🏵️「あったかいんだからぁ~」で一世を風靡した芸人の現在。ブレイク時は“最高月収800万円”「一年くらいは休日なかった」🏵️

イケメンキャラの佐藤大機とぽっちゃり 丸顔が特徴の長谷川俊助からなるお笑い コンビ熊虫。2014年漫才のネタで披露 していたあったかいんだカラーのフレーズ でブレーク。透明の楽曲あったかいんだ からのCDは翌年の日本優先対象優先話題 と日本レコード対象特別賞をW受賞した ことでも話題を集めるなど一躍の人になっ た。それからおよそ10年当時ほどテレビ で姿を見かけることは減ったものの現在は 漫才協会に入会しの演芸上でネタを披露し 続けている。ブレーク当時のことやサ ブレークに向けた意気込みを語ってもらっ た。右向きに重矢印写真天狗になっていた と話す当時の佐藤士。ブレーク当時の最高 月収は800万円約10年前になりますが ブレイクした当時1番驚いたことは何でし たか?長谷川やっぱり収入がめちゃくちゃ 増えたことですね。月収は1番多かった月 で800万円でした。CDシングル あったかいんだカラーの因と重なった タイミングで口座を見てびっくりしました 。佐藤当時はアルバイトしかしていない 状況だったので突然大金が手に入って僕も 怖くて使えませんでした。長谷長谷川は今 思えば後々番組でエピソードになる使い方 をすれば良かったと思いますが実際にでき たことと言えばちょっといい家電多を買っ たくらいです。佐藤、あとは忙しさにも 驚きました。テレビ出演と営業が一気に 入って1年くらいは丸1日の休日はなかっ たと思います。営業のオファーが全国各地 から入ったので移動で飛び回っていました 。長谷長谷川僕らの場合はそれに加えて レコーディングとか新曲の打ち合わせとか もあったんでお笑いだけでブレイクした 芸人よりも忙しかったかもしれないですね 。 あったかいんだから落ち着いてきたと感じたのはいつ頃でしたか?長谷川 15 年の秋頃ですね。当時とにかくいい村さんが安心してください。いてますよで一気に揺れて安村さんと入れ替わる形で僕らのテレビや営業ファーが激減しました。一発屋の宿命と言えばそうなんですけど分かりやすいなあと思いました。 佐藤需要がなくなってきたのもありました が15年の夏が当時の観測市場最大の猛所 だったこともあってあったかいどころじゃ なかったのも影響したかもしれません。は 夏に聞けるようにボン踊りバージョンの あったかいんだカラーとかも作ったんです けど、猛には勝てなかったですね。

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