【映像資料】徹子の部屋 広末涼子 2006/03/16 1/3

お 客様初めておめにかかりますけれども、本当にまだ高校生のようなウイスさが残ってらっしゃるお客様、広瀬子さ、今日のお客様です。ま、本当にね、あの、な [音楽] んでしょう?あの、去年の8 月に吹きなさって、その前2 年間お休みになってて、そ、いろんなことお考えになったそうですけども、本当にあなたはあれですよね。高校生の時と体験も何も変わんないでしょ。そんな感じ。 [笑い] そうですね。 あ、じゃ、後でゆっくりね。ごめんなさい。 お願いします。ひろ瀬子さん、今日のお客様です。よきらしてくださいました。ま、初めておめにかからしていただくんですけど、本当目にかかったとこなんか高校生もまだお出来になるなっていう感じで なんかね、若かしい感じで、 でもなんか全体的にはその昔と変わってらっしゃないでしょ? そうですね。変わらないですね、ほとんど。 いや、でももうあのもう25歳になって でもまだ25。あ、そうですか。い ですよね。いや、私なんかからするとよ。いい。まあね、死者ご入してまだちょっと 20日解放じゃないですかね。 いいなと思いますけど。 いえ、今回ご出演、あの、出演させていただくのに、あの、黒柳さんがご存知なのかなと思って不安になって。 いやいや、それはもう、え、もう大学にいらっしゃるとかいろんなこととかもことを随分あの、ま、いつもピチピチして元気そう。ただピチプチして元気そって私たちは思ってましたけど、ま、ボイスであるとか元気、それ活発、発、そういうのがみんなあなたにこうなんて言うんですかね。 はい。思ってるイメージで それを保すたに随分大変だったってなんかね、今日はその話なんかも伺うんですけど、その前に あなたのお父様は私これがすごいと思うんですけどすごい人の顔と名前を覚えるの一ぺなんですって。 そうですね。すごく尊敬します。 その部分はやっぱりあの仕事柄かうちはあのお店をしていて商売をしているので父がもうお父様の台からうちの おじい様のはいから商売人のなので かわからないんですけどあの本当にお客様とかもちろん あのご緊所の方とかお仕事の方とか すごく名前と顔を覚えるのが早くて それもともかく外国 にご家族でいらっしゃった時、私これびっくりしたんですけど、外国にご家族でいらっしゃ、お母さんも一緒にいらっしゃってうん。 はい。あの、イタリアに家族旅行した時に うん。 私ももう成人してたんですけれども、えっと、きっと 20 代後半ぐらいの女性の方が犬の散歩してらっしゃって、日本人の女の方で うん。え、ミラノかない時に 父が挨拶をしたんですね。 こんにちは。なんてうん。 それでうちの父は海外普段旅行く人ではないですし、 英語も喋りませんし。うん。うん。 どうしてこんなとこで知り合いがいるんだろうって。うちの母わからなくて驚いたら、 あの、その女性の方が高校時代 うん。 大学時代コチにいらっしゃって地元がコ知県で、あの、うちのお店に来てくださってたお客様だった。 すごいですね。 もうそうですね。 きっとだからもう何年も経っているのにお名前もお顔も覚えていて うん。すごいです。じゃ、その方もびっくりなさったでしょ?その日本人の方も。 そう、そうですね。その方もうちの父を覚えてくださっていたので店長だって言って 本当に。はい。 だからお母様はすごい尊敬なんですって。 そうですね。 ね、もう一緒にあの近く地元を歩いている時はうちの父はなのでこう知り合いばかりで挨拶してばかりなので 母は困るらしいんですけど自分が分からなかったりとかして うん。あなたはお母様の血を引いたんです。 そうみたいで私はなかなか人の名前を覚えるのが得意ではないので ねえ。 たくさんの人と会うとまた私なんかもなんかねごしてくださった方はっきり覚えてすっごい覚えてるんですよ。だからねとても失礼なんです。あの時にあれをごしてくださった方っていうのはもうね本当にすごいですよ。あのお顔とか名前とかはあれですけどもねの方で 50 何年前に私がデビューした頃なんですけどあの内茶売の角のあの甘い物屋さんであのこう首が上に乗っかってるのがあの大好きだったんです。 食べたかったけども高いから買えなかったけど、そこでインタビューしていいっておっしゃったんで、その方が。 それで私その会社の名前覚えてたんです。 1 回でお会いしたんで、昔お会いしましたねって言ってね、あの、 50 年ぐらい前に幸のお知屋さん行きませんでしたっつったらものすごくびっくりなって。 はい。 そんな僕のこと覚えてて僕というよりはあの上の栗が私ね、で、その栗をですね、 私ははい。はい。 食べようと思ったら栗をおったしたの下に。 うん。そうなんです。と思ったんだけどわにかないし、もう食べていいですか?わけにもいかなくてあはあ、この国が食べたかったのになって。今はそんなでもないです。当時ね、クの含ませにって大変だったんです。 そんなことでね、覚えてはいるんですけどそれにはダめですけど。 [笑い] ま、そういうことでお父様そういうだからご家族は本当にな、仲がいいご家族。うん。そうですね。はい。 [音楽] それで、あの、さっきのお話に戻るんですけど、ま、去年の 8 月に、ま、復帰なさって、その前2 年お休みになったんですけども、あの、そのもっと前、ま、ご結婚さ前ですけども、そのあなたが 1 番その、ま、いわゆる俳優、女優としてお忙しい、一般忙しい時は はい。はい。 その時にやっぱりみんなには分からない、本当にみんなに分からない悩みがあったとかと伺ってるんで。 そうですね。 え、あまりこう悩み、元々悩むタイプではないんですけれども、じゃあちょっと辛かったり、苦しかったり、しんどいなって思ったことを話すのがあまり得意ではなくて、 ええ、それよりも楽しいこととか うん。 を共有したいなって思うタイプだったので、お仕事でもう そういうマイナス面とかをお話ししてこなかったんですね、きっとインタビューなんかでも。 うん。 なのでとてもいいイメージだったり逆に当たり前のことがいいイメージだとあまり良くなかったり普通すぎることが良くなかったりとかっていうギャップをすごく感じて うん。 うん。すごくこうちの父の口癖が自然体でなっていう あ、そう。はい。 謙虚な気持ちでっていつも言うんですけど、なんか自然体っていうのがどこに自分を置いていいのかよくわからなくなってしま 14歳で14歳でデビューなさって あなたの場合トんトンにあっていう間に有名になっちゃったので なんか何かを考える暇も 桜を見る暇も そうですね自然を見る暇も なく次次次次お仕事でどんどん前を忘えていくっていう ま本当に何年10年近くだっ でしょう、きっとね。はい。そうですね。 ですから本当になんだかご自分で考えてもその頃考えてて覚えてらっしゃいます。 でも もうとにかくあの全部吸収したくて自分が夢見た世界で女優さんになりたいっていうのは小学生の時から思っていたので 確かにトなんですけどもう夢見たことが現実になっていくので全部覚えたくて全部経験したくて うん だったのでそれで気がついたら自分の名前が大きくなってしまっていて うん なんか自分の知らない自分が出来上がっていた部分もあって ですよはい。 それは悩んだ時期はありましたね。 うん。なんかそういう責任を持ってお仕事を 選べていたのかとかうん。 ちゃんと第三者的に客観的に自分が見られていたかって言うとそんな風には考えたことがなくてまだ 10代だったので。 そうですね。そ、あの与えられた仕事をとにかこなしていくこと。セリフを覚えて次へ行ってそれでそこでちゃんとやることっていうだけがきっとね一生懸命だった。 ないかなって。そうですね。うん。はい。 特に私わかんないんですけど、私なんか大学出て、ま、 21 ぐらいでもすごい忙しくなりましたけど、でもやっぱりある程度 21 過ぎてたのでね、やっぱり10 代とは随分違うと思うんです。どんなに忙しくてもね。 はい。だから10 代の時ってのはやっぱりまだなんでしょうね。こう遊びたいとかそういことじゃなくてね。 はい。 いろんな世の中のことはまだ大人の人たちのこと分かってなくていいつでも大人と一緒でしょ。それ仕事は。 はい。そうですね。 だから合わせ、合わせようってしなきゃいけないっていうことも いっぱいあると思うのね。 ありましたね。なので逆に最近あの私が恵まれていたのはあの高校大学と同世代のお友達と過ごす時間もしっかり取れていたのでうん。うん。 それはお仕事する時の約束として学校生活っていうのはうちの両親ともそうですし、お仕事の上でもそうだったので、同じ年代のお友達がいたっていうのがすごく幸せで はい。それで今になって また20 代になってとか社会人になって周りがみんないろんなものが見えてきて女の子のお友達と [音楽] 話ができるのがすごく嬉しいですね。やっぱり 10 代の時仕事をしてるのは自分だけだった。 うん。は友達して自分が今どんな状でどうなのかってことをしたりとかそういうことはみんなに分かってもらえないと思いだったでしょうしね。 そうですね。うん。 今もうこの世界だからとか関係なく 人間関係だったり 家族のことだったり 恋愛のことだったりっていうのはやっぱりみんな同じなので うん。うん。 そういう話がもう全てできるっていうことがすごく嬉しくて、 例え

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