【老人ホーム 現実】【78歳、おひとりさま】年金8万円で老人ホームへ…理想の“終の棲家”の裏で私が見た、誰も語らない“老後の真実”|これが、日本の現実です
私はかつて特別用語老人ホームは人生の 執着駅だと思っていました。人々がただ 孤独の中で終わりを待つだけの場所だと。 でも私は間違っていました。ここで口て いくだけと思われた壁の向こうで生息きと 浅い眠りの間で私は教科書では教えてくれ ない真実を見つけたのです。障害をかけて 探し求めることもなかったある答えを。 こんにちは の皆様。そして今日もチャンネルにお戻り いただきありがとうございます。今日は 1人の女性の物語をお聞かせしたいと思い ます。私の名前は小林ふ子。78歳です。 世間ではお1人様と呼ばれる1人暮らしの 老人です。夫は何年も前になくなり、1人 息子は家庭を気づいて遠い町で暮らしてい ます。昔は自分の健康を誇りに思ってい ました。2階建ての家のあらゆることを 1人で切り盛りで着ていたのです。でも今 78歳になって立ち上がることも歩くこと も杖や手すりが必要になりました。簡単な 食事を作ることもお風呂の準備をすること も柔労働になってしまったのです。開拓 介護サービスを受けてはいましたが、心の 奥底で自分がもう限界に近づいていること を感じていました。1番大きな恐怖は昼間 の疲れではなく、夜が来た時の極度の孤独 感と不安でした。もしここで転んだらこの くらい夜に一体どれくらいの時間が経てば 誰かが気づいてくれるのだろうかという 疑問が毎晩私を悩ませていたのです。あの 運命の分岐点は2年前の春の午後でした。 私は家の中のいつも慣れ下しんだ階段で足 を滑らせてしまったのです。戦闘自体は それほど重いものではありませんでした。 足首の骨にヒが入っただけです。でも 冷たい床の上で見動きが取れずに横たわっ た時の無理感と恐怖は私の心に深く刻まれ ました。その瞬間を詳しく思い出します。 突然のバランス崩れ、骨の軽い音、鋭い 痛み、そして自分が完全に1人だと気づい た時のパニック。次回はこんなに運が良く ないかもしれないという恐怖が私に別の道 を探さなければならないという同機を与え たのです。その日から1週間後、私は息子 に電話をかけました。攻めるつもりはあり ませんでした。ただ状況を冷静に話した だけです。息子の声は申し訳なさで いっぱいでしたが、正直でした。お母さん 、お母さんが1番良いと思うことをして ください。でも正直に言うと今夫婦と一緒 に住むのはとても難しいんです。家は狭い し、僕の仕事もあるし、子供たちの勉強も あるし、私は全く怒りませんでした。理解 していました。私は負担になりたくなかっ たし、無理じーでよそよそしい生活を送り たくもありませんでした。電話を切った時 、悲しさが込み上げましたが、同時に解放 感もありました。自分で道を見つけなけれ ばならない近所の人の言葉を思い出しまし た。特用は効率だから費用が安いのよう 8万円ほどの少ない年金とわずかな貯金 しかない私にとってこれが唯一の希望の光 でした。地域包括支援センターに相談に 行きました。そこでソーシャルワーカーの 方が詳しく説明してくれました。良い点と しては費用が安いこと。私の収入では各種 減額を適用すれば年金だけで支払えること 。24時間体制の介護があること。そして 最も重要だったのは見取りまでの約束でし た。これこそ私が求めていたものでした。 しかしソーシャルワーカーの方も厳しい 現実を率直に話してくれました。小林さん 申し訳ありませんが特用は申し込めばすぐ に入れる場所ではありません。待機リスト が何年も続き全国で何十万人もの人が待っ ています。審査は点数性でより思い介護や 困難な家庭環境の人が優先されます。私の 介護度は要介護さんと認定されていました 。立ち上がりや歩行に支援が必要なレベル です。ソーシャルワーカーの方によると私 の介護度は決して低くはありませんがそれ でも待たなければならないとのことでした 。 マネージャーの助けを借りて、私は1週間 かけて市内の評判の良い特用参加への登録 書類を完成させました。ケアマネージャー と一緒に私の財政状況も再確認しました。 補足給付という食費と部屋台の負担を軽減 する制度や工学介護サービス費として子給 限度額を超えた分が戻ってくる制度につい て説明を受けました。私は知らなかった 多くの社会保障制度があることに気づき ました。これが私の決意をさらに固めまし た。待つ日々が始まりました。2年が過ぎ ました。そしてある冬の終わりの日電話が なりました。小林さん、良いお知らせです 。あなたが登録された施設の1つでもう すぐ秋が出そうです。私は電話を握りしめ 、涙が溢れ、ただ繰り返すことしかでき ませんでした。ありがとうございます。 本当にありがとうございます。その日から 1ヶ月後、私は小さなスーツケース1つ だけを持って施設にやってきました。 慣れ下寝台へは不動産会社に売却を痛くし ていました。心は別れの悲しみで重かった ですが、希望と不安も入り混じっていまし た。季節の建物は古かったですが、清潔に 保たれていました。私は4階の大きな部屋 に案内されました。看護師さんが優しく 指さしてくれました。小林さんのベッドは この窓際ですよ。部屋は薄いカーテンで4 つの小さなスペースに区切られていました 。田室と呼ばれる部屋です。私のスペース にはシングルベッドと小さなベッドサイド テーブルを置くのがやっとでした。 はした。この種類の部屋については聞いて いましたし、費用を大幅に節約できること も知っていましたが、窮屈さと息き苦しさ は自分の家で自由に暮らしていた人の想像 を超えていました。皇室の人たちを観察し ました。彼らの状態は私よりもずっと重い ように見えました。隣は1日中ほとんど 眠っている老婆で時々意味不明なことを 呟いていました。向いのベッドは高橋け太 さんという方で時々誰かの名前を大声で 叫ぶので私はビクっと震え上がっていまし た。最初の夜は拷問でした。部屋の あちこちから入力呼吸音苦しそうな咳の音 が聞こえてきました。私は眠れずに天井を 見つめながら自分が間違った決断をしたの ではないかと自問しました。何週間も眠れ ない日が続いた後、私は諦めるわけには いかないと決心しました。自分だけの空間 を取り戻すための小さな改良を始めました 。隣のベッドとの仕切りカーテンに手のひ ほどの小さな手作りの布飾りを吊しました 。小さなテーブルの上には亡くなった夫と 一緒に撮った1番お気に入りの写真を大切 に置きました。これは小さなスペースでし たが、私だけの領域であり、アイデン機器 を取り戻すための重要な一歩でした。昼間 は部屋にじっとしていないよう務めました 。弾話室や日の当たる廊下の相体椅子を 見つけて本を読みました。これは気分転換 になるだけでなく、他の人と話をする機会 も作ってくれました。ある日弾話室で介護 雑誌を読んでいると老人法務見学で公開し ないためにチェックすべき5つのポイント という記事が目に入りました。医療対応の 範囲として景官栄養や単の吸引などの医療 処置への対応レベル 職員配置として特に夜間の介護職員の人数 日中の活動として生きがいを保つための レクリエーションや機能訓練の活動 食事として好みや健康状態に合わせた調整 があるか個人の調味料持ちみは可能か。 面会や外出の規定として家族の面会に 関する規則 リストを読み終えて私はため息をつきまし た。費用ばかりに集中してこれらの重要な 要素を見ようとしていたことに気づきまし た。少し後悔が頭をよぎりました。でも私 は自分に言い聞かせました。完璧な場所を 探すのではなく、与えられた環境の中で 喜びを見つけること。新しい考え方が心の 中で芽え始めました。数日経って私は弾話 室で修芸をしている女性と出会いました。 間えみさんという方で私より少し下に見え ました。 さんは私に優しく話しかけてくれました。 小林さんでしたよね。こちらに来られて どのくらいになりますか?まだ1ヶ月ほど です。間田さんはずっと前から いらっしゃるんですか?ええ、私はもう1 年以上になります。最初は本当に大変でし たが、だんだん慣れてきました。田さんの 話を聞いているうちに私たちは友達になり ました。彼女は数年前に点灯して大体を 骨折し、妖怪さんと認定されたそうです。 夫が亡くなった後、1人で生活することが できなくなったため、ここに入所したの でした。しかし、ここでの規則正しい生活 と利学療法への取り組みのおかげで間さん の健康は驚くほど改善し、介護も妖怪後に 下がったのです。それは素晴らしいこと ですねと私が言うと、あ田さんは複雑な 表情を浮かべました。小林さん、ケア マネージャーから在宅復帰を検討しては どうかと提案されたんです。間田さんの声 には不安が滲んでいました。健康が回復し たことは嬉しいけれど、親しくなった友人 たちと離れ、安心して眠れる夜を離れて 再び1人の生活に戻ることが怖いのでした 。家族やスタッフとの何度もの話し合いの 後、相田えさんは卒業することに決めまし た。在宅復帰して訪問介護や通サービスを 組み合わせることになったのです。間さん が去っていく後ろ姿を見ながら私は1つの 真実に気づきました。特用は終わりの場所 だけではありません。時には回復のための 中継点であり、生活に戻るための踏み台で もあるのです。でもその卒業は必ずしも 完全な喜びではありませんでした。それも ここの少し切ない真実の一部でした。間の 出来事から数日後、もう1つの現実が もっと残酷な形で訪れました。 救急車のサイレンが廊下に響き渡りました 。医療スタッフが泡ストレッチャーを押し ていきます。その上に横たわっていたのは 私と同室でよく叫んでいた高橋健太さん でした。彼が突然体調を崩したのです。3 ヶ月が過ぎても高橋さんのベッドは開いた ままでした。ある日、看護師さんが私に 小声で教えてくれました。高橋さんは重症 の肺炎と診断されました。領情が長引いて 警備景観栄養を始めなければならなくなっ たんです。申し訳ないことにそのような 継続的な医療ケアが必要な状態では私たち の施設のシステムでは彼の安全を保証でき なくなってしまいました。それは別の形の 対処でした。私は言葉を失いました。施設 の医療に限界があることは聞いていました が、向いのベッドの人に実際に起こると その現実が明確で痛ましいものになりまし た。見取りまでのケアは領情が施設の能力 を超えない場合に限られるのです。私は ケアマネージャーに会いに行き、率直に 尋ねました。ケアマネージャーは誠実に しかし重い気持ちで答えてくれました。 小林さん、私たちは常に皆さんが最後まで ここで過ごしていただけることを望んでい ます。しかし当施設の看護スタッフの能力 を超える専門的な医療キャラが必要になっ た時、最優先事項はその方の安全です。 このような場合両院や他の適切な医療設備 を持つ施設に移っていただくしかないの です。その言葉で私は目が覚めました。 完璧な場所はないのです。老人ホームの スタッフに病院の意思のような仕事を 求めることはできません。私は自分に 問いかけました。では私は何をすべきなの か。ここで安らかな最後を迎えるために私 にできることは何なのか答えが徐々に見え てきました。ただ座って世話をされること を期待するのではなく積極的に行動する ことです。私は自分の週末期の希望を明確 に書き出し、スタッフと共有する必要が ありました。そして何より重要なのは施設 ができることとできないことを理解し、 スタッフとの信頼関係を築くことでした。 任せきりにするのではなく、施設と協力し て自分の最後を作り上げること。それに 気づいた時、私は初めて本当に特用で 生きることを始めたのだと感じました。 その夜私は小さなノートに自分の思いを 書き始めました。私が望む最後の過ごし方 、大切にしたいこと、恐れていること。 それは小さな一歩でしたがここでの新しい 人生への大きな転換点でした。 窓の外を見ると桜のつぼみが膨らみ始めて いました。春の訪れと共に私の心にも 新しい季節が来ようとしていることを感じ ながら私は静かに微笑みました。春の 日差しが窓から差し込む朝、私は目を 覚ましました。ここに来てから3ヶ月が 経っていました。最初の衝撃と混乱は少し ずつ柔らでいましたが、毎日は相変わらず 新しい発見と小さな挫折の連続でした。隣 のベッドの田中さんは今朝も早くから 埋めき声をあげていました。認知症が進ん でいて、時々夜中に大声で何かを叫ぶこと がありました。私は最初の頃その声で何度 も飛び起きて心臓がバクバクとなってい ましたが、今ではそれも生活の一部として 受け入れるようになっていました。朝の 身宅を終えて食堂に向かう途中、廊下で 新しい顔を見かけました。車椅子に座った 小柄な女性がキョロキョロと周りを見回し ていました。その表情には私がここに来た 最初の人同じような戸惑いと不安が浮かん でいました。おはようございます。初めて お見かけしますねと声をかけると、その 女性は少し驚いたような顔をしました。 はい。昨日こちらに入らせていただきまし た井上と申します。よろしくお願いします 。声は小さく震えていました。私は自分の 名前を告げて軽く餌釈しました。井上さん は私がここに来た時よりもさらに緊張して いるように見えました。朝食の席でも誰と も目を合わせず小さくなって座っていまし た。食事もほとんど手をつけていません でした。食事が終わると私は井上さんの テーブルに近づきました。お食事奥に会い ませんでしたか?井上さんは慌てたように 顔をあげました。あ、いえ、そんなことは ただまだ慣れなくて私は井上さんの隣の 椅子に座りました。私も最初はそうでした 。全然食べられなくて看護師さんに心配さ れたんですよ。でもだんだん慣れてきます 。時間をかけて大丈夫ですから。井上さん の目に涙が浮かんでいました。実は息子に 無理を言われてここに来たんです。息子の お嫁さんが妊娠していて私の世話までは とても無理だと。私は嫌だったんですが、 居場所がなくて、その言葉を聞いて私の胸 が痛みました。私は自分で決めてここに来 ましたが、井上さんは違いました。家族の 事情で半ば強制的にここに送られてきたの です。井上さん、辛いお気持ちよくわかり ます。でもここには優しいスタッフの方々 がいらっしゃいますし、慣れれば意外と 居心地が良くなりますよ。本当ですか? 井上さんは不安層に私の顔を見つめました 。私は思い切って提案しました。もし よろしければ今度施設の中をご案内し ましょうか。1人で歩き回るより誰かと 一緒の方が安心だと思います。井上さんは 小さく頷きました。ありがとうございます 。お言葉に甘えさせていただきます。その 日の午後私は井上さんを連れて施設内を 案内しました。リハビリテーション室 屋上庭園など私がこの3ヶ月で発見した 居心地の良い場所を紹介しました。屋上 庭園ではいくつかの車椅子に座った入居者 が日向ぼっこ行こ行していました。春の 温かい日差しが心地よく桜の花びが風に 待っていました。ここは私のお気に入りの 場所なんです。天気の良い日にはよくここ に来て本を読んだりぼんやり空を眺めたり しています。井上さんは初めて少し笑顔を 見せました。素敵な場所ですね。まるで 病院にいることを忘れそうです。ここは 病院ではありませんよ。私たちの新しい家 なんです。私がそう言うと井上さんは驚い たような顔をしました。新しい家へですか ?はい。最初は私もここは仕方なく来る 場所だと思っていました。でもだんだん 考えが変わってきたんです。もちろん以前 の生活とは全然違います。不便なことも 我慢しなければならないこともたくさん あります。でも1人で不安に怯えながら 過ごすよりはずっと安心できます。井上 さんは黙って私の話を聞いていました。 そして小さな声で言いました。私もそう 思えるようになるでしょうか?きっと 大丈夫です。時間はかかるかもしれません が、きっと その日から井上さんは少しずつ私に心を 開いてくれるようになりました。食事の 時間には同じテーブルに座り、他の入居者 の方々とも少しずつ会話を交わすように なりました。1週間ほど経った朝、井上 さんは私のところにやってきました。小林 さん、咲夜はありがとうございました。何 のことでしょうか?私は首をかしげました 。夜中に目が覚めて眠れなくなってしまっ たんです。その時小林さんが静かに起きて 私のベッドの近くに来て大丈夫ですかと声 をかけてくださいました。ああ、そのこと ですか。私も最初の頃はよく夜中に目が 覚めていました。誰かがそばにいてくれる だけで安心できるものです。井上さんの目 に涙が浮かんでいました。息子の家にいた 時は夜中に起きても誰にも声をかけられ ませんでした。迷惑をかけてはいけないと 思って1人で我慢していました。でも咲夜 は初めて誰かが私のことを気にかけてくれ ていると感じました。私は井上さんの手を 軽く握りました。私たちはお互いに 支え合って生きていけばいいんです。1人 で抱え込む必要はありません。その後井上 さんは徐々に明るくなっていきました。 食事の量も増え、リハビリテーションにも 積極的に参加するようになりました。私は 井上さんの変化を見ていて、人と人との 繋がりがいかに大切かを改めて実感しまし た。ある日、私は理学療法士の山田さんと 話をする機会がありました。浜田さんは 20代後半の若い女性でいつも明るい笑顔 で入居者に接してくれます。小林さん、 最近とても調子が良さそうですね。歩行も 安定してきましたし、表情も明るくなり ました。ありがとうございます。おかげ様 でだんだん慣れてきました。山田さんは私 の様子を観察しながら言いました。小林 さんは他の入居者の方々ともよく交流され ていますね。特に井上さんとはとても良い 関係を築づいていらっしゃるようで、井上 さんは最初とても不安そうでした。私も 同じような経験をしたので少しでもお役に 立てればと思って山田さんは関心したよう な表情を浮かべました。それはとても 素晴らしいことです。実は入居者同士の 支え合いは私たちスタッフにとっても とても心強いんです。小林さんのような方 がいてくださると施設全体の雰囲気が 明るくなります。私は少し恥ずかしくなり ました。そんな大げさなことではありませ ん。ただ自分も助けてもらったから今度は 誰かを助けたいと思っただけです。でも それがとても大切なことなんです。私たち スタッフは医療や介護の専門知識はあり ますが、入居者の皆さんの気持ちを完全に 理解することは難しい時があります。同じ 立場の方からの支えは私たちには提供でき ない特別なものがあるんです。山田さんの 言葉を聞いて私は自分の役割について考え ました。私がここでできることはただ サービスを受けるだけではないのかもしれ ません。他の人を支えることで私自身も 支えられているのです。その日の夕方私は 日記を書きました。ここに来てから毎日の 出来事や感じたことを記録するようになっ ていました。 山田さんとお話しして自分の存在意義に ついて考えました。井上さんを支えること で私も支えられていることに気づきました 。1人で生きていた時は誰かの役に立って いるという実感がありませんでした。でも ここでは違います。小さなことでも誰かの ためにできることがあります。 それが私にとって新しい生きがいになって いるのかもしれません。日記をかき終えて 私は窓の外を眺めました。夕日が雲の間 から差し込んで廊下をオレンジ色に染めて いました。遠くから夕食の準備をする厨房 の音が聞こえてきます。食堂に向かう途中 、私は井上さんと出会いました。井上さん は以前よりもずっと表情が明るくなってい ました。小林さん、今日のリハビりで歩行 機なしで10歩歩けたんです。それは 素晴らしいですね。私は心から嬉しくなり ました。浜田さんがこのペースで回復すれ ば介護度が下がるかもしれないと おっしゃっていました。それは良い ニュースですね。でもちょっと寂しくも ありますね。井上さんは私の顔を見つめ ました。小林さん、もし私の介護度が 下がってここを出ることになったとしても 、私は小林さんのことを忘れません。小林 さんがいてくださったから、私はここで 新しい人生を始めることができました。私 は井上さんの手を握りました。私も井上 さんと出会えて本当に良かったです。日上 さんを支えることで私も多くのことを学び ました。その夜私は眠る前に天井を見上げ ながら考えました。人生には思いがけない 天気が訪れるものです。私は1人で孤独に 暮らしていた時、まさかこんな場所で 新しい友情を築づき、誰かの支えになる ことができるとは思っていませんでした。 確かにここでの生活は制約が多く もありません。食事の時間も決まっている し、自由に外出することもできません。で もその代わりに得られるものもあるのです 。安心感、そして何より人との繋がりです 。翌朝、私は井上さんと一緒に朝の散歩し ました。施設の周りには小さな公園があり 、季節の花が植えられていました。小林 さん、私息子に手紙を描こうと思うんです 。 どんな内容の手紙ですか?最初は恨み事を 書こうと思っていました。でも今は違い ます。ここでの生活や小林さんとの出会い について書きたいんです。息子に心配を かけたくないし、私が元気にやっている ことを伝えたいんです。それは良い アイデアですね。きっと息子さんも安心さ れるでしょう。井上さんは空を見上げまし た。小林さんのおかげで私は新しい自分を 見つけることができました。年を取って からでも人は変われるんですね。私も同じ です。ここに来るまで私は自分のことしか 考えていませんでした。でも井上さんと 出会って誰かを支えることの喜びを知り ました。その日の午後、私は図書コーナー で本を読んでいました。そこに介護師の 佐藤さんがやってきました。佐藤さんは 30代の男性でいつも穏やかな口調で話し てくれます。小林さんいつもありがとう ございます。何をでしょうか?私は本から 顔をあげました。井上さんのことです。 最初は本当に心配だったんです。食事も ほとんど取らないし、誰とも話そうとし ないし。でも小林さんが声をかけて くださってから見違えるように明るくなり ました。私はただ自分の経験をお話しした だけです。いえいえ、そんな簡単なことで はありません。私たちスタッフは技術的な サポートはできますが、心の支えになる ことは難しい時があります。同じ立場の方 からの言葉には特別な力があるんです。 佐藤さんの言葉を聞いて、私は改めて自分 の役割について考えました。私は単なる 介護を受ける側ではなく、この小さな コミュニティの一員として何か貢献できる ことがあるのです。その夜、私は井上さん と一緒に電話室でテレビを見ていました。 ニュース番組で高齢化社会の問題が 取り上げられていました。少子高齢化が 進む中、介護施設の不足が深刻な問題と なっています。多くの高齢者が入勝待ち 続けている状況です。井上さんが小さく ため息をつきました。私たちは恵まれて いるんですね。そうですね。ここに入る ことができただけでも本当に幸運だったと 思います。でも最初は恵まれているなんて 思えませんでした。むしろ人生の終わりだ と感じていました。私も同じでした。でも 今は違います。ここは終わりの場所では なく新しい始まりの場所なのかもしれませ ん。 さんは私の顔を見つめました。小林さんと 話しているといつも前向きな気持ちになり ます。どうしてそんなに強くいられるん ですか?強いなんてとんでもありません。 私も不安で眠れない夜がたくさんありまし た。でも1人で抱え込んでいても何も 変わりません。あったら少しでも良い方向 に考えてみようと思ったんです。その夜私 はベッドの中で天井を見上げながらこれ までの人生を振り返りました。夫と過ごし た幸せな時間、1人になってからの寂しさ 、そしてここでの新しい出会い。人生は 本当に予測不可能です。でもその予測不 可能さの中にも必ず何か良いことが隠れて いるのかもしれません。井上さんとの 出会いがそうでした。私は1人の女性を 支えることで自分自身も支えられました。 翌朝私は早めに起きて屋上庭園に向かい ました。朝の新鮮な空気を吸いながら遠く の山々を眺めました。春の訪れと共に私の 心にも新しい季節が来ていることを感じ ました。そこに井上さんがやってきました 。小林さんおはようございます。今朝は 早いですね。おはようございます。朝の 空気がとても気持ちよくてつい早く起きて しまいました。私も眠れなくてでも不安で 眠れないのではなくなんだかワクワクして 眠れなかったんです。ワクワクですか? はい。今日はどんな1日になるのかなって 楽しみになってしまって、以前は毎日が 同じことの繰り返しで特に楽しみもあり ませんでした。でもここに来てから小さな 楽しみを見つけられるようになりました。 それは素晴らしいことですね。私も同じ です。毎日新しい発見があります。私たち は2人で朝日を眺めながら静かに微笑み ました。この瞬間私は完全に満足してい ました。確かにここでの生活は理想的では ないかもしれません。でも人とのつがりと 誰かの役に立てているという実感が私に 新しい生きがいを与えてくれていました。 これが私の新しい人生の始まりでした。 1人の孤独な老女から誰かを支え、誰かに 支えられるコミュニティの一員への変化。 それは私が想像していたよりもずっと豊か で意味のある変化でした。井上さんとの 友情が深まっていくにつれて私の施設での 生活はより充実したものになっていました 。しかしこの平穏な日々はある出来事に よって大きく揺らぐことになりました。6 月の初旬入り 前の虫暑い日のことでした。私は井上さん と一緒に弾話室でパズルをしていました。 井上さんのリハビリは順調に進んでいて 歩行機を使えば1人で歩けるまでに回復し ていました。そこに以前から顔見知りだっ た間えみさんがやってきました。 さんは私より少し年下でいつも上品な物の 女性でした。しかしその日の間さんはいつ もと様子が違っていました。小林さん、 井上さんお疲れ様です。あ田さんの声には 何か複雑な感情が込められていました。 さん、どうかなさいましたか?いつもと 様子が違うようですが、実は皆さんにお 話ししておきたいことがあるんです。相田 さんは椅子に座りながら言いました。ケア マネージャーから在宅復帰を検討しては どうかと提案されました。井上さんと私は 顔を見合わせました。それは素晴らしい ことではありませんか?ええ、確かにそう なんです。でも正直なところ複雑な気持ち なんです。間さんは窓の外を見つめながら 続けました。私がここに来たのは2年前 でした。夫をなくして1人になり、階段 から転落して大体骨を骨折したんです。 その時は妖怪後さんでした。1人で生活 することが困難になって仕方なくここに 入所したんです。私たちは静かに間田さん の話に耳を傾けました。最初は本当に 辛かったです。自分の家を離れ、慣れない 環境で知らない人たちと共同生活をする なんて。でもだんだん慣れてきてここでの 生活も悪くないと思えるようになりました 。規則正しい生活、栄養バランスの取れた 食事、そして何より理学療法のおかげで 体調がとても良くなったんです。それで 介護度が下がったということですね。はい 。妖怪後にまで改善しました。歩行も安定 してきたし、日常生活もほぼ自立できる ようになりました。客観的に見れば 喜ばしいことなんでしょうね。でも何か 不安があるんですね。間田さんは深い ため息をつきました。ここを出てまた1人 の生活に戻ることが怖いんです。夜中に 体調が悪くなったらどうしよう。 してしまったらどうしよう。そんなこと ばかり考えてしまいます。私は間さんの 気持ちがよくわかりました。安心できる 環境を離れることの不安。再び孤独と 向き合うことの恐怖。それはここに来る前 の私自身が抱いていた感情でもありました 。でも間さん在宅復帰と言っても完全に 1人になるわけではないんでしょう。そう ですね。訪問介護サービスや通介護を利用 する予定です。週に何回かは外部の サポートも受けられます。頭で割り返して いるんですが気持ちがついていかないん です。井上さんが静かに言いました。 私もいつかはそんな日が来るかもしれませ ん。体調が良くなることは嬉しいけれど、 ここを離れることを考えるとやっぱり不安 になります。その日から間田さんの卒業に ついて私たちは何度も話し合いました。 ケアマネージャーや家族との面談も重ね られ、在宅復帰に向けた準備が進められて いきました。1週間後、間田さんの相別会 が開かれました。食堂に入居者とスタッフ が集まり、感祖ですが温かい雰囲気の会 でした。間田さんは皆の前で挨拶をしまし た。皆さん長い間お世話になりました。 最初は不安で仕方ありませんでしたが、皆 さんのおかげでここでの2年間は私にとっ てかけ替えのない時間となりました。間 さんの声は少し震えていました。特に小林 さん、井上さんには本当にお世話になり ました。皆さんとの出会いがなければ私は ここまで回復することはできませんでした 。私は立ち上がって言いました。間さん、 私たちこそあなたから多くのことを学ばせ ていただきました。きっと在宅でも元気に 過ごされることと思います。何かあったら いつでもお顔を見せに来てくださいね。 翌朝、あ田さんは息子さんの車で施設を後 にしました。玄関まで見送りに出た私たち は車が見えなくなるまで手を振り続けまし た。間さんがいなくなってからダはなんと なく静かになりました。彼女の明るい 笑い声が聞こえなくなって、私は改めて人 との別れの寂しさを感じました。井上さん が私の隣に座っていました。相田さん元気 にやっているでしょうか?きっと大丈夫 ですよ。あの方は真の強い人ですから。で も正直言うと私もいつか同じような状況に なるかもしれないと思うと複雑な気持ちに なります。私も同じです。回復することは 良いことなのになぜかすっきりしない 気持ちになってしまいます。そんな時 私たちとは対象的な出来事が起こりました 。3日後の朝救急車のサイレンが施設に 響きは立ったのです。私は急いで廊下に 出ると医療スタッフが泡く動き回っている のが見えました。ストレッチャーに載せ られているのは私と同じ4階に住む王の たおさんでした。大野さんは82歳の男性 でいつも1人で静かに過ごしている方でし た。看護師の田中さんは私たちのところに やってきました。大野さんが夜中に発熱さ れて意識レベルも下がってきているので 病院に反送することになりました。 私たちは心配層に救急車を見送りました。 大野さんの容大が気になって、その日は 落ち着かない気持ちで過ごしました。1 週間が過ぎても大野さんは戻ってきません でした。看護師さんに状況を尋ねると重得 な肺炎と診断され、人口呼吸機が必要な 状態だということでした。さらに2週間後 、私は施設の松本さんから呼び出されまし た。松本さんは50代の女性でいつも 穏やかで丁寧な対応をしてくれる方でした 。小林さん実は大野さんについてお話が あります。松本さんの表情は重いものでし た。野さんの容態はいかがですか?残念 ながら領情は思わしくありません。肺炎が 重症化し、景官栄養と人口呼吸機管理が 必要な状態が続いています。それは大変 ですね。こちらに戻られる見込みはあるの でしょうか?松本さんは困ったような表情 を浮かべました。申し上げにくいことなの ですが、大野さんの現在の状態では当説で の受け入れは困難です。継続的な医療ケア が必要で私たちの看護体制では安全を確保 できません。私は息を飲みました。それで は大野さんはどうなるのですか?ご家族と 相談して医療体制の整った他の施設への 転職を検討しています。または医療療用型 の病院での長期入院ということになるかも しれません。私は言葉を失いました。野 さんは私たちと同じようにここで最後を 迎えることを望んでいたはずです。でも 病気が重くなった途端ここにいることが できなくなってしまうのです。松本さんは 私の心境を察したのか静かに続けました。 小林さん、私たちも大野さんに最後まで ここにいていただきたいのは山々山々です 。でも特別用語人ホームは医療機関では ありません。高度な医療処置が必要になっ た場合、利用者の安全を最優先に考え なければならないのです。見取りまで対応 してくださるのではなかったのでしょうか 。はい。確かにそう約束しています。でも それは私たちの能力の範囲内でのことなの です。申し訳ありませんが、全ての医療的 ケアに対応できるわけではないということ をご理解いただきたいのです。私は松本 さんの説明を聞きながら胸の奥で何かが 崩れていくのを感じました。1人までの ケアという言葉に私は絶対的な安心感を 抱いていました。でもそれには条件があっ たのです。その夜私は眠れずにベッドの中 で考え続けました。間田さんとさん2人の 対象的な運命。1人は健康を回復して卒業 という名の利別をよぎなくされ、もう1人 は病気の悪化によって対象しいられる。 どちらも本人の意思とは関係なく起こった ことでした。そしてどちらも完全に幸せな 結末ではありませんでした。翌朝私は井上 さんにこのことを話しました。日上さんも 深いショックを受けているようでした。 つまりここは本当の意味での追いの住では ないということですね。そういうことに なりますね。回復しすぎても領気が重く なりすぎてもここにはいられなくなる。 私たちはしばらく黙っていました。現実の 厳しさが改めて私たちの前に立ちかってい ました。でも小林さん、それでも私たちは ここにいます。今この瞬間を大切に生きる しかないのではないでしょうか。井上さん の言葉に私は少し救われました。確かに 未来のことを心配しすぎて今を台無しにし てしまっては意味がありません。その日の 午後私は1人で屋上庭園に向かいました。 夏の暑い日差しが容赦なくていましたが 小影には心地よい風が吹いていました。 そこで私は自分なりの結論に至りました。 完璧な場所などこの世にはないのです。 どこにいても何らかの制約や限界があり ます。大切なのはその制約の中でいかに 充実した時間を過ごすかということです。 間さんは回復という素晴らしい結果を得 ましたが同時に慣れ下しんだ環境を離れる 不安も抱えました。野さんは病気によって 思いがけない天気を迎えましたが、それも 人生の一部なのです。私にできることは 与えられた環境の中でできる限り有意義に 過ごすことです。そしていつ何が起こって も後悔しないよう に生きることです。夕方食堂で夕食を取っ ていると新しい入居者が案内されてきまし た。70代後半と思われる男性で車椅子に 座って周りをキョロキョロと見回してい ました。私は思い切って声をかけました。 初めまして小林と申します。今日から こちらにいらっしゃるのですか?はい。村 と申します。今日からお世話になります。 田村さんの声は小さく不安そうでした。私 は間田さんや大野さんとの別れで複雑な 気持ちを抱いていましたが、この新しい 出会いに希望を感じました。人の出入りが あることは悲しいことでもありますが、 同時に新しい出会いをもたらしてくれる ことでもあるのです。 私は田村さんに最初の頃の自分や井上さん の姿を重ねてみていました。田村さん最初 は戸惑うこともあるかと思いますが、何か 分からないことがあれば遠慮なく声をかけ てください。ありがとうございます。 よろしくお願いします。その夜私は日記を 書きました。今日大野さんの件で施設の 限界について知りました。また新しい入居 者の田村さんとも出会いました。人生は 本当に予測がつきません。でもだからこそ 今この瞬間を大切にしなければならないの だと思います。 さんの卒業も大野さんの転職も全て人生の 一部です。私にできることは今ここにいる 人たちと精一杯関わっていくことです。 日記を書き終えて私は窓の外を見ました。 夜空には星がキめいていてとても美しく 見えました。翌朝、私は田村さんのところ へ行きました。田村さんは食事をほとんど 口にしていませんでした。田村さん、お 食事が進んでいないようですが、体調は いかがですか?実はあまり眠れなくて、 夜中にいろんな音がして落ち着かないん です。よくわかります。私も最初はそう でした。でもだんだん慣れてきますよ。 それに夜中に何かあっても看護師さんが いらっしゃるので安心です。本当ですか? 田村さんの顔に少しアンドの表情が浮かび ました。私は田村さんに施設での生活に ついて詳しく説明しました。食事の時間、 リハビリのスケジュール、入浴の曜日、 そして何より困った時は遠慮なくスタッフ に相談できることを伝えました。その日 から私は田村さんの相談相手になりました 。間さんとの別れで少し落ち込んでいた私 にとって田村さんのサポートは新しい 生がいとなりました。1週間後、井上さん が私のところにやってきました。小林さん ケアマネージャーから呼び出されました。 どのようなお話でしたか?介護度の再評価 についてです。リハビリの成果で妖怪に 下がる可能性があるそうです。私は複雑な 気持ちになりました。日上さんの回復は 喜ばしいことですが、同時に間田さんと 同じような状況になる可能性もあるという ことです。井上さんはどう思われますか? 正直怖いです。でも小林さんがいて くださったおかげでここでの生活を 楽しめるようになりました。もし本当に 対処することになってもここで学んだこと を大切にして新しい生活を頑張ろうと思い ます。井上さんの前向きな言葉に私は感動 しました。人は困難な状況でも成長し変化 することができるのです。その夜私は1人 で弾話室に座っていました。この数週間で 起こった様々な出来事を振り返りながら 人生の不確実性について考えていました。 そこに田村さんがやってきました。小林 さん1人でいらっしゃるんですね。田村 さんも眠れませんか?ええ、でも不安で 眠れないのではなく考え事をしていて眠れ ないんです。どのようなことを考えて いらっしゃるのですか?この1週間で小林 さんや井上さん、スタッフの皆さんに親切 にしていただいてここでの生活も悪くない なと思えるようになりました。でも同時に いつまでここにいられるのかも分からない ということも理解しました。田村さんは 賢い方でした。私たちの会話を聞いて施設 の現実について盛り返していたのです。で もそれでも良いんです。今この瞬間に感謝 して生きていこうと思います。田村さんの 言葉は私の心に深く響きました。私は田村 さんの手を軽く握りました。その通りです ね。私たちにできることは今を精一杯 生きることです。そしてお互いに支え合っ ていくことです。その瞬間私は完全に理解 しました。施設での生活の真実を。それは 永続性への保証ではなく、今この瞬間の 安心と人とのつがりなのです。未来への 不安は消えませんが、今ここにある幸せを 大切にすることでそれらの不安に 立ち向かっていけるのです。間さんの卒業 も大野さんの転職も、そして井上さんの 可能性のある対処も全て人生の一部として 受け入れなければなりません。大切なのは その瞬間瞬間にできる限りの愛と思いやり を込めて生きることなのです。大野さんの 転職から1ヶ月が経ちました。私は施設の 現実について深く考える日々を過ごしてい ました。表面的には平穏な毎日でしたが、 心の奥底では何かが変化していることを 感じていました。ある虫暑い7月の午後、 私は廊下を歩いていて、偶然にモスタッフ ルームのドアが少し開いているのに気づき ました。中から聞こえてくる会話に私は足 を止めました。東の4階、まだ新しい入居 者を受け入れられない状況が続いています 。課金の人数を考えるとこれ以上は本当に 厳しくて主任の声でした。続いて若い介護 士の声が聞こえました。でも大キリストに はまだ100人以上の方が家族からの 問い合わせも毎日のようにあって心苦しい です。人手不足なんです。囚人を出しても なかなか応募がない。この仕事は本当に 大変だから続けられる人が少なくて私は 静かにその場を離れました。胸の奥で何か が動いているのを感じました。人で不足。 ニュースで聞いたことはありましたが現実 がこれほど深刻だったとは思いませんでし た。ているベッドがあってもそれを埋める ことができない。私たちが安心して 暮らせるのは限られた人数のスタッフが 最低限の安全を守るために必死に働いて くれているからなのです。その夜私は眠れ ずに天井を見つめていました。隣のベッド の田中さんのいびきが響いていましたが、 もうそれに腹を立てることはありません でした。むしろ夜中にこの音を確認し ながら見回りをしてくれている夜勤の スタッフのことを思いました。翌朝、私は いつもより早く起きて食堂に向かいました 。まだ朝食の準備中で厨房からは忙しそう な音が聞こえてきました。そこで早朝勤務 の介護士の鈴木さんが1人で100人分 近くの朝食の配善準備をしているのを 見かけました。鈴木さんは20代後半の 女性でいつも明るい笑顔で接してくれます 。でもその朝彼女の表情には疲れがにみ出 ていました。それでも入居者が起き始める といつもの優しい笑顔に戻っていました。 おはようございます。小林さん。今日も 早いですね。おはようございます。鈴木 さんもいつもお疲れ様です。いえいえ、私 の仕事ですから。鈴木さんはそう言って 笑いましたが、その笑顔の裏に隠された 努力を私は初めて深く理解しました。朝食 が始まると私は今まで見えていなかった 現実を間の当たりにしました。約100人 の入居者のほとんどが何らかの食事解除 必要としています。立して食べられる人は 私を含めて10数人だけでした。鈴木さん ともう1人の介護士の山口さんが次から次 へと食事解除に回っていきます。1人1人 に声をかけ、ペースに合わせ縁 しないよう最新の注意を払いながら 私は自分の食事を急いで済ませ近くの テーブルで困っている車椅子の佐々木さん のところに行きました。佐々木さん、お 醤油をお取りしましょうか?ああ、 ありがとう。佐々木さんは嬉しそうに 微笑みました。そんな私の行動に気づいた 鈴木さんが感謝の表情を浮かべ定釈して くれました。その瞬間私は自分にもできる ことがあることに気づきました。その日 から私は食事の時間に自分にできる小さな 手伝いを始めました。商用を取ってあげる 。ナプキンを渡す。車椅子の位置を直して あげる。本当に小さなことでしたが スタッフの負担を少しでも軽くできればと 思いました。数日後、私は廊下で夜勤の 介護士の高橋さんと出会いました。高橋 さんは40代の男性で夜間の見回りをして いました。小林さん夜遅くまで起きて いらっしゃるんですね。少し眠れなくて 高橋さんはいつも夜勤なんですか?週に3 回ほどです。夜間は人数が少ないので1人 で担当する入居者の数が多くなります。 どのくらいの方を担当されるんですか? この回だけで30人ほどです。の介護士と 合わせて建物全体では100人近くの方を 夜間は3人で見ています。私は驚きました 。3人で100人近くの高齢者を余同し 見守る。その責任の重さを想像すると言葉 が出ませんでした。大変なお仕事ですね。 確かに大変ですが、皆さんが安心して 眠れるよう精一杯やらせていただいてい ます。高橋さんの言葉にはプロとしての 誇りが感じられました。その夜私は自分が これまでいかに恵まれていたかを実感し ました。夜中に体調が悪くなってもすぐに 駆けつけてくれる人がいる。戦闘の心配 なく安心して眠れる。1人暮らしの時には 決してられなかった安心感でした。翌朝、 私は看護師の田中さんに話しかけました。 田中さんは50代のベテラン看護師で医療 面での相談はいつも彼女にお願いしてい ました。田中さんいつもありがとうござい ます。皆さんが夜中も見守ってくださって いるおかげで安心して眠ることができます 。小林さん、そんな風に行っていただけて 嬉しいです。でも申し訳ないことに私たち にも限界があります。田中さんの表情が 少し曇もりました。高度な医療処置が必要 になった場合 の対応はできません。大野さんの件もそう でしたが私たちは医療機関ではないので できることとできないことがあります。私 はその言葉の重みを理解しました。限られ た人数のスタッフが100人近くの高齢者 の命を預かっている。その責任と圧は想像 を絶するものがあるでしょう。でも田中 さんたちが精一杯やってくださっている ことはよくわかります。私たちもできる 限り協力したいと思います。田中さんは 驚いたような顔をしました。協力ですか? はい。自分でできることは自分でやる。 スタッフの皆さんに感謝の気持ちを伝える 。困っている他の入居者がいたら声を かける。小さなことですが、私にもできる ことがあると思います。田中さんの目に涙 が浮かんでいました。小林さん、 ありがとうございます。実は入居者の方 からそんな風に行っていただけることは 私たちにとって何よりの励みになります。 その日の午後私は井上さんと田村さんと 一緒に弾話室でお茶を飲んでいました。私 は2人に最近気づいたことを話しました。 私たちこれまでサービスを受ける側として しか考えていませんでしたが、少しは貢献 できることもあるのではないでしょうか。 井上さんが興味深層に聞きました。どの ようなことですか?例えば食事の時に近く で困っている人がいたら手伝う。新しく 入居された方に声をかける。感謝の気持ち をきちんと伝える 小さなことですが、みんなでやれば大きな 力になると思います。田村さんも賛成して くれました。確かにお世話になるばかりで はなく自分たちにもできることがあります ね。その日から私たち3人は小さな ボランティア活動を始めました。食事の 時間にはお互いに助け合い、困っている他 の入居者にも声をかけました。スタッフの 皆さんには積極的に感謝の言葉を伝える ようにしました。1週間後、主人の松井 さんは私たちのところにやってきました。 さんは40代の女性でいつも忙しそうにし ていますが入居者1人1人のことをよく 覚えてくれています。小林さん、井上さん 、田村さん、最近皆さん型の入居者の方々 を気にかけてくださっているとスタッフ から聞いています。私たちは少し照れ臭く なりました。大したことはしていません。 ただ皆さんがいつも私たちのために頑張っ てくださっているので少しでもお役に 立てればと思って松井さんは深く頭を下げ ました。ありがとうございます。実は入居 者の皆さん同士が助け合ってくださること で施設全体の雰囲気がとても良くなってい ます。スタッフも皆さんからの感謝の言葉 に励まされています。それを聞いて私は胸 が熱くなりました。私たちにもこの小さな コミュニティの一員として貢献できること があったのです。その夜私は息子に電話を かけました。久しぶりの電話でした。 お母さん元気にしてる。声を聞いて安心し ました。こちらこそ元気にしています。実 は話したいことがあって電話しました。 息子は心配そうに聞きました。何かあった のは悪いことではありません。むしろ良い ことです。私は息子に最近の施設での生活 、スタッフの皆さんの大変さ、そして自分 たちにもできることがあることに気づいた ことを話しました。最初はお世話になる だけの場所だと思っていました。でも違っ たんです。ここは小さなコミュニティで 私たちも貢献できることがあります。息子 は静かに聞いていました。そして少し感動 したような声で言いました。お母さん すごいね。その年になってもまだ人の役に 立とうと思えるなんて。私は少し 恥ずかしくなりました。大げさなことでは ありません。ただ感謝の気持ちを忘れずに 痛いだけです。でもそれが1番大切なこと かもしれないね。お母さんがそんな風に 過ごしているなら僕も安心です。電話を 切った後、私は窓の外を眺めました。夏の 夕日が雲の間から差し込んで廊下を オレンジ色に染めていました。翌朝、私は 早めに起きて屋上庭園に向かいました。 朝の涼しい空気が心地よく遠くの山々が くっきりと見えました。そこに高橋さんが 夜勤明けで疲れた様子でやってきました。 高橋さんお疲れ様でした。夜勤大変でした でしょう。高橋さんは少し驚いたような顔 をしました。小林さんありがとうござい ます。 そんな風に声をかけていただけると疲れも 吹き飛びます。私は高橋さんに朝の新鮮な 空気を一緒にすいませんかと提案しました 。高橋さんは嬉しそうに隣に座りました。 実は最近とても嬉しいことがあります。 高橋さんが話し始めました。どのような ことですか?入居者の皆さんが私たち スタッフに感謝の言葉をかけてくださる ことが増えました。特に小林さんや井上 さん、田村さんはいつも温かい言葉をかけ てくださって、私は嬉しくなりました。 それは良かったです。この仕事を初めて5 年になりますが、正直言って辛いことも 多いんです。給料もそれほど高くないし、 体力的にもきつい。でも皆さんからの感謝 の言葉が何よりの支えになっています。 高橋さんの言葉を聞いて、私は改めて言葉 の力を実感しました。感謝を伝えることで 相手を励ますことができる。そしてそれが 巡り巡ってより良いケアにつがっていくの です。その日の職、私は新しい発見をし ました。厨房から食事を運んでくる配善 スタッフの佐藤さんが1人1人の好みを 覚えて声をかけながら配善してくれていた のです。小林さん、今日のお魚少し多めに お取りしました。いつも残さず食べて くださってありがとうございます。私は 感動しました。100人近くの入居者の 好みを覚えて1人1人に合わせた配慮をし てくれている。これほどさやかな心遣いを 受けているとは思いませんでした。佐藤 さん、いつもありがとうございます。 おかげ様で毎日の食事が楽しみです。佐藤 さんは嬉しそうに微笑みました。そう言っ ていただけると私たちも嬉しいです。その 日の午後私は理学療法士の山田さんと リハビりをしていました。山田さんは私の 体調の変化を細かくチェックしながら無理 のない範囲でのトレーニングメニューを 組んでくれています。小林さん、最近 とても調子が良いですね。歩行も安定して いますし、バランス感覚も改善されてい ます。ありがとうございます。山田さんの おかげです。いえいえ、小林さんが積極的 に取り組んでくださっているからです。 それに最近は精神的にもとても安定して いらっしゃるように見えます。確かに心が 落ち着いています。ここでの生活になれた ということもありますが、自分にも役割が あることが分かって生きがいを感じてい ます。山田さんは興味部に聞きました。 役割ですか?はい。他の入居者の方々を 支えたり、スタッフの皆さんに感謝を伝え たり小さなことですが誰かのためになって いることが実感できます。山田さんは深く 頷きました。それは素晴らしいことです。 実は生きがいを持つことは身体機能の維持 にも大きく関わっているんです。小林さん の前向きな気持ちが身体の調子にも良い 影響を与えているのだと思います。その夜 私は日記を書きました。最近この施設で 働く皆さんの大変さを知りました。限られ た人数で100人近くの高齢者の命を 預かる責任。それは想像以上に重いもの でした。でも同時に私たちにもできること があることもわかりました。感謝を伝える こと、お互いに支え合うこと、自分で できることは自分でやること。それらは 小さなことかもしれませんが、積み重なれ ば大きな力になります。私はもう単なる サービスの受益者ではありません。この 小さなコミュニティの一員として貢献する 存在なのです。それが私の新しいアイデ機 であり、生きがいなのです。日記を 書き終えて私は満足感に包まれました。 夜勤のスタッフが見回りに来てくれること を知っているので、今夜も安心して眠る ことができます。翌朝、私は井上さん、 田村さんと一緒に朝の散歩しました。施設 の周りの小道を歩きながら私たちは今後の 活動について話し合いました。 もっと多くの入居者の方々に私たちの活動 に参加してもらえないでしょうか?井上 さんが提案しました。良いアイデアですね 。でも無理事はしないで自然に広がって いけばいいと思います。田村さんも賛成し てくれました。まずは私たち自身が手本を 示すことが大切ですね。 私は2人の提案に感動しました。私たちの 小さな活動が徐々に施設全体に良い影響を 与え始めているのです。散歩から戻ると 新しい入居者が到着していました。70代 前半の女性で不安層な表情を浮かべてい ました。私は迷わず声をかけました。 まして小林と申します。今日からこちらに いらっしゃるのですね。はい、宮本と申し ます。よろしくお願いします。宮本さんの 声は震えていました。私は以前の自分や 井上さんの姿を思い出しました。宮本さん 最初は戸惑うことも多いかと思いますが、 ここには優しいスタッフの方々が いらっしゃいますし、私たちもいつでもお 手伝いします。本当ですか?宮本さんの 表情が少し柔らぎました。井上さんと田村 さんも加わって私たちは宮本さんを温かく 迎えました。新しい人を支えることで 私たち自身もさらに成長していることを 感じました。その日の夕方、私は1人で 施設の廊下を歩いていました。夕日が窓 から差し込んで廊下を黄金食に染めてい ました。スタッフの皆さんが忙しそうに 働いている姿、入居者同士が支え合って いる光景。その全てが美しく見えました。 私は深く感謝しました。この場所に来る ことができて、新しい人生を始めることが できて、そして何より自分にも価値がある ことを再発見できて、ここは完璧な場所で はありません。 制約もあるし、限界もあります。でもその 中で人々が精一杯生きている。支え合い、 感謝し合い、共に成長している。それが私 が見つけた新しい人生の意味でした。あれ から3年が経ちました。私がここに入居し てからもう3年と4ヶ月になります。 振り返ってみるとこの期間は私の人生で 最も充実した時間だったかもしれません。 季節は再び秋を迎えていました。屋上庭園 の木々は美しく色づき、涼しい風がほを 撫でていきます。私は毎朝この庭園で深 呼吸をすることから1日を始めるように なっていました。隣のベッドの田中さんの いびきは今では私にとって安らかな小歌の ようになっていました。同質の音に悩まさ れることもなくなり、むしろ誰かがそばに いてくれる安心感を与えてくれていました 。施設の食事も今では毎日の小さな楽しみ の1つとなっていました。この3年間で私 は多くの別れと出会いを経験しました。間 さんのような希望に満ちた卒業もあれば 大野さんのような良きせぬもありました。 そして井上さんも2年前に介護が改善し、 在宅復帰を果たしました。井上さんが去る 日、私たちは屋上庭園で最後の時間を 過ごしました。 小林さん、あなたと出会えて本当に良かっ たです。あなたがいてくださったから、私 はここで新しい自分を見つけることができ ました。井上さんの目には涙が浮かんでい ました。私も同じでした。私の方こそ井上 さんのおかげで人を支えることの喜びを 知ることができました。 でもここで学んだことを大切にして ください。井上さんは力強く頷きました。 きっと頑張ります。そして時々はお店に 伺います。井上さんは約束通り月に1度は 施設を訪れてくれています。元気そうな顔 を見るたびに私は心から嬉しくなります。 田村さんも1年前に卒業されましたが、 やはり定期的に顔を見せてくれます。宮本 さんは今も私と同じ施設にいて、私たちの 小さな支援活動の中心メンバーの1人に なっています。この3年間で私は自分なり の役割を見つけることができました。 新しく入居される方々の相談相手になる ことです。最初の不安や戸惑いを理解し、 少しでも早く環境に慣れていただけるよう お手伝いをしています。今朝も昨日入居さ れたばかりの加藤さんという男性のところ を訪れました。父さんは75歳で奥様を 半年前になくされて1人暮らしが困難に なったということでした。おはようござい ます。加藤さん。昨夜はよく眠れましたか ?加藤さんは疲れた表情で振り返りました 。正直なところあまり眠れませんでした。 慣れない環境で落ち着かなくてよくわかり ます。私も最初はそうでした。でも だんだん慣れてきますから心配なさらない でください。本当でしょうか?私は加藤 さんの隣に座りました。私がここに来たの は3年前でした。その時もあなたと同じ ように不安で仕方ありませんでした。でも 今では心から安心して暮らしています。 加藤さんの表情が少し柔らぎました。どう やって慣れて行かれたんですか?時間を かけて少しずつです。そしてここにいる皆 さんが支えてくれました。スタッフの方々 はとても親切ですし、他の入居者の方々も 温かい人ばかりです。私は加藤さんに施設 での生活について詳しく説明しました。 食事の時間、リハビリのスケジュール、 レクリエーション活動、そして何より困っ た時はいつでも誰かに相談できることを 伝えました。その日の午後、私は看護師の 田中さんと話をしていました。田中さんと はこの3年間で深い信頼関係を気づくこと ができていました。小林さんいつも ありがとうございます。新しい入居者の 方々が小林さんがいてくださることで とても安心されているようです。私こそ皆 さんにお世話になっています。これくらい のことしかできませんが、少しでもお役に 立てれば嬉しいです。田中さんは考慨不可 に言いました。小林さんがここに来られた 最初の頃を思い出します。あの時はとても 不安層でいらっしゃいました。そうでした ね。今思えば恥ずかしいくらい不安がって いました。でも今の小林さんを見ていると 本当に生きとされています。ここが小林 さんにとって本当の意味での家になったん ですね。田中さんの言葉に私は深く共感し ました。確かにここは私にとって家になっ ていました。死の繋がった家族はいません が、日々を共に過ごす人々がいて支え合い 、理解しる関係がありました。その夜、私 は久しぶりに息子に電話をかけました。 息子も最近は忙しそうで、以前ほど頻繁に は連絡を取り合っていませんでしたが、 それは私にとって問題ではありませんでし た。むしろが自分の人生に集中できている ことを嬉しく思っていました。お母さん 元気にしてる。声を聞いて安心しました。 こちらこそ元気にしています。そちらは どうですか?忙しいけど充実してるよ。 子供たちも元気だし。それは良かった。私 もこちらで充実した毎日を送っています。 息子は興味部装に聞きました。どんな風に 過ごしているの?新しく入居される方々の お手伝いをしたり、スタッフの皆さんとお 話ししたり、毎日誰かのお役に立てること があってとても充実しています。あそこの 声に感動が込められていました。お母さん すごいね。その年になってもまだ人の役に 立とうとしているなんて。僕も見習わない と。私は息子の成長を感じて嬉しくなり ました。大げさなことではありません。 ただ毎日を大切に生きているだけです。で もそれが1番大切なことだと思う。 お母さんがそんな風に過ごしているなら僕 は安心だよ。電話を切った後、私は窓の外 を眺めました。夜空には星がキめいていて 、静寂に包まれた施設は平和そのものでし た。翌朝、私は理学療法士の山田さんと リハビりをしていました。山田さんとも この3年間で良い関係を築いてきました。 小林さんはいかがですか?おかげ様で とても調子が良いです。3年前と比べると むしろ元気になったかもしれません。浜田 さんは微笑みました。それは素晴らしい ことです。規則正しい生活と前向きな 気持ちが身体にも良い影響を与えているの でしょうね。精神的な安定が大きいと思い ます。ここではいつも誰かが見守ってくれ ているという安心感があります。山田さん は深く頷きました。阪心感は健康にとって 最も重要な要素の1つです。小林さんが それを感じられているなら、これからも 元気に過ごしていただけると思います。 その日の午後、私は宮本さんと一緒に 新しい入居者の森田さんという女性を案内 していました。森田さんは80歳で娘さん の家族と同居していましたが、介護の負担 が重くなって入居を決めたということでし た。森田さん、こちらが図書コーナーです 。静かで落ち着ける場所ですよ。 ありがとうございます。本を読むのが好き なので嬉しいです。宮本さんも笑顔で言い ました。私たちも最初は不安でしたが、今 ではここが家のように感じています。森田 さんの表情が明るくなりました。お2人が いてくださると心強いです。私は森田さん の手を軽く握りました。私たちも最初は 同じような気持ちでした。でも時間をかけ て少しずつ慣れていきます。何か困った ことがあればいつでも声をかけてください 。その夜私は日記を書きました。この3 年間の変化を振り返りながら考え深い 気持ちになりました。今日でここに来て から3年と4ヶ月になりました。この期間 で私は多くのことを学びました。最も大切 な学びは年を取っても人は成長し続ける ことができるということです。そして どんな環境にいても自分の役割を見つけ誰 かのために生きることができるということ です。確かにここでの生活は制約もあり ます。 は限られているし、自由に外出することも できません。でもその代わりに得られる ものがあります。安心感、人とのつがり、 そして何より自分の存在意義を感じられる 毎日です。私はもう1人の孤独な老女では ありません。この小さなコミュニティの 大切な一員です。新しく入居される方々の 支えとなり、スタッフの皆さんと共により 良い環境を作っていく存在です。月に 8万円の年金は変わりません。物質的な 豊かさは決して手に入りませんでした。で も心は豊かになりました。毎日誰かのため に何かができる。誰かに必要とされている 。それが私にとって最高の贅沢なのです。 日記を書き終えて私は窓の外を見ました。 夕日が雲の間から差し込んで部屋を温かな 光で満たしていました。翌朝、私は早めに 起きて屋上庭園に向かいました。朝の新鮮 な空気を吸いながら遠くの山々山々を眺め ました。季節は巡り3度目の秋がやってき ていました。そこに加藤さんがやってき ました。昨日入居されたばかりなのにもう 早起きをされているとは関心しました。 加藤さんおはようございます。早いですね 。おはようございます。実は昨夜は意外と よく眠れまして、小林さんのお話を聞いて 少し安心できました。それは良かったです 。景色も素晴らしいでしょう。はい。 こんな素敵な場所があるとは思いません でした。私たちは並んで朝日を眺めました 。新しい1日の始まりを告げる美しい光景 でした。加藤さんが静かに言いました。 小林さんありがとうございます。あなたの ような方がいてくださると本当に心強い です。私こそお役に立てて嬉しいです。 きっと加藤さんもすぐに慣れて充実した 毎日を遅れるようになりますよ。その瞬間 私は完全に満足していました。朝のしい 空気、美しい景色、そして隣にいる新しい 友人。これら全てが私の人生を豊かにして くれていました。午後私は弾話室で新聞を 読んでいました。高齢化社会に関する記事 が目に止まりました。全国で特別用語人 ホームの入所記者は依前として多く、介護 人材不足も深刻な問題として続いていると いう内容でした。記事を読みながら私は 自分がいかに恵まれているかを改めて実感 しました。 多くの人が入勝待っている中で私はここで 安心して暮らすことができています。 そしてその環境を支えてくれている スタッフの皆さんに心から感謝していまし た。夕食の時間、私はいつものように近く のテーブルで困っている入居者の方に声を かけました。小さな親切ですが、 積み重ねることで施設全体の雰囲気が良く なることをこの3年間で学んでいました。 その夜私は1人で弾話室に座っていました 。静かな時間の中でこれまでの人生を 振り返っていました。若い頃は家族のため に尽くすことが自分の役割だと思ってい ました。夫のため、息子のために毎日を 過ごしていました。夫が亡くなり、息子が 独立してからは自分の役割を見失ってい ました。でもここに来て新しい役割を 見つけることができました。年齢に関係 なく人は誰かのために生きることができる 。誰かの支えになることができる。それが 私はここで学んだ最も大切なことでした。 翌朝、私は施設の松本さんから呼び出され ました。何か問題があったのかと心配し ましたが、松本さんの表情は穏やかでした 。小林さん実はお願いがあって呼ばせて いただきました。どのようなことでしょう か?小林さんに新入居者の方々のサポート をもう少し組織的にお願いできないかと 思っています。これまでも十分にやって いただいていますが、制度として位置づけ て他の入居者の方々にも協力してもらえれ ばと考えています。私は驚きました。制度 としてですか?はい。ピアサポートという 考え方です。同じ立場の方からの支援は 私たちスタッフには提供できない特別な 価値があります。小林さんのこれまでの 活動を見ていてそれを強く感じました。私 は光栄に思いました。喜んでお手伝いさせ ていただきます。 ありがとうございます。もちろん無理の ない範囲で結構です。小林さんのペースで できることをしていただければ、その日 から私は正式に新入居者のサポート役を 務めることになりました。これまでと 大きく変わることはありませんでしたが、 自分の活動が認められたことでより一層 やりがいを感じるようになりました。秋が 深まった頃、私は屋上庭園で夕日を眺めて いました。空は美しいオレンジ色に染まり 、遠くの山々がシルエットとなって 浮かび上がっていました。宮本さんが隣に やってきました。素晴らしい夕日ですね。 本当に美しいですね。毎日違った表情を 見せてくれるから飽きることがありません 。宮本さんは考慨不可そうに言いました。 小林さんと出会えて本当に良かったです。 あなたがいてくださったから私もここで 新しい人生を始めることができました。私 も同じです。宮本さんやこれまで出会った 皆さんのおかげで私は充実した毎日を送る ことができています。私たちは静かに夕日 を眺めました。この瞬間の美しさ、平和な 気持ち。として隣にいる友人の存在。これ ら全てが私の人生を豊かにしてくれてい ました。その夜私は最後の日記を書きまし た。私はかつて特別用語人ホームは人生の 執着駅だと思っていました。人々がただ 孤独の中で終わりを待つだけの場所だと。 でも私は間違っていました。ここは終わり の場所ではなく、新しい人生の舞台が開か れる場所でした。新しい人間関係を学び、 新しい自分を発見する場所でした。確かに 全ての特別用語人ホームが理想的な場所と いうわけではないでしょう。でも私は自分 の経験がこれから同じような道を考えて いる誰かの少しでも参考になればと願って います。最後にこの物語を最後まで聞いて くださった皆様に心から感謝申し上げます 。1人の老女の小さな物語でしたが、何か 感じていただけるものがあったでしょうか ?皆様の人生がいつも平和で温かいもので ありますように。窓の外では秋の夜風が 静かに吹いていました。私は深い満足感に 包まれながら安らかな眠りに着きました。 明日もまた新しい1日が始まります。誰か のために、自分のために精一杯生きて いこうと思いながら これが私の新しい人生でした。1人の孤独 な老女から誰かを支え、誰かに支えられる コミュニティの大切な一員への変化。それ は私が想像していたよりもずっと豊かで 意味深い変化でした。本当の豊かさとは 物質的なものではありません。温かい人と の繋がりの中でお互いを思いやり感謝し 支え合いながら生きることです。限られた 条件の中でもそんな豊かさを見つけること ができる。それが私がここで学んだ人生で 最も大切な真実でした。ご視聴いただき 本当にありがとうございました。この物語 が皆様の心に響いたなら是非いいねボタン を押してチャンネル登録もお願いします。 また次回の物語でお会いできることを 楽しみにしています。皆様の毎日が愛と 希望に満ちたものでありますように。
78歳の小林文子さんは、一人暮らしの限界を感じ、最後の希望を託して老人ホームへ入居しました。しかし、彼女がそこで目の当たりにしたのは、理想とはかけ離れた“現実”の始まりに過ぎませんでした。
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老後の物語
老後は穏やかな日々だけではなく、年金、社会保障、晩年の恋、離婚、再婚など、さまざまな悩みがつきものです。私は、そんなリアルな物語をお届けします。涙も笑いも、後悔も希望も詰まった人生の話。60歳からの人生に興味がある方、一緒に聞いて、共感しませんか?
VOICEVOX :青山龍星
VOICEVOX :Nemo
企画・制作部門
総合プロデューサー: 青木隆二 (Aoki Ryuji)
企画・構成: 西村智恵 (Nishimura Tomoe)
制作統括: 平野大輔 (Hirano Daisuke)
制作進行: 山本理沙 (Yamamoto Risa)
制作アシスタント: 池田美和 (Ikeda Miwa)
アソシエイトプロデューサー: 田村航 (Tamura Wataru)
撮影・映像技術
撮影監督: 森本健司 (Morimoto Kenji)
カメラディレクター: 浜田麻衣子 (Hamada Maiko)
第一カメラマン: 内田雄介 (Uchida Yusuke)
第二カメラマン: 片岡優太 (Kataoka Yuta)
照明チーフ: 坂口光男 (Sakaguchi Mitsuo)
照明アシスタント: 大野結菜 (Ono Yuna)
音声収録: 谷口真一 (Taniguchi Shinichi)
編集・ポストプロダクション
編集長: 柴田雅人 (Shibata Masato)
メインエディター: 水野愛美 (Mizuno Manami)
カラーグレーディング: 北村龍也 (Kitamura Tatsuya)
映像効果: 小川晃司 (Ogawa Koji)
モーショングラフィックス: 中島美咲 (Nakajima Misaki)
音響・音楽
音響監督: 藤原貴之 (Fujiwara Takayuki)
サウンドデザイナー: 吉野あかり (Yoshino Akari)
効果音制作: 上田翔太 (Ueda Shota)
音楽プロデューサー: 岩崎純一 (Iwasaki Junichi)
BGM作曲: 宮崎春花 (Miyazaki Haruka)
音響ミキサー: 村田慎也 (Murata Shinya)
ストーリー・脚本
脚本家: 渡邊綾乃 (Watanabe Ayano)
ストーリー監修: 高田修平 (Takada Shuhei)
物語構成: 横山千鶴 (Yokoyama Chizuru)
台本制作: 江藤美紀 (Eto Miki)
リサーチャー: 金子洋平 (Kaneko Yohei)
声優・ナレーション
メインナレーター: 久保田誠 (Kubota Makoto)
副ナレーター: 島田恵理 (Shimada Eri)
キャラクターボイス: 林田和樹 (Hayashida Kazuki)
特別出演: 石原麻希 (Ishihara Maki)
デザイン・アート
アートディレクター: 荒木直人 (Araki Naoto)
グラフィックデザイナー: 永井美穂 (Nagai Miho)
イラストレーター: 関根大地 (Sekine Daichi)
キャラクターデザイン: 竹内さくら (Takeuchi Sakura)
背景アート: 野田健太郎 (Noda Kentaro)
UI/UXデザイン: 山口花音 (Yamaguchi Kanon)
技術・配信
技術統括: 松井秀樹 (Matsui Hideki)
システムエンジニア: 佐々木純子 (Sasaki Junko)
配信技術: 伊藤翔 (Ito Sho)
品質管理: 小林真由美 (Kobayashi Mayumi)
データ分析: 鈴木拓実 (Suzuki Takumi)
マーケティング・宣伝
マーケティングディレクター: 田中康夫 (Tanaka Yasuo)
SNS運営: 大橋あゆみ (Ohashi Ayumi)
広報担当: 加藤雄大 (Kato Yudai)
サポートスタッフ
総務・経理: 長野美智子 (Nagano Michiko)
制作サポート: 福山咲良 (Fukuyama Sakura)
インターン: 山下蓮 (Yamashita Ren)