妻夫木聡、舞台挨拶で思い溢れ号泣 亡き祖母へのメッセージに会場中が涙「会いに行けばよかった」 映画『宝島』東京キャラバン舞台挨拶
僕自身も今回この映画に携さることができ て、あの、知った事実やことっていうのも 本当に多かったですね。これは沖縄のこと だけじゃなくて、いろんなこううん、世界 のことだったり、日本自体のことだったり 僕は1980年に生まれたけど、ついその 8年前までやっぱり沖縄まだアメリカ統治 館の時代で、そんな中で僕はま、あの なんだろうな、その沖縄っていうのがね、 どういう存在なのかっていうのはやっぱり 全然分かってなかったんですよね。初めて あの沖縄に行ったのは修学旅行だったけど 、やっぱり初めて沖縄に行けるっていう 紅用館の中で修学旅行しに行って、あの、 全然海にいる時間がやっぱり予定では組ま れてなくて、えと思ってたけど、そんな中 の塔に行って、あの、お話を聞いた時に すごくやっぱ自分自身恥ずかしさを感じた し、こういう事実があったっていうこと、 やっぱり何かうん、過去にあったことを 過去で終わらせちゃいけないなっていうの 本当に思いましたね。その事実を知る ことっていうことで僕たちはやっぱり痛み を知ることができます。その痛みを知る ことでこの先同じ謝ちを繰り返しちゃいけ ないよねっていうことができると思う。 なんていうか教科書だけで見てなんとなく やっぱり分かってる気じゃダメなんだと 思うんですよね。また多分僕たちは武器を 持ってしまうかもしれない。でも武器持っ ちゃったらさ、そこからまた戦争が始まっ てしまうかもしれないんですよね。 やっぱりその中で失った命っていうのは もう取り戻せないわけで、やっぱり僕は そういう時代はもう2度と来て欲しくない なと思ったし、その集団自血っていう言葉 1つにしても親がこうこう自ら手にかけ てっていうね、そういう現実が80年前 まで起こっていたっていう僕はもう自分も 子供もいますし ごめんな やっぱ そんな未来は作りたくないですよね。 絶対に子供たちにはやっぱり うん。やっぱり今があるのは当たり前じゃ ないから本当に絶対に先人たちのやっぱり うん。 ことがあって僕たち今こうやって生きてる ことができるからそれ今ってことが 当たり前じゃないよっていうのは絶対に僕 たち伝えていかなきゃいけないんですよ。 これはもう責務だと思う。そういう子供 たちに何を託るのかっていうのは僕たちに かかってると思うんですよね。ま、でも こういうことを言ったら本当にまたさらに 難しいって思っちゃう人がいるかもしれ ないけど、でも僕はこの映画でもうどう いう思いでもいいと思うんですよ。本当に その映画館にフラッと立ち寄って宝島って いうのがあ、なんかやってたなって ちょっと見てみよっかなと思う。その シンプルな気持ちで見てもらうのでもいい し、あの知らないってことは別に 恥ずかしいことじゃないと思う。誰だって そうだし。でも知らないよりはしてた方が いいと思うんですよ。やっぱり知ることで 始まることっていうのがいっぱいあると 思うんですね。知らなきゃ何も始まらない と思うんです。だから本当にこういう映画 があるんだよ。そういうこういう映画に よってこういうことを知ったよ。それだけ で僕は本当に十分幸せな気持ちになれるし 、先人たちも多分喜んでくれると思うし、 また新たな明るい未来に向けての一歩に つがると思います。そして僕はこの映画を 見ることによって自分にとっての宝って何 だろうって本当にそれをただ単にみんなに 感じて欲しいなと思います。 の監督と回っててすごく嬉しかった。あの感想行ってくださったのが見終わった後にあのごめん口見終わった後にあの今すぐ帰って子供を抱きしめたいっておっしゃった方がいいて本当にそれはなんかうん直な気持ちだなと思ったんですよね。僕もそれを聞いて抱きしめたくなったし。 [笑い] うん。これが多分この宝島っていう映画を 作った意味なんだなと思ったし。 くそごめんなさい。なんかうん。映画を やっている俳優をやってる意味だなとも 思ったし多分。うん。ま、戦争は2と 繰り返しちゃいけないけど別にこれは反省 映画でも戦争映画でもない。ただ単に やっぱり自分にとって何が大事なのか、何 が宝なのか、そういうものをね、みんなが こう受け取ってもらえるんだったらこの 沖縄っていうものをこの大材にしたこの 映画っていうのは本当にみんな先人たちの 思いも少しでも多分報われる部分があると 思うんです。だからね、どんな理由でも いいから見て欲しいな、感じて欲しいなっ て本当に心から思ってます。はい。すい ません。もう本当にごめんなさい。 もう本当にね、私もちょっと泣きそうになってんですけど。大友監督、お友監督いかがですか? 何な? いかがですか? いかがですかって売られちゃったよ。うん。僕はね、さっきのそのあの新藤さんが原作を書かれた時にね、うちら中になってその目線出かないと書けないとおっしゃった。 [音楽] で、僕はあの、その原作を引き受けてる わけですね。だ、僕のスタンスも完全に そうだったんです。やっぱりいかにして僕 自身がう、沖縄ではない岩手に生まれた僕 がね、う、沖縄の人たちの感覚というもの にこううん、を自分の体に取り込んで 取り組んでいくかっていうこと。そうする と、例えば沖縄独自の本当にこう、今つま 君が言ったことにも現れてるけどうん。 こう死者と共に生きる島ですよ。やっぱり た魂というものとね、自分のそばに 亡くなった人がどっかに行ってしまったの でなくて、いつも自分と一緒にいる。もう 皆さん見た後ですからネタバレと言うと あれですけどラストにやっぱりそのグスク がおんちゃんとね、あの出会った再開した 時幻のおんちゃんとでその時にこう脚音に 書いてないセリフが僕は出てきたんですね 。グスクの心の声。なんだいつも一緒にい たんじゃん。ちゃんっていう心の声がね、 いつも一緒にいたんじゃん俺たちはって いうグスク子の声が聞こえた。うん。その 声をね、やっぱつま君があるそのキャラの 時に同じことをね、言ってくれたんです。 やっぱ僕らそれを話したわけではないけど 、ま、それが通じていたということを すごく嬉しく思いましたね。と同時にその 今ね、本当に方言とかそういうのも含めて こういろんなこうう議論を巻き起こして ますが沖縄には例えば方法言府だというの があったちらりとこう山子の教室も出て くるあの方言を喋った子は首から大きなね 方言札だというのを下げてで次にあの当然 そのなんていうの同下政策の一種ですよ。 沖縄を喋っちゃいけないと。で、喋った子 にはその大きな首に札をかけて次に誰かが 沖縄を喋っちゃう前にね、その 首輪を外して外すことが外して渡すことが できるっていうあれの罰ゲームみたいな もの例えばそれ1つとってもやっぱりこう 言葉というのは本来それぞれの人たちに とってのアイデンティティなんですよね。 僕は完全にうちなんちゅうの気持ちになっ てるから作ってるからやっぱりこう色々 これも思考錯誤してテロップを入れたりし てみました。色々作ってる間にでもその 瞬間にうーん何やってんだ俺と思うんです よ。そんなことじゃないっていうやっぱ僕 たちがねやっぱりこううんと寄り添って 理解していかなきゃいけないっていう思い 。そのやっぱこう相手をこうの思いを理解 しようとすることっていうのはやっぱり この映画の場合、この映画を見る時に すごく僕はう、作りてもそうでしたけど 分かったふりして作っちゃいけない。 分かったふりして作っちゃいけない。自分 が説明する人間になっちゃいけないって いう思いでずっと作っていたんですね。 やっぱ彼らのうち中のあの時代の気持ちっ ていうのをみんなに知ってほしい。で、 それを我々本土の人間が理解すしようと せめて理解しようと思うよっていうそう いう意味で言うとこの画って僕はあの沖縄 という土地に対するラブレターっていうね あの気持ちで作ってんですね。今度からの なので皆さんに是非ね、えっと、そのうん 、方言府だということ1つ取っても調べて みて欲しいですし、今いろんな情報がある からね、やっぱり我々が主体的に自分でね 、発見して調べていかない限りはやっぱり こういろんなことが血にならない。与えた もの、与えられたものだけではなくて、 ちょっと自分たちでいろんなことをね、 あの時代の原作もそうだったようにまさに 新藤さんの言葉に尽きるんだよね。これは うちの気持ちになってやった瞬間にこう いろんなことが分かってくることも たくさんあります。きっとなんかそういう ことを伝えたくて多分僕はこの映画を作っ たんだろうなという風にね、あのいろんな 土地を回って思いました。それで皆さんが 色々ねこんなこと知らなかった。あ、是非 ね、もっと知りたいと思った。やっぱり こう共感してくれるとね、すごくこう 嬉しい。一言ではなく嬉しい。やっぱ共感 してもらえるとね、誰でも嬉しいと思うよ 。うん。なんかそういうことをね、あの、 どこかでこの映画は求めてるような気がし ます。あまり僕は感想したくないけど できる限りそういうねうん、あの、思いで 作ったあので皆さんにその僕からの沖縄へ のラブレター意味をね、是非こう少しでも 理解していただけたらとすいません。 よろしくお願いします。ありがとうござい ます。 だって、あの、あ、沖縄の方からお手紙が届いてるんですよ。 はい。さて、どなたでしょう?つさん、どなたと思いますか? 宮島新一しかいないんじゃないですか?僕も親友の 親友。親友のいや、一応ですね、いっと言うと妻吹さんがあの映画の撮影に入る前にも行かれて撮影中にも行かれているところです。 え、まさん、さんから。あ、本当ですか? はい。 ええ、嬉しい。 じゃあちょっと読んじゃいますね。 ということで私がお手紙を大読させていただきます。すいません。鼻水が垂れてます。はい。えっと、沖縄線で地上の全てを吹き飛ばされた沖縄には 80 年経った今なお巨大な米軍基地がっています。 その圧倒的な不理に果敢に飛び込んでいっ た沖縄のニーたち。戦下アギアは少年だっ た私にとって英雄でした。小座暴道の シーンは悪でした。私も中に入って車を ひっくり返したい思いになりました。 つま吹さんが役づりのために何回もご来観 され、丸木入り、丸木都市の沖縄線の図の 前に立たれていたと伺い、しみじみと ありがたさを感じています。そんなつま吹 さんが演じられたリアルに描かれた映像を 通してみると、その壮絶さに少しうろえ ました。しかしそんな中でまっすぐに 行きようとする青年たちの姿に感動しまし た。困難を乗り越えるために突っ込んで いった人々の心の根底に何があったのか 忘れていた共同体と人々の深い愛情を 思い出させてくれました。 咲美術館長崎 咲さんからです。 どうですか?いや、嬉しいですね、本当に 。はい。もうそうですね。沖縄線の像は僕 にとって、ま、さだったんで、ま、それは 多分この宝島っていう映画が終わった後も 僕にとって多分一生うん、自分が生きる上 での核みたいなものになっちゃいましたね 。多分またあの沖縄線の図を見に行って 真ん中にいる3人のうちの1人の子にまた 言われるんだと思うんですよね。つま ちゃんと生きてるかって。ちゃんと生き てるのか?って多分言われると思うんです よ。そのたびに多分僕は思い出す でしょうね。いろんなことを。 ありがとうございます。本当に ありがとうございました。 あっという間にお時間になってしまいまし た。でもまだまだね、たくさんの人に見て ほしいじゃないですか。ちょっと代表して つさん是非 すません。さんの話もっと聞きたかったの にごめんなさいね。話長くなっちゃいまし たよね。もう本当にありく本当に今日は来 ていただいてありがとうございます。え、 そうですね。もういろんなことを言ってき たから何を言えばいいのか分からないし、 もう公開もしちゃってるからね。何か宣伝 じみたことなんていうのはもう僕のね、 言葉からはもう出ないんだけれどもでも 本当にさっき言った通りこの映画を通して こううん。 宝を探して欲しいな。自分にしかない宝。 多分何か見えてくると思うんですよ。見 終わった後にあ、自分にはこうこの人がい たとかこういうものがあったとか多分 ふわっと浮かんでくるだと思うんですね。 見終わった後それをただただ大切にして 欲しいなと僕は本当に思っています。僕 自身この映画に携さばって沖縄の方々の さっき監督も申しっしゃってましたけど あの沖縄の方々はね本当にあの先人たちと 共に今もね生きてらっしゃるんです。そう いう風な考え方を持ってらっしゃる素敵な 方々なんですね。僕はあの沖縄に触れて 姿勢感が変わりました。あの元々知って 終わりを意味するものだと思ってたけど やっぱりうん。念っていうものもあるじゃ ないですか。こう人の思いっていうのは 多分なくならないもので僕たちは常にそう いう思いと一緒に今も生きてると思うん ですよね。その思いがなくならないんだっ たら死って別にそんなにうん、なんだろう な、怖いものじゃないのかなって僕自身 思えるようになったんですね。ちいちゃん ばあちゃんは天国っていうところに 引っ越しをして僕たちは何十年後かにまた 会えるるって思えれば別にそんなに苦しい ことじゃないのかなって僕は少し思える ようになりました。あのなんか僕の祖母は あのこの中でなくなっちゃったんですけど は うわやめた方がいいかな ちや。の、あの じいちゃんが亡くなってずっと1人だった んですね。で、コロナ中だったから僕も なかなか会いに行けなくてうん。本当会い に行きたかったんだけどなかなか行けな いっていう状況で。うん。で、あの、お ばあちゃん亡くなった時に、あの、 お医者さんの方からおばあちゃんちょっと 痛かったんじゃないかなって、こうふで 亡くなった時、ふにがあって爪の跡が わーってあって縁顔で倒れてなくなってた そうなんですけど、少し苦しんで亡くなら れたかもねって言ってて、それとおばあ ちゃん多分痛みを我慢して暮らしてたかも しれないって言われって ごめんなさい。 なんかうん。ちいちゃんにちょっと会い たかったのかなとか寂し寂しかったかなと か。 会っちゃだめだけどさ、会いに行きゃ よかったとか思って ずっと後悔してたんですね。 何もできない自分 が でもこの映画に出会えてそういう私感って いうもの変わってさ、 おばあちゃんはじいちゃんに会いに行った んだなってシンプルに会いたかったんだな 。もう本当どうしどうしようもなく会い たかったんだなって。なんかそう思ったら うん。ばあちゃんまたじゃあ50年後 うんぐらい頑張っていきたいけど60年後 また青ねなんてそういう風に僕も思える ようになってだって別にばあちゃんもじい ちゃんもここにいるわけですから沖縄も人 たちと同じような考え方をすればね今も 一緒に生きてるわけでばあちゃんがい たってことは変わりなくてでもう1つ言う と僕本当ずっとねあのおばあちゃんの口癖 であの旅にアトランよっつってずっと言わ れてたんすね。で、それをもういつもなん かネタにして家族でいつも笑ってそんな こと言ってたねつって笑ってたりしてたん ですよ。もうおばあちゃんある日僕は俳優 になってまたあの田舎帰った時にサトシ君 旅には太らんよて言われてまたお菓子とか 出してくれてばあちゃんもう俺俳優だから 太れんよっていう話をしてたんだけどでも 多分 今回この沖縄っていうものに向き合って 気づいたのはばあちゃんそれぐらい食べれ なかったんだと思うんすよね。本当毎日 毎日多分生きるの必死だったんだろうなっ て。そういう時代だったんですよ多分昔。 だから多分孫には 食べさせたかったんだろうなと思ってさ、 なんかそういうのを知れてなんか本当の 意味っていうかばあちゃんが感じてた。 なんかそういうのも知れたし僕はね いっぱい宝が見つかった。この宝島でだ から1つと言わずいっぱいみんなこの宝島 で宝を見つけて欲しいです。あの そういう力を持った映画だと思います。 本当長かってごめんなさい。そしてまた 泣いてしまってすいません。 本当沖縄の方言でぶってあるんですけど、あの沖縄の親友たちにもうね、お前ぶさだなって本当にずっと言われてるんすよ。もうまた泣くて言われてまた多分言われると思うんですけど本当になですいません。もう今日はありがとうございました。もう ありがとうございました。 [拍手]
俳優の妻夫木聡、大友啓史監督、原作者の真藤順丈氏が2日、都内で行われた映画『宝島』東京キャラバン舞台あいさつに登場した。アメリカ統治下の沖縄を舞台にした本作で主人公・グスクを演じた妻夫木が、本作に込めた思いや自身が感じたことについて熱く語り、震えながら何度も涙する場面があった。
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#妻夫木聡 #宝島
9件のコメント
後悔先に立たず
めちゃめちゃブッキー大好きになった
妻夫木さんのことばのすべてが心に突き刺さります(涙)
情に厚くて涙もろいブッキー。だから繊細なお芝居ができるんだね。
千葉の舞台挨拶行きましたが、おばあさんや映画についての想いをお話される際、何度も涙を流されていました。
先日2回目観に行きましたが、また行きたいと思います。
新宿行ってました。 映画で泣き腫らした後にまたもらい泣きです。
とても心の温かい人
俳優としても人としても一皮むけた感ある
妻夫木さんの、涙、決して無駄なものなんかじゃありません😢
戦争は嫌、子供、孫皆男。
今の世界狂ってるよ。😢
この方は昔から好印象あります。