【遠い山なみの光 ★徹底解説】悦子の嘘から読み解く真実。時系列を並べると見えてくる本当のこと。(独自解説)

お暇なら映画でも 皆さんご見いかがですか?菅川です。え、今回はですね、今現在絶賛公開中の映画でありますけれども傑作と言っていいと思います。遠い山波の光。え、こちらについて独自解説したいという風に思います。この動画当然ですけれどもネタバレが含まれております。必ずですね、映画をご覧になってから動画を見るようにしてください。 この動画は映画を見た人限定どうかという ことになりますんでよろしくお願いいたし ます。ま、一応ミステリーということに なっていますんで絶対に映画を見てから この動画を見てもらってでもう1回映画を 見に行ってもらうというのがいいルートか なという風に思います。よろしくお願いし ます。で、えっと、もうね、上の方に出て いたと思いますけれども、この動画はです ね、プロモーションが含まれております。 プロモーションが含まれておりますが、 この動画の考察はですね、え、私すぐは 独自によるものということになっており ます。プロモーション含まれているからと いってですね、公式の見解がこうだという ことではありません。公式の見解とこの 動画は一切関係がないので、え、その辺り はあかじめご了承くださいということです ね。プロモーション含まれているけどすぐ は独自の考えということです。よろしくお 願いいたします。ま、遠い山波の光、もう 本当に傑作という風に言えるお話だと思い ます。原作は数石黒ノーベル小作家のね、 和夫石黒の長編デビュー作ということに なっています。和夫石黒が長崎に子供の頃 いたわけですけれども、その頃のお話と いうこと、ま、その頃のお話って別に実態 権っていうわけではないですけれども、 その頃を思い出しながら小説を書いたと いうことになっております。監督脚本は 石川監督ということで、で、和夫石黒も 制作葬式の中に入っているという映画で ですね。で、えっと、おそらくですね、 原作読んだ方は映画を見て随分自分とは 解釈違うなという風に思った方もいるんと 思うんですけれども、え、映画は映画、 原作は原作ということをしっかりと頭に 入れて、え、映画見ていただきたいなと いう風に思います。石黒自身も小説と映画 を比べてどうということはしないで欲しい ということを言っていますよね。原作は 原作、映画は映画全くの別物なので、もし 映画がね、分からないから原作を読んで みようという風にしたとしても映画の答え は原作には書いてませんよということです ね。逆に原作を読んで映画を見て理解を しようという風に思っても原作に描かれて いることと映画で描かれていることは別な のでその2つを関連付けて何か答えを 出そうという考えはま、ナンセンスですよ みたいなね、え、そんなことを言ってい ますんで皆さんもその辺は頭に入れて、え 、見ていただけたらなという風に思います 。ということで、え、今回は遠い山波の光 、越子の嘘というタイトルで今回お話しし ていきたいという風に思います。この先 ネタバレが存分に含まれていきますので、 是非映画を見てからこの動画を見て くださいね。よろしくお願いします。長い けど最後までお付き合いください。 ということで、え、この動画はですね、 エツ子はなぜ嘘をつく必要があったのかと いうことをテーマにしてですね、お話しし ていきたいという風に思います。ま、本作 はですね、嘘が紛れ込んでいるヒューマン ミステリーということになっているわけ ですね。ま、ヒューマンミステリーという ジャンルだということになっているわけ ですけども、ま、一般的なお客さん普通に 映画やってるに行こうって言って見に行っ たお客さんたちはですね、映画を見ていて もほぼ最終版まで何がミステリーなのとか 、何が嘘なのとかよくわからないというか 、気づかないということがあったんじゃ ないかなという風に思います。で、 おそらく皆さん思うわけですね。最後の ネタ晴らしのシーンではえ、どういうこと ?え、何そうだったのっていう風になるん だけど結局あ、なんでと、 え、なんでそんなことになってたのと、え 、よくわからんということになるんじゃ ないかなという風に思います。ま、エツ子 がですね、2期に対して嘘をついていたと いうことですね。ま、つまり2期に対して 自分の、ま、1952年時代の長崎の 思い出を話していたわけですけれども、 そこに、ま、記憶の改ざをして話していた ということになるわけですけれども、その 理由が、ま、よくわからんということに なるんじゃないかと思います。嘘をついて いたのは、まあ、なんとなく分かったと。 え、でもなんでそんなことしていたのと いうことですね。なぜ越子は嘘をつく必要 があったのかということです。それが 分かればこの映画が、ま、分かるかもしれ ないなという風に思うわけですね。という ことでまず1つヒントになるのがあるん ですけれども実はですね、ま、パッとね、 ちょっと見てみようって言って映画館に 行ってこの映画見た人にはちょっと分から ないんで、あんまあれなんですけれども、 実は早い時期からですね、公式から発表さ れていた映画内の矛盾というのがあったん ですね。それは長崎ロープウェイについて ということになります。ま、こんなのです ね、言われなきゃ気づかないわけです。 これ本当にね、僕は石川監督にですね、 これ文句です。 この動画はプロモーションが含まれてい ますけれども、え、もう文句です。長崎 ロープウェイのこの矛盾なんて分かるわけ ないじゃんということなんですよ。どう いうことかって言うと、長崎ロープウェイ は1959年に完成してるんですね。でも この映画の長崎パートは1952年が舞台 になっているからその52年当時に開業し ているはずのない長崎ロープウェイが登場 しているのは、ま、映画的に矛盾があるよ ねということなんですよ。そこから、 えっと、何か色々と、ま、映画の中の事情 というか、いろんなものがこう分かって くるということがあって、この長崎 ロープウェイの開業時期というのが結構 重要なヒントになってくるんですけれども 、こんなのね、地元の人でもわかんない ですよ。長崎ロープウェアは59年に完成 しているはずなのに52年の思い出の中に 出てくるのはおかしいなって。地元の人で も多分気づかないです。あのね、監督、 もうちょっと分かりやすく作ったよという 感じですよね。長崎ロープウェイが例えば 完成しましたっていうニュース映像。ま、 テレビがその当時あれかもしれないんで、 え、どっちかラジオでもいいですし、新聞 でもいいですし、町の人たちが噂話してる とか、ま、主人公のね、越子とさ子がその 話をしているってでもいいんですけれども 、長崎ロープウェイができたから行ってみ ましょうよみたいな、え、そういった会話 があればこっちとしてもですね、あ、長崎 ロープウェイが開通したんだとその時期に できたのね、ちょっと調べてみよっかと なって、あれ、ちょっと待っ待てよ。これ で52年の映画なのに59年って書いてあ んじゃん。長崎ロープウェイできたの。 あれおかしくねえか?って、え、矛盾を 感じることができるんですけど、何の説明 もなくロープAが普通に出てきてたら ロープウェとしか思わないんですよ。そこ に何も思わないんです。 だからここがものすごく重要な矛盾点なん ですけど、これじゃわかんねえよという風 にね、本当に思います。監督頼むぜ。 シャッターアイランドだってさね、分かり やすくなってんじゃん。1回目はま、 うんんと、ま、言われてみればみたいな 感じのことを思いながらも見終わって おおっとなって2回目見て、え、おお、 ここがおおとなるわけでしょ。それは 分かりやすく矛盾点がちゃんと描かれて いるからじゃないですか。この映画ね、2 回見ようが、3回見ようが、4回見ようが 長崎ロープがこの時代にないなんて誰も 気づかないんですよ。ま、公式がね、結構 早めに発表していたから、それをたまたま 僕は見たからなんとかなったけど、これは 厳しいぜ、監督という風にね、僕は思い ます。ということで、もうちょっと文句 です。これはもう文句言っておきたいと 思います。ということで、えっと、長崎 ロープAは59年完成なんですね。でも この映画の長崎パートは52年が舞台に なっているということで、え、矛盾がある わけです。つまり越子は嘘をついていると いうことになりますね。ないはずのロープ ウェイの話が出てきているということに なるわけです。で、それに関連してこの 矛盾があったから僕もこっちにも気づける というところがあるわけですけれども、 もう1つ矛盾があってですね、それは建設 中の平和記念像と平和記念像の絵書きと いうことですね。建設中の平和記念像の 写真というのがオープニングテーマの ところに出てくるわけですね。この オープニングテーマの写真は越え越子の イギリスの夫であるシュリンガムさんが 撮ったやつだと思うんですけれども、平和 記念像はですね、51年に着行されて55 年に完成しています。だから建設中の平和 記念像の写真があるのは全然問題ないん ですけれども、ただこの映画の長崎パート は52年なわけですね。にも関わらず映画 の中に登場したと思うんですけれども、 岐阜の小方さんが、え、はがきを越え子に 渡しているんですけれども、その小方さん が渡した絵はきはですね、平和記念像の 写真がプリントされている絵書きなんです ね。平和記念像の写真がプリントされて いる絵書きということは少なくともこれは 55年以降に買われた絵書きということに なるわけです。52年が舞台なのに。52 年が舞台なのに55年以降に作られた 絵がきが登場しているということで、え、 矛盾があるわけですね。で、これらから ですね、長崎ロープウェイ、そして平和 記念像、これらから年代を推測してですね 、この彼女たち、越子たちがどういった 時間軸で人生を送ってきたのかということ を考察していくと、いろんなことが見えて くるんじゃないかなと思って、え、今回僕 はその辺を重点的に考察したということに なります。ということで、え、1番最初 ですね、もう大事な大事なファースト カットお話ししたいという風に思います。 ファーストカットは82年のイギリス パートから始まりましたよね。え、夜雨が 降っているというシーンでした。リビング のソファーで寝ていたエツコが不に目を 覚ましました。そうしているとセミの声が 重なってきて52年の長崎パートが始まる というのがファーストカットでしたよね。 ま、このカットはですね、しばらく後に もうなん、ちょっと後になって同じシーン が出てきてですね、見ている僕たちは映画 を見ながらです、ああ、ここが最初の シーンかという風に分かるところがあるん ですけれども、そのシーンはどんなシーン だったのかと言うと、エツコがソファーで 目覚めて目が覚めてふわーっとぼーっとし ていると2期がやってきて、え、お話を する。ま、要するに過去の話をし出すと いう、ま、始まりのシーンなわけですね。 重要なシーンという感じですね。なんだか 最近怖い夢ばかり見るのという風にエツ子 は言って、え、そこから過去の振り返りが 始まるというシーンなんですね。ま、この 時エツが見ていた、直前まで見ていた夢は 何だったのかと言うと、河川敷を走って いる越子、夜中ですね、夜に河川敷を走っ ている越子が川に流されている箱を 追いかけているというシーンを夢で見てい たわけですね。ま、このシーンこそがです ね、越子が過去を語るきっかけとなった シーンであって、え、嘘の始まりのシーン ということでもあります。ということで、 ここは非常に大事なシーンなんですけれど も、後でね、またここのシーン登場して くるんで、そのシーンになったらまたお話 いたします。ということで、基本的には、 えっと、自系列、あ、映画の自系列なんて 言うの?映画の上映順っていうか、えー、 ね、映画の順番でお話をしていきます けれども、多少前後しながらお話しして いくということになります。よろしくお 願いします。ま、セミの声が聞こえて長崎 パートが始まって日常の朝の風景みたいな のが始まってということになるわけです けれども、まあね、見ているとその越子は 妊娠をしているっぽい。最近物騒な事件が 立て続けに起こっているっぽい。夫の次郎 は戦争に行って、え、左手の指がなくなっ ているから、え、ちょっと大変ねとかそう いったことが色々描かれているわけです けれども、ま、そのいろんな一連が終わっ た後ですね、夫を見送ったエツ子が窓際で 雑誌を見ているというシーンがありました よね。この雑誌、え、エコがどんな記事を 見ていたのかと言うと、銀幕スターの ファッションという記事を見て微笑み ながらいいわねみたいな感じの顔をしてい たということになりましたよね。これは つまりですね、エツコは芸能界に憧れが あってアメリカに憧れがあるんだという ことを示していると思っていいと思います 。でも当然ですね、そんなことは口に出す ことはできません。越つは常識人ですから 。常識人というか、ま、今現在1952年 、まだまだ戦後7年です。で、ここ舞台と なった長崎、ここはですね、原爆が落とさ れた、え、場所であって、越子自身も非常 に大変な目にあったわけですね。原爆を 落とされた時、越子も爆信地近くにいまし た。辛いものをたくさん見ていたわけです 。しかも自分の命の御人でもある義の お父さんの小方さんはですね、え、軍主義 者なわけですね。それで夫は勝異軍人です 。そんな自分の立場からしておい、それと ですね、アメリカが大好き、外国大好き、 外国に憧れてますなんてことは言えないと いう越子がここにはいるんだという感じが あると思います。だから銀幕スターの ファッションという雑誌を見て、え、思い をはせる外国、アメリカ、え、そういった ねところに思いをはせるということをして いながらもそんなことは奥にも出さないと いう越子がここにはいたということなん じゃないかなと思います。という風にして いるとですね、え、窓の外をふと見たわけ ですね、越子が。すると女の人が住んで いるバラックにアメリカさんが訪ねてくる というものを見かけたということですね。 ま、この時のエ子の表情がいいねというの がありましたよね。ま、エツ子にとって アメリカっていうのは憧れのアメリカです 。アメリカの子は憧れています。でも敵国 でもあるアメリカというところはあります 。それで言ってハナさ子さんが出てきて ですね、アメリカ人となんだかイチイチし ていてですね、越子の中にはさ子への憧れ というものもあると思います。さち子への 憧れ、さ子への嫉妬、ま、さち子への 羨ましさ、え、そういったものも越子の中 にはあるんじゃないかなという風に思い ます。そういう様々な感情が入り混じった 表情をエ子がしていたということで、あの 表情はすごい良いなと思うわけですけれど も、さち子というのはですね、エツ子の 理想像だという風に考えていいと思います 。だからと言って別にさち子は越え越子の この空想の人物イマジナリーフレンドとか そういうんじゃないしファイトクラブ的な 実際はいないけど脳内さち子とかそういう わけでもないし、え、さち子は実際にいた 人物だと思うんですけれども実際にいた 人物だけどそこに自分の理想というものを 重ねて思い出にしているというのが越つ子 なんじゃないかなという風に思います。と いうことで、ここでタイトルが出て オープニングテーマということになるわけ ですね。だからこのアバンタイトル非常に 重要ですね。長崎パートはイギリスパート の越子、ま、82年の越子、30年後の 越子の思い出の中で作られている昔の長崎 なわけですね。で、このアバンタイトル、 ま、その映画のタイトルが出る前の部分ね 。ここの部分は82年のリビングの ソファーで目を覚ましたエツ子が怖い夢を 見て目を覚ましましたよね。その目を 覚ました越子がその後こうぼーっとして いるシーンがあってしばらくしたら2期に 話しかけられるという場面になるわけです けれども起きた越子が2期に話しかけ られるまでに思い出していた記憶が、え、 ここの最初の部分の長崎パートなんじゃ ないかなという風に思います。まあね、 えー、2期に話しかけられた越つ子はこの 時になんだか最近怖い夢を見てという風に 言いましたよね。そうすると2期がどんな 夢なのと聞いて越え子が言ったのはある女 の人のことを夢に見ていたの。長崎にいた 頃に知り合った彼女とその幼い娘のことを という風に話し始めるという風になるわけ ですけれども、えっとこれはもうそもそも 嘘ですね。エ子はですね、長崎にいた頃に 知り合った彼女とその幼い娘のことを夢で 見ていたわけではないですよね。越つ子が 見ていた怖い夢というのは何だったのかと 言うと、河川敷を走っている夢のことです よね。で、女の人、ま、さち子のことです けれども、長崎にいた頃に知り合った彼女 とその幼い娘のことというのは怖い夢を見 た後に目が覚めた時に思い出していた 思い出です。だから、え、もうしょっぱな から越子は嘘をついているということなん ですね。だって、ある女の人のことを夢に 見ていたの長崎にいた頃に知り合った彼女 とその幼い娘のこと。これそんなに怖い夢 じゃないですもんね。 怖い夢という感想とうさ子とのこの今 思い出していたこれは怖い夢としても矛盾 がありますよね。怖くないんだもん。だ から、えっと、もう最初っから嘘ついて いるということになるわけですけれども、 この怖い夢というのが、ま、当然です けれども、エツコにとってのキーワードと いうことになってくるとなるわけですね。 さてさて、オープニングテーマの後ろで 映し出されている写真がありますけれども 、あれは50年代の長崎の風景ということ で、あの写真は52年という限定はされて ないという風に考えていいかなという風に 思います。ま、52年に限定する必要も ないしね。で、あの写真の撮影者はエツ子 の夫のシェリンガムさんということになる と思います。ま、いろんな写真が出てきて 瓦礫の中でも平和に前向きに暮らしている 当時の人たちみたいのがいっぱい写真が出 てきてね、ま、微笑しいというか、そう いった気持ちになってくるわけですけれど も、注目すべきはやっぱり建設中の平和 記念像の写真ですね。ま、さっきも言い ましたけれども、平和記念像というのは 51年着行、55年完成なんですね。で、 このオープニングテーマのバックで 移し出されていた平和記念像は建設中だ けど、ほぼほぼもう出来上がっている像と いうことだったので、え、おそらく54年 から55年頃に取られたものじゃないかな という風に推測します。わかんないけどね 。で、その他に越子を映した写真もあり ましたよね。どういった写真だったかって 言うと、これも後にイギリスパートでね、 2期が見ているというシーンで出てくるん ですけれども、越子が2人の外国人と会話 をしているという写真ですね。後ろには ロープウェイ乗リ場の看板がありましたと いうことです。つまりロープウェリ場の 看板があるということは少なくとも越子が 外国人と話している写真は1959年以降 の写真ということになるわけですね。そう しないとロープウェリバの看板あるわけ ないんで、これは59年以降の写真という ことになります。ということでイギリス パート始まります。え、2期が見ている 越子の、ま、討箱の中にですね、小方さん から校長先生の小方さんからもらった平和 記念像の絵が書きというものがあるわけ ですね。ま、この絵が書きの内容は後に 明らかになるんですけれども、ま、なんて ことはない。大方さんがね、次郎のお家に 滞在したことに関するお礼のはきですね。 え、こな間だは突然お邪魔して申し訳 ございませんでしたみたいな色々お気遣い いただいてありがとうございましたみたい な、え、何でもない他の挨拶のはきなん ですけれども、ま、何度も言いますけれど も問題なのはですね、55年完成の平和 記念像の写真のエハが書きが52年の設定 である長崎パートに登場しているという こと。ここが問題なわけですね。ま、52 年から55年まで3年間の家に滞在してい たとは当然考えづらいですよね。という ことは小方さんが来たのは55年以降と いうことだろうという風に考えます。で、 小方さんがですね、何度も言ってるんです けど、エ子さんが次郎と一緒になって幸せ だと分かって良かったとかずっと言って ますよね。何度も言っているんですけど、 実際その言葉に対して越え子はですね、 いつもちょっと言葉に詰まっているという 感じがありましたよね。で、この変わると いう言葉も小方さんとの会話の中でキー ワードとして出てくるわけですけれども、 その変わるという言葉を噛しめていたのも この時の越子ということになります。と いうことは離婚のきっかけの1つは おそらくこの小方さんにあったんじゃない かなという風に思うんですね。ま、要する に小方さん が、ま、色々とね、ま、この後また話し ますけど、小方さんが、ま、変わろうとし ているというか、変わらなきゃいかんと いう風に考えているということがありまし たよね。それに直されてというか、それを 受けて越え子は私も変わらなきゃいけない という風に考えたんじゃないかなという風 に思うわけです。だから離婚、ま、 エスコ子は離婚するわけですけれども、 離婚のきっかけの1つは小方さんにあるの かなという風にも思ったりするなという ことですね。で、ま、少なくとも55年 までは離婚していないということは判明し ていますね。ということで次またイギリス パートです。2期はですね、グリーン コモン女性キャンプの取材をするとかやっ ていて、え、女性解放に積極的という感じ があるんですね。ま、ウーマンリブ的と いうか、え、ま、フェミニスト的というか 、え、そういったところもあるかなという 感じがするんですけど、ただ2期は結構 そういったことに積極的に今動いているん ですけど、ま、ラストでなんとなく感じる んですけど、エツコはですね、どっち かっていうとこの女性開放にはもう疲れた という風に感じている節はあるんのかなと いう風に思います。でも実際エずつも強い 女性ではあったんですけれども、もうなん か結局疲れたわみたいな感じがあるかなと いう感じですね。ということで2期の問に 答える形で越子はですね、52年の長崎の 思い出を喋り出すということになります。 で、長崎パートがこうまたピーと始まる わけです。商軍人さんがいて、え、お恵み をってやったりとかしていたりとか、ま、 黒沢明の生きるとかおず安次郎のお茶漬け の味のポスターが貼ってあるんで、ここは 52年ということが、ま、分かるかなと いう感じですね。レツ子はですね、橋の下 で男の子たちにいじめられているマリコを 見つけて、え、そこにかけ寄るということ をするというシーンがありましたよね。 そこでマリ君は急に不思議なことを言うん ですね。川向こうのおばさんがコ君は欲し いって言ってたよ。川向このおばさんが私 をうちに連れてくって言ってたよという ことを言っていて、あ、そうなの?ふん。 よくわかんないけど川向こうなんて誰もい ないけどねみたいなことをエス子は言って いたわけですね。さてこの謎の人物ですね 。川向このおばさん。川向こうのおばさん というのは一体何なんでしょうかという ことですね。映画的に見ると最近この辺り で子供の連れ去り事件みたいなものが頻い んで、ひょっとしてその犯人なのかなと いう風にも思わせているんですけれども、 ま、おそらく違いますね。この川向こうの おばさんというのはですね、エツ子の嘘に 関する重要なキーパーソンになるという風 に考えていいと思います。皆さんもね、 川向こうのおばさんというのは一体何だっ たんだろうという風にちょっと考えてみて 欲しいなという風に思います。ということ で、そのマリ子の流れで越子さんはさち子 と知り合うということになったわけですね 。ま、同じ地域に住んでいて同じね、2人 とも同じぐらいの年齢だし、まあ2人とも 美人だしね。一般人とは駆け離れた美人だ し、小さい娘を持っているし、ま、越子は まだ持ってはいないんですけれども、間も なく生まれるということで小さい娘持ちで あって、憧れのアメリカ、そして白山で 原爆を体験している。そして被爆の恐怖と いうものも持っているということで、えー 、おそらくですね、エス子はさ子に対して かなりシンパシーを感じていたという風に 思えますよね。さち子は越子にとって憧れ の女性であって理想の女性像というところ もあるんじゃないかなという風に思います 。で、さち子は言ってました。私アメリカ に行くのという風に言っていたんですね。 アメリカ人と知り合ってアメリカに行くん だわという風に言っていました。で、 アメリカに行けばマリコは映画女優にだっ てなれるのよという風に言っていました。 映画女優になるというのは越え越子の夢と いうところがあるんでああいいわねという 風になるわけですね。だからエツ子はそれ を聞いてはあ、素敵か話やねという風に 言いました。そうすると、えー、越子の 言葉と同じセリフをさち君が言うわけです ね。素敵か話やねって言ったら、素敵か話 やねってさち子が言ってはえってなるわけ ですね。するとさち君子君は不思議なこと を言いました。いや、人言みたいだなと 思ってという風にさち君が言ったんですね 。え、この会は非常に変だなという感じが します。子にとってさち子のアメリカ行き のお話というのは他でもなく紛れもなく、 え、人言以外の何者でもないという感じ ですよね。だって越子は別にアメリカ行か ねえし。で、今日知り合った、たまたま 知り合った同じ年ぐらいのこの人が私 アメリカ行くのって言って、あら、そう、 素敵か話やねって言ったら、素敵か話や ねって、あんた人言みたいに言いやがって という風に言われてはえっとなるわけです ね。さち子は越子に対して私がアメリカに 行くのよという話を人言ではなく自分ごと して捉えなさいという風に言っていると いうことなわけですね。え、はっきり言っ て意味が分からないわけです。本当に さち子はこんなこと言ったんでしょうか? 何とも言えないなという感じですね。会話 が成り立っていないのでね。ま、エツ子は もしかしたらさ子に自分の外国行き、ま、 イギリス行きというものはさ子に後押しさ れたんだという風に思いたいという願望が あって、こんな会話を偽造したのかもしれ ないなという風に思ったりもしますね。 またはさち子はあなただってもしアメリカ に行きたいんだったら行けばいいのよ みたいなね。え、そういった結構ことを 言いたかったのかもしれないとも思います けれども、ま、ちょっと変な会話だなと いう風に思いますね。ま、さち子さんは 越え越子にとってかなりこの自分に都合を よく操っているというか、え、改ざして いる人物なのでさち子の言っていることは 半神半義ぐらいで考えた方がいいかなと いう感じがします。これは本当にさち子の 言葉なのか、それともエツ子がさ子に言わ せた言葉なのかっていうところを結構 見極めるというか、見極めるのも難しい けど、ま、そんな感じで見ていた方がいい かなという風に思いますね。 ということで、え、義のお父さんである 小方さんがお家を尋ねてくるということが ありました。越子はですね、小方さんが 校長を務めている学校、小学校で音楽教師 として働いていたという過去があるんです ね。だから最初校長先生と呼んだりしてい たわけですけれども、ま、おそらく越子 さんはですね、元々教員免許を持っていた というわけではなくて、校長先生の小方の えいによって、え、大陽教員制度で免許上 を、教員免許上を取得したんじゃないかな という風に思います。はですね、先生の数 も少ないということもあって、臨時で学校 の先生になるという制度があったんですね 。だから、ま、音楽の素用があったんで、 エツコはバイオリンを小さい頃から習って いたということもあったんで、え、 おそらくその関係で小方さんも校長先生だ しね。しかもおそらく、ま、越子さんは いいとこの子だと思うんで、しかも おそらく次郎とはもう結婚していたんだと 思うんですよね。もうすでに次郎はセ地に 行っていたと思いますけれども、すでに 次郎と結婚していました。なんでこの2人 が結婚したのかと言うと、当然いいとこ の子同士だからというとこですね。校長 先生だしね。今の校長先生と昔の校長先生 はやっぱりだいぶ意味合いが違うと思うん で。校長先生の息子である次郎と両家の 市場である越子は、ま、結婚していたと いうことがあって、それで戦争が、ま、 激科化してきた中でですね、生活も困窮し 出して、越子さんどうだいと軍事工場と 働いたりするよりもうちの学校に来て働い たらいいじゃないかと。音楽の先生が ちょうど耐えていないんだよと。越子さん が来てやればいいわと、え、いう感じに なったんだろうという風に思いますね。ま 、当時はそれが可能だったということです 。別に大学で、ま、江ず子さん大学出てる かどうか知らないですけれども、教員免許 持ってなくても臨時で取れるという制度が あったんで、それでおそらく先生になった んだろうと思います。ま、そういう恩が あるという大方さんということがあるわけ ですね。ま、大方さんが来た時、次郎が 夜中ぽつりとつぶくというのがありました ね。君があん時白山の小学校で被爆せ んかったのは本当に良かったと思っとるよ という風に次郎が言っていました。ま、 白山の小学校で越子さんは被爆というか 原爆を体験しているんですね。ま、もしか したら僕もちょっと調べたんですけど、 もしかしたら越子さんがいたのは白山国民 学校だったのかもしれないという風に思い ます。ま、わかんないですけどね。他にも 学校があったのかどうかちょっとよく わかんないですけれども。白山国民学校だ とすればもう爆信地の本当に近くの小学校 で爆信地から500mとかいうとんでも ない近場なんですよね。だそこにもし 越え子さんが働いていたとすればちょっと 大変なことになっていたねということに なるわけですけれども、ま次郎さんはね君 が被爆せんかったのは良かったと思っとる よという風に言いましたけれども、当時 自分がですね、被爆したかどうかという ことを、ま、科学的医学的に判断する手段 というものはありませんでした。当然核が 初めてですからね。だから被爆したって いうのもよく分かってなかったわけです。 判断基準はじゃあどうやっていたのかと いうとですね、主に位置と距離、そして 急制放射能ま、いわゆる原爆症ですね。 それのうむ、この2つでしか被爆したか どうかの判断はできませんでした。越子 さんはですね、爆信時の近くにいたという 風に考えられるわけですけれども、だから 位置と距離という観点からすると被爆して てもおかしくないというところにいたんだ と思うんです。ただおそらく越子さんには ですね、原爆症の症状が出ていなかったん だと思います。なので被爆していないと いう風に判断されたんだろうという風に 思いますね。ただ原爆症はですね、後から 出る場合もあるし、被爆しているけど症状 が軽いから気づいていない場合とかもある らしいので、え、本当の本当のところで エ子さんが被爆していなかったのかどうか というのは、ま、よくわからんという ところはあったのかなという風に思います 。ただ基本的にというか、ま、絶対という かなんですけれども、原爆症はですね、え 、その当時妊娠中ということでなければ、 例えば原爆症を患らった人がその後妊娠し たとしても、え、子供に影響が出るという ことはないと何か遺伝子的に、え、疾患が 、先天的な疾患が現れるとかそういうこと は、え、ないよという風に、え、一応言わ れているということですね。さて、まさ子 さんはね、越子さんにどこかで働きたいん ですけれどもという相談をして、越子さん はうどん屋さんを紹介したということに なりましたよね。で、うどん屋さんで働く ことになったさち子が越え子に対してこう 言いました。あら、越え子さん、 こんにちはみたいな感じで来て、いや、 まさか自分がこんなとこのテーブルけを するとは考えてもいなかったわという風に 言っていましたよね。こんなとこのという ところが多少引っかかるわけですけれども 。で、実際にここのうどん屋で働いていた のはさチ子ではなく越子だったということ はラストで判明しますよね。ラストの ネタ晴らしのシーンでここで働いていたの は越え子だということが分かります。 じゃあなぜ越子はですね、うどん屋で働い ていた思い出をさ子に改ざしたんでしょう ということですね。当然理由があって改ざ しているわけです。え、なんでしょうかね ?という風に思います。あの越子がここで 働いていたうどん屋さんに働いていたのは いつなのかと言うとおそらく1956年 から59年のあたりじゃないかなという風 に思います。ま、55年から56年頃に おそらくエツ子はですね、次郎と離婚をし ているんですね。で、当然離婚をしたんで 、エツ子は団地を出てどこかに済まなきゃ いけないわけですけれども、ま、行く当て もない越子はですね、前にさ子がいたあの バラックにけ子と2人で移り住んだんじゃ ないかなという風に考えられます。 バラックに越え子が住んでいたというのは 、え、それも写真が出てくるんで分かり ますよね。だ、それがこの56年から59 年あたりのことを指しているんだろうと いう風に思います。で、じゃなんで うどん屋で働いていた記憶を自分ではなく さ子に改ざしたのかと言うとその1つは ですね、越子は意外とプライドが高い女だ からというところがあるんじゃないかなと 思います。ま、セリフでは分かりますよね 。この私がこんなとこのテーブルをする なんてという風に言ったのはエツ子です。 さち子さんが言ったんじゃないんです。 さち子さんは元々ここにはいませんから。 さち子さんはこの時はもう特区の昔に アメリカに行っています。なので、まさか 自分がこんなとこのテーブル掛けをすると は考えてもいなかったっていう風に言った のは越え子さんなんですね。越え子さんは いいとこの子なんで、まさかこんな 汚らしいうどん屋さんであんなおばさんの 下で私が働くなんてみたいなね。えー、 そういったところが多少あったのかなと いう風にも感じます。で、もう1つ理由が あって、それは娘稽古の行動についてだと 思います。子さんの思い出の長崎パートで はですね、マリ子が配の際に何らかのミス をして客にどなられたということがあり ましたよね。で、その後放射能が映ったら どうすんやという風に客が言ったのを聞い てさち子が切れるというシーンがありまし たよね。でもこれは後にネタ晴らしの シーンでさち子ではなく越子だったという ことが判明します。ということは配善の際 にミスをしたのはマリコではなく稽古だっ たということも同時にそれは判明するわけ ですね。稽古はですね、52年の段階では 民進中まだお腹の中にいました。それで 言ってその後生まれたのでけが生まれたの は、ま、52年から53年ぐらいでうどん 屋さんで働いていた頃はおそらく稽古は 67歳、567歳ぐらいの年齢なんじゃ ないかなという風に推察できるかなと思い ます。つまり52年当時のマリ子と同い年 ぐらいの頃にけ子はうどん屋さんで越え子 と一緒に働いていたという計算ですね。ま 、そうなんじゃないかなという風に思い ます。なので稽古はですね、戦後から7年 も経ってから生まれた子供なので放射能は ないはずですよね。で、もちろんマリコに はケロイドの跡があったんですけど、当然 稽古にはケロイドの跡はあるはずないと いう風に考えられますよね。そういった 分かりやすい傷跡みたいなものはなかった だろうという風に思われます。つまり 思い出の中ではマリコのケロイド、腕に あるケロイドを見て客は放射団が映ったら どうすんやという風に言っていたんです けれども、えー、実際稽古を見て客が放射 能が映ったらどうするんだという差別発言 をするはずがないと、え、いうことになる と思います。じゃあ一体どんな発言があっ てエツ子は切れたんだということですね。 エツコが切れたシーンは出てくるんです けれども、客が何を言ってで切れたエツコ が何を言ったのかということは巧妙に隠さ れているんで分からないんですね。越子は 一体何に切れたんでしょうか?これは結構 重要なポイントかなという風に思います。 さて、稽古の情報というのはですね、もう めちゃくちゃ少なくて、もう想像を 膨らまして僕たちが考えるしかないわけ ですね。稽古はもうほぼほぼ登場してこ ないし、もう分からないんですね。なので 分かっている情報を整理してみましょう。 まず1うどん屋で稽古は客の足に噛みつい たということがありました。これはG21 ですね。で、え、2ロープウェイのシーン が後に出てきますけれども、ロープウェイ で木のりをしていた少年を殺そうとしたと いう稽古がいたということもあります。ま 、これは少年段ということで実際に殺そう としたとかいうわけでもないと思うんです けれども、ま、少年は今が蹴った僕のこと 殺そうとしたという風に言っていたという 、ま、証言があるということですね。32 期が生まれた頃に撮られた写真では稽古は 笑顔だったわけですね。で、4ピアノ コンクールで稽古はいい成績をあげていた 。5イギリスで撮影された家族写真では 稽古は貞だ子並に下を向いていたという ことがありました。え、ちょっと怖そうな 心霊写真かなって思えるような、え、 ちょっとやばい写真が家族写真でありまし た。そして6稽古は実質で首吊り自殺をし ていますということです。ま、いつ自殺を したのかは分かりませんけれども、え、 自殺をしていたということがありました。 ま、1と2を見る限りですね、稽古は押さ ない頃からちょっと気象の荒い性格であっ て、トラブルメーカー的なところがあった のかもしれないなという風に考えられます ね。ま、ピアノが上手というところもあっ て、え、一ゲに引い出ていた面というもの はあるのかもしれませんけれども、ただ 精神的にはおそらく不安定な子だったの だろう。で、稽古は家族との接触を極端に 拒んでいたという証言もありましたよね。 ま、2期が言っていましたよね。私たちは け子とは全くもう会話もなかったし、 稽古子は私たちを家族と認めていなかった みたいな感じのこと言っていましたよね。 で、稽古はイギリスでは実質に引きこもっ てもうほぼほぼ外に出てくることはなかっ たということを言っていました。という ことでもしかしたらですね、もしかしたら 稽古はですね、何か軽度の知的障害みたい なものがあったのかもしれないという風に 思います。で、越子は次郎と離婚をして いるわけですけれども、次郎との離婚の 原因の一員は稽古の、ま、知的障害的な ものがあったのかもしれないという風にも 思いますね。ま、知的障害か、もしくは、 ま、身体障害っていう可能性もあると思い ますけれども、例えば足がちょっと悪いと かね、え、ま、見た目で分かりやすい身体 障害、もしくは結構分かりやすい知的障害 、え、そういったものがあったのかもしれ ないなという感じですね。で、なんでそれ が次郎との離婚の原因になったのかと言う と、エ子が、ま、稽古のその病気というか 、そういったものが越子が被爆したせいだ という風に考えたからなんじゃないかと いうことですね。ま、当時はあの そういう噂が流れていましたから長い長い 間の研究の結果被爆とその後に生まれたね その被爆した時に妊娠しているとそれは話 が変わってくるんですけれども、え、被爆 した女性がその後妊娠して出産した場合、 ま、遺伝子的なその 何、障害というかそういったものが出ると いう確率が特段高まったわけではないと。 普通の状態と普通の平事と同じレベル、 同じ確率で、えー、障害者とは出現するん で、原爆が原因でそういったことがあると いうことはないという風に結論付けられて いるんですけれども、当然当時はですね、 被爆した女の人からお母さんから出てきた 子供はなんか障害があるんじゃないかって いう風に、ま、思うというのは理解でき ますよね。で、もしけ子がそういった子供 だったとしたらお前のせいだという風に 次郎は越子に行った可能性はあると思い ます。それが原因で離婚という、ま、それ が原因の一員としてね、え、離婚という こともあったのかななんていう風に思い ますね。だからケロイドがあったマリコと そういった障害があった稽古というものが エツコの中で同一化されて思い出として 記憶されているんじゃないか。嘘の記憶と して残されているんじゃないかとえーいう ことですね。ま、ちなみに稽古の部屋に あった82年のねイギリスパートの稽古の 部屋にあった写真はあれは2期のものです からね。稽古の写真は1枚もありません。 稽古のものはですね、症状ピアノ コンクールの症状ぐらいしかありません でした。写真はありませんでしたという ことですね。ま、とにかく意図的だと思い ますけれども、エツ子は長崎パートで稽古 を出していないんで、まるで稽古がい なかったかのようにね、記憶が出来上がっ ていますけれども、それなのに稽古のこと をなかったことにしようとしているエツコ というのが、ま、見え隠れするなという 感じはしますよね。つことで、え、次もう 重要なポイントになりますけれども、本作 最重要エピソードですね。バイオリンの話 です。これがもう本当に重要、重要中の 重要ということになりますね。概要を説明 しますと、エツ子は小学校で音楽教師をし ていました。で、1954年8月9日です ね、学校のすぐ近くで原爆が落とされまし た。一名を取り止めた越子は教え語たちを 救うべく行動を起こしました。しかし彼女 に助けることができる子供はいませんでし た。唯一見つけたのは音楽の授業で自分が 使っていた、え、バイオリンだけだったと いうことがありました。で、その後小方 さんと共にですね、中川の家というところ に越子さんは遺相ろさせてもらうことに なりました。でも越え子さんはその時です ね、精神的に限界を迎えていました。え、 越子さんは夜中に急に起き上がって、も、 狂ったようにバイオリンを引きまくったと いうことがあって、家中のみんなを起こし たことが何度もあったということがあった ねという思い出話を小方さんがしたという ことですね。そこから、えー、エツ子の 抑えていた感情というか、そういったもの が結回してしまうということがありました 。バイオリンを引き鳴らしたということは エツクは全く覚えてなかったんですね。私 がそんなことをしました。本当ですか? みたいなことを言って、えー、感情が結回 してしまったエツ子はですね、バイオリン を指して、あの日これしか助けられんかっ た抜天子供たちはという風に言ってたわけ ですね。すると大方さんは子供たちのこと はあんたのせいじゃ中という風に言ってい ました。するといつ子はいいえいえ私の せいなんです。私のせいなんです。私の せいなんですという風に私のせと3回を 繰り返していたとえいうのがありました。 これがエツ子のトラウマです。その後の エツ子の人生は全てこの出来事に起因して いると言ってもいいですね。エツコはこの バイオリンの話。これが本当に心に トラウマとなって深い傷となって残って いるというエピソードなわけです。エツ子 がですね、バイオリンのことを今でも全く 忘れていたというのはなぜなのかと言うと 、それは越え越子自身がこの先も生きて いくためですね。え、越子はですね、この 先も自分が生きていくためには心を保た なければいけないわけです。そのために 自分の思い出というものを都合よく改ざし て、え、今現在もいるというわけなんです ね。夜中にバイオリンを引いたことを完全 に忘れていた越子ということがあったわけ ですけども、なぜ夜中にバイオリンを引い たことを忘れていたのかと言うと、それは 自分が見捨ててしまった。ま、見捨てたと いうわけじゃないんですけど、エツ子は そういう風に思っている。自分が見捨てた 子供たちのことを忘れるためにバイオリン のことを忘れていたわけですね。ま、 トラウマというのはPTSDとかそういっ たものを引き起こす原因になるわけです けれども、トラウマを克服するトラウマの 原因となったことを忘れるためにはですね 、ま、こうすれば忘れられるよっていう 単純なものではないんですけれども、ただ 1つのやり方としてね、えー、その トラウマに関わるあらゆることを全て 忘れると、え、いうことをした方が良いと いう風に言われてもいます。こういうのを ですね、暴却という風に言ったりとか、ま 、帰り性という風に言ったりとか、抑圧さ れた記憶という風に言ったりもするわけ ですね。ま、要するに意図的に脳がその 自分のキャパを超えてしまった悲劇みたい なものを意図的に脳が忘れようとしている ということですね。ただフロイト曰くです ね、ま、フロイトのはこの抑圧された記憶 というものなんですけれども、フロイト 曰くこの抑圧された記憶というものは自分 の精神世界のなんて言うの?潜在意識の中 に隠されているんだけど常にそれは自分の 人生に関わってくるよみたいなね、え、 そんなことを言っているわけですけれども 、ま、それもあるかなという感じがします 。越子のことを考えるとね。ま、この トラウマを克服するためにいろんなことを 忘れるというのはですね、身近な例で言え ば、例えば恋人と彼氏と本当にひどい別れ 方をした女性がですね、彼からもらった あらゆるもの全てを捨てて電話番号とかも 電話帳を全部消去して、アドレスとかも 全部消去して引っ越しして髪の毛を切って とか、えー、爆食いしてとか、え、あり ますよね。そういったのと少し似ている 感じがあります。別のもので置き換えて 忘れようとするという ことですね。ま、そういうの暴却と言っ たりもするわけです。越子の人生はですね 、このバイオリンの話、原爆とバイオリン 、この話がですね、もうとにかく心に深く 刻まれて、これがエツコの、ま、行動原理 というか、人生の動く、ま、原理というか 、そういったものに影響しているという ところがあるんですよね。ま、本作は一見 ですね、結構いろんなコメント見てもそう いう風に感じてる人多いような気がするん ですけれども、戦争とか原爆とか、え、 そういったものの存在感が薄いように 感じる人もいるのかなという風に思います 。え、戦後の長崎という部隊にも関わらず 意外と戦争のことが出てこないみたいなね 。え、そういう風に感じている人もいるの かなという風に思うんですけれども実は ですね、越子の人生にこの戦争原爆、ま、 特に原爆とその悲劇ですね。え、それは ですね、越後の人生に深く深く深く 刻み込まれているんですね。もうその時の トラウマというものがエツ子の全てを決定 付けたという風に言ってもいいと思います 。エツ子がですね、ま、イギリスの越子が 特にそうなんですけれども、2期も稽古も ですけれども、娘たちのこととか例えば 長年住んだ家に対してなんかどこか覚めた ような感情で接しているところがあります よね。それに対して2期は恥ずかしいと 思われた方がまだ良かったわよと。私の こと何とも思ってないんじゃないのって いう風に、え、つっかかっていました けれども、そういった部分がね、エツ子に はあるんです。越つ子はどこか冷めた感情 で物事に人生に接しているみたいなところ があるんですけれどもそれはですね おそらくこの失った時の寂しさというもの を小さくするために意図的にあまり接し ないようにしている、え、深く関わり合わ ないようにしているというのがあると思い ます。その原因はこのトラウマ助けられ なかった子供たちというトラウマがある から越子の人生はその後まそういった感じ になっているのかなという風に感じたりも しますねということですね。 次マリ子失走事件ですね。旦那が自分の 会社の同僚を連れてきて、ちょっと用意し てくれとか色々やってた時にですね、 さち子さんがうちにやってきて、マリ子 こっちに来てないかしら?実はいないのと いうあのマリコ失踪事件ですね。ここも なんかいろんな変なことがあったんです けど、マリコを探しているわけですね。 越子さんが私も探してくると言って出かけ ていきました。マリコを探している間、 なぜか唐突にさち子がですね、私23日の うちにアメリカに行くとか言い出したわけ ですね。なんで今そんなこと言うのという 風に観客全員思ったと思います。当然 エツ子もそう思いました。だから今そんな 話してる場合じゃないでしょ。まり子さん をまず探しましょうよという風に言ってい ましたけれども、なんじゃこりゃと おかしくねえかと。なんでこのタイミング でさ子さんは間もなくアメリカに行くとか いう話し出したのという風に考えるとです ね。ま、おそらくこの記憶は越え越子の ものなんだろうという風に考えられるわけ ですね。直前までこのマリ子失走事件の 直前までですね、エツ子は今まで忘れてい たバイオリンのトラウマというのがあった わけですね。そのトラウマが思い出の中で 蘇ったわけです。越子は混乱状態になって しまいました。ま、もう皆さん分かってる と思いますけれど、52年の長崎パートは 越え子の思い出の中で語られているパート であって、越子はいわゆる信頼できない 語り手なわけですね。52年の長崎パー トってのはどこまでが真実なのかもわかん なければエツ子の主観が入り込んで話して いることなので何が本当のことなのか何が 嘘なのかってのが分からない状態になっ てるわけです。だからこう思い出しながら 越子はバイオリンのトラウマというものが 蘇って、え、混乱状態になった越子がその まま思い出をこう語っているという風に 考えていいと思います。だからこの失走 事件というのもですね、なんだか混乱の 状態のまま話しているわけですね。実際の 失走事件はマリコではなく稽古なんじゃ ないかなという風に思います。バイオリン のトラウマによってマリコはですね、今 現在死というものに花瓶になっているん ですね。だからアメリカ行きというものと 死というものと縄というものが関連付け られていたわけです。結果マリ子がボート の上で発見された時に越子の足に草のつが 巻かれているというイメージが出現して それが思い出となって出てきているという ことがあったわけですね。ま、マリコ失走 事件は52年に起きた。ま、実際にね、 ちょろっと失走事件的なものが起きたんだ と思うんですけれども、実際のマリコの 失踪事件ってのは別になんてことはない 失走事件だったわけです。足を怪我して 動けなくなったマリコがいつの間にか ボートの上で眠ってしまっていたという だけの、まあ、今となっては笑い話で住む わねみたいな感じのお話だったわけですね 。マニコ失走事件は大した事件ではあり ませんでした。じゃあなんで越え子はこの 特に大したことでもない事件を恐ろしげな 思い出として覚えていたのか?ここが重要 なんですね。え、その答えは後ほどという ことにしたいと思います。で、後ほどね、 同じようなシーンが出てくるんで、そこで お話ししたいという風に思います。ま、 重要ですよね、これもね。で、ま、その後 ですね、失踪事件のその後さち子がですね 、マリ子の言う川向こうのおばさんって実 はこういう人なのよという話をするという ことです。この辺はですね、もうずっと死 にまわる話をしています。それは バイオリンのエピソードからずっと続いて 越子の中に死というものがこう表面化され ているからなんですよね。川向こうのおば さんというのは何だったのかと言うとです ね、さチ子はこう言っていました。ある朝 、世が開けたばかりの頃、路ジの 行き止まりで子供を水に沈めている女がい たのよということですね。その女は後に喉 を切って自殺したらしい。私はもう怖く なってマリコを連れて必死で逃げたわと いう風に言っていました。で、それを目撃 して以来、マリ子はその女のことを話す ようになった。おばさんが、え、やって くるとかそういったことをマリコは話す ようになったと、え、いう風に言っていた 。これがマリ子の言っているおばさんの話 だから、そんな人は実しないのよ。気にし なくていいわよという風にさち子は言って いたということですね。さて、この女が 実際に本当にいたのか、そして本当に さち子とマリ子がこの女を目撃したのかは 分かりませんが、1つ事実があってですね 、それはさ子がこの川向のおばさんのこの 話をし始めた時、越え越子は間違いなく 緊張していたんですね。緊張が分かるよう に演出されていました。この話をし出す前 ですよ。し出す前に越え子はあの話さち子 さんするのねという感じで緊張していまし た。これが意味するところは何なのかと いう風に考えるとおそらくですね、子供を 水に沈めていた女というのはエツ子なので はないかという風に考えられるということ ですね。これはさち子が言った言葉という よりもエツ子が自分で体験したことを さち子に喋らせていたという風に考えて いいんじゃないかなという風に思います。 エツ子はですね、バイオリンのエピソード の時にずっと私のせいなんです。私のせい なんですと。子供を救えなかったのは私の せいなんですと、え、いう風に言ってい ましたけどもこの私のせいというものを 指している言葉の意味は一体何だったのか ということですね。あの日、原爆が落とさ れたあの日ですね。エツ子はおそらく1人 でも多くの子供を救おうと必死で努力した と思います。なんとかちゃん、なんとか ちゃんどこにいるのと、え、必死になって 探したと思います。小学校をね。で、 見つけるたびにこの子はもう死んでいる。 この子はもう死んでいるっていうの ばっかり、えー、見て1人でも多くの子供 を救おうとしたんですけれども、エツ子は それが叶いませんでした。1人も救うこと はできませんでした。そんな中もどう しようもない子供、まだ息はあるけどどう しようもない子供というものを発見した 越つ子はですね、もう救うことはどう考え ても不可能。この子に私がしてあげること は楽にしてあげることだけという風に越子 は考えて子供を水に沈めたということをし たんじゃないかなという風に思います。 バイオリンのトラウマの1番の原因は おそらくこれなんだと思うんですね。 エツコのトラウマ、それは救いたかった 子供を殺した自分の手でということだと 思います。越子はですね、とにかく死の 恐怖から逃れたかったんですね。そのため に全てを忘れたと、え、いうことがあった んだと思います。マリ子失走事件は52年 に起きたことですけれども、え、後にね、 また同じようなシーン出てきますよね。 その稽古失走事件があるわけですけれども 、稽古失走事件はおそらく59年に起きた 出来事です。その59年に起きた稽古失走 事件と52年に起きたマリ子失走事件が 越子の中ではこうごっちゃになっていると いうことなんですね。ま、思い出の中の さチ子とマリ子はあとね、23日したら アメリカに行くと言っていたにも関わらず 、なぜかずっとその後も河川時期の バラックに住み続けているというのがあっ たんですけれども、実際にはさ子、まり子 はもうさっさとアメリカに行っていったと 思います。ま、越つ子の思い出はね、時代 感がごっちゃになっているんで、ずっと さち子たちがバラコに住んでいるんです けれども、おそらくさち子たちはすぐに もうアメリカに行っていて、その後自分 たちがバラックに住んだというのをさち君 は住んでいたという思い出に書き換えてる んだろうという風に思いますね。 さ、次。まだまだありますよ。 長崎ロープウェイの思い出ということに なります。子、さ子、マリ子の3人が長崎 ロープ園に乗って稲山公園に行くという シーンがありましたよね。ま、何度も言い ますけれども、長崎ロープAは59年完成 なので、最低でもこの59年以降の出来事 ということになるわけですけれども、ただ さ子たちは52年の段階ですでにアメリカ に行っているはずなので、当然ここに同行 しているわけがありません。というか52 年の段階でマリコは7歳ぐらい、67歳 ぐらいなんですけれども、そこから7年も 経っているのにマリコは全く成長してい ないんで、えー、もう意味が分からないと いうことですね。 マリコは7年経っても成長してないし、 エツコは7年経ってもまだ妊娠中です。 もうギネス記録ですよ。2年、7年間妊娠 し続けてるみたいな。ギネスかどうかは 知らないけど、えー、もう意味が分から ないという状況になってますね。もう時代 感はごちゃごちゃです。だ、実際の長崎 ロープウェイの稲山公園に来たのはエス子 とけ子の2人だけということになりますね 。実際ここにさ子は同行していなかったと 、え、いう風に考えていいと思います。ま 、ラストのネタしにも出てきますもんね。 なので実際ここにはさ子はいなかったと いうことです。ではなぜこの長崎ロープ ウェイの思い出を嘘ついたのか、改ざした のか、その理由は一体何なのかな。別に 平和だったじゃん。こんなにみたいな感じ がしますよね。長崎ロープウェイ思い出を 改ざするほど何かあったっけという風に 思うんですけれどもあったんですね。まず 長崎ロープウェイの思い出を思い出した 理由、それと改ざした理由、それを言って いきたいんですけど、まず1つ目。長崎 ロープウェイはですね、イギリス、越子と 稽古のイギリス出発前に記憶に残しておき たい長崎の風景だったから忘れたくないと いうのがあります。え、おそらくですね、 越子、け子、そしてもうすでに生まれてい たであろう2期、この3人、ま、それと シュリンガムさんもそうなんですけれども 最後の思い出、日本の最後の思い出として できたばっかりの長崎ロープウェイに乗っ て、え、稲山公園に遊びに行って風景を目 に焼きつけておこうということをしていた んですね。だからこれは大切な思い出と いうことになります。2でもここでなんと 稽古が悪さをしたわけですね。けが起こし た悪さというものを振り払うために、え、 悪さをしたのはマリ子だということに エツ子はしたいという風に考えました。だ から思い出を改ざしたということですね。 基本的にエツ子はですね、長崎時代の稽古 のことを全て忘れたいという風に感じて いる節があるというとこなんですね。さて 、じゃあけ子、マリコ、ま、稽古子なん ですけれども、け君はした悪さとは何だっ たのかと言うと、木のり殺人未水事件です ね。え、もうこれが大変なことも起きまし た。木のり殺人ミ水事件が起きたんですね 。稲さ山公園でマリ子という名の稽古子が ですね、木のりをしていたんですね。する とそれを見た少年が一緒に登ろうという風 にし始めました。少年が木から滑り落ちた んですね。すると少年がこんなこと言い ました。今が僕を蹴ったと殺そうとしたと とえいう風に叫んでいたんですね。越子は 滑っただけですよと。私はずっと見取り ました。押したというほどの高さじゃあり ませんという風に言っていたという事件な んですけれども、え、本当の本当のところ の陳は不明なんですけれども、おそらく 稽古が蹴って少年は落ちたんだと思います 。で、それを越え子はですね、はっきりと 見ていたと思います。けコは蹴って少年が 落ちて怪我をしたところを越え子は見てい ました。おそらくね。 え、証拠があります。けがですね、この くそどうでもいい、子供が木から落ちた なんていうですね、どうでもいい事件を わざわざ記憶の改ざをしてまで覚えている というのがもう何よりの証拠です。これは 記憶を改ざして覚えておかなければいけ ない事件だったわけですね。つまり稽古が 少年曰く殺そうとしたんです。ま、殺そう としたってほどではないと思いますけれど も、こんぐらいの高さでという風にもなっ てますしね。でも稽古のその殺人民水事件 というのがま、実際にあってそれを忘れ たいと記憶を改ざしたい嘘をつきたいと いう風にエス子は思ったわけですね。ま、 稲山公園の思い出というのはエツ子にとっ て非常に大切なものだったわけですね。 日本での最後の思い出であって自分がなん でイギリス行きを決意したのかというもの をこの再確認するための場所でもあった わけですね。この稲山公園というのは さち子が行っていた公園に一緒に行った さち子が言っていたアメリカへの憧れとか クリスマスキャロルの思い出子供の頃から A会話英語を私は勉強していた。え、 ずっと向こうに憧れがあった。外国に憧れ があった。私たちは女だからって遠慮する ことないのよみたいなね。そういった さち子が言っていた女性像、理想の女性像 というのは全てエツ子の思い出なんですね 。だから越子の今後の人生を決めるという ことについても非常に重要な思い出の地で あるわけですにも関わらずここで稽古が、 え、殺人ミスを犯していたのでその思い出 も出てきちゃうというところが厄介だなと いうところがあったという話なわけです。 ま、原爆症がお腹の子に遺伝するんじゃ ないかという風に不安がっているエツコと いうのが、ま、思い出の中では出てきた わけですね。実際にはもう生まれてます けれども。そんな越子に対してさ子が言っ た励ましのというか言葉がありましたよね 。大丈夫。子供のことなら何の心配もいら ない。マリ子だって問題ないでしょという 風にさ子が言って越え子がアンドする みたいなシーンがあったんですけれども これは当然ですね子が自分に言い聞かせて いる言葉なわけですね。ま、もうすでに 生まれているわけですけれども、稽古子は 何も心配いらないという風に思いたいわけ です。さっき殺人ミスを起こしましたけど 、そんなことない。あれは子供だから 大丈夫大丈夫っていう風に稽古は問題ない 。普通の子よとえいう風に越え子は思い たがっているというとこです。でも逆を 返せばエツ子は稽古のことが心配だし問題 があるという風に思っているわけですね。 だからこそ問題がないと思いたいという 願望が現れているわけです。で、エツ子は 続けてこういって言いましたよね。子供を 言い訳にしちゃだめ。そんなはもっと 目覚めなきゃという風に言っていました。 当然これもエコの考えということになり ます。で、希望ならたくさんあるという風 にもさち子は言っていましたが、当然これ も越子の願望ということになります。この 越子の願望はですね、ラストの親子の会話 で表現されているということになるわけ ですね。ということで、えっと、映画の 解説はまだまだ続きますが、ここで オーラスについて先に説明してしまいたい という風に思います。よろしくお願いし ます。もうこうオーラスのシーンです。 ただまだ続きますけどね。解説はまだ続き ますけど、先にオーラスのシーンに行き たいと思います。え、ラストに親子の会話 がありましたよね。ま、もうその2期が家 を出ていくと、また再びロンドンに戻り ますというシーンのところですね。エンが こう言っていました。身を固める気はない のという風に言っていましたね。ま、2期 は不倫をしているという、え、シーンが出 てきているわけですけれども、ま、それを 知ってか知らずかエツ子はね、身を固める 気はないのという風に言っていました。 すると2期は結婚なんかして何になるのと 言いました。ただ聞いてみただけよと。え 、まあまあ女はもっと目覚めなきゃだめよ 。人生はただ結婚をして子供を生むだけ じゃないんだからと言うんですね。から そうでも結局他に大したことがあるわけ じゃないでしょうとエツ子が言います。 ママ、やれることならいくらでもあるわよ 。そうかしら。そうよ。ママも変わら なきゃ。私たちも変わるのよという会話を 親子でしていて、ま、映画は終わっていく ということになるわけですね。変わること を期待して越え子はイギリスに行ったん ですね。え、イギリスに行ったエツコの 理由は変わるということです。ただこの 会話を聞いている限りですね、越子のその 後の人生は期待していたほどいい方向には 進まなかったみたいですね。というのが まあうけて取れるんじゃないかなという風 に思います。別に人生なんて実際大した ことないのよというのは越え越子のこのま 悟りの境地みたいなところがあるわけです ね。レツ子は小さい頃から英語を勉強して 外国に憧れを持っていて、で、あんな 苦しい時代にもかわらず自分の夢を叶えて イギリスに行くということができたわけ ですね。にも関わらず期待していたほど いい方向には人生は進まなかったわけです 。ま、ただの1個人に与えられる幸せって いうのは、ま、この程度なのよと、ま、 限界があるのよということを越え子は言い たいのかなと思うわけですね。だから、ま 、この程度の幸せで妥協しておくのが ベターなのよと。初詮人生なんてそんな もんなのよという風に越子は、今の越子は ね、30年後のエツ子は考えていそうなん ですね。でも若い2期はそれを否定する わけです。もうかつての52年の59年の 越子のように2期はそれを否定して希望を 探し求めているというシーンなわけですね 。ま、この映画のラーストは2期がですね 、希望を持って再びロンドンに行くという ことで終わるわけです。それはかつて越子 が失ったものというところがあるわけです ね。2期がその希望を叶えられるかどうか 分かりません。僕たちが映画をずっと見て きたあの越子でさえ希望が叶ったとは言え ない人生を送っていたわけですから、え、 2期がそれができるかどうかは分かりませ んけれども希望を持つことは大切よねと いうことがま、分かるわけですね。で、2 期はママだって、まだまだ希望を持って 生きていかなきゃだめなのよという風に 言っていて、ママも越つ子もまあそうねと いう風に思って、2人とも希望を持って 人生を、この先の人生を進んでいこうと 決意したというラストなわけですね。だ からこのラストは非常に素晴らしい、本当 に前向きなラストかなという風に思います 。ということで先にラストについてお話し しましたけれども、えー、独自解説はCM の後もまだまだ続きます。 さて、夏祭りがあったんですよね。で、射 があって、路面電車から見えた誰かという シーンがありましたということですね。 このシーン2回出てきて、これが最初、 最後の時にもう1回出てくるネタシの シーンでもう1回出てくるということに なります。もうまとめていっちゃいます けれども、最初のシーンはエツ子、さち子 、マリ子の3人が電車に乗っていて、誰か に気づいたのはさち子だけでした。2回目 のシーンでは越え越子とけ子が電車に乗っ ていて、それに気づいたのはけ子だけでし た。で、結局この窓の外にいた誰かという のは何だったのかと言うと、30年後82 年の越子でしたということが判明するわけ ですね。立ち子とマリ子はなんで52年の 長崎の思い出の中に入り込んでいるん でしょうか?52年というか52年以降も ですね。さち子とマリ子はなぜかずっと エス子の思い出を中にくっついて、え、 入り込んでくるわけですね。なんで彼女 たちがずっとくっついてくるのかと言うと 、それはこのさち子マリ子の2人がいない とですね、エツ子の心が崩壊してしまう からなんですね。越子の心を壊れさせない ために、越え越子の嘘に付き合うために さち子とマリ子はいるわけです。だから外 から電車を見ていた82年の越子の姿をし た越子というのはですね、あれは何を示し ているのかと言うと、おそらく越子の真層 心理なんですね。え、見張ってるというか 、そういったことなんだと思います。 思い出の中のさち子マリ子というのはです ね、エツ子の精神安定剤として登場して いるわけです。だからその登場している さ子とマリ子がしっかりと機能しているか どうかというのを真層心理の越子が確認し ていたということなんじゃないかなという 風に思います。だから52年の越子だけが それに気づきません。精神安定剤を復用し ているんで、え、それが嘘だと気づかない んで。それが実際にはさ子マリ子はいない んだよみたいなね。またはさ子マリ子は あなたの都合のいいように書き換えられて いるのよということをもし越子が知って しまったら生きていけないわけです。だ から越子には気づかれないように見張って いたというのが路面電車の外から見えた エツ子のシーンかなという風に思います。 次軍主義だった岐阜小方さんということで この岐阜小方さんはですね国主義だった わけですね。ま、先中と戦後で価値観が 180°変化したことに対する、ま、象徴 的人物という風に考えていいかなという風 に思います。象徴的な登場人物ということ ですね。ま、今の時代だからなんとなく 言えることがあるかなという風に思います けれども、先中のね、軍主義が100% 悪かったというわけでもちろんないですし 、戦争が終わってその後アメリカ主導の 戦後教育になったわけですね。ま、 いわゆる自虐試観というやつですけれども 、え、その自虐試観が全く正しいという わけでもないですよね。その価値観とか、 え、そういったものっていうのはですね、 時代とか空気によってもう日や変化して いくわけですね。この作品は変化という ものがテーマにあるわけですけれども、 この小方さんという人物はですね、僕たち にその変化というものを伝える役目をして くれている分かりやすい登場人物という ことなんじゃないかなと思います。で、 当然、ま、さ、一緒の方にも言いました けれども、小方さんの変化というものに ある意味されて、越え越子さんも変化 しようという風に考えていくみたいなね、 え、部分があって、え、小方さんが越え子 の離婚の後押しをちょっとしていたのかも なみたいなね、え、そんなところがある わけですね。で、次郎が玄関先でこんな こと言っていたというのもありましたよね 。ま、もうすぐ子供も生まれるんだから君 にももう少し母親らしく振るまってもらえ たかよという風に言っていました。そう すると越子は母親らしくって何と言ってい ましたね。今までやってきたいろんな言葉 諦めるってこと。私は子供を言い訳にし たりは選件という風に言っていましたね。 え、越子さんは両家の娘であって、昔から 外国に興味があって、将来はその方面で 活躍したいという風に、え、思っていまし た。だから小さい頃から英語の勉強をして いたし、バイオリンも続けていたわけです ね。でも戦争が起こってそれどころでは ありませんでした。自分の夢を負うなんて いう状況じゃなかったからもう諦めていた わけですね。けどあの頃と今は時代が 変わったということです。時代が変わった んだから私だって変わっていいはず。小方 さんだって変わったんだから私だって 変わっていいはず。え、そういう風に おそらくエツ子は考えているんじゃないか なという風に思います。ま、エツ子がね、 もし私が被爆しとったら結婚しませんでし たかという風に聞きました。すると次郎は 何言ってんだ?そんなわけないだろうとか 、俺は君が好きなんだ。君のことを愛して いるんだよとかじゃなくて、そがなこと 答えて何になる?バカバカしという風に 言っていましたね。エツ子はですね、この 時すでに離婚を考えていたという風に思い ます。彼女の思い出の中で小が何度もです ね、ジ王と結婚して幸せかという風に聞い てきていたのはそうではないということの 裏返しだろうということですね。越子は ですね、低主元気で留守がいいという タイプではないんです。エツ子は自分で 動きたい人なんですね。あの実際この時代 の女の人は結構強い人が多いと思います。 あの、 僕の知り合いの中にですね、ある女優さん がいるんですけれども、日本最高例の女優 さんで今年102歳かな、102歳になる 女優さんがいるんですね。現役です。舞台 女優なんですけれども、その人よく知っ てるんですけれども、クもですね、その方 はこの映画の舞台となってる52年の前年 ですね。51年、1951年に劇団に入っ て、え、そこからずっと演劇をやり続けて いるという人で、もうね、当時の演劇人 なんてね、もう気強い人しかいないんで、 もう本当に笑いの大学みたいな世界で、 もうよく話聞きましたけれどもね、舞台の 上映中に警察がやってきて、全員逮捕とか いうことはもうよくあったと。 で、もうそっからもう逃げ、逃げて逃げて 、もう警察を乱闘して、もうとにかく 捕まらないようにして逃げてみたいなね。 え、そんなのは日常差事だったみたいな そんな話していましたけれども、ま、当時 のそういった人ってやっぱ強いんですよね 。当時のいわゆる自分を持っているという か、ま、夢を追いかけているというか、 希望を持っている人たち、世界に希望を 持って動いている人達っていうのはやっぱ 強い人が多かったと思います。もう自分の 人生全てをそこにかけるみたいなね。 そんな人がそういった道に住んでいったと いうことがあったと思うんですよね。だ から越子もおそらくそのタイプだったんだ と思うんですよ。だからね、他のみんな みたいに亭主元気で留守がいいとかそんな ことを言っているような女じゃないんです 。エツコっつうのはシャキシャキ働くぞ みたいな、え、そんな感じだったん でしょうね。という風に思います。という ことで小方さんからの絵がきということに なります。この、はがきは小方さんが福岡 から送ったのではなく、おそらくあれです ね、小方さんがもう今日お家出ていくよと 言った時に自分の手でポストに入れて行っ たという写真なんじゃないかなという風に 思います。ま、この絵書きがね、平和記念 像の写真の絵書きなんで、この出来事は 55年以降だろうということが判明すると いうことです。で、小方さんの一見を見て 越子は離婚を決意したという面もあるん じゃないかなという風に思います。当然 本来この時期は稽古はもうすでに生まれて いるということになっていますね。で、 越子はこの後離婚をしてさち子の住んでい たばらで親子、母子2人暮らしを始めたと いうことだと思いますね。うどん屋さんに 働きながらね。で、その家程で シュリンガムさんと出会って2期が生まれ て59年にイギリスに行ったということだ と思います。2期が生まれたのは58年な ので、え、2期は日本生まれイギリス育ち と、え、いう感じになるかなという風に 思いますね。 さて、団地の窓から外を見ているエツ子。 バラックに向かう橋に女がいるのを見つけ ました。不穏な空気を感じてさち子の元に 急ぎました。で、バラックに行ってこう 言いましたね。さち子さん、さっき女の人 こんやったと。お服のような黒づくのと いうと来てないわよという風に言われたと いうことですね。この模服のような黒づく の女というのはですね、前にマリ子が言っ ていた川向このおばさん、子猫が欲しいと 言っていたおばさん、自分の子供を水に 沈めていた女の人と同一人物だという風に 考えていいという風に思います。え、 じゃあ一体その模服のような黒づめの女と いうのは誰なのかと言うと、その正体は ですね、死神ということになると思います 。死神がやってきたというものを越え子は 見たんだと思いますね。でも来てませんよ という風に言っていましたよね。家に入っ てきた女の人というのは誰だったのかと いうと、それは越え越子ですね。死神と いうのは越え子のことを指しているんだと いうことなわけです。死神が入ってきた さち子のバラックでは猫が死ぬということ がありました。マリ子がね、猫も連れてく という風に言っていたんですけれどもそれ は叶いません。ここで殺しますという風に 言ってさち子が猫を殺したというのがあり ましたよね。でも猫の入っていた箱はなぜ かイギリスにありました。越子は持ってき ていたわけですね。ああ、一応混乱しない ために言いますと、この当時実際にはさ子 はもういません。さチ子は52年の段階で アメリカに行っています。で、今この 出来事は少なくとも55年以降、おそらく 59年の思い出を改ざして越え子は喋っ てるんだと思います。今はこれ59年です 。つまりこのバラックに住んでいるのは 実際には越え越子と稽古の2人が住んで いるという状況の中で、え、これが 繰り広げられているという風に考えていい と思います。で、猫の入っていた箱は イギリスにありましたよね。だ、エツ子は 持ってきたということになっているわけ です。つまり猫は殺されていない、 もしくは猫というのは何かのメタファーと して登場していただけで最初っから猫 なんていなかったんだとえ、いうことが 考えられるかなという風に思います。では 殺された猫というのは一体何のメタファー だったんでしょうか?それはですね、これ だと思います。けこの心です。越子が殺し たのは稽古の心なんですね。えー、それを 死神的なもので表現していたんじゃないか なという風に思います。稽古はですね、 イギリス行きが本当に嫌だったんです。 どうしても行きたくなかったんです。でも 越え子は行きたかったんです。だから稽古 の気持ちを無視して越え子は稽古を イギリスに連れていくということをしまし た。この時稽古の心は死んだという風に 考えてもいいかなという風に思うんですよ ね。夜ですね、河川敷を走る越子という 映像が出てきます。ボートの上に稽古がい ました。空からはB29の音が聞こえてい ます。ボートに近寄る越子。すると稽古が こう言います。イギリスになんて行きたく ないという風に言っていました。越子の手 にはなぜか縄が握られていましたという 不思議なシーンがありましたね。さて、 本作において縄というのは何なのかと言う と死の象徴です。稽古は首吊り自殺をして いるということもあるんで、死の象徴とし て縄は登場してきているわけですね。なん で縄が出てきているんですか?この場面で 。それは当然ですね。越子が稽古のことを 殺そうという風に考えたからそのイメージ がこの縄、手に持っている縄というものに 現れたんだろうということです。イギリス 行きを嫌がる稽古はですね、越子にとって どうしても邪魔な存在だったんですね。 おそらくこの時も2期は生まれているん ですけれども、2期はま、赤ん坊なんで別 に嫌だって言わないから別にいいよと。 稽古が本当にめんどくさいと。えー、もう この子を殺してでも私はイギリスに行き たいという風に思っていたところがあった わけですね。だから一瞬越子の心に死神が 宿ったんだろうということです。もちろん ですね、越子のこの子殺してやろうかしら という考えはすぐになくなります。え、誰 でもあると思います。みんなね、誰でも 一瞬こいつ殺してやりたいなって思うこと は1度や2度あるでしょう。それがエツ子 にもあったということなだけで、エツ子は ひどい人間だというわけでもないし、誰に でも起こり得ることです。ただエツ子は ですね、自分の娘稽古のことを一瞬でも 殺そうと思ったということに対する罪が心 に深く刻まれたんですね。私はあの時けの ことを殺そうと本気で一瞬思ったわという のが越子の中でものすごくこの深い傷と なって残っているんです。だから52年の 長崎の思い出の中に稽古は極力出てこない んですね。出てくると殺すというイメージ が出てきちゃうかもしれないから。だから 稽古は出さないで稽古の身代わりとして マリ子が出てきてくれていたわけです。で 、こう言うことを聞かないマリ子をしると いう役をさち子にやらせたんです。これが 自分がやったという風にエツ子が思って しまうと自分の心を保てないから。だから 長崎の思い出にはさチ子とマリコはどうし ても必要だったんですね。で、どうしても 越子は嘘をつかなければいけなかったわけ です。ということでイギリスパートになり ますね。なんだか猫に呼ばれたような気が して越子が目を覚ましました。そして2期 のいる部屋に足を運びました。え、そこで 会話があったということですね。エツ君子 はこう言っていました。私は初めから 分かってたのよ。こっちに来ても稽古が 幸せになれないってことをという風に言い ました。すると2期は私にはお姉ちゃんの こともあの時代のことも理解できないと 思う。でもお姉ちゃんの死はママのせい じゃないという風に2期が言いました。で この後ネタ晴らしのシーンが始まるという ことになるわけですね。エスコは2期から ですね。稽古の死はママのせいじゃないと いう言葉を聞いておそらくですね、本当に 心が楽になったんじゃないかなという風に 思います。なぜならそれまでずっとですね 、越子はこの罪を背負ってきたからですね 、稽古を殺そうと考えてしまった自分。 そして死んでいく子供たちを救うことが できなかった自分で実際に自分が手をかけ て人を殺したことがあるという人生、え、 そういったものをいろんなものをこう越子 は背負って生きてきたわけですけれども、 その集体性として稽古を殺そうと思った みたいなのがあったんだと思うんですよね 。でも2期にママのせいじゃないという風 に言われて心が救われた楽な気持ちになっ た。だから海層シーンでネタ晴らしが できるようになったんです。嘘の記憶。 これまでは嘘の記憶として物語の中に さち子とマリ子が登場していたわけです けれどもこれを本来の自分の記憶に 書き換えることができたんです。いない はずのさ子とかマリ子を消して自分を登場 させることができました。だから ネタ晴らしということになったわけですね 。2期は変わろうとしているということが この映画の中ですごく強く伝わりますよね 。で、エツ子は私はもういいやと思ってい たんだけど越子もまた変わろうとしている ということがあるわけです。それは中盤で 話したラストシーンの会話のところで 分かると思います。結局この映画はですね 、変化するということをテーマに語られて いた映画なわけですけれども、え、最後 までこの変化をこの、ま、いいものとして 捉えるべきなのか、それとも恐怖の対象と して変化を捉えるものなのかっていうのが 結構難しいところで微妙な綱渡りみたいな 感じでね、え、映画は住んでいったんです けれども、ま、最後の最後2期との会話に よって越子は救われて今からでもまた変化 しようという風に思えるようになった みたいなそんなラストになるわけですよね 。ということで今回の独自解説の結論です 。エツコはなぜ嘘をつく必要があったのか です。これがまあ1番重要なポイントなん ですね。エツコンは嘘をついていたわけ ですけど、なんで嘘をついていたのか、 それはこれだと思います。1つ目、白山で の悲惨な光景。そしてそこで助けられ なかった子供たちの記憶を思い出したく なかったから嘘をついた。2つ目。自分の 夢のために稽古を殺そうと考えてしまった から嘘をついた。この2つの思い出を改ざ したから越子はま、今まで生きてこれた わけですね。この家を売るというのが物語 のこう縦軸的な感じでずっと突きまって くるわけですけれども、なんで家を売ると いう決断を越え子はしたのか、なんで家を 売るというエピソードがこの物語に必要 だったのかと言うと、それはですね、越子 は基本的に思い出を大切にしたくないと いう生き方を今までしてきたからですね。 思い出は辛いこともたくさんあるわけです 。だから思い出はいらない。どこか覚めた お母さん、それが越子だったわけです。だ から家を売るというね、別に深い理由は ないんだけど、他で就職が決まったから そっちに引っ越すとかでもないし、なんか ここよりもいい物件を見つけたから 引っ越すでもないし、単純に別にいいやと 思ってここを引っ越すことに決めたエ子 さんだったんですけれども、それは物を 大切にしたくない、思い出を大切にしたく ないという生き方をしていたからですね、 辛い思い出もあるわけです。え、この家に も稽古が自殺したという辛い思い出がある わけですね。だからそんな辛いものだっ たら消してしまいたいという風にエツ子は 考えていたわけです。ただ最後の最後 エツ子はですね、2期と話し合いをした 結果その自分の生き方、その自分の考え方 、それもここで、え、変化しようという風 に思ったよと。希望はいくらでもあるから ね。ということで、この映画は終わって いくということですね。エコンがなぜ嘘を つく必要があったのか、それはこういう ことが原因だったんじゃないかなという ことで、え、今回の独自解説は以上という ことになります。お聞きくださいまして ありがとうございました。 ということで、え、ありがとうございまし た。この動画はプロモーションが含まれて いますが、動画の内容は全てすぐは独自の ものですので、 えー、全然違う可能性もありますけれども 、ま、そういうことかなという風にすぐは 思ったということですね。まあ、深い映画 だし、面白い映画だなという風に思いまし た。とにかくですね、僕は人間を描いて いる映画が好きなんで、本当にね、この 遠い山波の光は人間を描いていて 素晴らしい出来だったし、ま、キャストも 音楽も演出も全部良かったしね。 素晴らしい出来だったんじゃないかなと 思います。唯一、えー、文句があるところ は長崎ロープウェは分からねえよと。 そ、そりゃわかんないよ、そんなのと。 長崎ロープウェーの矛盾がなかったら 気づかないことがたくさんありますんでね 。そこを手がかりに結構いろんなことが 分かってくるんで、そこだけをね、もう ちょっと分かりやすく書いてくれれば よかったのになと、何映像にしてくれれば よかったのになと、あ、いう風には思い ましたけれども、まあでも素晴らしい映画 でした。本当に素晴らしかったなと思い ました。傑作ですね。大満足の、え、映画 。それが遠い山波の光でした。ちょっとね 、タイトルとポスターが地味でしたけどね 、 もうちょっとなんかインパクトが欲しいか なという感じが映画的にはね、え、します けれども、まあ良かったんじゃないかなと いう風に思いました。ということで、え、 おきくださいましてありがとうございまし た。チャンネル登録、いいねボタン、 コメント、X、Eタ、TikTok フォローよろしくお願いいたします。サブ チャンネル、LINEスタンプ、そして メンバーシップ、すぐの裏を知る者たち、 こちらも是非よろしくお願いいたします。 ま、遠い山波の光のね、この独自解説を 作るにあたってのをちょっとみんなで ちょっと考えようぜっていうのもね、 メンバーシップではやったりしたんで 助けられました。その時は皆さんに ありがとうございました。ということです 。あと、え、雑談生配信もやっていますん で、よかったら見に来てみてください。 よろしくお願いします。ということで今回 は遠い山波の光独自解説でした。から見る とね、イギリスで暮らしてなんだか でっかいうちうちにね、準パンなんじゃ ないですか?エツ子さんなんてね、えー、 思ったりもしますけれども、そんな人には 色々あるわけですよね。 色々あるわけです。その色々をこうやって 映画にしてくれると楽しいなという風に 思います。やっぱり人間を描いてもらえる と僕は嬉しいなという風に感じますね。と いうことで遠い山波の光独自解説でした。 ありがとうございました。それでは皆さん また次回の動画でお会いしましょう。 さよなら。さよなら。さよなら。

【公式】https://gaga.ne.jp/yamanami/
【予告】https://youtu.be/b3doWqnzzfo?si=3qJNP24nb-XW9Ilk
日本人の母とイギリス人の父を持ち、大学を中退して作家を目指すニキ。彼女は、戦後長崎から渡英してきた母悦子の半生を作品にしたいと考える。娘に乞われ、口を閉ざしてきた過去の記憶を語り始める悦子。それは、戦後復興期の活気溢れる長崎で出会った、佐知子という女性とその幼い娘と過ごしたひと夏の思い出だった。初めて聞く母の話に心揺さぶられるニキ。だが、何かがおかしい。彼女は悦子の語る物語に秘められた<嘘>に気付き始め、やがて思いがけない真実にたどり着く──。
【スタッフ】
監督 石川慶
脚本 石川慶
原作 カズオ・イシグロ
製作 石黒裕之
福間美由紀
【出演】
広瀬すず
二階堂ふみ
吉田羊
カミラ・アイコ
松下洸平
三浦友和

感想 考察 レビュー

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9件のコメント

  1. いつアップしてくれるのかと思って待ってたよ。もう、じらしすぎでしょ!!

  2. 解説ありがとうございます!
    正直、この映画は最後に流れる New Order の Ceremony に全部持っていかれました。
    (ニヤッとした人はきっと、背景を知ってる50代です)

  3. 離婚原因が被爆疑惑っていうのは
    駅から団地に戻ったシーンにあった二郎への
    私被爆してたらどうするみたいな発言からしてもほぼ確実だと思いますね

  4. 待ってました!
    長尺の独自解説動画大満足です!!
    大好きな作品です!
    好きだけど謎の部分が多かったけど、解説聞いて腑に落ちました。一人の女性を時代を越えて深く描く、とても良い作品だと思います!
    こういう作品があると本当に嬉しいです!!

  5. 解説おもしろかったー!!2周しました。この映画を公開時に観れてほんと幸運だなぁと思いました。何年か経った後にもまた観てみたいです。

  6. 変化がテーマであるからこそ、タイトルとエンディングの曲がNew OrderのCeremoyだったわけですね。
    それまでバンドの柱だったイアン・カーティスの自殺を乗り越えてリリースしたシングル曲ですが、意外な選曲に思っていました。
    絶望からの再起というバンドの追ったキャリアも相まって、この映画との深い結びつきを感じ非常に納得しました!

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