHORI Kusuo
(林材ライター・長野県上田市在住)
タイトル『地域の暮らしと森林管理』

———————-
soundwoods Forum 2025
まちにつながる森の所有者はどこにいるのか
シンポジウム + 森林見学

◆公式ホームページ・開催報告

サウンドウッズフォーラム2025

◆募集チラシ・プログラム PDF1.9MB
https://soundwoods.net/wp-content/uploads/2025/04/soundwoodsforum2025-flyer-406mini-1.pdf

◆開催趣旨
現在、多くの林家が林業経営の意欲をなくし、森林を所有していることに意味を見出せなくなっています。社会全体では環境保全への意識が高まっていますが、その一方で大切にされない森林が増え続けている現実があります。
次世代に健全で豊かな森林を引き継いでいくために私たちにできることは何か。現在も意欲的に所有林の経営に取り組んでいる林家の生の声を聴きながら、これからの森林管理の方向性を考えます。

◆開催概要
シンポジウムでは、若き世代の林業家が登壇し、世代を超えて受け継いできた森の付加価値化の事例を報告いただきます。参加者を交え、森林経営の持続的継承と、「森」づくりへの「まち」の関わりをディスカッションします。
二日目は、ホストパネラーである長野県大町市の荒山林業さんの森林と、森から手に入れた木材を使った宿泊施設を見学し、昼食をとりながら意見交換を行います。

◆開催日時
シンポジウム : 令和7年5月30日(金) 14:00~17:30
森林見学 : 令和7年5月31日(土) 8:30~14:30

◆開催場所・集合場所
【5月30日(金) : シンポジウム】
大町商工会議所(長野県大町市大町2511-3)
https://www.occi.jp/
【5月31日(土) : 森林見学】
JR信濃大町駅集合
荒山林業の所有山林(JR信濃大町駅から車で15分移動)
https://arayamaforest.jp/

◆当日プログラム
【5月30日(金) : シンポジウム】
13:30 受付開始
14:00 開会基調講演
パネラー事例発表
ディスカッション
17:30 終了

【5月31日(土) : 森林見学】
8:00 受付開始
8:30 JR信濃大町駅前 出発
9:00 開始
荒山林業所有林を見学
地域産木材を使ったリノベーション物件を見学
12:30 昼食 (会場:大町市平公民館)
森林見学の振り返り・意見交換会
14:00 終了予定 移動
14:30 JR信濃大町駅 解散

◆シンポジウム登壇者
【基調講演・コメンテーター】
赤堀 楠雄 AKAHORI Kusuo
〔林材ライター 長野県上田市〕

【ゲストパネラー】
井上 峻太郎 INOUE Shuntaro
〔有限会社創林 埼玉県飯能市〕

合原 万貴 GOUBARU Maki
〔マルマタ林業株式会社 大分県日田市〕

佐藤 太一 SATO Taiichi
〔株式会社佐久 宮城県南三陸町〕

【ホストパネラー】
荒山雄大・あゆみ ARAYAMA Yuta・Ayumi
〔荒山林業 長野県大町市〕

【進行】
安田 哲也 YASUDA Tetsuya
〔NPO法人サウンドウッズ 代表理事 兵庫県丹波市〕

◆森林見学 案内人
荒山雄大・あゆみ ARAYAMA Yuta・Ayumi
〔荒山林業 長野県大町市〕

◆実施体制
主催 NPO法人 サウンドウッズ
後援 木材コーディネート研究会
後援・助成 公益社団法人国土緑化推進機構
「令和6年度緑と水の森林ファンド」助成事業

◆お問合せ
NPO法人サウンドウッズ大阪事務所
所在地:大阪市中央区平野町2-1-2-5A
H P : https://soundwoods.net/

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