ちょっとわかる上杉氏(上杉謙信誕生まで)

皆さん、こんにちは。工場団のこ野です。今日は江先生を招きして、え、上杉市についてお話伺っていきたいと思います。先生よろしくお願いします。 [音楽] お願いします。ま、僕今上杉市って言った んですけど、あの、ま、有名なのは いわゆる、え、上杉健神から始まる、ま、 え、戦国大、え、近星として、え、の 上杉市なんですけど、あの上杉健身が上杉 さんは僕知るので、あ、元々ね、長尾さん だとこは知ってるんで、あの、その前の話 を、え、今日はこ 伺っていきたいと、え、思うのでよろしくお願いします。 お願いします。 で、その上杉市の、ま、元々の上杉市の、え、ま、ルーツというか、元々の上杉市も多分最初から上杉市さんを名乗ってたわけじゃないと思うので、あの、そこから話をお願いします。 ですね。元々あの、上杉さんは藤原北の中でも、 あ、北、 北です。北の中の、 あの、前、前藤原 4の話をしたうちのはい。はい。 北家の あ、だからあの紫式の旦那の はいはいはいはいはい。 兄弟がうん。 先祖ね。あの旦那さんの家ってのはあの藤原過中って流れなんですけど。 [音楽] はい。さんがやってた。 そうそうそうそうそう の兄弟の人 が戦争になって始まる家なんですよ。 で、藤原と高かって人が始まるのが政権に繋がるんですけど、ま、当然のこと系統っていうのはいわゆる あのご意前後でいいわゆるあの各のあの国士とかゼルをやってくゼル階級ってところで あんま先がないんですね。うん。 やっぱりそのホケの主流派ではないから。 うん。ああ、なるほど。 つまりその、え、こう道永とかああいう人たちと同じああ、ああいうその 会議に出る人ではなくて、こう地方にの あに派遣される階級の人とね。 うん。 はい。で、その階級なんですよ。で、そん中で兵士とか現とも議関係とかも結んでくんですけど、 [音楽] あんまりパッとしないんですね。 うん。 で、途中から本当にもうあのランクも下の方ランクになってしまって で藤原の北景の種派のところの、ま、家のさとかしたりして暮らしてくんですけど、 そんな時にチャンスが訪れるんですよ。 はい。 これが上杉市の外より上杉市ゲフさって人なんですけど うん。 何があるかって言うとかた彼の うん。 新あの知人のご縁で うん。 鎌倉将軍になった新脳に追従って 鎌倉に行くんですよ。 うん。はい。はい。はい。はい。 で、つまりあの京都のクさんだったのが うん。 もう1 年発起してもう武器になるぜってことで行ったんじゃないかと言われてます。 なるほど。えっと、 宗孝新は要すに鎌倉府の将軍は [音楽] 3台でいわゆるその現本の あのよ友来のね人で 45があの藤原家 からいわゆる三都将軍ですね。 はい。で、この6 台のた新脳からがいわゆるその新脳のが初めて将軍になったっていうその最初の、 え、新脳の将軍が はい。 についていた。 はい。たまたまご縁があって、え、そも最近の研究絵も結構薄い縁だったらしいんですけど、なんとか繋げて でついていって鎌行ったんですよ。そん時に うん。 田の国の上杉の賞 田 田です。 あ、え、上杉っていうもちろん僕もその知名由来だっていうのはあの、ま、想像はね、あの、ついてましたよ。それこそあのモさんがね、あっちの、え、横須賀だか、あの、横浜だかあっちのあの関東の地名だったとか、ま、色々ありますよね。 [音楽] そう、タ馬なんだ。 関東じゃないんですよ、地名が。 そうなんですよ。 なるほど。 で、ここで上杉市を7になるんですよ。 うん。 で、ま、鎌倉券使い始めるんですけど、ま、 1 個いいところはまだ他の過剰寺さんたちは京都にいるわけですよ。 つまりさん鎌倉に行ったけどうん。うん。 単なる普通の武資じゃなくて 俺京都とも繋がりあるぜみたいな感じをし出してるわけですよ。う ん。ああ、なるほどね。その縁を辿どればつでもその都との はい。あの、 プがあるぜみたいな。うん。 そこですね、この上水のとこから はい。足川県家県に2 階奥さんが行くんですよ。 うん。うん。 で、2回目の行った、2人目に行った人が はい。 あの、杉の将軍高を産むわけですよ。 [音楽] うん。ああ。だからその上杉さんのなんていうか、そのが融された理由は、ま、足高うの聖母であるっていう点ですよね。 [音楽] で、要するにその村町時代に上杉さんがこう、あの幅を聞かせれる、え、最大の要因は高のお母さんが上杉の出だからっていうことなんですけどうん。うん。うん。 その鎌倉爆府の中でも、ま、鎌倉府の家なんだけどどっちかって言うとこのその高さんが前とこになってくると、ま、足が使える方のナンバーワンに近いとこに うん。うん。2 台続けて奥さん出してますし。 うん。 ちょ、あの、そういうところで非常に強いパイプで上杉は 足川けの中で 強かったと。その足かけが次下取ってきますよね。 うん。だから結構ラッキーの話ですよね、これ。 あの、足川が 将軍になったからこう一緒にこう引き上げてもらったし、ま、ましてや高のお母さんだからっていうので はい。 あの、ま、いいね、ポジションになりましたけど はい。 別にこの村孝新脳にくっついていった頃なんてのは別に足さんだってあの多くのご家人の 1人に過ぎないわけじゃないですか。 だから、ま、本当にラッキーですね。 しかもあの、これポイントなんですけど、足川家の性質は北条から来ますかね。 確かに。 だ、そもそもずっと代々法からその性質をもらうことで、あの、まあ、なんだろう、その、え、ご健人の中でも、ま、ちょっとちょ、別として うん。 で、そこの足しても 2 台もらったこととパイプがあるってことで上水系って優遇されていくわけそうと。 うん。うん。 本当に多分運が良くてその兄弟残ってたらどんどんが下がってく可能性があったので。 そうですね。 本当に来てよかった。運が良かったっていう。 で、しかもさっき先生がおっしゃった通りは法場のあの娘さんだったわけだからだから今の話を今家計図が出てますけどあの高は即質である清子さんの子供っていうことですね。 はい。高内僕らイメージで 長男着と思ですよ。 別に長男いたんですよ。 うん。はい。 はい。はい。てことですよね。なんかその場の娘さんとの間で生まれた子供がいたけど その子が亡くなったのかな? はい。そうです。それで なので高が繰り上げで着になって後継者になったと。 はい。 そうなんですよ。なるほど。 だから本当にこう、ま、もちろんね、歴史 をこう、あの、勉強してると、こう運に 味方されてこう、ま、なり上がっていく ような話っていうのは、ま、あ、またと あるわけですけども、ま、この上杉さんに も、ま、こういうなんか大きなあの、ま、 天気というかなんかそのポイントがあっ たっていうのは間違いなさそうですね。 うん。で、ここで注目となってますけど はい。上杉明って人なんですけどはい。 この人は高のはい。 従に当たりますからこれから従なんで信用されてくじゃないですか。 [音楽] なるほど。 ほで出てくんですけど問題はこの人。 うん。 た派でした。 ああ。観能の常乱。 そうなんですよ。 高内と吉の兄弟が、ま、争うわけですけども、あの、せっかく高の従子っていいな、その位置にいたんだけど、た吉に着いちゃったと。 そうなんですよ。そこちょっとポイントでして、一時期ガチで没落します。うん。なるほどね。せっかく使わなチャンスなんだけど、ここの選択は間違った。 はい。結構重になっちゃったて、た吉とってもいいとこですから。 そうですね。結構たの獣でして うん。 あのガチで高尾から追加されてます。 まあまあそれはしょうがないですね。 うん。 ただまさにこの話でいくと高の子供とも うん。 関係がありますよね。 はい。 なんと吉明の大になると なんか2 代将軍になる吉明をまあ面倒見てたので はい。そして鎌倉久保なるもとも当然関係ありますから はい。ここで一気に 台側にしたら こう一気にこう浮上するとなるほど。 はい。で、その鎌倉から久保を使えるナンバー 2の関東関連になってくっていう。 そうですね。だから僕らが知ってるその 上杉さんっていうその検心の前のね上杉さ んていうのはいわゆるそのえ関東 を務めたま上杉さんでこの上杉さんも まな家あって意味でこう愛争ってみたいな 話をふわっとま知っててま今日そこの話を ましてもらうんですけどその関東関連に なっていくま最初の ま、とっかかりみたいなのはこのま、だからこれた車についたのが、ま、良かったのか悪かったのかここでちょっと分からなくなってきますよね。帰って良かったとも言えますよね。 そのまま高についてたら、あの、で死んで たかもしれないし、なんかそのもっとね、 あの、別の人たちとの修正競争があったか もしれないけど、ただで1回こう抜いて、 ま、どかされて大で吉明の台でこうあの 一気にこう持ち上げてもらったからなん、 ま、ある意味特殊なポジションにつけたか もしれないですね。 ポイントはもさん、そう、本体だったらさん敵るんですよ。しさんとかしさんとかたくさん族とか [音楽] 更新たちがでこっち来ると ナンバーワン そうですね。 確かにあの京都の中での出世競争を要すに本社でね出世競争するとものすごく大変だけどその関東市で行けばいいきなり副社長みたいなあのポジションにつけたわけ しかも結構この副社長すごくて あのこの後も説明してきますけど今で言うと多分大取り持ってるんですよ。 はいはいはいはいはい。 で途中から上杉って監督になる時に京都から任命もしてる。 んで なるほど。 もうなんかあの結構特殊な地位を保ってくので本当にこっち来てオッケーみたいな感じですよね。 うん。なるほどね。その死者長が任命するんではなくて本社が 任命してるわけですよね。はい。 はい。前になったらその将軍より飛べて調底からなんか連絡も取ったりもしてるんで。 うん。なるほど。 さんなので 結構 そういう意味ではその元々の藤原北の出であるところが ちゃんと生かされているというかなんかま、あの行かせたからの地位だと思うんですけどあの こう ただの偶然ではなさそうな感じもしますよね。 はい。なんでかって言うとこの頃まださっきもお話したんですけど京都にはまだ親戚いますからね。過剰事件って残ってますんで。 そうなんですよ。 過十字は別にその窓もずっと残っていわゆる、え、過十字ハレトみたいなその転層とかそういうあの頂の中底とけとの橋渡しをするような あの家として残っていきますよね。うん。 なるほど。じゃ、ちょっと話を戻して、 その関東の上杉さんの話に、ま、なるわけ ですけども、ま、それだけ大きな、ま、家 になっていくと当然その、こう、いろんな なんていううの、その親戚感のあの、こう 、親戚も増えていくのが、ま、世の常と いうか、ま、藤さん自体がね、あの、ま、 京都ですごく藤原さんだらけに、ま、なっ たわけですけども、ま、今度上杉さんが 関東における上杉さんだ だけ現象を、ま、産んでいくわけですよね。うん。 で、ま、この図見て分かる通り、その、今のご説明した野駅の、ま、子供たちが家をたくさん作ってくんですけど、そん中でもあのうん、 [音楽] 琢磨県に用しに行った人が本来は全部の権力を握ったんですけど、 そん時にあの、 次の台に譲る時にあの 2人の弟に分割して譲るんですね。 うん。はい。はい。はい。権力はい。はい。 譲ったんだけど、その譲れた方の片方がちょっとど権力の毒に耐い替えたみたいでなくなっちゃうんですよ。 プレッシャーが。 そう、そう、そう。 賑って1人だけ家作ってです。 で、山の地が全部メインのところで一応独占してくっていう なるほど。 がまず初めの状況で。 これその弟 2 人にその分割でなんていうか、その権力を異常したっていうのは子供がいなかったからっていう背景なんですが はい。あと多分1 人にやっちゃうと多分強すぎると思ったんじゃないですかね。 だからあのうん。本来だったら自分の子供に 100渡すけど子供がいなかったから 50ずつ弟に渡したってこと。 そう。そしたらあの50 渡した方の弟がプレッシャーに負けちゃったみたいな感じみたい。 で結果100渡った。 そう。それ100もらったのが山。 なるほど。 はい。 ま、1 番、ま、あの、ある意味有名なこの上杉の、ま、文系というか、その、ま、本家になるわけですけど、 本は、 あの、家ですよね。 うん。 他にも、ま、いくつか、ま、家があるわけですね。じゃ、ちょっと次ので行っていただいて はい。 えっと、ま、ロケの上水池家ということで、ま、その一応上杉のメインのところは山上杉 はい。 で、犬垣ウってのもじゃそこそこがあったんですけど、 この後説明する上杉前っていうので没しちゃうんですね。 で、そしたいってことですか?次、あの、追いつぎってこの後有名になってくる。 あの、 ま、ライバルこな実は初めはあの全然そんなに勢力ないんですよ。ただ はい。 他があの、他が戦って権力失ってく中で出てくるんですね。 うん。ああ、なるほどね。 ま、漁の例じゃないけど、その こう はい。 みんながこうやられていくから 結果的にこうナンバー 2 というか対交板になっていくと一節にはその犬別系の 1 族に過ぎなかったって話があってだ犬が没した後に出てきてうん。 戦国のゲームやってると山と大理性見るじゃないですか。 うん。 でも初めの頃はま、まずその琢が出てきてちょっと 衰退して山ってってが対抗してくれがあったっていう うん。てことです。 で、あと最後不会はそんな良くないですけどゴ्योってのが これあの石が使えてた家が越す系です。 そうですね。あの越守護 をあの務めた家ですよね。 僕面白いのは越からあの本の方にも用姿に入ってます。 うん。うーん。 で、姿に入ってた時にその越えゴウ上杉とあの健士のお父さんの長尾ためが戦わったりするんですけど はい。 あのあの家であの長尾戦った時に実はあの 山の中の当時の集が味方して戦いに行って で負けて死んじゃったりもしてます。 うん。へえ。 で、結構だから山内とは結構仲いい関係でやってるとこです。 うん。 これのロケです。 じゃあ、ま、ここまでが、ま、一旦ね、その、え、ま、関東関であるところの上水が、ま、生まれる、生まれというか、ま、あの、元々は藤原北経 の家がこう、ま、発細いを頼って、え、た新脳にくっついて鎌倉に行きました。 [音楽] で、鎌倉に行って、え、その、ま、え、ま、ただの、ま、ご家人だったわけですね。鎌倉に行くっていうことはね。 え、で、そこで足川家とあの、こう、ま、縁ができてで、しかも、ま、 即質ですけども、ま、あの、娘を、え、とがせることに、ま、成功しで、ま、あの、ま、あれよ、あれよとその足川高うが、え、ま、爆府を開くに至ったので、え、ま、いわゆる石的なポジションにあ あの、自然と上杉家は、え、なりで、え、 力を、え、持ちで、ま、ただただについ ちゃったので1回こう、あの、ま、排除さ れるんだけど、え、息子である吉明と、ま 、ま、多分子供の頃に面倒を見たとかも そういう関係だと思うんですけど、まさに 外籍だから で、その外籍特権を生かして、え、吉明が 将軍職に着いた時に、あの、ま、え、関東 関連については元ともあの同じような関係 を作っていたので、え、ま、関東関連をの 補佐まさ貢献人的なポジションで、え、 関東、あ、関東鎌倉久保の、え、貢献人的 なポジションで関東関という役職を、ま、 与えられて、え、上水っていうのはこう、 まあ、一大勢力に、ま、なりますと。 で、その一代になるっていうことは、ま、親戚が増えるっていうことでもあるので、ま、その中で、ま、若干この、え、主流の移動がこうありつつも、え、こうノ町時代を迎えていったっていうところまでがここまでの話理解ですね。 はい。はい。 だから僕らの知ってる大伺すぐは出てこないんですよ。 そうですね。だからなんか法場戦ったとか の頃が多分、ま、僕らが知ってるその上杉 の、ま、家なので、ま、その時に残ってん のはあの表向きね、残ってるのは、え、 仰木と山の内ので、それこそ、あの、え、 みんな大好き太田道館とかの時代はあの山 の内と大ヶのあの時代だったので、そう いうその前に、ま、こういうね、話があっ た。ま、ちょっとそこの部分も含めて、 あの、次、え、見ていきたいと思います。 じゃあまずこの、え、ま、今映してるあの 図で行くと、ま、多分先生の方でこれ整理 していただいたのはその、え、いわゆる 政治のその情勢ですよね。京都と関東って いうのが、え、ま、ここなんかあの多分 室町幕府の特徴ですよね。え、つまり鎌倉 幕府っていうのは基本的には鎌倉があの、 ま、首都であって、で、ま、京都ってのは 、ま、後にね、あの京都書子代みたいな ものをあのこう置いたり、ま、していく わけですけども、でも、ま、基本的には、 え、こう京都っていうのは、まあ、なんて いうか、その、え、頂底が支配する、ま、 場所であって、あく、ま、でも関東は関東 で独立国みたいに 扱いだったのを、ま、町時代っていうのは、ま、京都にあの拠点を置いたがために今度は関東を、え、収納めるために出張所を、ま、作らなきゃいけなくなったので、ま、それを鎌倉と、え、呼んでいたっていう、ま、こういう関係図ですよね。 はい。 なんでま、関東実際は東日本収めて鎌倉 久保で、ま、その向こうのと向こうは 3、こっちは1 なんで上杉が独占してるし、そしてもそのうちほぼ全てを山地が独占してるっていうのが [音楽] そうですね。確かに。だから京都はまさに 3 例で、ま、にローテーションではないけども少なくともそのこの 3系から、ま、畑山、え、芝細かでしたっけえでこうあのから選ばれるみたいな、え、話が、え、関東に関してはい、 3 家経からではなくてもあの上水家経がもうあのこのポジションを独占して、ま、水権の中であのちの え、ま、そこはちょっと違うとこですよね。 うん。で、次に行きまして久保の呼び名って僕知らなかったんですけど、初め天皇頂のことさせたんですね。 [音楽] ああ、これは僕も知らなかっ 公けの方向しいですよ。として。 うん。はい。 それが将軍の呼びになって で、この後は久保んな久保増えてくんですけど しゃあなかったです。大けの方向だったっていう。 なるほどね。 でも、あの、僕のだなんかこれっていつの時代ぐらいまで室町時代にはもうあの、もちろん久保はイコール将軍になってるわけですけど、 鎌倉時代には確かに久保っていう 表現で例えば寄りどものことどかは刺さないですも。刺さ終わりぐらいから呼びになったみたいで、それまでは頂とか天皇がそのいらっしゃいとこも久保んでた親の方向。 [音楽] なるほどね。だから鎌倉殿っていう風に鎌倉府の、ま、特に寄り友とかねは呼ばれてたわけですけど、だ、そういう室町時代ぐらいにこう変わっていったんでしょうね。なるほど。はい。 [音楽] はい。だからそのあとあの特時代になっても犬く久保じゃないですか。 [音楽] うん。それそういうことみたいです。 そうですね。 だからもうそっから先はもう将軍のま、え、こう別名みたいな感じになったっぽいですね。はい。 うん。 で、えっと、上杉、上杉絡みの、ま、この相乱の一覧をこう、 え、ま、まとめていただいたんですけど、 すごいざっくり言うと 上杉前州って人が山の内上杉のライバの犬上杉のトップだったんですけど、ま、うまくいかなくなってバチバチしてで、それで犬上杉市が滅ぶんですよ。 はい。 その結果さっき通り追い月池が独立果たしてみた感じになって対抗板になってくると。 で、この後鎌倉久保京都が戦ってくんですね。 はい。 で、あと山の内岡沖内があって うん。 で、北条というこの関東の覇者が出てくるんです。ここはどんどん圧迫していって で、科学の戦いで もうあの上が強くなってて 担当の支配権が助権に映ってくるってのがこの流れで で見るとあるんですけど冥王の製品先に戦入ってるんですよ。ここ そうですね。うん。 関東は早い。 うん。ま、これは最近よく言われるやつですね。 代はつからかみたいな話のにその全国的に見るのか、あのエリア別に見るのかによっても変わってくるんでなぜならば関東の方がま、いわゆる戦国時代に突入したのは、ま、早かったからみたいな話ですけど、ま、この流れを見ると、ま、最初はこうなんか内話の争いをしてたのがなんか共通の敵である場が出てきたことによってあ [音楽] の、ま、両上すぎが、ま、力合わせるけどやられるみたいな、ま、そういうあの流れですよね。 しかもこれ見ていただきたいポイントは京都ランも長京ラムも長いんですよ。 [音楽] 確かに。うん。 あの、本当に 法人の乱じゃない感じです。 だから多分本当にここ戦時代始まってる気がすますよ、僕は関東は。 うん。そうですね。ずっと続いてる はい。 感じですよね。え、だって共徳のラが83 年ですね、文明14年に終わるんだけど、 もうその4年後の調京元年にはもう調京の ラ始まってるわけでは、ま、ほんのなんて いうの?その小級ぐらいの話ですよね。で 、またこの後細かく見てくんですけど、 ポイントは上杉前のランによって犬が 上杉市の領土が開くんですよ。はい。広大 な うん。そこをあの上杉と足が奪合のまずに なってはい。はい。はい。 そこにも入ってきてみにわちゃわちゃしてってのがこのやしくなる。 なるほどね。 一旦ページ戻ってほしいんですけど。 なんで鎌倉久保って京都から派遣されて 増えてくじゃないですか。折り越しさん。それは そうがはい。 そういうのはもうこの辺でガチャガチャしてくって流れがあります。 うん。うん。うん。 じゃあ1個ずつ見ていきましょう。 はい。 まず上杉前のラインですね。 はい。これですね。 上杉前さんとの犬上杉でで監督関連になるんですけど認を巡って鎌感になるんですね。 うん。 で、実はこれ前週勝ちそうだったんですよ。 はい。 片しちゃまずいってことでバックが干渉して電習負けたんですけどあ 幕府介入してなかったら勝ってたんですよ。 うん。 で、あのたかっておじさんを鎌く保の仕事して戦ってたんですね。 ああ。 だからもう、あの、こう犬がけ、上水、ま、上杉前収としてはもうあの自分をこうあの排除しようとする将軍だったら将軍の首を差し替え [音楽] た方が、あ、差し替えちゃえば解決するっていうあのかなり強引な はい。 あの手段に出ようとしたわけですね。で、その見越に担がれたのはこの中人おじさんであるミス高であ うん。 はい。た、さすがに幕が干渉して、 ま、それはそうですね。だってあの関東関の分で将軍の差し替えようとするのは、ま、さすがにちょっとやりすぎですよね。うん。ま、それはあの京都も黙っては認められないですよね。 [音楽] ま、ただ犬過ぎはそうね、監督アレンが過ぎながら明けで当然料も大きいので私もう 1回くっつきますけど 大きかったんでそこの処料を鎌倉どっちが取るかで対が始まる。 なるほど。 一方こん時にそばちっちゃかった大杉が存在化を示してくるっていう はい。 非常に大きな事件なんですね。 単純に1 人のクーデターではなくてその波紋余波が非常に大きなま、事件だったっていうことですね。 うん。 まあでもあのこうなんて言うのかな、こうユニークな人ですよね。はい。 あの ユニークですよ。 本当にだ本当にもうちょっとこれは別にえ、ま、後で出てくる長尾影原とかにも言えることなんですけど、あの、こう戦が強くてでこうなんだろう、その、ま、自分の中での正義が強い人でもあると思うので、ただ寝回しがうまくない。 はい。で、もしこれも先に京都の話をつけ とけば、ま、もうちょっと違う展開になっ てたと思うけども、ま、京都無視してこと を進めてしまったかために、ま、京都が、 ま、敵型というかね、あの、この科に、ま 、味方をするみたいな話に、ま、なり、ま 、結果負けるっていう話になってるので、 ま、自信があるがゆえにその根回しを、ま 、カ論じるというか、ま、そういう、あの 、ま、これ もよく見るあのケースですけどね。そんな感じは印象としてありますね。 ただこんなことをすでにやってまだ 1416 年っていう関東早いっていう話です。 そうですね。うん。で、ま、その次にあったのが、え、共徳のランですね。これ足川ジが上杉対列してバに飛ばされて影響を乱死ぬわけですね。 はい。 で、この成が鎌倉最高し、鎌倉久保になって うん。 で、一方成が関東山有杉のを殺害しちゃうので、これ都覧が始まるっていう流れで うん。 ここはなんとさっき 30年近く戦ってます。 はい。 最後一応和木でちゃんってなるんですけど うん。 やっぱ30年間ろんな勢力があるっていう そうですよね。だから、ま、そもそもが、 ま、さっきのあの一覧表にあって、ま、 このページでいうところの1番上の行に ある影響のラっていうのが、ま、あるわけ 。て、この川持ち味っていう人も、ま、 かなりなんかうん、ま、風がありな人と いうかね、あの、ま、将軍になりたかった 人だし、ま、慣れると思っていた人なん ですけど、ま、ゆえに、ま、との関係が、 ま、最高に悪くなって、で、あの、ま、 討伐されるわけですよね。だからこのあの 京都とえまいわゆる鎌倉久保とのあの関係 性っていうのがま、どんどんどんどんこう 悪くなっていく中で、え、そこに使えてる 関東関の立ち位置っていうのも、あの、 こう、ま、微妙になっていくと。ま、え、 そのまま鎌倉久保に味方してると自分も まとめて縮成されるし、ま、だからと言っ て、ま、京都に味方をすると、ま、目上の 上司であるところの鎌倉から、まあなんて いうかのけ物にされるというかね。だ、 この、あの、すごく板わみなあ状態が ずっと続く中での、え、ま、相談ですよね 。 しかもここからね、あの、足倉系と京都系で久保もランってしてくんで、 よくわかんなかっね。関東の秩序がガラガラと崩れてくっていう時代でございます。 そう。うん。 これちょっと紹介したいのが次のとこ行っていただいですね。 はい。 あの、この後出てくる長桶ってのありまして、で、次のとこで活躍して越え越と介の守護台になってくんですけど、上杉水市のロ子君の守護台とか家の家のこと仕切るナンバー [音楽] 2として活躍してく家になりましてうん。 こんだけあるんですね、種類が。 そうですね。 うん。 さらに例えば長もこんだけ 3系に置かれてるんですけど、 そん中の本から出てきたのが別心になるんですね。 だからその全く何の縁もゆかりもないその 献心に譲っ ていうのを継がせたわけではなくてあま もちろん全く別の家なんだけどもあの 家同士の関係性はこのま若干ではあります けどまあある尾さんだったっていうこと ですよね。はい。 とやっぱりそのメインの山内上杉のところに使えてて山内上杉と越は仲いいですからすぐあの月とエゴ近いですからそもそもそういう関係がなかったね家が近左行かないと思うので ま近い親戚みたいなもんです。 ああ、そうですね。 円がどなかったら置いといて多分家としては近い家だと思ったんじゃないですか。そうじゃなかったらそこまでのことはしないと思うので あ、一応ここで紹介してきたいと思いました。うん。はい。 それで、ま、長京野ってことで、あの、長尾春が氾乱を起こして、で、足川と組み一方が死にまして [音楽] うん。 で、これによってあの、もう関東が乱れるっていう。 そう、ここは多分長京の欄だけで多分 1本動画 撮れるぐらいのその本当にいろんな出来事がね、ま、起きるのであの、ま、今日はね、そこメインじゃないので、あの、こうさらっと、ま、いきますけれども、ここに、ま、まさにこの足かゲウジっていうその小川にこう、ま、いわゆる、え、側の東の勢力をえた、あの、元、え、鎌倉久 [音楽] え、現小子学が、え、ま、一勢力を持つ わけですよね。で、こことその、ま、 上杉家っていうのが、ま、関東関冷家って のが、ま、体通がありで、その、え、中で 長岡原さんっていう人が、ま、本来自分が あの、次の、え、ま、いわゆるナンバー2 のポジションだと思ってたら弟かなんかに こうなんか行っちゃったんですよね。それ が、ま、不、ま、もちろん不服だと思うん ですけど、あの、ま、それが我慢ならなく て、ま、氾濫を起こしたみたいなことが ありで、それを討伐としてのが太多官だっ たんですけれども、で、太田道官を持ち継 すぎたがために、え、ま、主君にあの、ま 、お風呂に入ってるところを殺された みたいな話がありで、え、ま、山の上杉、 え、系はもう、あの、これ で、え、おしまいだみたいなこの、 あ、おお、大、 あ、大木やつか、あの、これでおしまいだみたいな、え、話で、あの、こう、ま、その後ね、あの、登り調子だった、え、奥木上杉市、上水県っていうのは、ま、え、勢いが止まりで、あの、北場に押されるっていう、 [音楽] [音楽] この時山口内が、山内はこの件で少し落ちたんですよ。ほんで、大田ども行っておっと伸びるとこだった。 のにそこで うん。 で、人身失っちゃったんで。 そうですね。だから長岡春原のランでえ、ま、それを、ま、あの鎮圧したのが小ヶなので、小ヶのナンバー 2 だったオタを、ま、君の定さ自ら殺しちゃうので、え、大木ガも、ま、そこからこう落ちみになっていくと。 で、そこに来たのが北条だっていうのは、ま、この、あの、いわゆる関東の、ま、戦国時代の、ま、助賞ですよね。はい。 うん。ここはまたなんかベッドね、あの、動画で撮りたいなと思う。エアこのね、この中の流れとどっちも他にもいろんな部将がいるので 簡単一応今回は簡単にまとめてます。 はい。はい。 ま、こういうその山、あの上杉家同士の争いが、ま、かなり大規模にあの起きていだから普通にゲームとかでも要するに独立した勢力として山内上杉池家と大喜が存在するぐらいつまり他のところに行けばそれぞれが戦国大名としてあのいるぐらいの勢力を持っていた、え、家同士が争ってるので単 [音楽] がこのおい騒動ではないっていうその本当にもういろんな人を巻き込んで周辺の国とかいろんな人たちは巻き込んでのあのこの争いなのでま里見とかあの辺もねようなあの感じで畑とかあのま関東結構そういうなんかあの人を巻き込んで一道具の中でのこの はい 対立構想みたいなのってあのありますね。 うん。ま、その辺をまたおいおいやりたい と、え、思いますけど、ま、こういうあの 、ま、1門着、2悶着が、え、あったと いうことですね。うん。だからなんかその 上杉について、ま、話を、まあ今回ね、 あの、テーマに取り上げようと思った時 ってのは、ま、まさにここに至る経緯を 1番こう知りたかったというか、だから、 え、僕のあの、ま、それまでに、ま、今日 以前に知ってた知識っていうのは、ま、 いわゆるカマクラのなんか致名が、え、 そのままるま上す さんのあのルなんだかあのルーツだからその名称名の由来になっているっていうのはえたその山字だとか大ってのはあのその知名来てっていうのはえ知ってましたと。 で、それがこう、あの、別にその後もずっとそこにあの、みんなが住んでたわけじゃなくて、もっともっと、え、支配領域を広がっていくわけですけど、ま、名前はそこから取られてると、ま、もっといで上関さんって名前はあの、京都にそう、 [音楽] そう、そう、 あるっていうねのも今日教わったわけですけども、 で、この上杉、ま、いろんな文系がある中で、ま、最終的にはこの山の内っていう、ま、当時の、ま、本 [音楽] 流本ですね。 と、ま、え、こう犬とかいろんなところがこう消えていく中で、え、最終的にこう対抗場として残ったのが奥であると、で、そこに僕らがあの馴染みのある大佐っていう、え、その、ま、超有名なね、あの方が、ま、使えていてで、ま、諸君に殺されるというのが、ま、あったという話なので、ま、まさにここのあの整理が今日 ある程度、ま、ついたっていうのは、まあ、なかなか、え、勉強になりましたっていうのが、ま、ここの部分までの僕の感想なんですけど、だ、 このゲームでプレ戦国やってると やっぱ犬とか出てこないので。 そうですね。そのもうちょい前ですからね。 そう。だ、山のうちがつ角棒なんですよ。 うん。 だからんとか自分もして、あ、そうなんだと勉強してロケあったってのも含めて。 うん。そうですね。 うん。 だから、ま、あともう1 点先生が途中で触れていただいた通り長桶っていうのがそもそもあの水の、ま、補佐する、ま、家だった。 ま、まさに長岡の長尾さんもそうなんだ けど、あの、ま、だからこそのあの、ま、 ウ水献心につがるっていうこのなんか、ま 、全部に、あ、ま、全部っていう遺かも しれないけど、大体の物事にはあの、ま、 不正、不正規というかね、あの、ちゃんと なんかこの、え、ま、何らかのあの、この 、え、きっかけが存在しているので、まあ 長尾影トが 検士になるっていうのは、ま、やっぱりそれなりのこの、え、伏線ありきの、ま、話だったんだっていうことも少し、え、ここで触れていただいたかなと思います。 やっぱその関東の月に根拠があった、今山今の知とそことも投資でも出し合してるわけで、ま、ゴっての近いかったんでしょうね。多分ね。 はい。そうですね。 まあ、今のその群馬の辺りなので、あの、まさに、え、後にね、水原神がこう関東に遠征してくる際も、あの、付に入ってそこから、え、ま、いわゆる関東部屋にね、こう進出していくっていう、ま、逆あそこしか、ま、道はないのでね、その、あの、ルート的にね。 うん。 そうめて非常にあの分かりやすいというか、あ、だ、全然さんはちょっと通り関係ない家をついついるわけじゃなくて一応関係性があったというとこ大事です。 ま、むしろあのなんだろう、え、主君の家をあの継承 うん。 させてもらったというかね、なんかそういうあの、ま、長尾さんからすると、ま、核が上の [音楽] はい。 あの、苗情をね、もらうことになるので、ま、え、いい話っていうことですよね。 うん。 この家自体はもうずっと関東の古の免疫なんで はい。 その長岡と運食ってたのとても良い話ですよね。 うん。うん。うん。うん。 そうですね。うん。 じゃあちょっと最後の、ま、賞に、ま、入っていきたいと思うんですけど、ま、まさにその法場が出てくるそのさ、先生がおっしゃった、え、山内両上杉と、ま、法場との、ま、え、話ですね。関東三国市と言いますか。 [音楽] はい。 ま、その山上関さっきお話した時にその新潟の試験士のお父さんのために戦って 負けて死んじゃうんですよ。 うん。 で、来が起きて、ま、こタゴタし始めてうん。 うん。 で、お月は大で初めあの山戦う時は助に助けられるんだけど助勢力拡大してる時にどんどん本拠地を奪われてくっていう。 これもなんかあるあるなんですけど、あの ひどい話だなというか、その共通の敵が いるうちはこう仲良くするんだけど、え、 共通の敵がこういなくなったり弱体化する とあの、ま、そういうね時代だったんです けど、あの、もうすぐ手切れをして、あの 、今日から敵なみたいな感じで、え、争い が始まるっていうね。うん。ま、これでも ゲームやってても、あの、そうなので、 なんかいかにこう、え、同盟組んでる間に 同盟相手よりも国力とか軍事力で上回 とくかってのがその後の展開を考えるとね 、大事ですよね。で、次なんですけどはい 。 これきいきなり放士と言われると人によってはあれ鎌倉の放士一族と思う人もいるかと思うので、 [音楽] ま、最近は減ったと思いますけどね。あの、ただま、え、いや、僕はね、そのごлед場って言い方がすごい嫌いで [音楽] はい。はい。 あの、ま、法場は法場別にだってご法って当人たじゃ名乗ってないんだから、 あれあくまでも学術的に区別をするためにあの言ってるだけでしょ。 その、え、沖縄で言うところの第 1少子と第2少子みたいな話でしょ。 だからどちらも小さとしか名乗ってないのに勝手に第 1第2 とかつけてるのはこっちの都合。その後の人たちの都合じゃない。だから僕はご条って言い方すごく嫌いなんだけどでもっと言うとあの法場を名乗ったのって 2台からですよね。そうです。 だからまだこの時点ってそもそも伊さんから場に変えるか変えないかぐらいの時代ですよね。 そうです。はい。 ま、まさにおっしゃった通り町空の文官僚だった伊勢のがあってその人の伊勢インクロって人が あのま、あの東海長の岩のご縁があって関東に進出してくると はい。 ま、漫画をね、あの、好きな人であれば、今、あの、シンクロシっていうゆき先生の漫画を、 あの、スピリスで連載されているので、ま、ちょうどあの、今、え、今川の、ま、お姉さんがね、あ、ま、妹の説もありますけど、ま、え、兄弟が、ま、今側にといで、ま、その縁を辿どって、え、その静岡あたりにね、あの、進出してるぐらいまでが今の漫画のあのストー ですけど、 なんか最近の学説で広告時をもらってない説ってのがあるみたいで うん。うん。うん。うん。うん。 それを今回どう書くかを期待見て漫画を読んでおります。 なるほど。うん。 僕はね、航空場からいいたってイメージで襲わったんですけど。 そうですね。あの広告事場に行けば多分、え、この法騒運なんか旗揚げの的なあの PR を多分今もされてるとは思いますけど。あ、そうじゃない説も出てきてるんですね。なるほど。 [音楽] それもらってないってのはえっとそれってあのより正確に言うとあの勝手にぶんどったっていう話なんですけどそれとも 報告上に寄ってないかもしれたの拠点があったんじゃないかっていううん。そこではなかったっていう話なんですね。うん。 なるほどね。 そのままだ全然それも分かってない話なんで うん。 どうしても今資料がまた出てきる段階なんで。 いや、そもそもがね、あの、今広告事情に、え、僕は言ったことはないんだけど、あの、みんながこうアップしてくれる写真で行った気になってるだけなんですけど、 あの、 天台っていうのがあるんですよ。 うん。うん。 でも時代的にどう考えたってその時代に天使はないはずじゃないですか。 だからあの、そう、現地調査も含めて多分まだまだ多分かってない。 明らかになってないことが多いと同時に こう適当なあのこう2世代3世代前のこう あのちゃんと裏付けの取れてないえ発表が こう訂化してしまってるえのもきっとある んだろうなっていうのはその天手代の一見 から見てもなんか感じるところではあり ます。 ここはまだ研究中なんだ。なんでまさに漫画は同時に解釈するかなと思って楽しみにしてるって話で、ま、これで伊豆久保を倒して伊豆に行ってさ、そっからあの、あの、今の神奈川県の方に入ってくわけです。 そうですね。 だからまずは、え、伊豆のあの足カがチちゃまだったかなんかをあのた倒してでその後大森さんていう人がこうの巨上であった小田原城を奪ってで僕らが知ってるその法場の小田原城ってのがそこからう続いていくみたいな話さにそのあの頃の話ですよね。 時代として ちょっとベの方行ってもらってそこで事件が起きるわけです。 はい。 この川口川越城の戦いっていう はい。 以前まではね、川越線のところをやってた [音楽] はい。 夜の奇襲作戦とやってたのが、 ええ、宇安の時代ですね、これは確か。はい。 はい。それが実はあの夜の戦じゃなかったんではないかと言われたので、 今回も戦いと書いております。 うん。そう。だこのあのいわゆる日本3 大機種と言われている、え、の、ま、戦い であと伊島の戦いと、ま、この川城の戦い 、ま、あの、野線と書いてね、良い草と昔 はね、あの、先生がさっきおっしゃった 通り、ま、呼んだりもしていたんですけど も、いつもあの、こうここまあ数十年の うちにあの、どうやら実 は、え、違うかもしれないねっていう風にこう検証されてるのが、ま、割と全部共通していて面白い 1 番なんかこのあの書き換えが進んでるところでもありますけどね。 要はこれに書いた日記とか資料に どこにも夜って書いてないんですよ。 この戦いはあったんですよ。 あったし、 あったし、これによってカトのバランスが崩れたわけですよ。 はい。 もう旧勢力たちが一気に勢力失って上の時代が始まるのは事実なんですけどで旧勢力は大軍同にして囲んだのも事実なんですけど はい。 夜じゃなかったらしいです。で、夜って書いてる資料がないそうです。今んところが。 なるほど。 でもこれ信長の野望をやってるとね、あのこうなんかイラストがインサートされるんですけど、まさにあの夜だしでそれは沖のやつも一緒であの雨の中こうかけ降りてる 牙がね のイラストがイザされるし 越島も 伊島もなんか暴風の中ねモリー が上陸するみたいなシーンがあるんだけど 、今全部あの、ま、否定とは言わないけど 、あの、ま、え、要検証みたいな状況には なってますよね。うん。 でもいずれも先生おっしゃった通り、あの 戦があったことは間違いなくてで戦の勝敗 ももちろんあの正しくてでその戦の結果え ま狭であれば小田がで島であればモがで この川越に関しては法条家がこう薬心を 遂げていくっていうその結果もあの別に 間違ってはないのでまディテールというか ねその戦の描写 え、ていうものが、ま、ちょっと、え、こうなんか後談地みてというか、あの、こう過剰にね、あの、演出されてる感はあの、あるのではないかっていう感じですね。 やっぱその、ちょっと話はずれるんですけど、この後の江戸時代って平和なんですよ。 はい。 平和時代ってみんなね、楽しくないじゃないですか。 なんか、ま、ドラマ性を求めるってことですよね。 はい。だからサ田重とかが流行ったりするなで、やっぱこういう奇襲とかってかっこいいので、うん。 ともう話が膨らんでくっていう 結局その戦後そのにその 3大将軍ぐらいと4 かけてがいつもそういう軍気は盛り上がったんで ちょっと微妙にまだ戦ちゃんのこと知ってる人も生き残っててみたいなところの中で まあまあそうですよねそのだから はい その後いわゆるその分地の時代になっていくとまたもうちょっとあの空気も変わってくるんでしょうけど家光の頃ぐらいまではまだ血の毛の多い人たちがおじいちゃんとして そうそうそうそ 生きてたりするので、あの、憧れもね、その若い世代からすると、え、戦がなくなってしまったことへのなんかその、ま、悲しみというかね。 [音楽] その、え、こうなんか剣と槍で戦ってたお じいちゃんの時代への憧れみたいなのは、 ま、あるんで、ま、そういうのを、え、 疑似体験するためのこういう、ま、だっ たり、ま、あるいはあいうその絵とかも そうですよね。あの、いわゆ部とかに書か れるようなあい絵でも、え、その滑戦 図病部みたいなやつは、え、ま、ああいう ものがたくさん作られて、で、それは先祖 の検証のためにもあるしで、そういうもの を、ま、ゼとするような、え、時代の空気 のも、ま、あったでしょうね。はい。ま、 これで、ま、ほぼ水体が決まりまして うん。 で、ま、小屋さんは北助の歌その後江戸の旗元になりまして、 [音楽] で、でも残ったんですね。 残っなんか北条歌になると結構みんな残ってて結構放歌ってま徳の家臣に行けるパターンがあって はい。はい。 で、あと山上杉関に関してはあの越長尾に来まして、 こっちの方が上杉関の名前をついてくとになってきます。 はい。 だから、えっと、この時点、ま、もちろんどちらも上杉さんなんですけど、え、ま、本家は相変わらず山さんではあったわけですよね。で、その対抗場としての奥義ガ、ま、と、 で、え、なので本家の山の内はあの、北法に幸福せずに、え、ま、円命を測ろうと、ま、越号に逃げ延びたと。 [音楽] はい。で、え、O の方は、ま、元々同盟関係にあったってのもあるんだけども、え、ま、法場に、ま、えっと、本拠地の地理的な関係で言っても法場により近いのですからね。 なので、あの、ま、このまま戦っても、ま 、負けるしで、こうた、こう、なんか 落ち伸びる先も多分地理的に結構限られて いたと思うので、ま、そこで、ま、法場に 使えるっていう、ま、幸福するっていう、 ま、道を、ま、選んだと、ま、ま、結果、 あの、江戸時代までこう残っていくわけな ので、ま、何が正解かは分からないです けどね。ま、そういう風な選択を、え、ま 、両上杉は、ま、取ったということですね 。で、ま、今言った、え、ま、本家である ところの、ま、山内さんが越後に よって、え、ま、この今日の、え、ま、 ゴールにある、え、話につがるわけですね 。はい。これでやっと健士の話になります 。はい。 えっと、は、さっき出てきた、あの、長岡影太さん以降各地の、ま、あの、正題とか家の司さ火災を始めてく中で、あの、お父さんの長尾た影って人が越上水池を開にするんですね。で、あ、さっき出てきたように越大関出身の上党手を改ちにするなど 大活躍して、しかもこの人ただこの人をちょっとあの、暴れすぎて めちゃくちゃ強かったみたいですよね。 はい。 うん。 え、とかも言ってんですよ。 攻めいってるし、ちょっと炙れすぎちゃってこの人。 はい。 ま、あの内途きましたよね。あとちゃんとあんまり手結構エチごって今そうですけど、あの土地が [音楽] 山口なので各地にみんな部将が去できるんで みんな結構独立自身が王勢なんですよ。 うん。 この後だからあの獅ランとかも起きるんですけど、 ま、あのだいぶ離れてますからね。距離的にもね。 はい。なのにこの人はずっと戦ってるから あんまり内性が得意じゃなかったもしれんですよ。もしかしたら。 だから戦続きであのほとんどまそれにの手当てもできずでみんなどんどん疲弊していくのでその怒りの保先はこのまため影に向いていくのでま販が まあ武田勝の最後とかもそうだったかもしれないですけども結局戦が続きすぎることのま害ですよね。 この内乱があの起きるっていうのがね。 はい。 それでしかも次の当がま、のお父さんが当初あ、お兄さんが当初になったんですけど [音楽] やっぱうまく統治できなくてうん。ああ、そうですね。 なんか、あの、ま、これもどこまで本当か は分からないし、もしかすると、ま、献心 がこの後を継ぐことの正当性を高めるため に、ま、作った話かもしれないですけど、 ま、ちょっとあの、体がとか、ま、なんか そういうあのマイナス面を結構お兄さんに ついては語られますよね。はい。 特に小説だとそういう風になってること最近また研究も進んでてま彼に頑張っててなんだお父さんの後をついで内性頑張ってたんだけどみんなやっぱ武力の方を意識しててその時ちょうどあの献心が若い時の献心がなんか強そうだったので心を立てたんじゃないかみたいな説もあるんですねえ難しいですよね。だってさ、その殺続き好きだったらそれはそれで不平不満の [音楽] あの種になるわけでしょ。 うん。 で、その戦をあのなるだけこう避けてあのみんなで仲良く平和にしていこうってなったら物足りないとかって言われるわけでしょ。なんかあの難しくないですか? [音楽] 難しいですよね。 ま、それで難しい中、ま、剣心が後をついで、ま、新潟のね、越の Uとして、ま、神玄となるべされてい、 あの、ま、あの、新州の方にも進中で、 ま、そ、山内上杉の当時の当の上杉って人が [音楽] はい。 助けてって言いに来て、ネマ政権の全部の権力をあなたにあげますと。 うん。 これでも、あの、ちょっと僕が分からない のは、あの、ま、上杉のがね、こう、ま、 追い込まれて、え、越後にこの助けを求め て、ま、悲号をしてくださいっていうこと で逃げ込むのは、ま、これは、ま、状況的 に、ま、やを得えないというか、え、 分かるんです。で、だけど全部上げちゃっ たら残るのって自分の命だけじゃないです か?つまり自分が生き延びたいがために あの持ってるあの権威もえ権限も権力も え全差し上げますっていうのはこうなんか それは吊り合いが取れるのかっていうのは 分からなかった それがもうこの頃権力ですねあり 実力の時代においてはってことですね。 長尾の影トが剣士になって エチゴに山関を名前するの便利だったかもしんないけど 上野さんについてる山ウス上党首とか関東って言葉は法場の前ではもう風然のとしびで 意味がなかった。彼を持ってる必要がなかったっていうのと うん。 だ。もう、あの、そのなんか反抗に何のあの力もないで、むしろ、え、いわゆる終わった、終わったあの家としてこう関東に行けばね、え、法場はあいつらもう前の奴らだからっていうので終わった扱いされてるので、えー、そのなんか旗の元に、ま、別に誰かが集まってきてくれるわけでもない からだったらせめて、え、ま、それを手土産にこの、ま、女をあの、こう、ま、お願いしに行くっていう、ま、それを手土産ぐらいにしか逆にならなかったってことなんですかね。 [音楽] で、1 冊によるとすにあの、健身ってよく京都にも行ってるからなかいいじゃないですか、将軍とも。で、将軍がもう事前にもなんか好きにしていよって言われたって説もあるんですよ。 ああ、その上杉の扱いについて、その、え、ま、断って放に突き返すもよし、え、自分のところで護してあげてこう、あの、ま、面倒見てやるもよし で、自分の名前ついで監督ハも含めて はい。 ていう説もあります。 ま、でも確かになんかその、えっと、ま、 別の話で行けば例えば、え、ま、斎藤同産 の息子の斎藤吉は後に一式を名乗るわけ ですけども、え、一式を名乗る時には確か あの幕府の許可を得てるはずなんで、ま、 まさに同じ将軍の吉テの時代ですけれども 、だから吉照は多分あの、ま、当時は美と あ あの、争ってるので自分の味方を増やすために、ま、割と府の、え、持ってる、ま、権力をこう使ってうん。 1 番いいのって認めてあげるっていうこと。 つまり自分は何を持ち出すことなく、 あのリターンが得られるのでローリスクハイリターンなの、ま、道具武器としてのこの何かを認めてあげるっていうことを、ま、いろんなところにしてますよね。 だから、まあ、多分元々剣心と、ま、あの 、交流もあって、ま、関係も良かったん ですけども、ま、そうやってそのよりあの 、強く、え、ま、自分の見方をしてもらう ために、ま、そうやって上杉な名乗全然 名乗ってい、むしろ名乗りよぐらいのあの 感じを、ま、出してたかもしれないですね 。で、ま、本人の主張としてはもう拒否し たんだけど うん。 しぶしぶ承知ましたっていうに一応態度にしてます。一応公式には。 なんか鶴ヶ丘8万宮でこうね、なんか いろんな儀式なんかあのまだ今の途中だ からちょっとそういう話はとかなんか色々 断った手をま、取りつつもま、みんなが もうあのどうしてもえついでくれないと あのもうこの連合軍はえ解してしまうので あの自分たちの旗頭としてあの上杉を 名乗ってくださいと言われてえ、ま、 シャーなしにあの、引き受けましたって いう、ま、低裁をね、あの、献心側から すればもちろん、え、自分があの、お前も 上すぎなよとかって言うと、え、外分が 悪いので、あの、ま、そういう風な、え、 ま、ストーリーを作るのもこれは理解は できますよ。こっちは、あの、その上杉側 は分かんなかったけど、その献心側はあの 、全然分かります。 しかも身がた、ま、原身もそんなにな悪くなかったけど上水があるわけですよ。越にも はい。 越上水計って はい。はい。 え、ご上水 お父さんがあのむちゃくちゃにしてしまった。 そう。ゴ上水家より山上水の格上じゃないですか?越仕事関東です。 便利ですよね。その 越上杉を従える上では便利ですよね。 はい。 うん。 だから、ま、剣身には、あの、非常に大きなメリットはありますよね。ま、この上杉を名乗ることに関してのね。 うん。 例えとば上杉の名前はランクが上なのでランクアップしたことにもなったと思うんで。 そうですね。だから、ま、木先生がその説明してくれたようにその正にとっての上杉っていう看板がほぼほぼもう意味がなくなっていたんだとしたら、ま、リマは失うものはほとんどないと。 [音楽] もう失っちゃってるんですよ。もうたにちょっと付けでちょっと負けちゃってるんで。 そう失った上でのあの越入りですからね。だからもうあのま本当にもうだからあのあらゆる意味において失うのはもうないわけでしょ。 だからその逆に命だけ残ればあのま、バと いうかあの関東にいたらま、多分殺される と思うのであの まどうかね 的にはやっぱり山の当手は殺しますかね。 その奥は過化して残したわけでしょ。この はしないと思うけど追放しますよね。うん 。うん。 さ、しかも上すぎってこっちだけじゃないですか? はい。 生活的なよりは剣身の保護で生活できた方が便利ですよね、絶対。 うん。そうですね。だからまあ うん。難しいすよね。こ、あの神玄のお父さん武田信虎は結局最終的に都であの生活したわけでしょ。 [音楽] つまりあれもあの外ガに行ったところを あの帰ってきちゃダ目っていう風に 追い出されてでそれが預かり今側預かりに なったけど今側もあのまに待ってというか 最終的にはに堂々のでまにえ送ってまで 生活をしたわけですね。だあれもまああり 追放ですよね。その、ま、2 段階のだからそういうその、ま、殺すか殺さないかは、ま、さておきでもしですよ、今日お話があった通りね、元々はだって上杉さんて京都の人じゃん。 [音楽] はい。はい。 過十字のあの遠石な系列なわけだから。だからうん。 ずっと京都とのパイプがその時まで残ってたんだったら京都行ければ面倒見てもらえた可能性ワンチャンあったんすかね。 いやないでしょ。当時の都戦乱で疲弊してるから。そうだってみんな奥さん当時逃亡してんだからさ。各、各地で小京都作ってるじゃないですか。 当時の京都っていうのはそもそも受け入れられる状況なわけですね。 そう、そう、そう。 うん。それはもう確かにそうですね。 あるとしたら上杉池のなんか母大人みたいなめっちゃ心してるお寺があってそこはワンチャン面倒見てかもしれんね。それは共わかんないけど かあのそれこそあの畑山さんがその東北に以降までこう飛んでたようにこうあの各地に遠征がそのチャンスはあったけど上杉の場合はそうじゃなく関東に寝づいてしまったがために それができなかったっていうことありますよね。 一瞬話出るんですけど、例のその岐阜のね、どの前の支配者のと市はあれは各地にいるから年ってそれで逃亡してる。 確かに関東にもい そう。関東にも1 回遊びに行ってるんで助けるみたいなこに家にいるんですけど 次遊びに行く先はないんですよ。 これはあの、ま、冒頭の話で言うとつまり京都で高の元で出世を望むとあのよくも悪くも全国に [音楽] あ、そうか。そうか。 うん。うん。うん。今の杉は鎌倉のあのだったので、え、関東から出ることはないで、しかもあのそこでもう権力を持ってれば中心である鎌倉近辺にあの土地を持つの当たり前の話でわざわざ東北にあの土地なんか自分の所料を作ったりしないですよね。 [音楽] [音楽] そのなんかあの違いが、ま、ここに来て あの、まあなんかネックというか、あの、 チャンスをこの蓋してしまったところは ありますよね。そうですね。せめてなんか お州にちょっと見ればまた違うけど。うん 。 でもその時にあの最初なんかあの将来ねなんか誰かにこう攻められるかもしれないからなんかその逃げ先としてねあの避難先としてちょっと離れたところに処料を作っとくことはならないでしょ。 なんだからよりいいところをぶ抑えて はい。そうですね。 行くわけでしょ。で、それはやっぱ関東で いけばやっぱり鎌倉近衡をあの自分の支配 にするっていうのは、ま、それその前の 鎌倉時代でいうところの法場が例えば畑山 の両地を武蔵して欲しいとかって言ったの と変わらない話でやっぱりいいところを あのその時その時の権力者がま抑えに行 くっていうことを踏まえると、ま、この時 の多 うん。のさんには頼り頼れる先がま、多分なかったんでしょうね。その越に行く以外にね。 おっしゃり京都に戦乱がなかった。京都に逃げたと思いですよ、本当に。 うん。まあ、でもね、先生がうん。ま、おっしゃる通りだと思います。あの、その時の当時の京都に行ったところでっていう感じですよね。 ま、まさにあの 関西機内でも戦国時代がこう始まった ぐらいの頃なので、あのまさ先段の中に こう逃げるっていうのはまあありえない ですよね。誰も味方がいない中でね。うん 。だそういう意味でやっぱ乗りマさんにし てもま、え、数少ない。 もうほとんど全てを失った中で数少ない自分のあの、ま、持ってる、え、今 まだ、え、自分が持ってるものっていうのは上杉っていう看板だけだったので、ま、この、え、看板をあの差し上げるので、ま、え、ここであの予性を過ごすことをお許しくださいみたいな感じですよね。 はい。だってしかもね、すぐだからすぐ逃げれるから。 うん。 近いってのは大きいですね。 ま、逆に言うと、あの、だって、え、法場が攻めてくる可能性だってあるわけじゃないですか?その健心が攻めに関東に攻めに行った通り、関東からあの越に攻めに来る可能性で十分あった。ま、自分追い追いかけてね。 それを、ま、に守ってくださいと、その、え、法場に突き返さないでくださいっていう、ま、その交渉として、え、この時の山さんに出せるものがあの上杉っていうその看板しかなかったっていうのは、ま、ま、そうなんだろうなっていう感じですね。 [音楽] うん。 ま、それで両方の、ま、利益が一致して はい。 ていうことです。 うん。 まさにそうですね。まあ、 うん。なんか最後の最後になん、な、何て 言うのか、そのいや、ま、それをこう考え ながら喋ってきたわけではないんだけど、 ま、その京都の話になったのはちょっと、 ま、面白かったなと思いながら、あの、今 こう振り返っていたんですけど、ま、最後 ちょっとまとめにね、あの、入ろうと思う んですが、ま、先生に、ま、あの、冒頭 教えていただいた通り、ま、元々は藤原北 の、ま、しかも十字流っていう、ま、北の 中の文系ですよね。あの、で、ま、決して 主流ではないと。で、ま、その主流では ない、えー、中での、ま、そんなにこう、 え、出世の見込みもない中で、あの、ま、 薄い縁を辿って鎌倉に行ったっていうのが 、ま、上杉の、え、始まりですと。で、 上杉の、え、ま、名前の由来は、あの、 全然関東にはなくて、え、ま、鎌倉に行っ た後にもらった所料が、あの、ま、京都、 ま、田馬の、え、今の綾部市とか辺でした ね、確かね、にあった上杉っていう、上杉 の賞っていうところから、ま、取ってると いう話。ま、この辺は僕全然知らなかった 話なのですごく勉強に、え、なりましたし 、でもその後、ま、鹿家と、ま、あのに、 ま、えっと娘をね、あの嫁に出すことで、 ま、結果として、え、ま、足川高川の、ま 、聖母というなり、ま、ゆえに、え、外籍 となることで、え、ま、室町幕府、室町 時代における、ま、ウスっていうのの、ま 、ある意味万弱地位が、え、を獲得できた と。で、そこの、ま、これも、ま、 あるあるですね。藤原さんしかしかり、 北条さんしかありあるあるだけど、ま、 そうやって、ま、外席を経気に、え、この なんか勢力を拡大した家っていうのは家の 中で今度勢力争いが起けるので、で、ま、 あの、上杉も、ま、霊に漏れず、え、ま、 いろんな上杉さんがあの、うちが1番で あるという風に、ま、争いが始まっていく んだけど、で、最終的には、あの、よそ から出てきた、あの、ま、これも京都から ですけれども、え、伊勢さん改め法条さん があの、その両上杉をこう追い込んでいき で、ま、最終的に、え、追い込まれた、 あの、ま、最後の、え、ま、当州である、 え、上杉のが越後に落ちびて、え、献心に 、え、その上杉を譲るっていうことで、え 、ま、ま、ある意味その、ま、僕が途中で 言ったその沖縄の話でけば、え、第2 上杉市があの剣から、ま、ある意味始、ま、 沖縄の場合はあの、ま、あるクーデターで、ま、乗っ取りが起きてのあの、ま、断というか継承があるんですけど、ま、今回の場合は、ま、円満、一応円満な形でのあの、ま、第 [音楽] 1、第2 の上杉関さんがこう、ま、続いていくという感じですね。 うん。 ま、ちょっと補足というか、ま、あの、ま、総括みたいな話でまとめていただくと あの、やっぱり当時の部景って出世で、あの、武じゃない、あの、当初京都の奥さんってどうしても、ま、 [音楽] うん。 先が限られてくので はい。 どうやって出生するかいつも考えてる中でチャンスを握って鎌倉に行ってしもそこで足角と繋がるっていうラッキーがあってしかもさっきの話でま、そのたった車になったんだけどそれはうまく逆にこうそうして こっちへオンリーワンだったんだけどオンリーワン過ぎて どこにもう一族は鎌関東にしかいないから はいにどこにも逃げなくなっちゃって そうですね でまさ検士に頼ったって話ですごくまうまくまと もらえれたなと思うんですけど。 うん。 ま、そもそも僕もう恥ずかしい話なんですけど、僕上杉関って足川の親戚あの足川 1問と思ったんですよ。 だ一門ですぎって地名も 東海地方がどっかにあんのかなと思ったらうん。 そっからまずいだったじゃないですか。それも面白かったなと思ってやっぱこうやっぱ調べてみるとわかんないことが多いし。 うん。そうですよね。だから、ま、外って いうね、その、ま、この頃のあのなん だろう、権力を獲得していく、ま、王道と いうか、ただ、え、藤原 のそのいわゆる道長の家だったり、あの、 あるいは法場のように狙って、つまり外籍 ポジションを狙った人たちですね、彼らは 。うん。 自分たちがし上がるために、え、ま、ある娘を道具としてあの天皇や、え、こう、ま、将軍にあの送り込んで、え、自分たちの地位を上げていった。でも今回の上杉っていうのはあの偶発というか うん。 外籍のを狙ってあの例清子さんをこうサウジの即質にしたわけでは全然ないですよね。 単純に、え、足川の関係性の中で、あの、 ま、うん、ま、シャーナスりというか、 あの、流れの中で、あの、ま、そういう、 あの、ご縁を、え、強くするぐらいの意味 しかなかったと思うんですけど、結果外籍 になれたっていうのがちょっとそのやった あの外のケースとは違うかな。 なんかその点がなんかその 本当は例えばえっと北条さんにしてもね、あるいはえ道永のお父さんちょっと名前忘れた。あの 金家 金家にしても旦打さんがやってたね。あの うん。 なんでかすごくあの、ま、腹黒いというか政治力のある人、 え、自分の娘も含めて使えるものは全て使って家を上げていくと。で、それは悪いって意味じゃなくて、あの、当時のこの人の価値観からするとものすごく正しい全倒なあのことを、え、誰よりもうまくやった人だと僕は思うんですね。 うん。 で、それってあの、ま、うん、ま、現代的に言うと [音楽] 1 と言ってもいいかもしれないけれども、ま、そういう はい。 感じじゃないですか。でも今回のあの上杉って全然その匂いがないんですよ。つまりこの上杉っていう家をこうあげていくためにこうやったことってほとんどなくて、むしろなんかこのラッキーとま、ま、アンラッキーの中のラッキーみたいな感じのこう うん。うん。 ずっと続いていってだから誰、どの家よりも実はあの運でこう続いていったかもしれないなって思うぐらい そう結果的に外籍に慣れたとかなんか 1 回そのた吉についたことであのま要するにこう落ち目になるんだけどでもそれがあの今度吉明の要するにえま おじいちゃんおばあちゃんみたいなその 立場を、え、生かしてなんか 今度のなん、なんていう、その将軍の 台わりと共にこう、あの、これまでの不遇 がなかったことのように、え、ま、 打ち消されるとか なんか、あの、すごく とその時、その時の人は頑張った結果なん だろうけれども、なんか他のケースと ちょっと違違う。で、もちろん終わりも 違う言いますよね。その奥義は法場に、ま 、法場に下ったことで、ま、家を残しで山 は、ま、献心にその上杉を譲ることで、え 、ま、逆に、え、上杉を残したわけですよ ね。だからそういうなんかうん、 なんか面白い、まあ、家だなと。 今までなんかやってきたこさんとこのなんかギラギラしてる映違いますよね。 そうなんですよ。 うん。 なんかだからあの最後こう上杉の看板を 差し出せたのかなと思うし。 むしろあのそのギラギラした家のその血が流れていたら多分死ぬ死ぬまで戦った ああ あの上杉のなと共に死ぬみたいなそれが正義みたいな価値観でもおかしくないんだけど うん まくも悪くもなんかその家りもだ僕らがずっとやってきたのって自分の命よりも家の方が大事だから [音楽] うんう いかに家を残すかみたいなんで、そもそも接服っていうものもあの自分 1 人でこう罪を追うから家にはその累が及ばないようにしてくださいっていう儀式なわけでしょ。 はい。はい。 だから価値観としてはそうなわけじゃん。自分の命よりも家でしょ。 うん。 だからあのもっと血よりも家なわけでしょ。 だから別に決縁関係がなくても姿を取ってでも家を続かせていくっていう価値観なわけじゃない。 で、もちろんこれはあの、これは結果的に用姿に入ってんの?検身は 有子か子かわかんないですけど。 ああ、そっか。そか。の可能性もある。 うん。 でもそうならないとま一応家計図的には繋がらないね。だからあの一応そういう意味ではその血ではないものがこう続いていくわけだけど はい。 だからそういうそのなんだろう。 その切ぱ詰まった感が、あのこのなんだろう?知り安感が、え、ちょっと他よりも 薄い感じの印象を確 あの受けました。もちろんあってんですよ。 うん。うん。 頑張ってるし、あの、そうそう道館殺したり、あの、色々な臭いことも一族の中ではね、ま、あれは大義ガですけど、あの、やってることはやってるんだけど うん。うん。 ただな、なんかちょっといいイメージが違うのは通りですよね。え、一応上水のその、ま、本家着流の地続ではその、ま、検身に行ってそのままあの上議反に繋がってく流れがあります。 [音楽] あとさっきおっしゃった金に関してはめっちゃ強で うん。 あ、ちょっと本来着じゃないですよ、藤原けど。 はい。 もう1 萬すぎて強引着料自分持ってくるっていう。 本当あのロバート秋葉やってた人が着なんですよ。 うん。うん。ああ、そうなんだね。うん。うん。 だけどあの人のなんでだけど金の台でひっくり返したんですよ。 なるほどなるほどなるほど。 まあまそうですね。 だ、そういうそういうのはなんかあんま感じないだ。 もしかするとあの犬掛けがね はい。 上杉前州の流れがこう主流になっていったらもっともっとギラギラ上すぎがあったかもしれないんだけどでもまそうならなかったのも多分この上杉さんのまなんか色を作ったのかもしれないなという [音楽] 絶対あんだけいるとそのギラギラしたやつも中にいるはずなんでそれがこう流を閉めなかったあるいはその一時期でとまったっていうのがなん [音楽] か。うん。 でも確かに今日本当話聞いてきて藤原着のギラギラ感とかそういうのがないですよね。 うん。ちょっとちょっとなんか 面白いですね。そういう視点 違う。 うん。 違いを感じますね。なんかその同じ外籍でもま、ま、棚だからってのもちろあるんだけど うん。 なんかその権力の、ま、執着度合が違うというか うん。うん。なんかそれはちょっと感じたところですね。 ま、最後にちょっとあの漫画を 2つ紹介して はい。 橋の琢も出ましたらシンクロ橋の方には上杉正、大田道、長岡春が出てきまして、もう [音楽] 1 つあのジャンプの方のネジ上手の若の方にもあのまさに 吉しの部下として出てきてますんで、こちらも関東 あ、そうですね。なんかそのあの人体改造みたいなしてる人が出てましたね。 そう。はい。 という感じで、あの、出てきますんで、是非、あの、本当今関東の選挙はここ 5年10年ですけど、 本当本もたくさん出るようになって注目されてるんですね。 うん。 そう、大田道館の長尾岡影春はあの、従子の関係なんですよね、確かね。 だから、あの、ま、元々そんなに、あの、 なんか悪くなくて、むしろ仲良かったのが 、ま、えー、ま、立場がね、あの、こう 別れてしまったことで戦って、ま、結果的 に影春は、ま、追い込まれていって、で、 ま、せっかく勝も、ま、主君正に殺される とこ だ、ここだけ見ると戦国してるなって感じ するじゃないですか。あの、昨日の敵は 今日の友、あ、逆か。え、昨日の友は今日 の敵だし、あるいはその ちょっと力を持ちすぎたナンバー2は、え 、主に殺されるみたいな話とかって、ま、 まさにこのちな間臭いところはあの戦国ど 真ん中って感じはするんだけど、なんか トータルで見ると、まあ、上杉 のちょっとなんだろう、甘いとはちょっと 違うんだけど、あの、 ま、先生のそのギラギラ 感みたいな話で言うとちょっとそれが薄いう 印象はありますよね。うん。 多分こう1回ないと上杉師をもう1 回調べてみようと思わなかったので はい。 良かったですか? 勉強になりました。 良かったです。はい。ま、あのこの辺のなんかその、え、先生がよくプレ戦国みたいな表現を使いますけどその はい。 あの信長の野望とかあいうゲームで出てくるような戦国大名のちょっと前 はい。あの、前に、あの、え、 3巻式のね、話をした時にもいろんな家がまさにその高内の畑の頃に、え、味方をしたような人たちで、あの、日記さんとかなんかそういう、あの、その後残ってないようなね、あの、家もたくさん、あの、あそこの守護の そう、あれ、守護面白かったですね。 Exel にね、落とした時にありましたけど、 結構車内映画が多くて うん。 この人誰とか思って結構 そう、そう、そう、そう。ああいうあの 桃さんとかね。あ、そう。ああいう家とか もちゃんとこうあの紹介できるような、え 、機会を作りたいと思いますし、ま、逆に そういう家があのどうこうあの残ったのか 。ま、最終的にあの、よくあるその、え、 ま、いわゆる、え、商野とかあいわゆる強 大な主みたいな形であの機能していったの か、もう本当に一族があの全員打ち取られ て本当に血もなくなってしまったのかとか 、ま、そういうなんかあのどう 最後ね、そ、どういう最後を迎えたのか みたいなところも含めて、こうなんかお さいができたら、え、いいなと思います。 で、ま、それが、ま、あの、今回で言うと 、ま、法場が出てきたのと、あの、ま、 上杉が落ちていったのとが、ま、こう 重なっていくように僕らが知ってるその 戦国大名とかとどう関わったのかみたいな ところも、あの、見ていけると、ま、いい なと思うので、ま、ちょっとあの、またね 、別の、え、種族をあの、テーマにこう 取ってみたいなと、え、思いますので、え 、引き続きご視聴いただければと思います 。 えっと、チャンネル登録と、え、高評価を、え、何とど、今この瞬間にあのチャンネル登録を押していただいて、あの、この高評価ボタンも、え、押していただけると幸いです。え、そんな感じで、え、今日は、え、ここまでにしたいと思います。ご視聴いただきましてありがとうござい、 [音楽] ありがとうございました。 [音楽]

上杉謙信がもともと長尾氏だということは知っていましたが、では本来の上杉氏がどういうルーツで、どんな経緯で謙信が家督を継ぐに至ったかについてはよくわかっていませんでした。
今回はそのあたりについて榎本先生に教えていただきました。

◇ブログ記事

◇アフタートーク

◇参考書籍
『国史大辞典』(吉川弘文館)
『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)
『改訂新版 世界大百科事典』(平凡社)
久保田順一『中世武士選書13 上杉憲顕』(吉川弘文館)
森田真一『中世武士選書24 上杉顕定 古河公方との対立と関東の大乱』(吉川弘文館)
久保田順一『中世武士選書34 上杉憲政 戦国末期、悲劇の関菓管領』(吉川弘文館)
黒田基樹編著『シリーズ・中世関東武士の研究 第5巻 扇谷上杉氏』(戎光祥出版)
黒田基樹編著『シリーズ・中世関東武士の研究 第11巻 関東管領上杉氏』(戎光祥出版)
黒田基樹編著『シリーズ・中世関東武士の研究 第12巻 山内上杉氏』(戎光祥出版)
池享『上杉謙信の本音 関東支配の理想と現実』(吉川弘文館)
山田邦明『人物叢書307 上杉謙信』(吉川弘文館)
松井優征『逃げ上手の若君』(集英社)
ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』(小学館)
伊禮正雄『関東合戦記』(新人物往来社)
伊東潤、坂嶋恒明『北条氏康 関東に王道楽土を築いた男』(PHP新書)

◇参考記事
北条氏が台頭する以前の関東の状況(関東公方と関東管領について)

#攻城団 #榎本秋 #上杉謙信 #上杉氏 #山内上杉氏 #扇谷上杉氏

Leave A Reply