まさかの!優勝!オーディション合格への道のりパート2 松田聖子 黒柳徹子 福岡市民会館

松田聖子 セブンティーンコンテスト以前に
高校入学まもない春、福岡開催のテイチク
新人歌手オーディションに応募し、桜田淳子の
「気まぐれヴィーナス」を歌うが二次審査で落選。
8月には第二回ホリプロタレントスカウト
キャラバン九州大会にも応募するが書類選考の
第一次審査で落選。(ビジュアルで落選!??)
この時一緒に応募した友人は一次審査に
合格したものの大会直前に扁桃腺手術をして
歌えなくなったため、法子(聖子)が急遽フォロー役で
コンビを組みピンク・レディーの曲で出場した。

2人は最終審査の5組に残ったが優勝できなかった。

高校2年となる1978年、CBS・ソニーと集英社
『セブンティーン』が主催する『ミス・セブンティーン
コンテスト』九州地区大会に再び桜田淳子の
「気まぐれヴィーナス」を録音したテープを
送り予選合格。

歌手になりたいという動機以外の応募理由には
優勝特典が「アメリカ西海岸のディズニーランドに
ご招待」で、「大好きなミッキーマウスに会える」
という事と、全国大会のゲスト審査員が憧れの
郷ひろみであったからである。
そして4月に福岡市民会館で行われた九
州地区大会に出場した。

しかし、両親には内緒で応募していたため、
コンテスト当日は「大好きな歌手に会いに行く」と
嘘をつき母親に会場まで車で送ってもらった。
母親は法子と別れて買い物に行くが、買い物を
終えて会場に入ってみると我が子がステージ上で
歌っていて驚いたという。

どうせすぐに負けるだろうと思い見ていたが、
結果はなんと優勝で全国大会への切符をつかむ
事となった。父親にバレると絶対に叱られると考え、
帰宅後は賞品のトロフィーを物置に隠し、花束は
母親が結婚式帰りの友人に貰った事にして
誤魔化した。ただ、全国大会までには話して
おかなければと、数日後に打ち明けたが、
公務員で厳格な父親は娘の芸能界入りに断固反対。

今まで1度も手を挙げた事がない父親が初めて
法子の顔をぶった。学校でも「規則なので許されない。
どうしても出たいなら退学するしかない」と言われ、
シスターの前で泣いたという。

結局全国大会は辞退する事となった。
一方、決戦大会を視察してこれといった逸材を
発見できなかったCBSソニー企画制作部の
若松宗雄は、コンテスト事務局に問い合わせて
各地区の出場者のデモテープを取り寄せた。

プロフィールも写真も無い音声だけの資料を
100名分ほどチェックしていた時、九州地区大会で
優勝した法子の歌声に衝撃を受け、
「この子は絶対に売れる」と確信して別件で
プロデビューさせようとスカウトする決意をした。

若松は法子の歌声を初めて聴いた時のショックを
「まるで夏の終わりの嵐が過ぎたあと、
どこまでも突き抜けた晴れやかな青空を
見た時のような衝撃でした」と語っている。

このときのテープは若松が現在も保管しており、
2022年に上梓された「松田聖子の誕生」で
テープの写真が公開された。

7件のコメント

  1. マイケルさんこんばんは🌙😃❗
    セコタン話し方もめっちゃ可愛いですねぇ~😆😍明るくて本当に人間的にも魅力的な女の子です😆🎵🎵😊😍
    聖子ちゃんの事を好きな黒柳徹子さんには話しやすいのかもですね😊😍❤️
    続きは勿論ポチッ~😍🤣😅

  2. 全然バカみたいじゃないです!そのとき一緒に応募したお友達に感謝したい気持ちです!だってそのオーディションのおかげで聖子ちゃんというスターが誕生したのですから

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