Message from the family members of Megumi Yokota, abductee

[音楽] 1977年11月15 日新潟市において当時 13 歳だった横田恵さんは下行途中に拉致されました。 私の母さえは現在 87歳です。本日も本シンポジウムに無理 をして参加させていただいておりますが、 体の衰えを隠すことはできません。有本 け子さんのお父様さんは95歳の中救出を 求める声を本日も遠路から 参加されて 自分の娘さんと会うために必死に行動され ていらっしゃいます。どうしても拉致され た自分の家族子供と再開したい 自由な日本の地に取り戻したいという一心 で言葉を武器にして戦っています。 北朝鮮の工作員たちが日本の領土に侵入し 、主権国家から無実の日本人を拉致して いるのです。誰かの問題ではなく、国民 1人1人が試されている人権問題なのです 。もし自分自身が一方的な暴力による現状 変更、つまり工作性の船底の鍵のかかって 部屋に閉じ込められて家族との絆を 引き裂下がれたらどう考えるか。皆様の 大切なお子様やご家族が暴力的に拉致され た挙げに食料も十分な医療の恩恵も教授 できない中で50年近く事として拘速され たと考えたらこのままで良いのかと考えて 欲しいと思います。日本人拉致会社はです ね、このま24時間、あ、北朝鮮の当局の 人間によって監視をされてると言われて おりますけども、ま、自由は一切ないと 言っても過言じゃないと思うんですね。 で、仮に、ま、文句の1つでも言おうもの なら、ま、これは日本人らしい会社に限ら ずですけども、ま、それこそ強制収容所に 連れてかれて、ま、本当に想像もできない ような重労働、強制労働させられたり、 もしくは本当に下手をすればその場で処刑 されてもおかしくないわけですよね。本当 にそういう現実がそこにあると思うとです ね、多分私だったら本当に耐えられないん じゃないかなと思うんですよね。 だ、本当そういうこの環境があるこの現実から 1 日早く解放してあげたいと思うわけです。 北朝鮮にいる恵みちゃん 元気にしていますか? あなたがいなくなっても42年が過ぎて お母さんたちは本当に一生懸命に助けて あげたくてたくさんの被害者の方たちと 国民の方たちと一生懸命に戦ってきました けれどもまだあなたの姿も声も聞くことが できません。みんな年が行ってしまって力 がなくなってきて本当にどこまで頑張って あげられるのかなとこの頃は本当にあの 寂しい思いでおります。恵ちゃんはどんな 風に過ごしてるんでしょうか?どういう ところにいるんでしょうか?お母さんたち がみんなどのお母さんお父さんもそのこと を考えて思い描きながら毎日暮らしてい ます。本当にこんな残酷なことはありませ んけれども、ま、助けてあげられない お母さんたちよりもそんなところに連れて 行かれて本当に考えられないようなあ場所 に置かれてそしていつも空を見ながら お父さんやお母さんや兄弟やお友達や日本 の懐かしいことをたった13年間だけしか いられなかったその姿を思いながら本当に どどんな思いで暮らしているのかなと 考えるだけでもう本当にもうどん底に落ち ていくような思いです。 どうしたら助けてあげれるのかということ が分かりません。 たくさんの方が励ましてくださっています 。どうか失望しないでください。必ず帰っ てくることができるから。必ず誰かが力を 出してくれるから。その時に必ずバチッと 商点があって、あなたの姿が現れると私は 思っています。中学校1年生の時にあの あの学校の帰りにも自宅近くであの 北朝鮮の人にあの連れて帰られたんじゃ ないかとあの言われておりますがそして それはあの 船に乗って北朝鮮に行くまでに非常に夢恵 はあのき行きたく お母さん、お父さん助けてって言ったりし たんですけど、あの、無視されて、ま、 連れてかれて、え、それであの、あんまり 、あの、泣いたので 船底にあの、映されたって言うんで、そう すると、あの、爪がもう ボロボロになってたっていうなことを言い ますから、なかなか本当かわいそうなこと しなと思ってます。北朝鮮は死亡もして ないので死亡したなんていうことなくて きちんと恵のあの元気な恵みをあの日本に あの返していただきたいと思います。

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