【遠い山なみの光】2人も絶賛!素晴らしい作品だが○○が・・・?
[音楽] [拍手] シネマサロン映画業界ヒットの裏側。 皆さんこんにちは。シネマサロンです。え、本日は遠い山波の光について語ってまいりたいと思います。では早速 Tさんかだったでしょうか? はい。すごい面白かったです。 うん。ああ、これきっと原作すごい面白い んだろうなって思いながら わーって最後なり楽しく見たのと同時に なおさらお2人がおっしゃってたように やっぱり洗剤がもったいないなと思って なんかあ、こんな面白いなんかもうこう あんな感じの雰囲気でも良かったんじゃ ないのかなとか思っちゃったりもうしまし たね。 いや、なんかキャストも本当皆さんも美しかったんで、それも見てて楽しかったし、お話もなんか結構どんでというかびっくりさせられて面白くもうんと想像より面白く見ました。はい。 同じくすごく面白かったですね。 そう。うん。 あれ、これさ子ちゃんもしかしたら気に入らないかなと。 うん。 いや、やっぱりその予告編で歩い想像してたので、ま、毎回のことなんですけど。 うん。 で、途中からん、この尺だとどうなんのとかと思って。 この尺 うん。 時間ってことですか? そう、そう、そう。この時間だとこれエきれねえよな。てことどういうこと?とかて思ってたらなるほど。そういうことだったんだ。 面白いじゃないかみたいな感じがしたんですけど、だからこそ余計に T さんがおっしゃるようにちょっと宣伝が残念だなと。 この予告編で本当に良かったのかな?タイトルはどうなのとか。 いや、タイトルは現代だからしょうがない。 そうなんだけどね。でもそれ役がね、 でも小説名だから そうなんですけどね。 うん。 だからその小説名の役すらどうなのってちょっと思っちゃってうん。 変えられないとは思いますけど、 これは別に変えられなくはないんじゃないかと思うな。 うん。 ま、多分早か処防が嫌がるとは思うけど。 で、割とその思ってたことがちょっとっていうような展開は非常に好みなので すごい楽しめたのがうん。うん。 予告で課題策に選んだ時も大丈夫ってか面白いのかなこっていう疑問なんかありながら見たので うん。 これだったらこうできんじゃねえのとかってすごいやっぱ思うんですよね。だから面白かっただけにちょっとすごいそれを感じてしまって うん。 うん。 ま、あとそのね、あの、多分レビューでも皆さんおっしゃってるんで、こう演技者の方々はな、皆さん素晴らしいので うん。うん。 余計深みがあるというか、 色々考えるというかうん。うん。 また考える余地のあるところがなかなかうん。 映画のいいところかなと思いましたね。はい。さん、 ま、石川監督だけに作り込みがやっぱすごいなと思ったんですよ。で、 [音楽] うん。 見始めてちょっとしたところぐらいまではその作り込みがちょっと僕について なるほど。 ちょっとあんまりこのルックとか好きじゃねえな。もういいつ見てたんだけど なあしょうがねえよっていうかそっちかよっていう そっちでしたね。 なんかやっぱりこう で見てる時よりも見終わってからの方が うん。 決索だな感が こう嫌ましてくる感じがしてうん。そう。うん。 これを見終わった直後よりも今の方が全然この映画に対するシンパシーというかフェイバリット度はま、 3 倍ぐらいになってるという気がしますよね。 なるほど。 ま、キャストはさ、ま、割と予想通りみんな素晴らしかったけど うん。 そのやっぱりあの毎回こう石川県監督の造形がね、造形表現が非常にやっぱり素晴らしいなと思っていて日本映画ではやっぱりこうみ他に類を見ない造形力がある監督だと思うんですよ。 あの日本映画っぽくない造形力を いかんなく発揮する監督だっていうのは特にあのアークとかね 見るとやっぱりすごく外国の映画を見てるような気分になるわけですよ。 みんな日本人なのに。 で、この映画でもその増強力が遺憾かんなく発揮されていて、 それがやっぱりその作品の味をより効果的に引き出すう、作り上がりになってるのがやっぱり実に見事で計算された映画、いわゆる作り上がった映画、作り込んだ映画っていう表現がぴったり合う映画だと思うんですよ。 でもそれが見終わって時間が経つとそのなんつうかな尖ってた部分が見終わった後に丸くなっていってだんだんこう落ちていくというかね。それがやっぱりすごく魅力的な映画だなという風に やっぱ思い始めるんだよね。 うん。うん。 それがすごいなと思いましたね。うん。 うん。 いや、見事な作り上がりの映画だと思いますよ。 多分他にこういう映画を作れる、こういう作り上がりの映画を作られる、作れる監督は日本にやっぱり少ないんじゃないかな。 うん。うん。 いう風に非常に思いましたね。だ、見終ってもどこの映画見たのか。 ま、やっぱりポーランドで勉強されたのがすごく、 ま、あと撮影監督がポーランド人だってのもあると思うんだけど、 でもそれにやもちろん とはいえ とはいえ、 やっぱり日本映画の監督でこういう空気感ルックと 世界観、空気感う。 うん。これはやっぱりなんかもう本当に独自固有だなという風に改めて思いました。 あの海外のあの大学とか学校で勉強された日本人の監督さんもたくさんいらっしゃると思うんですけど なんかでも石川監督はそれがすごいうん。 それがすごい感じる監督で 例えば作品で言うと全くアプローチも表現も違うし空気感も違うんだけどさ子さんの好きなほ SFあったじゃん。AI ロボットみたいなのが出てくる。 はいはいはい。アフターヤンか。 アフターヤン。うん。 だからああいうのにやっぱり通る そのなんてうんかなと独自固有で他にを見ない空気感 の情勢が映画を見る会観の 1つとして うん。 他にないから うん。うん。 そんなにあの空気感味わえないじゃないですか。 うん。うん。うん。 それが気持ちいいよね。見ててね。 しかもやっぱり演技してる方々がみんな素晴らしかったんで 本当にも日本映画とは思えないあの空気感と作り上がりがうん。 実に心地よく見られますよね。 うん。 しかも本当にさっきも言ったけど、見終わった後にあの色々頭の中で読みほいていくから、よりこう感動が嫌ましてく 珍しいタイプの映画だなと思いますよね。うん。うん。 うん。 じゃあお願いします。 遠い山並の光ネタバレですよ。 [音楽] なんか読みたいになってます。 100人種会みたいな。うん。 ということでネタバレで ネタバレです。 うん。 俺あのやっぱ予告編でさ、松下さんがすーちゃんのお腹触りながらさ 放射能に当たらんで本当良かったと思っとるとばかなんか言うじゃないですか。 ちょっと違うけど。 うん。 なんかだから俺そういう原爆とかね、戦争とかその前後もしくは戦後の色々とかそういう話かなとちょっとでもそういう話じゃない。 そういう話なんですけど。 うん。 でもドラマだと思ってたんですけど、ま、ドラマなんですけどうん。うん。 え、結構サスペンスじゃねみたいな。 ま、これ語りの映画だよね。語りっていうのはあれ馬辺でいいんだっけ?語に落ちるの? あ、馬辺ですね。 馬だよね。 だからえっと御べの語と 馬辺の語が えっとダブルミーニングの語の絵柄だね。 うん。 じゃ、その馬辺をちょっと説明してください。 だから要するに魂ですよ。うん。 これがやっぱり絶妙で前半のそのルックも僕が非常に気に入らなかったルックは要するにこの 1980 年代の吉田洋さんが演じてる越え子のルックなんだよね。つまりうん。 [音楽] えっと娘2 期に頼まれてお母さんのこう昔の話してよって言われてこう語り始めるわけだけどま私の話じゃないんだけどねみたいなね。 うん。え、私の知り合いに1人こういう人 がいてさって語り始めるわけよ。これが あのごべの語るであって馬辺の語るなわけ ですよね。これがやっぱり絶妙ですよね。 だからルックもえっと彼女の頭の中にある かつての自分の記憶の中のえっとこれ何年 だっけ?1940 年だ。40年、49年か の長崎の彼女の頭の中にあるルックなんだよね。 [音楽] うん。 これがやっぱり表現としてあのこの違和感のあるあのルックがやっぱ非常に聞いてますよね。 うん。 だからこれを初めて見た時イなもんだと思う人はなぜなのかを考えた時にああれは吉田洋が演じてる越え子が語っている世界観のルックだからこういう色なんだなって思うわけだよね。あのなんか人工的ななんかさ なんかあのCG かなんかわかんないけどステルてかね色味です。赤のあるっていうのか てやってる感じ形的だよね。 すごく で僕はすごくまず裸としてやだと思った。 分かります。わかります。 だけどあれなぜこのルックなんだろうって考えてた時に うん。 ああ、そういうことか。 いやいや、すぐ分かるんだけどね、これは。 あ、なんだそういうことかと思ってね。うん。 そう言われてみりゃそうだから。 うん。 ということで、もうこの出しからしてやっぱり造形抜群でいきますよね。 うん。これがもうこう遠い山の光の世界観 として我々に物語ってきてるのがやっぱり なかなかだからもう完全にこれえっと観客 に語りかけられるお話なんだよね。ここが やっぱりあの映像的にするとなかなか 難しいのをえやっぱり造形表現でうまく それをやややややられてるな監督 はっていうのは感じますよね。うん。うん 。だからさ、いちいちその団地から見える この角度のあるバラックとかもう うん超わざとらしいんだよね。 うん。 だ、あれは現実のもんではないと思うんだよね。ま、現実もではないし。ない。パースとかがね、 明らかに変だよね。うん。 だからそれも明らかにこう意識して造形してるじゃないですか。 うん。 だこの辺を、ま、映画してる人は多分この辺りでもう気づいてくると思うんだよね。これがいわゆる馬変の語りの話であるってことがね。うん。うん。 うん。それでそれをさ、この彼女たちがなんつうんだろう。 ある意味こう存在感の強い演技で迫ってくるから うん。 なんとなくこう圧で見せられてしまうわけだよね。 特にやっぱこの2人のさせずと 2階度フの演技が圧が強いからさ うん。 すごいなと思うよね。うん。 ほんでほらちょっとその演技表現の違う三浦友とか松下とか入ってくるから、 よりその2 人のこうなんつうのかな、圧のある戦いの演技がね、こう体の中でこう受け止めてしまうよね。やっぱ見てる方として。 うん。 ほんでその冒険のエピソードとして小方元校長先生の学校を追われてじたる思いの中かつてのその自分の教え語に [音楽] こう結構反発的な書かれよをその何教育雑誌かなんかに書かれてしまうっていうのでねすごい彼はそれを引いてと娘子のところにやってきたわけだよね。 その辺のだから冒険エピソードも非常によく聞いていて全部戦争が多く引いてるわけだよね、ここね。 うん。 それで結局その 2期に語りかける、えっと、 1980 年代の越え越え子の話というのがなぜ 2 期にそう語らざるを得なかったのかっていうのがこの映画のテーマになってるよね。 うん。 うん。だからこの原作もあのどのぐらい長いか知らないけど相当深い [音楽] うん。 根このところの話を、え、これ多分そんな長くないと思うんだよ、小説自体はね。 だけど多分相当熱っこは深いところの話をえっと書いていてそれを多分映画にするのはかなり大変な技だったと思うんだけど、ま、石川県監督らしい世界観の立ち上がりで、えっと、立体化してるなっていう風には感じましたね。渡辺内一とかも一瞬しか出てこないけど [音楽] うん。 あの、元かしけな演技もよく聞いてると思うんですよね。 最初ね、渡さんの後ろの方からしか映してないから顔もう 誰だろうと思ったね。あの 4 人組かなんかで話してるのを大小方先生が後ろから追っかげていくところでね。うん。 え、1 人だけ捕まえて話し始めるところまで誰だかよくわかんないもんね。話し始めてもしばらく [音楽] あのあの第一君とはちょっとなかなかわかんないけどね。うん。 [音楽] あとやっぱりその小方次郎がお父さんに対する態度ね。 うん。 うん。いや、お父さんとはちょっと一緒にいられないんだとか将棋打ったりとかもしたく だからさ、あの口調で行くとお父さん誰のどっちのとかって一瞬思ったりするんです。 [音楽] そう。それはひろ瀬ずのお父さんだと思うってこと? 一瞬ね。だけどお父さんって言うから うん。 なんかあんまり親父とかって感じじゃないじゃないですか。 いや、でもさ、 広瀬すず演じる越え越え子は最初にまず校長先生って呼びかけんだよ。 だからこれ明らかにお父さんではない。 うん。うん。うん。 うん。校長先生はないだろう。 え、じゃあ何と呼びすればお父さんって呼ぶのもって言うじゃない。 だからまあこれは義の父親なんだろうなってのは誰でも見ててわかると思う。 うん。だけど松者公平さん以上次郎もお父さんっていうから 俺自分のことお父さんって いやそれは時代もあるしお父さんが校長先生ってのもあって そんないい加減なさ子さんでももしこの時代ね校長先生の息子に言われればそういうに呼んだと思います。 [音楽] 途中からま、そう思うんですけど。 うん。それとやっぱり大方次郎には戦争に生かされた側の生かした側の人間っていう思いがやっぱあって お父さんといえどもそこにものすごく含みのある その複雑な安に対する存念を持ってるっていうのは 映画中で散々表現もされてるからね。この辺もなかなかうまいところだと思うんですよ。 うん。 ま、しかもひっくり返った後にじゃあどこまでが本当の話になるかっていうのもわかんなくなるわけじゃないですか。 うん。 じゃあ一体その広瀬すずが演じていたず子ってのは誰なんだろうっていうね。 うん。 え、しかもさ、その実際 80年代の越え越え子の体の中に 2 階ふが演じてたさ子と広瀬すが演じてた子のどっちの部分がどのぐらい入ってんのかっていうのもいかるところのポイントではあるよね。 うん。うん。 ま、だからその辺は見てる人が、 ま、それぞれ各々解釈できる。 うん。し、 考えれば考えるほどなんかおかしくバグってくるよね。 うん。そこがすごくこの映画と多分小説もそうなんだろうけど魅力の 1つだと思うんだよね。 だからあえて辻妻が合うような作りにはなくて、 そう、辻妻を合わせるつもりがなくて観客が受け取ってくれればいいように うん。うん。ですよね。 だからこれはいわゆるドラマ慣れした日本の観客にはちょっとやっぱ高度な映画なのかなと思うよね。全部説明してくんないから。 うん。うん。 説明してくんないどころかさ、煙に巻かれて終わってるわけだからさ。 うん。うん。 だ、俺途中ね、その、ま、千さんの次郎と うん。 ま、すずちゃんの、えっと、え子の関係が うん。うん。 でもこれつ子イギリスに行くんだよなと思いながら見てるわけですよ。 ていうことはどっかで別れが来るは。 だよな。 うん。うん。ま、死ぬのか離婚するのか。 そう、そう、そう。どういう別れなんだろうとかって思ってたら うん。 あれでもそれをなんか深く描く時間もうねえなと思いながら見せた方がいい。 分かるよ。わかる、わかる。 え、ということはっても、え、そうかみたいな風に分かるんだ。 で、決定的に最後、ま、それはね、 でも決定的に分かった後に今度起こってくるのは、じゃあその 80年代越え越え越えこ構成してる、 えっと、構成してるって作り上げている人格はその、え、映画が描いてきたえ越え子とさ子のどの部分が合わさったんだろうってみんな考えるわけだよね。じゃ、実際はその小型にはいなかったわけっていう風にも思っちゃうじゃ。 [音楽] うん。うん。 で、今の名前はさ、なんだっけ?カミンガムじゃなくてなんとか言ってるから本当の救世の制わかんないわけじゃん。あの、観客には知らされてないから。うん。 そういう意味で一体その今の越え越え子が構成している人格はさ子、えっとさ子とえ越え越え子のどんだけ入ってんだろうってね。 で、映画の中で語られている越え子としての、えっと、今までの人生、え、もしそのね、墜訳していたイギリスの人と結婚してイギリスに連れて来られたんだとしたら、じゃあ完全にさち子なのかと。じゃあ一体越え越子の子だと言われてきた人生は誰の人生だったのかっていうね にも思うわけじゃないですか。うん。 それともその子として生きてきた人生のえ説明された部分の何割かはえっと 8 年代越子にちゃんと繋がってんのかどうかでこれ考えてくるともうなんか頭がよくわけよ。全然一体となってるから 何が正解なんかもうあんまり意味がないような気もちょっとしてくるし。 そうな。 ある意味はそのこの頃の長崎で原爆があった戦争があった後に来てきたま女性像の複合的な描き方なのかなっていう風にも思うわけだよね。うん。 で、これがもし原作通りなんだとすれば、 それが石黒先生が、ま、本人も長崎から8 歳だか9歳の時にイギスが当たってくる わけだけど、その時の、ま、実際の自分の 、えっと、その父親とか母親とかの人生の いくつかなのか、それともそのあの頃の肌 感覚として持ってきたその戦後の空気感な のか、ま、いろんなものがあるんだろうと 思うし、別にそれを調べて分かればいいっ てもんでもないと思うんだよね。 実際お母さんがそうだったとか親戚がそうだったとかってことじゃないと思うのよ。 うん。 そこはやっぱりこの映画のすごい複雑な深いところで色々ものを考えさせてくれる要素のポイントなんだなという風にあのだんだんこう英語を見た後により想を考え始めるよね。 [音楽] うん。 だからやっぱ余裕をたぶ映画だなと思いましたね。本当に。 で、それを考えるの非常に楽しい し、ま、本当ああ、面白い映画見たなっていう気をすごいし、 ま、途中一応解説してくれて、 その子だと思って僕らが見ていた広瀬鈴ızず演じる越え子が実はその 2 階演じるさ子と重なっていくっていうことで、そのと 2 階踏演じるさ子の娘だった子が実はその越え子の娘で連れてイギリスに連れてこられたマリ子だってことがわかるわけだよね。 うん。 で、その子が長じて、えっと、まだ日記が小さい頃にもう自殺してしまったっていう設定になってるってことだよね。 で、ま、1つその2期がお母さんの話をし てって言っているけれど、えっと、こんな 人がいたっていう話し方で話していくその 理由は、えっと、2期に直接、え、自分の 腰の、え、反省してる部分を自分だって なかなか言えずに話し始めてる るっていうことは累水はできるよね。これ どう受け止めるかまたそれぞれの観客の 自由だと思うんだけど。うん あの、その最後の方で、あの、すーちゃんがふみさん、 2階ふさんが演じてた、え、さち子の方に あのシーンをどんどんすーちゃんが演じるじゃないですか。 はい。はい。はい。はい。 それで、ま、明らかに提示されるんですけど。 うん。明らかに提示されますね。うん。 あれをもうちょっと曖昧する方法もあったと思うんですよ。 ありました。 うん。だからそこまで説明的にしなくて うん。 結局どっちがどっちかわかんないみたいな、あの、どうも原作ではね、そこまではっきり描かれてるらしいんですね。 なるほど。うん。 うん。で、あの、監督とあの石藤石黒さんがやり取りした時に、ま、映画はこういう提示をしたいっていうことで、ま、あの、納得していただいたみたいなんですよね。 [音楽] でもあれがあったとしても分からないとこいっぱいまだありますもんね。 まあ、色々ね。 うん。 うん。Tさんはいかがでしたっけ? うん。なんかこの越え越え子が語るさチ子がすごくなんだろう魅力的。ああ、いいな。このこんな女性いいなっていう感じの語りに聞こえてたのでなんか最後自分だったってのが分かってちょっと嫌な場面とか悲しい背景もありますけどあんかったなって思いました。 [音楽] なんかなんだろうな。この映画がでるさ子がすごくつ子が思う理想じゃないけど、女性の生き方として理想っていうかなんだろう。そういうのが見える ポジティブな感じがするとかね。 うん。なんかそこが一体になったのがすごく うん。 私もポジティブに捉えました。この結末を。 うん。 ま、でもあの団地と対もさ うん。ちょっとその変というか バラックの割にはすごい綺麗にしてるし あの持ち込んでる道具とか 同期とかも上等な上質な TセTカップセットじゃないですか?う ん。で、つもお茶っぱとかもちゃんとあってね。 そう、そう、そう、そう。あの不思議な感じがまたね。 これはどういうことなんだろうっていうね。 まあ、あれだよね。その頭の中で作っているあれだから、ま、果たしてだから実際のツ子がさ、どっち側にいたのかもよくわかんないからね。 そう、そうですよね。うん。 普はあんなだったらもうね、もっとこう家具もそんないいものはないだろうし。 [音楽] でもほら身分的には多分さ、 いいとこだった。 いやいや、多分パンパンに近いことやってたと思うんだよね。だから お金はあった。 お金っていうかそういうほら戦後のろんな物資がない時にそういうものは多分あったんだと思うんだよね。だからそれをどう見るかも多分観客に委ねられてることの 1つ。 ま、だからその長崎なんで原爆で親が死んじゃったけどうん。 うんてそれをあの家に持ってきたとか そういうな、ま、考えによっちゃいある。 そう。だからその見てる人の、ま、そこは自由だと思うしでも来よ元々あれも作ったキャラクターじゃないですか。だからあの子供もそれも幻想なのかもしれないわけだしさ。 うん。うん。 だからその辺がこうね、堂どでも解釈できる分 映画の予白を楽しむ楽しみがすごくあって うん。 なかなかにいい映画ですよね。 あの多分その 80 年代の越えツ子も話しててキャラクターが混在し始めてると思うんだよね。あの広瀬すずエツ子がさ、その木の上から落とされたっていう子供に向かってピー泣くんじゃないよ。 高さもないのにとかってしるところはもう完全にあれさち子と同体化してると思うんだよね。あの自分が語ってきた もうあそこは多分さもう後半になって 越え越え子とすず子の喋り分けを本人があまりもう意図しなくなってんじゃないかと思うんだよね。あの [拍手] 80 年代のえ子はちゃんと最初はあのえ子とさち子のキャラクター分けをきちんとやってたと思うんだけど後半かなりかぶってきてるんじゃないかと思うのよ。多分その現れがあのピーピ泣くんじゃないよっていうさ。 うん。うん。 あの、ちょうどうど屋で、あの、うどんを顔にぶっかける時の、えっと、さち子とその子供に対してピー泣くんじゃないよってツ子がほぼもう同体化してると僕は見たわけだよね。 [音楽] だからもう完全にえ子は喋ってるうちにもうなんかさ子とえ越え子の描き分けをしなくなっできなくなって。 最初に2期に言う時は色々仮想の そう、そう。最初の2 期に話し始めた時はもうエツ子ってどっちかって言うと家に収まり帰ってるちゃんとすごくいい嫁であのお父さんが来たらお弁当も作るし、ま、引っ込み事案ではないけど 割とあの時代にしては奔包だけどよりさ子の方が子から見てさっきも T さんも言ってたけどちょっと憧れのなんつうんだろう。あの頃の行けてる新しい女性像みたいな描き方をしてたのがいつ間にかえ越え越子とさ子がこうオブアップしてきてると思うんだよね。 [音楽] あのうん。 あの子の語ので うん。うん。 それがだから後半ね、あの最終的にはあのさ子とえ越え子がこうど同体化するじゃない。 そこに僕は繋がってきてんじゃないかなっていう風に見えたんだけどね。 うん。 だからその描き方も映画はこういうに描きたいですってさっき言ってたけど うん。 それは割ともうあの石川県監督の計算なんじゃないかと。 [音楽] だからあのツ子はあのあそこで PP 泣くんじゃないよみたいなセリフを吐くんじゃないかなという風に 僕は見受けたんですけどね。うん。 うん。 ちょっと話の筋の別のところに行くんですけど うん。うん。 あのこの映画見た人とちょっと話した時に 三浦とモッカーずさん演じる政治と うん。うん。 越子は 関係を持ったんじゃないか。 ま、それはないと思うね。 うん。ていう風に言われて。 えん。 そう言われてみたら遠可能性があるん だろうか。それが原因で離婚してしまった んだろうかとか思っちゃって。なるほど。 そういう見方もああかみたいちょっと 面白かったんですけど なんかねん だよな。あの2人の間にちょっと 考え ないと思うけどある意味同詞的なあれは あったと思うんだよね。うん。うん。 なるほど。 っていうのは要するに旦那は出していないわけだよね。 それでその何、あの学校にはさ、もう男はもうあの校長先生ぐらいしか多分残ってなかったと思うんだよね。 うん。 だから連帯感っていうのは結構強かったと思うのよ。しかも自分をその何、音楽の先生に抜擢してくれたのは、え、多分小方先生だったと思うんだよ。 うん。うん。 いや、でもそれもさ、音楽の先生かどうかも本当にわかんないよね。 英語の先生だったかもしんないしうん。一応映画の中であの越え子の語の中ではえっと音楽の先生って言ってるけど後に通訳もできるぐらいなわけだからそれはあのさ子に振り分けちゃってるから [音楽] うん。 あの英語の先生っていう設定にはなってないんだけど英語の先生だったかもわかんないんだよね。でそれが先中に あの英語使えなくなったから多分英語の先生じゃなくなるわけじゃないうんうん。 [音楽] なんかその辺の含みもあんのかなっていうのはあったけどね。 だからどこまでどうなのかわかんないから水するしかないんだけどでもま、体の関係があったとはちょっと思えないけどね、僕は。 うん。 あとさち子があの、ま、アメリカ兵 と、ま、ちょっとハグするシーンあるじゃないですか。だからひょっとしたらエツ子は うん。うん。 ま、イギリス人とそういう関係になって離婚してイギリスに行くのか何なのかがあ、これ者平どうすんだろうと思って。 僕はね、多分次郎は死んでんじゃないかと思う。戦争中。 あ、なるほどね。 うん。 そっか。 うん。 うん。 で、それがま、幻というか うん。 さも生きてるかのように思っちゃってただけ。 うん。 だから生きてて欲しかったから、その 2期に2 期に喋る時に自分の人格をえ越え子とさ子に分けてなるほ ど 越え子にそういう人格を持たせてさ子に その今的な強的な人格を持たせたんじゃないかなっていう風には思うんだけどでもこれもう あの類水でしかないよね。 でも確かにそう言われると納得するだ。だからさっきも言いましたけど映画見てると この関係どうすんの? いや、だから直に言うとさっきあのさ子ちゃんに次郎は一体どうなったんだよってみんな思うわけじゃ。 そうそうそうそう。 これはもう味そだと思うんだよ。 そうだよね。 うん。 だからそれが分かった瞬間にあ、そういうことか。 でもそういうことかなんだけどそういうことなんだったらじゃあ次郎はどうなのっていう話になるわけじゃ。 そう。もちろんそう。 いや、俺が言ったそういうことかはね。それをま、あんまりはっきりそこを明示しないんだなっていうのがそういうこと。明 に観客に委な。 そう、そう、そう。だからそれはもうはりますよってのは途中でわかっては走るってかあえて描きませんよ。 そう。だからさっきの言葉で言えば曖昧にしますよ。 だからあ、そういう映画なんだ。 そういう映画なんだね、これは。だからうん。 でもそれが横編とチラシアートワークでは全く感じられなくて でもそれをさ言えないからどういう風に表現するかはかなり難しい だけどここはさ頑張りたいとこじゃないですか? 例えばどうやって頑張んの? あのねまず俺あの松公平さんがお腹さったりするシーンは俺は逆に入れたくないね。 うん。 うん。 あれちょっとミスりにもなってないぐらい変な風にあの観客の想像持ってかせるし俺その原爆のねなんか戦争の前後のこうかまに厳しい日本みたいなのをであえて別に見たいとは思わないんですよ。 [音楽] ま、その、もちろんキャストと監督で選びましたけど、でもむしろこんな面白い映画だったら面白い映画ですよっていうのはストレートに言ってほしいなと思うわけですよ。 どうやってストレートに? ま、まずなんかあの、 いや、ここのコピーに面白い映画って書くん 違う。ま、想像もできないこのサスペンスみたいなのをもうちょっとうまい言葉にしたいなと思う。 例えばどんな言葉です? いや、ま、すぐは出てこないんですけど。 だし、このアートワークもないなと思うわけですよ。もう普通のドラマにしか見えないもん、このアートワークだと。 うん。 しかもそのせ、整理もされてないし うん。うん。 もうこのね、黄色いこのあの感度のここにぼかし入れるとかもすごい嫌なんですよね、個人的に。 [音楽] うん。 うん。 ま、大さんもほら、選手汚いっていうさんだからちゃんと説明してくださいよ。 いや、どこはどこはどう汚いんですか? 汚いよね。 汚いわ。汚いよね。 なんか色味とかがね、 なんかさ、ほらこれってやっぱ日本映画だけど外国でやるかもわかんないじゃん。和井グ 原作プロデューサーだから。 そうした時に多分外国の人はこれ採択しないと思うんだよ。 だやっぱりコロ映画はさ、外国でも最択されるような 素晴らしいデザインで行って欲しかったなっていうのはあるのよ。こんなあの日本映画がよくやるさ。 大クビエで確半とかっていうんじゃなくて、 そこはさ、外国でも使えるようなすごい ちょっと圧倒なね、選手のいいアトワークにしですよね。 いいアートワークにして欲しかったなっていう気持ちが強いからついああいう過ぎた言葉を言ってしまったっていうのはあると思いますけどね。 うん。 これはないよね。ちょっとくいくらなんでも。 うん。 でも私がついた嘘ってちょっとだけネタバレしてますよね。 うん。完全にネタバレして。うん。 でもこれやるぐらいなら俺なんかそのサンス色の強いあ、あのコピーにして欲しかったな。 例えばどういうラインのコピーですか?それは。 うん。だ、あなたが見てるものは本当に見てるものなんでしょう。 いや、それ言っちゃうともう分かっちゃうと思う。俺なんかあなたはね、鋭いからすぐわか、もうこの絵がもうこのルックがやだなと思った瞬間に ああと思ったもんだって。 ま、それね、感度高すぎ。 うん。 もうね、そこに焦点合わせちゃうとなかなか難しすぎますよ。 うん。 だから俺はもうそのくらい言ってもいいんじゃないかな。 これちょっとね、もう1回あの出出しの 30分ちょ、見直したいもん。 うん。うん。わかんない。 うん。 そう、そう、そう。で、宣伝もそういう風にしたいね。あ、てか予告編も。 これちなみにパンフレットはどんな感じだ? パンフレットはなんかね、一応凝ってて ここになんか穴が開いてて うん。 で、しかもこれがなんか本の腰巻きみたいになってるのが付いてます。 うん。 あ、山波なんだ。 そう。なんかもうちょっといいアウトにできなかったかな? できると思いますよ。 うん。 あの、やっぱね、例えばこの 3 人こんな入れる選択肢を取らなくてもいいような気がするんですけどね。い や、仮に3人入れたとしてもさ、 もうちょっとどうにかなかったかな。うん。 ま、かにも合成だもんね、これ。じゃあね、 ま、合成っていうかさ、そのチェーンでやるような顔出しときゃいい。 [音楽] いわゆるこの大首って言うんだけどさ、大首絵昔の歌舞伎。歌舞伎じゃねえよ。 シャ落の絵みたいな。 シャラクの絵じゃなくて、その前の歌まの絵だけどさ。 あ、歌まの絵か。 うん。 うん。ええってやって。 お、いいや、そうじゃない。もっと綺麗なやつ。それはシャラブじゃん。 それはシャラだからシャラか。 いやだ。大ね。オクビエって言うんだけどさ、これ潜在で 別にオクビエにしなくても良かったと思うんだけどな、これ。あとやっぱこの絵が宣伝難しいから [音楽] 多分この宣伝チームも大変だったと思うんですよ。 うん。 思うけど、もうちょっとなんとかできなかったかなっていうのはやっぱり思いますよね。 これは多分誰がやっても大変だったと思うし。 そう、そう。でも粘りたいなと思うわけですよ。映画はよくできてるし面白いから。 ま、よくできてるとよりも結構ほら得意な映画じゃないですか? 得意な映画をなんかこう東方系、焼築系、統映系でやるようなそのいわゆる今のプログラムピクチャーコンテンツみたいなやり方で宣伝するのが いいとはちょっと思えないんですよね。 うん。 もうちょっと短な味を入れてやっぱりやった方が良かったんじゃないかなと思うんだよね。 [音楽] うん。 そうするとやっぱりこの映画がいかに得意かっていうのは分かると思うんですよ。 うん。 結局だからこれ正体つめないまま 宣伝置いちゃったような気がしてないかなと思うね。送り手が。 時間切れのまま。 うん。 うん。 未消化なまね。 うん。 それはきっとやってた人たちも悔しかったんじゃないかと思うんだよね、これ。 [音楽] うん。こういうのは本当に時間かけて丁寧にやんないとなかなか伝わんないですよね。 これ大島イデアじゃん。 うん。 うん。なんかね、もうちょっとなんとかなんなかったのかね。 [音楽] うん。 これあの遠い山の光ってさっきおっしゃったように本の現代じゃないですか? えっと、本の現代っていうか現代はザペールオブヒル。 ペールビューオブザ ペールビューオブザヒル。で、これをえっと小説砲題にしたのが遠い山並の光ね。 [音楽] うん。 うん。 ま、小説放題なんですけど うん。ペールビューってのは、 ま、あのAI による概要にむすといとかぼんやりとした視点見方っていうことなんですよね。 ま、まさしくなわけですよ。 曖昧なもの うん。うん。うん。 曖昧な視点 うん。 そういう映画じゃないですか?ま、多分原作もそうだと思うんですけど。 うん。 それをや、ま、だからできれば解できるとすごい。 例えばどういうラインで だからさっき言いました。 うん。 あなたが見てるものが本当に見えてるかどうかわからないをタイトルとかキャッチコピーに起こす時にまず眼として置いてそれをどう それはもうさ、そのコピーがついた瞬間に感のいいなかっちゃうじゃあもうちょいそれをブラッシュアップしたいなと思っその嘘に願いを込めたんじゃ見たいかどれとかちゃ てかその嘘に願いを込めた映画じゃない ないよね う うん。それはかなり遠い言い方だし、えっと、当たらずとも当たらずだと思うんだよね。うん。 うん。結局当たら、当たってないよねっていうことだと思うんだよ。 うん。難しいけど。難しいけどちょっと これ映画がちょっと難しすぎたね。 そう、そう。 うん。 これは誰が宣伝しても大変だと思いますよ。 そとなると、じゃあその工業収入なんですけど、 初登場8位で336スクリーンで7万 166名のホラ来場でアベレージが、え、 1巻たり27万7768 円の、え、9332万9880 円とちょっと厳しいじゃないですか。 うん。 やっぱり300 以上でやる映画じゃ本来ちょっとないと思うんですけど、 ま、鈴ちゃん主演だし。 感出してるし。 うん。 ま、その辺で広げたとは思うんですけど。 うん。うん。 本当は150 ぐらいと以下でしっかりやりたいタイプですよね。 150。 まあね。 ま、お金はかかってるとは思うんですけどね。 うん。 これ映画の企画自体やっぱ難しいよね。 そうですね。 うん。やっぱりこんだけ作り上がりがさ、ま、なんつったのかな。哲学的な映画。これをチェーンでやんのは大変だよね、 やっぱり。 うん。 だってこれ正解がないわけじゃん。この絵画って あの味方の うん。 これは難しい。 でもそういうのを楽しむ。そうも一定数はいるけれども うん。 そんなにはいない。まあね。 うん。 かと一緒謎解でああだこうだ謎を解くみたいな映画でもないしね。 うん。これは難しいな。やっぱり見たらみたらものすごく難しい映画だと思いました。うん。 これ仮に僕がやらしてもらってたらやっぱ相当苦闘したと思いますね。 でも粘るでしょ。 ま、粘るけどね。正解が出るかどうかわかんないで。しかもほら制薬が多いじゃないですか。もう特に原作があって原作の放題もあってね。しかもか石黒の本だから。 [音楽] ま、逆に売れてない本だったら思い切って放題変えられるけど。うん。ま、そうだね。 うん。 でもこれ砲題変えるとなると早川処の人たちにも納得してもらわなきゃないし うん。 やっぱりなかなか色々大変だったと思うんですよね。うん。 これしかもこれネタバレできないじゃん。 ネタバレできないね。 うん。 でもネタバレできない映画の宣伝数々こなしてらっしゃったじゃないですか。 うーん。 ネタバレできない時のやり方は一応あるっちゃあるじゃないですか。 いや、ないでしょ。それはでも独自固有に すり抜けて考えるってのはあるけどね。 でもやっぱり すり抜けてくださいよ。 いや、なかなか難しいよね、この映画は。 たけうちゃんを見てみたいな。 いや、難しいよね、この映画ね。 難しいの分かってるから、 あの、出来が悪くても誰も文句言いませんよ。あ、俺は文句言ってるわ。 言ってるじゃん。 いや、俺も言ったけど。 でも絶対たちゃんの方がよくできるよ。 いや、これは難しいと思うよね。これちょっとやっぱり でもこれよりはよくできるでしょ。 いや、どうかな。 予告編どうします? いや、わかんないな。これ難しいな、本当に。 これ実際にやっぱやって、あの、全力を持ってやって結果論としてどういうものができるかって勝負なんで うん。 なかなかこうやって家庭ではなかなか話せないタイプの映画だよね。 うん。 家庭だってホームじゃないからね。 うん。 これはね、きっとギャガ宣伝チームも相当苦闘されたと思いますよ。 うん。 ただやっぱりもうちょっと頑張って欲しかったな。 頑張りたいね。 ちょっといかにも残念だよ。 この確半はなぜこれ確半入れたんだろう。 ええ、 これ多分ね、売りに困ったから キャストを出そうと うん。という風に思ったんじゃないかな。 そういうのはね、得して成功してないんですよ。 うん。 うん。 やっぱり作品の本質を伝えることが 1番 でもこれの作品の本質って伝えられないじゃん。ネタバレになっちゃう。 曖昧なものですしね。ネタバレだしね。 うん。 そもそもが曖昧な眺めだからな。 うん。 こういう面白いはどうやって伝えればいいんだ? これは難しいですよ。 だ、元々だからそのねのスクリーンでやるような題材じゃないわけじゃない。 うん。その350じゃでき、350 とかできない題材をキャストとか話題とかで無理やり大きくしてるわけだよね。 だからそうするとその無理やり大きくした要因の洗剤しか作れなくなっちゃうんだよね。それがだから例えばキャストの核半とかになってっちゃうと思うんだけどさ、そこがやっぱり難しいとこだよね。 しかもじゃあこの映画の面白さって何ですかって感想言い合った時にそれでも表にはかけないよねって話になるじゃないですか。 うん。 そこがやっぱり最大に難しいポイントですよね。 あの面白さは人それぞれだと思うんですけど、 そういうコメントを なんか全然違う視点からこの映画について語ったコメントとかを出すとかったんですか? ま、なくはないけど、だからコメントフライ作るってことですよね。 それとあとそのコメントをどう宣伝に使うのかってことはあると思うけどね。うん。うん。 [音楽] ま、それはあるよね。人の言葉を借りて驚いたっていうのを。 そう、そう、そう、そう、そう。 ま、言うっていうのはあるけどね。 うん。 だからこうじゃないかと思ってる人に対して実はこんな違う だから。ま、多分僕だったらやっぱり人間はおかしくて悲しいみたいななんかタイプの コピーをしてくと思うんだよね。 で、やっぱ1 つあるのは感動も問題だっていうことを売ってくと思うんだよ。 うん。なるほど。 うん。 うん。 感動するかな? いいのよ。 あの、それは あの、感動するっていう方向に持ってかないと引っ張れないと思うんだよ。こういうタイプの映画って。いや、感動するよね。 うん。 うん。 さ子さんだけだよね。感動しない。 いや、だけはいいすぎ。 いや、十分感動すると思うけど。 楽しかったですけど、感動とはちょっと違うかな。 俺すごい感動したけどね。 うん。 え、Tさん、どこに感動したんですか? え、人生です。 いや、もう人と人生だよね。人と人生に感動するよね。 あの時代だからどういう生き方を選択すんのかってことで選択した女性の選択したが故えの悲しみを描いたじゃないですか。 うん。 だから、まあ、1 つあるとしたらやっぱりその選択とかイフとかもしとかそういう言葉は使えるかもわかんないよね。 まあ、マリ子が自殺したこともね、あんまり いや、そこが 描いてはいないですもんね。 いや、描いてるじゃん。 いや、描いてるんだけど、そのシーンみたいな実際出てこない。あ、 それは出てこないよね。 うん。 ま、言葉とかそのなんか でもエコにとってそれがものすごく大きくそのイギリスに渡った後の人生はそこで閉められてる。 [音楽] いてますよね。ね。 だから幸せだったっつっても嘘って息気に言われちゃうわけじゃないですか。 しかもう もう1 回多分彼女があの時代に戻ったとしても多分同じ選択をしたと思うんですよ。 だからもうある意味そのマリ子が 幸せにならないことを前提で うん。 自分は選択せざろ得なかったってことを分かってるからマリコに対しての罪悪感がすごい強いんだよね。 でもやっぱりほら生きてくためっていう選択もあるじゃないですか。 うん。ま、その バリコにはもちろんね、嫌な思いをさせるけど死ぬより死でしょうみたいな。 でも死ぬわけじゃないじゃん。 いや、わかんない。ほらもう食えなくなって合視するかもみたいな。 まあまあ、そこまで行かないけど、そういう恐怖感はあったと思います。そのままでは生きていけないなっていう。 ま、多分彼女自身がそこでもう生きられないという風に考えたから、もうイギリスに渡る選択しかなかったんで、多分その選択でもなかったと思うんだよね。 [音楽] そうですね。もう仕方なくうん。行かざるを得ない。 [音楽] そうすれば、ま、マリ子も自分も 生きることはできる。 うん。まあ、そうだね。で、マリ子もし うまく乗り切れたら幸せになる可能性もあったわけだよね。 でもそうはいかないんだよね。 そうはいかないんだよね。 人生はね。 うん。うん。 ま、だから2期は2期で 人間は悲しくて悲しいってなる。そう。 だから2期は2期でさ、 死んじゃったお姉ちゃんのことがやっぱどうしても気になるわけじゃないですか。 うん。 うん。ま、それとやっぱり母親がそこに食いてることっていうのがつでもその 2期の体の中にあって 2 期自身がそのやっぱり今も多分その自分のお腹に宿している子供の相手っていうのが痛かいるはずなわけじゃない。 そこに対してもやっぱりこう、ま、素直と いうかなんつうんだろう、ストレートに えっとうまく人生を渡り、今んとこ渡れて ないってのが2期の現状だと思うんだけど 、それもやっぱりお母さんの影響もあるん だと思うんだよね。で、そこもやっぱり2 期はお母さんに話を聞いてみたいポイント の1つなんだと思うんだよね。そのだから バックストーリーとかもきちんと描かれ てんのがやっぱかなりその複雑な部分を幅 を広くしてると思うんだよね。 それをあえて感動する映画で [音楽] なおかつ泣ける映画とかにうん。 しっちゃったんです。 だから泣けるって言っちゃうと思ることになるわけよ。だから感動なのよ。感動はするに決まってんだもん。感動って日本人ってああ良かったっていう風に思うじゃない。いや、感動はだから上なんだよね。 だから心が動くことを感動って言うわけよ。 でも日本語って難しくて上動と感動ってほぼ同じ意味なんだけど上って言うとは心が動くことね。なんだけど感動だともう泣けるってなっちゃうんだよね。いいお話泣けるっていう風に感動の映画って思っちゃうわけよ。でもそうじゃなくてこの映画を見ていろんな思いを抱くことが感動なんだよ。 うん。うん。 でもなんかエモい方向のことしか考えてないじゃん、日本人は。 うん。 それはね、あの、だから感動という言葉の善意じゃないと思うんだよね。 うん。 うん。 だけどそういう風にこう方向性を見 いや、だから感動は全然間違ってないわけよ。 感動したじゃん。だって ま、間違ってると一言も言ってませんけど。 え、今さっき言ったやん。 あの人最近嘘つくようになって。 間違ってる人ません。 うん。違うじゃん。だからそれを感動で売るんですかって言ったじゃん。さっき。 うん。間違ってると今。 いや、でもそれはあんに間違ってるっていうか。そう。 言って売るんですかっていう言い方だったじゃん。 違う違う違う。 またまた。それでなんか俺になんかこうぐちゃぐちゃって言われるとすぐなんか言い方変えようとするのは良くないと思うよ僕は。 いや、だからその悲しくて悲しいってさんおっしゃったんでだとしたらよりちょっと泣けるかもっていう風に持ってくっていうのはありなんですか? だからないでしょうね。僕はだから泣けるっていう方向に行くのは その底だと思うんですよ。 だから僕は感動は絶対あのさせる自信はありますよ。 でもな泣くって言うともう完全にねってると思うんだよね。 分かる? 私俺もそれ言われた瞬間見たくなくなるから。 うん。だから感動はするんで、その感動の質を どう言い換えるかだと思うんだよね。 うん。うん。 確かにまあでも難しいね、これは。 いや、難しいと思うよ。 うん。やりがいはあるかもしれないけど難しい。 うん。うん。 成果が見えないかも。 うん。 これでも海外で売れるんですかね? いや、売れるでしょ。 数石黒原作で石川監督だったら。 あ、まあ、いや、石川監督は関係ないけど、か石黒の東山波の光作の映画館っていうだけで、 ま、多分あのすごくちっちゃなサイズでできる国はそれぞれなりにあると思うよ。いや、感度のある視点にも出てるし。 うん。うん。 となると少しはそこでのもまあまあ少し ま特に今フランスはさすごい日本映画日本ブームなんでフランスは全然できんじゃない?観ヌに出てることもあるしね。 そうですね。だからこういう映画を好きな客想とかも まある種日本よりもさらに見えやすいかもしれない。ていうか少なくともアメリカよりもはたくさんと思うんだよね。 あの、人口比率で言ってね、あの、絶対的な人口はアメリカの方が多いかもわかんないけど、 あの、比率で言うとフランスの方が圧倒的に多いと思うんで、あとやっぱりイギリスもいけると思うのよ。 イギリスはか石グ黒先生の母国だから。 で、しかもイギリスの話だもんね、これ。こ、 ま、イギリスの話だし。うん。 だからイギリスも行けんじゃないか。ま、もちろんアートハウスだけどね。うん。 た、日本は難しいね。 日本が1番難しいかもね。うん。 だからしかもさ、これ宣伝陣が苦労したのは 350 で商業的な公開をするってことでいや、全部商業的な公開なんだけどさ、 ビジネスとして成功させなきゃいけないって負担がやっぱりこう売らなきゃいけないっていうプレッシャーに変わったと思うのよ。 でも巨心段階にこの映画の良さは一体何だろうって突き詰めて考えていくようなそういう深海への降り方はしてないと思うんだよね。 うん。 僕やっぱこういう映画そ深海に降りるべきだと思うのよ。 うん。 うん。 で、これ、あの、多分ね、あの、 1 番お金出してらっしゃるのユネクトさんだと思うんですね。 ユネクト。 ユネクスト。 うん。知ってるよ。 あの、あの、ちょっと今短かったから言い直して欲しくて言っただけ。 ユネクストさん、 ま、が多分感情やられてるかちょっとこれ字ちっちゃくて見えないんですけど筆頭なんで。うん。 [拍手] うん。 ま、となると配信でも相当力入れておやりになるしなんかサイドストーリーみたいなのも作ってるみたいなので。うん。 [音楽] うん。 ま、ちょっとそうなると給会社の再の考え方とはちょっと違うかもしれないですけどね。 そう。うん。 うん。 ま、こういうクオリティのある作品をユストチャンネルでやるんで皆さん契約してくださいねみたいなそういうことには、ま、やられるとは思いますけど。 うん。でも、ま、少なくともアメリカ、フランス、イギリスでは公開してほしいね。 うん。これは。そうですね。 うん。 まね、感度では、ま、当然評判がいいっていう風には伝えられるんでしょうけど。ま、でも実際どうなのかわかんないからね。 実際どうなのかはちょっと興味のあるところですね。 あの、業界でどういうその語り方をしたかちょっと読んでみたいよね。あの、バラエティとかスクリーンとかでね。 [音楽] うん。うん。 あとあれだ、あの、ほら、フランスの業界っけ、あれ? はい。はい。はい。ありますね。 え、リミエルじゃなくて何だっけ? あれとかでどういう書方したかね。ちょっと興味があるけどね。 うん。ということで、え、本日は遠い山波の光について語ってまいりました。どうも ありがとうございました。 [音楽] [拍手] [音楽]
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数々のヒット作を世に送りこんできた現役映画プロデューサー・酒匂暢彦が、新作旧作を問わず映画及び映画業界の表側裏側を語る映画チャンネルです。
映画をただ鑑賞するだけでなく、監督の制作意図や演出方法、俳優の演技などのクリエイティブ面へ興味関心のある人に対する情報をお届けします。
ナビゲーター:酒匂暢彦<株式会社CHANCE iN 代表取締役>
1984年、日本ビクター株式会社(JVC)入社。1997年、株式会社クロックワークスを設立し、同社代表取締役に就任。 同社で数多くの映画を配給し、02年『少林サッカー』では28億円の興収を記録、09年『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:破』では興収40億円の成績を上げる。2010年、株式会社 チャンス イン を設立。他の主な配給作品は『CUBE』(98)『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99)『マッハ!』(04)『スーパーサイズ・ミー』(04)『THE JUON/呪怨』(05)『運命じゃない人』(05)『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序』(07)『ヒトラーの贋札』(08)『アフタースクール』(08)『チェイサー』(09)『ファッションが教えてくれること』(09)近年のプロデュース作品は、『窮鼠はチーズの夢をみる』(20)
<ゲスト:映画宣伝プロデューサー竹内 伸治>
石油会社を経て、1988年4月に株式会社シネマテン入社、同年9月株式会社アスミックに出向、翌89年6月同社に正式入社。当初はレンタルビデオ用の本編映像制作、宣伝材料制作などを担当。16mm文化映画の制作担当、レンタルビデオ営業なども追加され、アスミックの劇場配給進出に伴い、配給宣伝、配給営業、字幕制作、宣伝材料制作、買付などをすべて同時期に担当していたこともある。
16mm映画製作窓口としては大澤豊監督作『さようならカバくん』(89)などを担当。宣伝プロデューサーとして、『ツルモク独身寮』(91/今関あきよし)、『ボブ・ロバーツ』(92/ティム・ロビンス)、『キリング・ゾーイ』(94/ロジャー・エイヴァリー)、『ユージュアル・サスペクツ』(95/ブライアン・シンガー)、『ファーゴ』(96/ジョエル・コーエン)、『八日目』(96/ジャコ・ヴァン・ドルマル)、『日蔭のふたり』(96/マイケル・ウィンターボトム)、『スクリーム』(96/ウェス・クレイヴン)、『世界中がアイ・ラヴ・ユー』(96/ウディ・アレン)、『スリング・ブレイド』(96/ビリー・ボブ・ソーントン)などを担当。
98年4月に株式会社アスミックとエース ピクチャーズ株式会社が合併、アスミック・エース エンタテインメント株式会社となる。映画宣伝グループ グループリーダー、宣伝部長、取締役宣伝部長、執行役員宣伝担当、常務執行役員映画宣伝グループ/映画製作グループ/大阪営業所担当などを歴任、09年12月31日付で同社を退社。最後の役職はエグゼクティブプロデューサー。
アスミック・エースでの宣伝プロデュース作品に『ビッグ・リボウスキ』(98/ジョエル・コーエン)、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99)、『雨あがる』(99/小泉堯史)、『ショコラ』(00/ラッセ・ハルストレム)、『ターン』(00/平山秀幸)などがあり、最後の宣伝プロデュース作品は外国映画『めぐりあう時間たち』(02/スティーヴン・ダルドリー)、日本映画『ジョゼと虎と魚たち』(03/犬童一心)。宣伝監修、宣伝統括としては、『阿弥陀堂だより』(02/小泉堯史)、『ホテル ビーナス』(04/タカハタ秀太)、『間宮兄弟』(06/森田芳光)、『アーサーとミニモイの不思議な国』(07/リュック・ベッソン)、『ソウ』シリーズ(04-11)などを担当。04年からはドリームワークス作品配給に従事、05年から日本公開が始まり、『シャーク・テイル』(04/ビボ・バージェロン、ヴィッキー・ジェンスン、ロブ・レターマン)、『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』(05/ブラッド・シルヴァーストーン)、『マダガスカル』(05/エリック・ダーネル、トム・マクグラス)、『ミュンヘン』(06/スティーヴン・スピルバーグ)、『森のリトル・ギャング』(06/ティム・ジョンスン、ケアリィ・カークパトリック)などの統括を手掛ける。08年にはプロデューサーとして、森田芳光監督作品『わたし出すわ』を初めて担当、翌09年に完成し公開した。
アスミック・エース退社後の10年、11年はフリーで、アスミック・エース配給『ソウ ザ・ファイナル3D』(11/ケヴィン・グルタート)、セテラ・インターナショナル配給『あしたのパスタはアルデンテ』(11/フェルザン・オズペテク)の宣伝監修を担当。
11年10月1日付で、株式会社スターサンズ執行役員映画事業担当に就任。ヴェルナー・ヘルツォーク監督作『世界最古の洞窟壁画 忘れられた夢の記憶』(10)、パオロ・ソレンティーノ監督作『きっと ここが帰る場所』(11)、ヤン・ヨンヒ監督作『かぞくのくに』(12)の宣伝プロデュースを担当し、翌12年同社を退社。13年1月劇場公開した、パオロ&・ヴィットリオ・タヴィアーニ兄弟監督作『塀の中のジュリアス・シーザー』をフリーランスの宣伝プロデューサーとして担当した。
また、04年にはペンネームで夕刊フジの映画コラム「スクリーンの裏側から愛をこめて」を4月から9月までの半年間に亘って連載、映画コメンテーターとしてBSフジ「映画大王」(00-01)、TX「ミューズの晩餐」(10-11)などに出演している。
#遠い山なみの光 #映画 #レビュー #広瀬すず #二階堂ふみ
7件のコメント
カズオイシグロの作品はまったく読んだ事ないし、映画化作品も見た事はない(脚本を書いた「生きる」は別にして)。
そんなだから、あくまでイメージだけど日本で言う純文学の映画化で、表面で描かれてるものだけでなく、色んなメタ視点が入ってるんだろうな、くらいの感覚で見始めた。
で、確かに要領を得ないと言うか、なかなか核心をつかない挙動が多く、これは一体何を言いたいんだろう?(あるいは言いたくないんだろう?)と思う事しばしば。
なので、何だか途中まで映画見てるっつうより本読んでる感覚でした😅。
終盤、映像イメージの重みが増して来て、あ、映画的になって来たなぁとなるんだけど、「なるほど〜、そう言う事か」となった後は、これ、活字だとまた全然違うアプローチなんだろうな?映画にするのは大変だよな?なんて思いましたね。
でも、そうなると「ちょっと待てよ?じゃあ、あれは?」等々色々腑に落ちない物も出て来る😅。
だからと言って、確かめるためにもう一回見たいか?と言うとそうでもない。人間の思い出と言うものは嘘と言うほどの意図はない記憶の曖昧さの上に成り立っている、って事を描いたとも言える作品だけに、そのモヤっとしたまま記憶に留めるのが合ってるんだろうなって事で。
ただ、映画はしばらく見なくていいけど、原作はちょっと読んでみたくなったかな?と言う意味では非常に文学的な体験をした、と言う感触でした😅。
『遠い山なみの光』
面白かったです!
原作は未読でした
楽しみにしていました
途中もしかしたら期待はずれかも?
と思いながら見ていましたが
ラスト良かったですw
最高と言ってもいいかもしれませんww
予告編とアートワークで全然言ってないとおっしゃいますが、「ヒューマンミステリー」 って書いてるし、予告編にもババーンと出てきますよ。
広瀬すず、二階堂ふみ、吉田羊が織りなす重奏に不穏な空気が終始漂い結末には言葉を失いました。
罪の意識を欠いた元校長を演じる三浦友和は嫌悪よりも不思議な親しみを誘い私の幼き日の隣家の祖父の面影が呼び覚まされました。
過去と現在、個と社会の交錯を胸に刻む深く静かな余韻の残る作品ではありましたが、人は「私」を語らずにはいられず、嘘さえも言葉として織り込みながら真実を形づくる。
その主題を扱うカズオ・イシグロの原作は、語りと虚構の重層にこそ力があるはずですが、映画はそれを映像化しきれず、ただ会話の再現に終始していたように思いました。
生と死の象徴である蔦の場面も力を欠き、記憶と虚構が交錯する真の深みは描かれないように思いました。
すっごい良かったです。フェイバリット度は高く、今週もう一度見に行く予定です。
この映画一見ミステリーとも取れますが、30年後の悦子が記憶を美化・改ざんしたとみれば結果的に
叙述トリックという手法のミステリーになったのだと思います。
映画の舞台が1952年ということらしいので・・・
カズオイシグロが劇中に出るロープウェイは1952年時にはまだ完成していなく1959年かな?に完成なのを記憶違い
していると発言しています。それなので悦子(すず)と佐知子(ふみ)の間はひょっとしたら同じ1952年ではなく
悦子が英子を生んで7年後までを描いているとも考えられるかなぁ・・・とも思います。
とはいえそれだと佐和子のアメリカさんとのパンパンもどきの生活は?とも思うのでどの時点でまりこ(英子)が
生まれたとか謎ですし次郎の存在も謎ですね。
ただ次郎が指を失った傷痍軍人として描かれているのでリアルに夫としていなかったとしてもなんかしらの形で
彼は存在したとは思います。ですので次郎が実在なら英子が生まれたくらいで離婚なり死別なりもありですよね。
そして石川慶は本当に素晴らしく思います。彼の作品群は自己や他者への理解とかが通底していると思います。
それは『愚行録』『Arc』『ある男』などにも通底しているテーマかと思いました、この作品も彼が映画化するに
相応しいと思いました。
最後に興行面、『Arc』同様広げ過ぎとは思いますが、映画ファンが来なかったのは『国宝』がまだ元気なのが
影響しているかなぁとかシルバーウィーク公開ならまだ違ったかなぁ・・・と思いました。
フライヤー、予告編で、〈嘘〉を入れてあるのがσ(^_^;)?
とても良かったですね 出来ればもう一度見たいと思いました まさかあんなふうになるなんて😮