ch.87 『遠い山なみの光』 映画解説 数秘術で語る映画鑑賞 リーディングセラピストMaho

はい、今回はですね、2025年9月5日 金曜日に公開したばかりの、え、遠い山波 の光、はい、こちらを見てまいりました。 え、解説に入る前にですね、こちらの動画 は数というところに観点を当てながらお 話ししていきますので、ま、ネタバレの量 としては多めになっております。心配な方 はまずは映画を見ていただいてからこちら に戻ってきていただくのがゲストかなと いう風に思っております。 またですね、こちらのチャンネルでは、え、新作映画や話題の映画など厳選した作品取り扱っております。是非皆さんにはチャンネル登録をしていただきたいなという風に思っております。というところを、ま、踏まえまして はい。 えっと、こちらの作品一応ミステリーなので はい。ああ、そうですね。 はい。 ミステリーを語るからにはネタバレなしでは語れないっていうところもありまして、あの先ほどお話したようなね、ネタバレが多めですというよりかは、ま、ネタバレ大前提でちょっとお話ししてこうと思いますので、 ま、あの、心配な方はね、本当にまず最初は劇場で映画を見ていただいてからこちらに戻ってきていただきたいなという風に、そんな風に思っておりますね。 はい。 まずは、ま、数費術ね、あの、数費の観点のところのお話をしたいんですが、こちら原作の方が数費 11番の方になってます。 うん。で、ま、監督が脚本になってまして、こちらは数費 5番の方、ま、11番と5 番というね、ペアリングの作品になってるわけですけれども、ま、この映画はなかなかにちょっと難しい。 難しいね。 だからやっぱ自分の頭のでこう全部作ってあれするから すごいこ話が交渉なんだよね。なんかね。 そうね。なかなかこうね。うん。あの、ま、ミステリーかと言われるとちょっと うん。ミステリーというカテゴリーなのかなっていう気もなんかしなくはないんだけれども うん。 ただ、ま、ちょっと解釈するのになんかこういろんな解釈が生まれがちな、ま、作りというか、 元々の原作自体がね、ま、そういう作りので うん。だから、ま、今回の映画がということではなくて、そもそもその数費 11 番の方が描いた原作自体がちょっとそういう感じで明確な答えがない。 うん。 うん。 ま、その読んでいる読者、ま、今回で言うならば映画を見ている、ま、観客の方に結末を委たねていると、どういう風に解釈していただいても大丈夫ですという、そういう作りんですね。 うん。で、ま、ザクっとしたあすで言うと舞台背景としては実際はね、 [音楽] 1980 年代が主軸になってくるというか、ま、その時代に日本で生まれ育った方なんだけれどもイギリスに住んでらっしゃる。 方がで、その方が自分の娘に、ま、日本でね、生活してた当時の話をするというテイストで、 まあ、1950 年代を描いてくるっていう、そういう関係なんですよ。 で、1950 年代って言うと、ちょうど戦の復興機に当たってくるというかね。うん。 あの、終戦が1945年になるので、 ちょうど終戦から5 年ぐらい経って、ま、終戦直後というよりかは 5 年ぐらい経ってるので、ある程度こう復興の気差しが、ま、見え始めてるような時代なんで、まあ、今の現代でもあるんだけど、やっぱりこうちょっとなんかこう、ま、例えば生活に関しても、ま、身分化してたりとか なんかそういうような感じなんだよね。 で、ま、特にこのそのね、こう主人公に当たるね、子さんという女性なんだけれども、この女性はその長崎に暮らしている方で うん。 で、ま、長崎といえばね、そのね、こう、ま、終間際に原爆をね、投化されてしまった都市の 1つなんで、 ま、やっぱりね、あの、他のね、こう、うん、地域よりもやっぱりその復興に対して時間もかかるし、ま、いろんな例えば偏見が生まれていたりとか、ま、そういうこともやっぱりこう他とはちょっと違うものがたくさんあった地域でもあってっていう、ま、そういうところに生活するこの女性というところが描かれて っていう、そういう話なんだよね。 で、ま、そこで、 ま、生活していた彼女が結果ギリス人の方と、ま、日本で会って結婚してそんでイギリスに、ま、っていくみたいな。うん。 ま、そういう話。 うん。 うん。で、ま、そのね、こう、ま、思い出話のようにしてその語っていく中でその当時彼女がね、その戦復行機の時にうん。 その出会ったね、女性の話とかをすごく、ま、その自分の娘にしていくんだけど、 その女性というのが実はその本当は自分だったんじゃないのかみたいな形でちょっとテスト的には終わっていくっていうね。 [音楽] だから、ま、あの、どっからどこが嘘で、どっからどこが本当なのかっていうところが、ま、ちょっと謎めいているっていうところで、ま、ミステリーというカテゴリなのかもしれないんだけれども うん。 まあ、なんだろうな。ま、これ明確にね、どっからどこまでが本当のことで、どっからどこまではこれ嘘なんですよっていうのを、ま、私がね、言ったところでっていうね、ま、そ、そこは結局ほら、ま、原作者の方にして、ま、今回ね、あの、になった監督の方にしてもうどちらにしても委ねているのでうん。 ま、その明確な答えっていうのは一切ないんで、ま、そこを私がね、何か言ったところでね、っていうところではあると思うんだけど、ま、私なりの解釈で言うならば、戦後復機の時代に出会ったそのさ子というね、うん、そのさ子さんっていう方はアメリカ軍の人をね、相手にしながら幼い娘をね、育てていくだけど ね、そういう風な形で生きていくことしかできなかったんだけど も、ま、そういう風な生活をしてる人っていうのはやっぱり当時も周りからはね、ちょっとこう、 ま、軽減な感じで見られてしまうだったりとか、ある種ね、こう、ま、差別的なね、形を取られてしまうとかっていう、そういうような形をと取らされてしまっていた、ま、自分で望んでいるわけではないんだけど、ま、そういう風な道しか選ぶことができなかった。 彼女っていうのが出てくるんだけど、ま、それもね、実は私はそのえ越え子さんだったんじゃないかっていう風に感じているわけだよ。 だから、ま、そうなるとその、ま、その当時そのさ子さんが育てていた子供とじゃあえ子さんが当時妊娠していたっていうことが、ま、最初のとこに出てくるんだけど、 え、じゃあその子とじゃ、どの子がどの子でみたいなそういう謎がね、出てくるんだけど なんかその辺ってなんかこう結局やっぱり遠い記憶になるから うん。 ある程度こう、まあ、なんてうのかな、自系列が乱れて、 こう自分の中にこう うん。 記憶してしまっていたりする部分であったりとか、ま、ある程度都合をよく書き換えている部分だったりとかなんかそういうものが混在していることをあえて うん。表現してるのかなっていう風に私はちょっと 思ったんだよ。 だからそこに、ま、真実を求めようとしてしまうと、え、じゃあ合わなめかとかね。うん。じゃああの子は一体誰なんだとかさ、ま、そういう話になっちゃうんだけど。うん。なんかそんな気がするんだよね。 [音楽] だ、それがなんかそのタイトルの遠い山波の光っていうタイトルになんか反映されてるような気がなんかこうふっとするというか。 うん。 ま、遠い山並の光だからもう本当にはるか遠くにポわーっと光っている光なので うん。 その光が実際何の光なのかっていうのは事実わからないわけで うん。 うん。で、それがま、家の光のように見えたりとかする人には家の光でいいんだろうしうん。 そうじゃないものに見えるのであればそうじゃないものでオッケーであったりとかっていう なんかそういうことを例えたタイトルなのかなっていうそんな気もするからまその辺も合わせ持ってみるとなんかその思い出のこう [音楽] 1950 年代を描いている部分のそのえ越え越え子とさ子っていうこう 2人の女性は うん 実はその 1人うん うんうんうん という解釈でいいんだろうと うんうんうんうん でそこにま しているマリ子というあの少女は実は後に越え越え子が出産する稽古 うん なんではないかと うんうん いう風に思ったりするわけだよね だから当時もしかしたらそこにマリ子は存在してなかったのかもしれないし実はうん だけどもしその自分自身がまだ妊娠中でこうこの子もしこの状態のまま産んだとするならば [音楽] うんは あ そんな風になってしまってたんじゃないか。 ああ。はいはい。原、原爆をね、被爆してお互いね。 そう、そう、そう、そう、そう。だから自分自身のそういうこう懸念がそういう存在を生み出して はいはいはい。 その記憶の中、記憶の中という曖昧な中では そこに何かまね、こう自分で作り出した人物としてマリ子というこう少女がそこにあの存在してたかのように うん。 うん。 思ってしまっている のかもしれないし、 ま、確かにその稽古は実際この話の中でどういう人だったかっての一切出てこないもんね。 ま、一切出てこないからね。うん。ま、最終的にはね、なんか、ま、イギリスに渡った後にね、 が、ま、亡くなってしまうというね、ま、自ら命を立ってしまうという結論になったっていうそこをこう、 ま、その越え越え子が語るというところで表現されてるだけで、うん。 ま、実際にね、一切出てこないしうん。だからどうなのかっていうことは全然明されてないんだけれども うん。 ま、そんなような気もするんだよね。で、まあ、特にそのど、ま、最初に話してたの、どっからどこまでが嘘で、どっからどこまでが本当でっていう話の中で言っても娘にね、 [音楽] 話すという中でも うん。 まあ、娘だからある程度真実も伝えてるかもしれないし、娘だからこそ真実を伝えられなくて、 さらにまた嘘を重ねてる可能性もあって うん。 だからもしかしたらそういう子がいたっていう形にしないと、ま、そういう嘘を作り出さないと当時のこう うん。辻妻つを合わせられなくてうん。 そういう風なことを言っていたのかなとか うん。っていう風にも思ったりするよね。 はい。 うん。だから、ま、そんな風に自分をずっと嘘で固めて嘘を続き続けなければいけない。例えであってもう 何かそこをこう本当のこう自分の真実を語ることができないという うん。 その切なさを私は感じた。あ あ、なるほど。ああ、なるほど。ええ。あ、そういうことね。 うん。うん。 真実がどうかっていうよりかはなんかその嘘をつき続けるもうそのまま本当に ねもう墓場までくじゃないけど うんき続けなきゃいけないこう自分自身のそのこう日本での生活っていう ところが こういつこの中にはあったんじゃないかなっていうところになんかすごく切なさを感じたっていうかね。 うん。だから2期はの2 期はそれは分かったんだね。 ま、最終的にはね。うん。そう、そう、そう、そう、そう、そう。 ああ、なるほどね。 うん。そう。組み取った。ま、逆にそこは娘であるからこそ組み取ることがお母さんが全てを語らなくても組み取ることができたっていうことなんではないかなていう [音楽] 気がするんだけどね。 ええ。あ、なるほどね。ああ、すごいわかる。 うん。 だけどやっぱりね、あの、戦後、ま、私別に戦後経験してるわけじゃないんだけど [音楽] うん。 ま、いろんなね。 うん。 うん。 こう、ま、文献だったりとか、ま、いろんな話を聞いたりとか、ま、そういうところからの経験 というか、ま、情報でしかないんだけれども、 ま、やっぱりあの時にね、やっぱ女性 1人でこう政を立てていこうって いうのはすごくこう、ま、今の現在でもね、なかなか難しいね。 うん。女性がね、1人でね、 うん。 子育てをしながらね、石形てくす難しいんだけど、 やっぱより難しい時代で うん。 うん。で、特にね、こう復興機でその前にもう原爆で全てをなくされてしまった町だから やっぱりね、何かこう女性の身で何かやるって言ってもちょっと限度があるでしょ。 うん。 うん。で、そうするとやっぱりこう、ま、男性を相手にするようなお仕事に着くっていうこともうん。 必然的に、まあね、やらなければいけなくて うん。 で、ま、当然そういう形を取らなきゃいけない自分っていうところにもやっぱりこう自分自身もね、すごく、ま、うん、罪悪感を抱えたりとか、 まあ、いろんなこともね、ま、もしかしたら当時考えるね、人もいたかもしれないし。だけど最優先はやっぱり自分のね、子育てをしていくことだったりとか、やっぱ女性だからね、やっぱ子供をね、育ててくすごくうん。 ま、自分の身からね、生み出していくからすごく大切なことって取られた時にはうん。 ま、やっぱ自分がもう例え見を落としてでもっていう風に やっぱ当然ねうん。どの方も思ってうん。うん。 [音楽] ま、やっぱそういう形をきっと取ってたんだろうなとかっていうところもやっぱ組み取れてくるでしょ。 うん。うん。 もうね、なんかね、そこがすごく私的には切なくて、あ、全然映画の中ではね、そこのね、あの、悲想感とかっていうのは全く逆に出てこなくてうん。 で、むしろなんかそういうこう海外のね、そのさ子は、ま、米軍のね、人と付き合ってっていう話なんだけど、その、ま、米軍の人からの多分こう色々ね、もらったものなんだろうけども、他の家では、ま、持てないようなちょうど品を持ってたりとか、食を持ってたりとかね、ま、紅茶をね、たくさん飲むとかね。 ま、あんなの当時のね、日本ではね、ありえなかったことで、ま、ちょっと逆に言うとそういう、ま、ある意味そう裕福な生活ねをしてるみたいなところで移し出されてるだけなんで、ま、そんな悲想感をね、全面に出してるわけではないんだけど、私なんかね、見ててね、そこにね、すごくね、あの、フォーカスがかかっちゃって [音楽] いやあってだから、ま、あえてそういうこうなんだろうな、あの、こう他の人よりもいい生活を してるっていうだからっていうところでこう自分を肯定させていくなんかこうあえてやってるようなその強がってるような うんうん 要素が見えたりとか うん なんかそこが逆に切なくて うん うんそういうところにねすごくねフォーカスがかかっちゃいましたね。 で、まあ今回の映画のキャストさんね うん。はい。はい。 で、ま、今話してたその子さんていう主人公、ま、これはね、イギリスで暮らしてる状態っていうのは 30年後で 戦後復興時代のその越え子さんと、 ま、ちょっと年齢を重ねたい子さんていう形で演示分けられているわけなんだけど、 その戦国校時代の、え、若い時の 越え子さんはひ瀬ちゃん演じてるだよね。 で、ま、そのイギリスでもうにこうね、生活をしている、え、 30年後のえ子さんを吉田さん はい。 すごいなんか雰囲気なんかあった。 寄せてたのかなかないけど、 なんかすごく似てたよね。 うん。だからなんかそこあんまり違和感がなかったっていうか。うん。なんかそんな感じでなんかすごく良かったですよね。 ま、子さんが戦後復興に、ま、出会っていく軍のね。 [音楽] うん。てがうん。うん。 もう彼女もすごくい やだね。 だけどなんかこの戦後復興時代のそのえ越え子さんとさ子さんの やり取りっていうのが うん。 チャプター53 でご紹介しているうん。うん。 雪て帰らぬにちょっとかぶってくるというか。 え、 な、なんとなくこう な んだろう。 ま、あれはね、対象時代描いてたからね。ま、今回昭和時代なんで、ま、あれなんですけど、 なんかね、ちょっとこう2 人のね、こう掛け合い的なね、 うん。雰囲気がね、なんか雪手帰らぬをなんか彷彿とさ、ま、広瀬すずちゃんがね、じてるって両情報ねえ。じてるってのもあるんだろうけど、なんかそんな感じもなんかちょっと感じたりとかしながら、あ、なんかうん。 ぼんやりとなんかその雪手帰らの思い返しながらなんかま、あれもね、その女性がね、こう うん。 自分自身のこうね、生きていくっていうところをこう確立させていくっていう思いを持っているっていうそういうベースがあったんでなんかそんなところもちょっとかぶってくるのかなっていうねんかそんなうんのも感じつつっていう感じだったんだけど広瀬ずちゃんにしても海戸ふちゃんにしてもあの [音楽] [音楽] 2 人ともなんかその当時を生き抜こうとするこう 何かこう強いシーンを抱えた女性 うんまあの広瀬ちゃん演じる子さんう さんはほわっとしてる感じのね。うん。人で、ま、あの、さち子さんの方がどちらかというと キびキしてるというかね。ま、真逆なようなタイプに描かれてるんだけど、なんどちらもなんかこう真にはしっかりとその女性としてこう生きていく うん。そこを確立させたいというなんか思いを感じさせるような演を 2 人がされててすごくあ、良かったなんていう風に思いましたね。 で、ま、その子さんがその、ま、復興機時代には、ま、日本人の方と当然結婚してるんだけど うん。 ま、その義のお父さん うん。 はい。 三浦智友さんが演じてて、 その子さんはそもそも、ま、学校で教員だったんだよね。 [音楽] ま、原爆が落ちたことがきっかけになって、ま、当時その学校の校長先生をされていた、ま、それがその三浦友智さんが演じてるね、あの、大方先生なんだけど、その方の息子さんをと結婚するっていう、ま、そういう経緯だったんだなっていうのがちょっと物語の中でね、こう感じさせていくんですけど うん。 そのおね、義のお父さんがいきなりやってきて そう ね。 まあまあ、今すでにその福岡の方に住んでるんだけど、わざわざそのままね長崎の方にってきて うんうん。 何かその当時の、ま、生徒、 ま、自分の息子と、ま、同世代のような生徒にうん。 が、ま、その何か教育論的なね、なんかこうそういうの載せている雑誌の中に自分の名前まで出して その反論してきたことが気に入らなくって で、それをこうなんかわざわざ言いに行くっていうそういうシチュエーションがあったんだけど あれは謎 のままだね ね。あれなんだろうね。 うん。ま、それこそさっきのなんかこう自系列的なところがうん。 ど、どこにはまってくるんだろうっていうのが 1 番ちょっと謎になった要素って言えば要素かな。 うん。ま、あれはあえてそのやっぱりこの戦争っていうものを挟んで、 ま、戦争っていうか終戦ということを挟んで、ま、やっぱりその戦事中っていうのはやっぱりそのね、 [音楽] ああ、 うん。戦争に染めていかなきゃいけない。 教育しなきゃいけなくてで、ま、そのね、こう反論してきた生徒っていうのはやっぱり今すでに教師心やっぱりなってるから、ま、やっぱり当時自分たちがその教えられてきたことっていうのが全て間違いだったっていうこの反論をしてきたっていうのはそういう内容なんですよね。 [音楽] その、ま、戦争ということに対しての、ま、教育の現場ではあるんだけど、戦争ということに対してのそのやっぱりこう、ま、格好という組織の中で、 [音楽] ま、子供たちにいろんなこう教育というとこ与えていく中での与え方として間違ってたっていうような形で言われたことに対して反応するっていうそういう話なんだよね。 [音楽] うん。 だ、ま、それはし方ないことなんだけど。 そうね。うん。 まあね、どうしてもやっぱりこう自分の生当性を示したいっていうそのこうお父さんっていうのがね、こう描かれていくんだけどうん。 そこはなんかうんていう、ま、そのなんかね、全体的なストーリーの中ではもうそこはちょっと必要かていうね、ちょっとそういうのは少々感じたかなっていうね。うん。 うん。ま、時代背景というところをこう知らしめたいがための なんかこう うん。 エピソードだったのかなっていう気もしなくはないんだけれどもね。 うん。 ただまあ三浦かさんなんかあのすごくいいよね。い ねいいね。 なんかねうん。年を重ねてからどんどんなんかかっこよくなっていく リ役者さんだよね。 なんか安心するんだよね。三浦と若さん出てくるとね。ちょっとなんかほっとするというかね。うん。 なんかそういうほっとする雰囲気でありながらね、やっぱりそういうねうん。役柄だったんでうん。厳しくそれに対してね、こう反論してくみたいなね。うん。役やられてましたけど、ま、すごくいい役者さんね、あの、揃ってらっしゃるんで、 ま、見応えはありますよね。 うん。 すごく。うん。で、まあね。うん。 うん。そういうね、こう、まあ、今の現代からするとちょっとね、分かりづらい時代っていうところにはなってくるんだけど、ま、やっぱりそういうの踏まえてのね、現代っていうところがあるわけなんで、ま、やっぱその辺もね、ちょっと組み取れれば、ま、それで十分なのかなっていうね。うん。気もしますね。だ、そんな風にこう、ま、嘘で嘘をかまたね、固めていくって、ま、昔よくね、子供時代にね、 うん。 あの、親から言われたけどね。 嘘をつくとその嘘を隠すためにもう 1 つ嘘をつかなくちゃいけないなんてね、ま、言われたけど、ま、そんな子供の嘘とはね、もう全然ね、なんつうのこう、ま、あれが違うというかさ。 うん。 ま、やっぱりその当時ね、うん。そういう状況で行きなきゃいけなかった。女性というところを捉えたらもうそれはこう隠し通すしかない事柄で隠し通しているうちにどんどん自分の中ではそれは真実に変わっていったのかもしれないし。 [音楽] あ、うん。 その嘘だということを承知しながらあえて上乗りをしていったのかもしれないしっていう なんかうん。そういう部分を組み取るとすごくなんか切なくて うん。 うん。なんかそんな風なこうね、抑圧された時代に私生まれてなくて本当に幸せだったなって思ったりとかね。 [音楽] うん。 うん。 うん。もそういう時代にもしが生きてたらどうだったんだろうかっていうところにも思いせてみたりもしたりしてうん。なかなかちょっと考えさせられる要素もたくさんありました。 うん。 うん。だ、ま、数費11 番というところ考えるとね、ま、こんな風にこう結末を全て委ねていくっていうところがね、 なんかちょっと11 番ぽくないなっていうのがちょっと正直な感想あって、数費 11 番の人っていうのは基本的にインスピレーション力めちゃめちゃ高いんで、どちらかというと、ま、自分自身がこう思ってんだよっていうことを、ま、全面に出すっていうタイプの方が割と比較的多い中でうん。 皆さんが感じ取るようにというもんそのままでっていう風にあえてしているっ ていうのが多分その数費 11 って、ま、マスターナンバーっていうね、ま、本来は数費術って 1から9という1桁の数字である中であの 2 桁の数字を持つ人たちなんで、このマスターっていうのは 11番なら11 番という数字以外の要素っていうのも合わせ持って持ってるんですよね。うん。 まあ、11という数字を捉えていくと 1の塊でもあるので1が2つあるからね。 だから11という要素もあれば1 という要素もあるし、 まあ1と1 を本来の計算方向のように当てはめてしまって足してしまうならば 2という数字も出てくる。はい。 だ、この委ねていくっていうスタンスはどちらかというと 2番のような 傾向があるのかなっていうね。 はい。 比較的この共力っていうともものすごく強いし、ま、人に委ねるうんとかっていうこともすごく、ま、得意だったりするんで、やっぱり本来であればね、自分が描きたいもの、自分が伝えたいものっていうの全面出したいんだけどうん。 いいですよ。 あがまに受けてくやっぱりできてるっていうのはあ、もしかしたらこの原作者の方はこれを書こうっていう時はその 11 番の強いインスピレーション力を使ってあ、こういうこと書こうっていうのキャッチしてで描いていく時にはその 2番の要素に 向かっていきながら 周りに委ねていくみたいな形を取って [音楽] うん 作られてるんじゃないかなっていう 感じたところだね。 ま、もちろん女性ってとこもね、あの、この、 そう、そう、そう。ま、女性をね、描いてるっていうね、細やかなその女性のこう心情というかね、当時をね、 うん。生きていた女性のこう [音楽] すごくなんて言うのかな、デリケートなね、 こう1つの要素で語れないような うん。 なんかいろんなものがこう重なりあってなんかね、こちらの面が表である けれども裏でもありみたいなうんね。そういうな何とも言えない複雑な要素をね。 あ、あ、そこは多分11 のね、インスピレーション力でこう、 ま、使ってるとこもあるだろうし、ま、 2 番の共感力も使ってるだろうしてっていうところで、なんかそういうのすごく感じたかなっていうところでね。 なるほどね。 うん。で、ま、監督ね、ご飯ですから。はい。はい。 あの当時にね、やっぱりこう日本を離れてね、 海外に行って、しかも女性で はい。はい。 いやあ、それなかなかできることじゃないんだけれど だそれね、数費5 番ってチャレンジャーイコール健者なんで はい。 あの、多分共感するところあると思うんですよ。 うん。数費5 番の人の中にはやっぱりそういう思い出てやっぱりこう今の状況から脱却していくっていう新たなる道を開いていくっていうそういう要素ってやっぱ 5 番の方持ってらっしゃるからま下手すればこの江子さん自体が 5番 ぽいですよね。 あ、なるほどね。 うん。そんなね、こう思い立ってね。そういう風な、ま、もちろんね、その愛する旦那さんが、ま、イギリスの方だったっていうとこもあるんだろうけどもね。うん。 [音楽] そういう殺をあったりせよとは言えもまだまだ躊躇してしまうような時代今とは違うから うん。その時代にねやっぱりね、そのイギリスに渡っていこうっていう そのチャレンジ精神はやっぱりちょっとうん。 5番ポさを感じたりするから、 ま、そうなるとやっぱりこう監督の 5 番の同じところがこう引き合されてったんじゃないかなっていう気もしなくもないですね。 うん。 うん。 だけど、ま、こういう風に生きた人っていうのも、あ、事実かもしれない。ま、もちろん当然ね、これはフィクションのお話なんだと思うんだけど、そんな風にこう生きていかれた方っていうのもきっといるんじゃないかなっていうようなそんな気はしましたね。 うん。 うん。ま、皆さんもね、どんな感想持つか ね、分かりませんが是非ぜひちょっとなかなかね、そう、 [音楽] いろんな答えが そうね。今この話聞てまた見たくなったね。そういう目線で見てみるとまた面白いけど。 ね、ま、どんな答えが出てもそれは全て正解になってきますので、ま、皆さんもどんなね、回答を得ていくのか、まね、ぜひぜひまだ絶賛公開中ですので、劇場に足を運んで見てみてください。ありがとうございます。最後まで動画をご覧いただきありがとうございます。 [音楽] え、私リーディングセラピスト魔ホの占い にも、え、動画で使用している数、こちら を使っております。え、また、え、私の 霊子鑑定、今あなたに必要な神様や神社を お伝えしていく神様コンシェルジュ、 こちらもご公表いたいております。え、 全国各地で開催されている、え、 スピリチュアルイベントへの出展や神奈川 県西武の、え、小さな町、マナ鶴る町に あります。え、マホのサロンの方でも セッション行っておりますので、ご興味の ある方はチャンネルの概要欄にリンクを 貼ってありますので、そちらからご予約お 問い合わせをいただけたらと思います。 そしてこのYouTubeチャンネルにも 、え、皆さんのチャンネル登録、そして いいね、コメントをいただけるととっても 励みになります。是非こちらもよろしくお 願いいたします。ありがとうございます。

占術として使用している数秘術の観点から、映画という作品をつくる監督の想いを汲み上げるシリーズ。完全ネタバレのため注意! 今回はチャプター87。2025年9月5日に公開されたばかりの『遠い山なみの光』を語ります。『数秘11』の原作を『数秘5』の監督が脚本も担い映画化。戦後復興期の長崎で、強く生きようした女性は渡英を果たした。30年後に振り返った日々は果たして真実なのか? チャンネル登録・いいね・コメントで応援してくださいね。

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