『北村一輝×福山雅治×柴咲コウ』北村一輝 役作りで歯を抜くに至った理由『ボクらの時代』
私はそう、14 歳の時にスカウトされるされる時期ってあるんですよね。なんかこう まだ未感完成の 未熟な ええ。 でももしかしたら磨けば光るかもしれない時期に それ歩いて急に声かかる。 歩いてて突然やってくる。 すいませんって。 はい。 へえ。 で、そこら辺から今まで自分が生きてた世界とは全く違う次元の世の中世界があるのかもしれないってちょっと気づくわけですよね。 ええ。 興味はあった。全然なかった。 何になりたかったんですか?その当時 14歳ぐらいの頃って パーソナルスペースがちゃんと保てる職業に着きたかった。あの、あんまり人との距離が近いのが苦手で集団行動も苦手、学校も苦手なタイプだったんで。 うん。 だから個室イコール例えばタクシーの運転手さんとかトラックの運転士さんとか 自分1 人を保て働けるっていうのがいいなって思ってた。 で、そのやってみようと思った最初のきっかけは 経済的な理由ですね。 おお。 だから早く大人になって自立したかったからそれが早く訪れるかもしれない。できるかもしれないってチャンスが来たっていう感じ。 14 歳の時はまだやっぱり 親の反対にも会い うん。 で、16 歳になってからその事務所に入りました。 へえ。やっぱ反対でしたか。親御さんは最初 反対。もう反対ですよ。 売り飛ばされるぞ。 ま、1人娘なので。 うん。 父親からしたらそんなところに入れられないってなります。 芸能界って怪しいとこだろう。 そう、そう。まさに もう芝居をやりたいっていう風な気持ちはあった? したことがないから分からないですよね。だから憧れてもなかったわけなので。うん。 ただでもどんどん魅了されていっつってのはあるんですよね。面白いなってのめり込んでいった感じ。そうですね。 これはいい出会いだったんでしょうね。色々ね、好き嫌いがすごくはっきりしてるので、嫌いなものを続けることは多分できない。 うん。なんか自分がこうやりたいって思った芝居ができないな、悔しいなとかいうことじゃなく、 あ、あります。それもあります。 悔しさも下手くそとか言われて下手くそ帰れとか言われてそういう時代だったのでまだ 1990年代 北村さんのテレビのきっかけは何だったですか? 僕は事務所に入るまでに 10年以上がやっぱかかって最初 18 で出てきて右も左も分からず来てからさあどうやれば俳優になれるかっていうか うん で事務所に電話しても誰も会ってもいいただけないまオーディションという雑誌があったり して あった、あった。僕も読んでた。 そう。それを読んででもどこもダメでした。全部出した。結構ないろんな数出したけどどこもダメでエキストラみたいなことをやり始めて ふん。 そのうちに今で言うすごい巨匠ですかね。だから三池孝志監督やら月六郎監督小林正さんとかと その実映画やV シネマの頃に一緒にやり始め ふ。 で、その監督たちが注目されるようになってきて、だんだんそのもうその頃には うん。1 年に何十本って小さい映画もう何やってるかわかんないぐらい本数やってて うん。 で、初めて事務所に入れるようになったのが 20後半ですよね。78うん。 ま、バイトもしながら みたいな不安でした。それともやなんとかなるやって思ってた。 不安は変な話ですけど多分なかったです。 うん。 基本的に成功するまで何でもするっていう はいはいはい。 何をやってでも成功してやる。 簡単に言えば人の3 倍努力すればできるはずだし 3倍で足りなかったら5 倍やればいいっていう感じで。 だから変な話なんですけど服も買わなかったんですよ。出てきた時。 うん。全部レッスンものにお金かけて で笑われたりしても いつか俺にはスタイリストがつくからっていうぐらいなことを大口叩いて うんうんうん 下積ずみっていう感じは一切なく徐々に役が上がっていくわけですから うんうんうんうん 自分の中ではこう むしろ手答え考えたんです はい不安というよりはむしろ少しずつ積み上がっていってんぞっていう実感があった そうですね う なんか24か5ぐらい の時になんかこれあんまり話したこともない。なんか自分の中の天気っていうものがあって うん。 よく家でやっぱり 1 人で寝る前とかにもんも々んしてずっと考えるわけですよ。その毎日もっとこうなりたいとかいろんな妄想とかもあったりしてる中で やっぱあんまりうまくいかない時期に例えば同じ年ぐらいでどんどんこう売れてる人たちとか見てこう悔しく思ったりする自分がいてうん。 そん時に最初の方って認めれなかったんです。 ですよね。なんでこんなやつ売れてんだよって俺の方ができんのにみたいなのがあったんですけども うん。 なんか認めるようになったんですよ。自分がどこを足りないんだろうっていつも うん。うん。うん。うん。 で、何が足りなくてなんかすごいこう図を作ってこうなりたいためには何が ええ、 必要でそれをこうずっと図を書いてると自分に足りないものっていう項目を書いてる時に すぐ人と比べてる自分があって逆にあんまり人を認めれなかったからこそ何も入ってきてないし ああ これは違うぞと思ってその時にプライベートでも大きく色々状況が変わったというか結婚することにもなったりして うん 自分と戦向き合わなきゃいけない っていうか人と比べるとかじゃなくてすごい人はみんないいじゃないって俺もそこ行くしっていうぐらいになんかすごいいいマインドに 変えたなんか 特別な日ではないんですけど 論理的じゃないですか? そうそうそうだから楽観的で絶対なんかそのマイナスな方に考えないできなかったらどうしようとは考えないみたいなところもありつつなんかその対策をきちっと考えて抽出して解決する そううん。みたい作ってのが作ってて すごい。 なんかすごくあの勉強ができる大学生のノートの取り方みたいなね。 いやいや全然 こう分析して足りないところはね、 なんかバランスがいいですよね。すごい。 あの歯を全部抜いたってあの話があれ本当なんですか? そこですか? 歯を抜いた。 全部 前歯を 9本ぐらい抜いて削って なんで 役ででしょ? 役でいや、今考えたら本当その顔俺もそう。 前歯を 9本ぐらい抜いて 4、5本削ってな んで? いや、役ででしょ? 役で?いや、今考えたら本当その顔俺もそう、そう、そう、そう。 え、知らなかった。 知らなかった。 ほら、ほら。だから知らない。あ、それあんま言わないようにしてるの。 いや、あの、だから正直何度か聞かれたりすると 1回喋ると飽きるんですよ、僕。 ああ。 あ、 すぐ飽きちゃって、もう、え、それ他で話しちゃったとか。 はいはい。ああ、あれだ。トーク会で言うところ、フリースタイルの人だ。 ヒップホップで言うとね、 あの、2パターンいるからね。 僕みたいに何回も話していくうちに落語のように仕上がっていくのを楽しむ 大泉さんとかもそうなんだけど まず楽屋で話し始めて ネタししてそっからほんまに話すみたいな なるほどそういうのないですよね。 だからちょっとあの話戻してもいいですか? ええ。はい。 はい。 それはそうじゃなきゃダめだ。そう。 その、 ま、まずいくつかもちろん理由があって、あの、徐々に徐々に自分で役を掴んでいくしかなく、 ま、爪跡というか常に 100% 以上のものを出そうとしてて、その時頂いた映画が主演が萩原健二さんと渡辺部郎さんだったんですね。 で、僕は渡辺部郎さんの 弟部みたいななんかそういう役でで、年も近いし身長も少し高いだけで似てたりするので うん。 どうすれば弟分に見えるだろうと。うん。 で、色々考えて食べ方にその品のなさというか、 お、 いろんなものが出るんじゃないかと思って、こう家で食べ方とか音を出したりとか うん。 お箸の持ち方でやったりとか色々やったんですけど、なんかもう少しないかなと思った時にやっぱり歯が揃ってたら変だよなとか思ってなんか思いついたんですよ。 うん。 で、抜こう。ちょ、歯医者で、 そうです。 すいません。あの、反いんですけどって。 そうです。 そ、抜いてくれるんですか? いや、まずダメで うん。 で、ま、あと全部直したいんですと。 うん。うん。うん。 だからいいんです。 って言って、ま、先生に頼み込んで、ま、最初はおる恐る 1回目、1日目は4 本ぐらいかな。抜いてもらって。 一気に4本ね。 はい。で、やめて、で、そのうちやってるうちにだんだん先生も乗ってきて、ちょっと削る派もあった方が色々あった。ほんで結果的に 4本削ってで9本抜いてみたいな 感じで すっごい覚悟です。 でも結構今でも多分そういうのは平気な方かも。ていうか うん。うん。 作品で見てる人が面白いとか笑ってくれるんだったら、ま、どうなってもっていうかいいかなみたいな。 いや、この話は何回もした方がいいですよ。 うん。 落語みたいに言えるように。うん。 あの、途中、あの、ドクターが乗ってきたみたいな話も面白いし、やっぱそういう話聞くと北村さんの俳優としての教授 から人生の生き方も含め、物の捉え方も含め、こう全部入ってるんで、 なんかその言葉ちょっとあれですけど役者バカみたいなそういうのがあんま好きじゃなかったんですよ。 うん。うん。うん。 やっぱちゃんとしたいろんな世界、いろんな違う分野も知った上でちゃんとやらなきゃっていう考えが根本的にあったので うん。うん。 どっちかっていうと歯抜いたり体重すごい変えたりすると役者バカみたいな感じで書かれたりするんでそれを避けたかった。 あ、なるほど。 でも歯を抜いたことのエピソードだけじゃなく今カレーも入ってきてるから。 そう両方行くとなんかちょうど今歯は抜くけどカレーもやるんだっていうのが バランス取ら バランスとしてかっこいいと思います。 幅広いな。 幅広いね。 カレー。 いや、僕はだからカレーの話をネットニスかなんか見た時によかった。やっぱ うん。 あ、そうですか。 思った。ビジネスっていうものをね、 ちゃんと打ち出してやるっていうのって はい。 やっぱかっこいいです。僕なんかあのこそりやってる人なんでどっちかっていうといやね。 前からね。え、 はい。あれは、ま、違う目的もありまして うん。うん。そうだよね。 うん。ま、ちょっときっかけでお店の話を頂いた時に高齢者の雇用とか うん。 今帽子家庭の人とかもやっぱり色々いるじゃないですか。ま、自分とかの周りにもそういう人たちがいてなんかそういうことを自分が仕事やっていくうちにこう広げれるかなと。最初はそれで始めてそしたらま、コロナみたいな状況になっちゃったので うん。 ま、大変だったりもするので、またそこで今なんかフランチャイズみたいなこといっぱいやり始めたりしてるんですけど、そのうん、 全国のお店にどうぞ使ってくださいって、今出して少しでも儲設てくださいってほとんど利益取らずに うん。 それでちょっとでも助かってるお店が今もいくつかやっぱ出てきてなんかそうやってありがとうございましたって言われて なんか気持ちよく人と繋がれて うん。 面白いです。 でも皆さんなんかやられてるじゃないですか。バランス逆に良くならないですか? 私はそうですね。 うん。はい。福山さんはな、 うん。僕は何か あの少しそのこの仕事で収入が上がってくると個人の会社作ってくださいっていう風にやっぱりこう言われるんですよね。会社からもあ、じゃ会社があっていろんな業体を登記をしてるんであればうん。うん。うん。うん。 ま、自分がやりたいと思ってることや出会いがあればそこと組んでいくっていう例えばレコーディングスタジオだったんだけれどもそこで働いていたスタッフの方で料理がすごい上手な人がいて 1 人1000円とかで うん。 ま、定食みたいなもんですよね。そういうのそのスタジオが始めたんですよ。で、それ美いしくてうん。うん。うん。うん。 もしこのレコーディングスタジオが潰れたら、あの、一緒にご飯屋さんでもやろっかなんて言ってたら本当にレコーディングスタジオがなくなっちゃったんですよ。 ええ。 で、それでじゃあなんかやろっかっていうなんかそんな始まりでした。へえ。 そのさっき北村さんもおっしゃったし、柴崎さんもそう感じるところがあるんでしょうけど、そのうん。 自分がこう仕事やらせてもらってるっていうのは、ま、もちろん自分の頑張りもそら頑張ってないとは言わないから頑張ってるしうん。 汗もかいてんだけどやっぱり運と出会いによってほぼほぼ生かされてるっていうのが うん。 事実そうなんだと思うんですよね。 事実そうですね。うん。 で、そのマインドが生まれてきた時に うん。 なんか人の役に立てること使えたらいいんじゃないかなっていう風にその感謝の気持ちをどうやって形にできんのかなっていうことをやってるっていう状態ですね。 どうしたらそういう福山さんみたいになれるんですか?な んですか? 若い時はどうだったんですか? いや、もっと全然人のこと考えてなかったです。やっぱ 1 番大きかったのはデビューした後ですね。 1990年の3月21 日にデビューして、音楽でデビューして全く売れなかったんですよ。 おお。 全然売れなかった。で、それがしばらく続くんですよね。こうオリコンチャートにも入ってこないと うん。 何位って出てくるのって 200位までなんですけども 計測不能って出てきますから。あ、 へえ。 ええ、200に入ってなかった。 そう、そう。だから 計測できないぐらい売れてないわけですよ。 で、売れてないんだけど、それでも 2枚とか3 枚とかシングル出させてもらって、で、 2枚目のアルバム、3 枚目のアルバムぐらいまでなんかバンバンやらせてくれるわけですよ。うん。うん。うん。 うん。 あれ、これ自分でお金出してないのに全然こう取り戻せてないなっていうことに気づくわけですよ。うん。 だけど幸いなことにライブをやるとファンの方が増えていってたんですよ。 うん。うん。 で、僕はその時初めて、あ、ファンの方が応援してくれている この人たちのために頑張ろうとまず思ったん ですよね。 え、なるほど。 頑張れる対象が そうですね。それとにかく恩返しないとっていう ファンの方に やらせてもらう時間をもらった。 うん。うん。 え、あとレコード会社やプロダクションの方に 期待という名の元の、ま、執行猶予とでも言いましょうか。 あ、すごいな。 有をもらったと思って。 うん。 ということはもうとにかく本番をやりながらでも練習を積み重ねていくで、その時間を与えてもらってるっていう感覚でずっとやってきたんで。 ああ。へえ。 だ、感謝ですよね。 うん。うん。 福山の血液は感謝で 感謝できて 建結大変ですね。 いや、もう感謝の建が行きますから。なるほど。 いいですね。 柴崎さんはどうなんですか? でも今本当激しく多いいと思いながら聞いてました。 そう。まさにそう。私も出発はそこだし。 うん。 その会社作って低定感に色々じゃあこうね。あの ああ、なんかもうなんか何でもできるかもしれない。 日品販売、雑貨販売とかたりとか しながらでそれと共に自分自身がちょっと色々世の中のことを知るようになって社会課題だったりとか、え、環境課題っていうのが もう年々悪くなってきてるなっていう。 うん。 で、物を売るっていうのは愛反することかもしれないけれども、その私たちは消費何かを消費しないと生きていけないわけだから、 やっぱりせめてそこにその罪の意識っていうものが薄れるような買い物自体も在悪感なくできる物づりがしたいっていうのがやっぱりふつふつと芽えてきて うん。 そういった、ま、お洋服作ったりだったりとか化粧品作ったりだったりとかっていうのは うん。 始めましたね。その北海道でのね、これ 2拠点生活って言っていいもんな。 2 日拠点ってまあ何とでも言えるかなと思うんですけど。 うん。 なんか人に渦ってじゃ例えば東京都会で仕事をするだけの自分っていうのが飽きてきた。 うん。うん。 真の豊かさとはなんぞやってなった時に うん。 やっぱりなんかその元々あるものだったりとか自分では作り出せないものが自然だったりとかそういうキリ森だったりとか他の動物植物たちだったりでそれを感じられる機会が少ない人生って豊かなのかなって思ってできることならやっぱりそういうのに触れられる時間を持ちたいしそれが自分の豊かさに繋がるなと思ったんで もう私も本当に考える前に行動するみたいな感じなんだけど土買う で、じゃ、もう立てるみたいな 感じで気づいたらもう走ってたっていう。 どうですか?やってみて。 必要ですし。 ああ、 みんなでこう畑仕事ができる場所を持って へえ。 色々こう実験してみようってしていて、 例えば鶏買ってみたり うん。うん。 そこでコットンも育ててみたり はいはいはい。 そう、そう。やってみようかなっていう。 だから自分がやること全部なんかしら役に立って循環すればいいなみたいな。 ただ自分の満足度だけで終える人生じゃなくって うん。 それが巡り巡ればいいなみたいな感じ。 ま、分かるわかる。 50代ですよ。 ええ。 ま、正直もちろん元気なんですけどうん。 ま、多少疲れは残るようになってきたからっていうのあります。 撮影が結構深くまでなるとなんか 23日残るなとかっていうのは ないすか? ありますよ。すごく ありますよね。なんかその労働環境も含めて 変えていかなきゃなっていうのはちょっとその責任感も含めてやっぱ出てきますね。なんかね。 うん。うん。うん。そうですね。 うん。なんかそういうところって先々の人のために変えたいとかっていうのはすごくあるっていうか。 うん。うん。 良くないこともやっぱいっぱいあるじゃないですか。 うん。うん。なかなかその世の中には実態も分かりづらいしでも過酷じゃないですか。やっぱりそのメンタルすり減らして魂削ってその 1人の役作品に 3 ヶ月ぐらい高速されてずっと没頭するわけじゃないですか。そ、メンタルケアとかも含めて 課題は結構あるんですよね。なんだけど変わらないなかなかっていうのは感じる そうですね。 ま、でもこのエンターテイメントっていうものが社会において必要な仕事だっていう風に今のコナ禍においてもそう逆に強く思ったし うん。 エンターテイメントの出番がその時にその自粛みたいな そうですね。なったけど改めて自分は 2年間ぐらいコンサーとかできなくて 2 年ぶりにステージに立った時にこんなにもう音楽っていうものが自分にとって必要だったんだっていうことを実感したんですね。 うん。自分にとって うん。やっぱり生のライブ観客でのライブをやった時に 生き返った と思ったんです。 うえ。 こんなに必要だったんだ と思って。 うん。それまでなんか恥ずかしながら 50 も超えてんのになんか自分のこと音楽化であるとかミュージシャンであるとかいやばかりながらみたいな うん。 そんなんじゃないんですけどみたいな感じだったんだけど こんなにも自分にとって必要な存在だったんだ。ライブが音楽って うん。 思わせてくれてオーディエンスが会場がもうこれもう音楽家として逃げられない体になっちゃってんだなっていう。 あ、 うん。 ことは実感できたの。 まさに私も今ライブ久しぶりに夕客でやって うん。 やっぱりなんか見、見えないものだけどエネルギーがそこにあってそれをこう確認して交流をするっていうことが必要なんだなっていうのはすごく感じた。 うん。うん。 うん。 生き返った感。 生き返った。あ、呼吸できるなって感じは深く呼吸できるなって感じはしました。 いや、いい話でした。 いい話です。 ありがとうございます。正春の部屋へ今日はようこそ。ありがとうございました。
#ボクらの時代 2025
『北村一輝×福山雅治×柴咲コウ』北村一輝 役作りで歯を抜くに至った理由『ボクらの時代』
#北村一輝
#福山雅治
#柴咲コウ
#ボクらの時代
#ボクらの時代2025