寂しくない大人なんていなイノベーション(1550回)
戦うものの歌が聞こえるか。ということで 始まりました。残酷の残にま抜けのがき ましてざ魔幕太郎の戦うものの歌が 聞こえるかでございます。この番組は エルノベーションを起こしたい人、新しい 価値を作りたい人、何かに挑戦したい人、 そんな人たちに送る番組でございます。私 、株式会社プロビゼーションの代表させて ありたい株式会社NTTデータのオープン イノベーションエバンジェリストをさせて いただいたりしております。え、さて、 本日は7月、え、2025年7月19日、 え、土曜日ね。え、ということでござい まして、素敵な土曜日。あ、3連休の初日 ですね。え、楽しんでますか?私も ちょっとね、油ギッシュの顔になって しまってますけれどもね、暑いということ でですね、今日も頑張っていきたいと思い ます。今日はなんとですね、私の大好きな ドラマ。いや、これについてですね、 ちょっとお話したいと思います。え、その ドラマの名前はですね、今も、え、続くぞ が、えー、出ているというですね。え、 これね、え、最後から2番目の恋。これは ですね、ね、お前から声の話をして欲しい くらいみたいなね、え、ことは思うと思う んですが、もう大好きなドラマでですね。 ま、今回がね、第3シーズ目で終わったの かな。まだ私は実はですね、これもう第1 話から見直さなければいけないと思って ですね、あの復讐から始めてます。 今日はですね、え、最後から2番目の声、 え、シーズン1のですね、え、最終回ここ にですね、ものすごいあのキーワードが ですね、散りばめられてまして、 めちゃくちゃ良かったということですね。 ね、時を遡ってはいますけれども、その 最終回からですね、あの、これキんキョん の言葉ですね。え、最後から2番目の声ね 、え、ご存知の方も多いと思いますけれど も、あの、中一さん、もう私本当に好きな んですけど、中井一さん、この人も コメディをやらせたらもうピカイチなん じゃないかと本当に思うんですけども、 それとま、小泉京子さんのですね、歯に キぬ、着せぬ、あの、このズバズバ物事を 切ってく、このやり取りはですね、忠一な ドラマなんですね。ま、そこに内田ゆさん とかですね、高口健二さんとかですね、 江島子さんとかですね、もう早々たる 弁面々が出てるすげえドラマなんです けれども、ま、これのですね、あの脚本 やってる方がですね、え、 岡田吉義さんですね。いや、もう本当に一 な脚本でございます。で、え、今ですね、 これはあの2012年から2012年1月 12日から3月22日にですね、かけて やってたってことなんですね。もう13 年前ですか。すごい。もう今でも全然 色合わせない。そしてね、続々をやってる ということで、え、そっちの方も今楽しみ にしてるわけですけれども、えー、これの ですね、最終回ね、最後から2番目のこれ シーズン1のですね、最終回からですね、 え、フジテレビね、えー、こう、キんキん がですね、独り言を言っているような シーンがあって、え、そこであの、語ら れるシーンということで、え、ちょっと まずは引用させていただきつつですね、え 、そこから私なりの感想解釈お話しして いきたいと思います。こういうこと言われ てます。行きますよ。 寂しくない人なんていない。大人になれば なるほど傷つくことは多くなり、傷の治り は遅くなる。だから痛みに鈍感にならない と生きていけないんだ。そして人は寄り所 を探して生きる。例えば仕事、例えば恋 家族。仕事を寄り所にして生きてきた私が もし仕事を失ったとしたらこれから先どう 生きていったらいいのだろうという言葉を ですね、こうキんキんは最終回に独り言で 呟いくわけですよ。いや、もうですね、 このお話がですね、ま、この ドラマのですね、ものすごい鍵になってる 。ま、ま、私が勝手にですね、あの、感じ ただけ。ま、私にね、え、すごく刺さった というだけの話なんですけども、でも、ま 、私がこの面白いなと思って見ている、 えー、その意味というか理由というかです ね、そういうところがこの言葉に凝縮され てるなという風に思ったということですね 。ま、このドラマはものすごくいろんな ですね、要素を含んでて、あの、ま、大 家族なんですよね。長一さんはあの、奥様 をなくされてですね。で、え、何人いるん だろう?3人。3人 兄弟がいるのかな?長井さんの他にで、え 、育てられてると、え、いうことだったり ですね。え、あとはそのキんキはその中井 さんのあのお家の隣にたまたま鎌倉の すごい席なとこなんですけど引っ越してき たという設定でで、そこからもうすごい なんか 年日頃喧嘩してんだけど仲がいいという ですね。え、素晴らしい関係になっていく わけですけれども、で、あとはキんキょん はキんキょんでですね、ま、同世代の方々 の、ま、3人グループがあってですね、で 、そこで、え、いろんな悩みがあったり、 あとは仕事場でのね、え、悩みがあったり 、ま、あとは本当に家族の悩みがあったり 、もうありとあらゆるですね、え、悩みが こう込められている。もうしかも深く込め られてるということでですね、本当に 素晴らしいドラマなんですけれども、ま、 この言葉がですね、私はすごいあの、 ま、寂しくない人なんていないという言葉 にですね、いいね、いいねみたいなね、 ちょっとすいません。そんなことでござい ます。で、ここからですね、私が3つを 持ったことね、え、お話ししたいと、こっ からは本当に私の勝手な感想解釈なんで、 あの、是非ドラマ見てくださいとね、いう ことではあるんですけれども、え、私が ですね、ここから3つ感じたこと、え、 これをちょっとお話してみたいと思います 。まず1つ目はですね、孤独は創像性の母 であるという言葉がですね、思い浮かんで しまったということなんですよね。ま、 このキんキョの言葉からはですね、 やっぱりこう孤独ということがね、あの、 どういう意味を持つのかということをです ね、やっぱりすごく深く考えさせられるな と思ったわけですよね。で、ま、あの、 孤独である時も孤独でない時も、ま、 みんなと一緒にいても孤独であることを 感じることもあるわけですよね。なので、 あの、ま、そういう意味では誰もがですね 、この孤独感というのはね、いろんな場面 で感じるということだと思うんですよね。 で、ま、そんな大官の中でですね、あの、 孤独は創造性の母であるということをです ね、あの、イギリスの精神会のアンソニ、 え、ストーさんという方が言われているん ですよね。あの、ま、ある意味ですね、 その想像性、ま、クリエイティビティを 発揮するためにはですね、やっぱりその 自分1人の時間があのすごい大事だという 話だとは思うんですね。だからそれは実は 孤独ということのすごく私はいい面なん じゃないかなっていう風にも思うわけです ね。やっぱりこうみんなと一緒にいるとね 、あの、ま、みんなでワイワイすごく 楽しいけれども、その中で自分自身がです ね、やっぱりその中でこうクリエイティブ なものを出していくっていうのはやっぱり あの自分自身の時間があった上でみんなと コラボレーションすると、え、自分自身は こう思うということがですね、ま、 もしくはこんなの作りたいみたいな思いが ですね、ま、そこであの分かった上でやる 。で、そのためには実はあの孤独という 時間も必要なんじゃないかということを ですね、私はあの思ったということですね 。で、これはもうまさにですね、あの パッションの皆源ですね。私があのいつも 口言ってる。ま、これをですね、やっぱり その孤独な時にことですね、見つめること ができるね。今まではみんなと一緒にね、 あのお客様のために頑張ってきた。でも 本当に私がやりたかったことだったの だろうかみたいなことはね、あのふとま、 孤独に感じた時にですね、実はこう考える ことができるという意味ですごく実は言う 有要なね、あの時間であるという捉え方を ですね、まずはしてもいいのかなと、え、 いう風に、え、思いました。で、え、2つ 目ですけれども、え、思ったのはですね、 喪失と最構築ということですね。ま、1番 目がですね、ま、孤独というのもね、あ、 ある程度は悪くないこともあると。そして 2つ目はですね、実はその喪失ということ ですよね。ま、喪失して孤独になっちゃう という話がですね、ま、なんらかの形で あの、あったり、ま、そういうのを 思い悩んだりするわけじゃないですか。で 、それをですね、あの、再構築する機会な んじゃないかと捉えることもできるなと いうのはこれ2つ目に思ったことなんです よね。 で、ま、私のですね、あの、地がなくなら れた時もですね、実は相当な喪失感をね、 やっぱりそういうことになって想像して ないわけですよね。もうなんか、え、 そんなことありえないんだけども永遠にい てくれるような気がしてると。でもそこで やっぱりこう喪失したという現実を 突きつけられた時にですね、やっぱりそれ は相当な喪失かとですね、あの やっぱ味あったっていうことがですね、私 もあったんですけども、あの、ま、何か 経ってね、そこからあの、葬式やるみたい なことになった時に私はあの、やっぱり その、ま、みんなでこう悲しむ葬式じゃ なくてですね、なんかこう、あの、せっか ね、親父もやっぱりたくさん生きてきた わけだから、ま、それを称えるような、 まあ、なんかそこからまた始まるような ですね、そんな葬式できねえかなっていう 風に思ってで、結構ですね、あの やんやんや、あの騒がしい葬式したいって ことなんですよね。で、歌を歌っ私はあの 歌をね、あの歌ったりです。それ全然 悲しい歌じゃなくてね、あの楽しい歌を 歌ったりですね。ま、みんなで楽しい話を していただくみたいなことをですね、あの 、ま、そんな形の 笑いのある葬式にしたかったみたいなこと をですね、やらせていただいた。ま、 ちょっとこんな組織初めてだったみたいな ね、あのことも言われたりなんかしたん ですけど、なんかそれは私はきっとなんか そのまあね、父親がこうやってきたことを さらに未来につなげるための最高地区だっ たのかなっていう。自分とかね、家族とか ね、そういうものに対する、ま、そんな 思いも込められてたのかなと、今に、今に なって思えばなんですけどね。まあ、やっ てる時はやっぱりね、もう様々な思いが こう、え、工作してやっぱりすごい悲しい 気持ちにもなってたりしたんですけど、で も今思えばそういうことだったかなと。 あとはもう1つはですね、あの、その喪失 のレッスンしてくれたかなって気はしたん ですよね。で、やっぱりその大切なものを 失うということが人生にはあるんだと。で 、そん時にお前はちゃんとあのやれるのか どうかみたいなことをですね、ま、ある 意味試されてるじゃないですけども、そう いうレッスンをあのしてくれたという風に もなんとなく思ったみたいなね。え、これ もですね、そみ次へのね、繋がるあの、ま 、最高地区へのですね、学びだったかな みたいなこともですね、あの、考えたりし ました。で、これはですね、アメリカの ナラティブ心理学者のダンマアダムって いう、あ、マアダムス、マダムス、ダン マダムスっていう人がいるんですけど、 この人はね、こういうこと言ってます。 アイデンティは過去の記憶によって 成り立つだけでなく、未来への物語によっ て形作られるね。このナラティブ、ま、 ある意味こう物語を作るという能力が やっぱり人間にあるからこそですね。人間 は想像性があってですね、他の動物とは 違う、ま、そういう生き方ができたと、ま 、そういう組織的な動きがすることができ たみたいなね、ことがあると思うんです けど、やっぱりその未来の物語を作る、 あの、勝てするって言うんですかね。なん かそんなことがね、やっぱりあるのかなと いう風にもちょっと思いました。ま、これ はね、そんな時にはね、もうその当時当事 者そしてその時にはね、そんなこと思え ないです。でも時を減るにつれですね。ま 、そんなこと思えたらいいかなということ が思います。これ2つ目。そして3つ目 ですけども、 えー、これね、 痛みがあるなら大丈夫ってことをですね、 え、言ってる人がいるんですよ。だから そういったこうなんかすごい痛いじゃない ですか、そういう時ってね。で、ね、 だんだん痛みにね、鈍感になってくのだと いう話はしてるけれども、それでも痛い ものは痛いわけですよね。だからその時の 考え方としてこれね、ハンナーアレント さんがね、あの、これドイツのね、政治説 学者の、ま、非常に有名なハンナー アラレントさんがこういうこと言ってるん ですよ。痛みを感じることができるという ことはまだ壊れていない証拠であるという ことをね、言ってくれてるんですよね。だ から、ま、まだね、痛み感じてると めちゃくちゃ痛いというんだったら大丈夫 だと。あ、だったらあんたは大丈夫ね。 じゃ、だったら自分は大丈夫。まだまだ 大丈夫だという風に思えとね、いうことを ね、ま、これちょっとすごい勇気があの 与えてくれる言葉だなという風に思った わけですよね。で、さらにですね、ここ からあの弱い責任の話もですね、私は非常 にこう思ったんですが、これあの富や、富 洋さん、えのです、哲学者の話、あの話を 前にですね、したことあるんですけど、 弱い責任という話をしたことあるんです けど、あの、要はですね、自己責任って 言うと非常にこう自分1人で全部頑張ん なきゃいけないとやっぱこう抱え込むで、 それであの沈没してくということがですね 、やっぱりあるんだと。でもこの弱い責任 という考え方はですね、実は責任を果たす ということは、あの、誰かに頼ってはいけ ないということではないってことなんです よね。つまり自分で責任を果たせないと 思ったら誰かにすぐ頼れと。そうして責任 を果たすことこそがですね、これは自己 責任と言うべきなんじゃないかと。だから それ弱い自己責任って言ってるんですけど 、マッチョじゃないわけですね。で、それ が私すごい好きで、あの、ま、ある意味 この痛みをね、感じてる時はまだ大丈夫 って話があるんだとすると、痛みを感じ てるうちにですね、ま、誰かに話に行けっ ていう、ま、そんなこともですね、えー、 あんのかなっていうね、あの、この キんキョんがね、こう仲良し3人組がいる わけですよ。同年代のね。そこで ぶっちゃけトークをするわけですよ。ああ いうぶっちゃけトークがですね、できる。 あ、そして、ま、長一さんのね、この兄弟 もですね、みんなもう本当ぶっちゃけ遠く で喧嘩しまくってるわけですよね。ま、 そういう、え、仲間がいるね、仲間が、 まあ、ま、作るっていうこともですね、 やっぱり、ま、そういう時のために必要な んじゃないのかと、え、いうことをですね 、あの、私も思うわけですね。だから、ま 、あの、カバサさん、カバサシオさんとか 、え、シルコンバレーの最大の思想、え、 ナディアさんとかが言ってる通りですね。 人間のさ、あの、幸福の、え、要素ね。 これは、えー、健康ね。これはセレトニー が出る。そして仲間、クロキシとシが出る 。そして、えー、富ですね。え、これ ドーパミンが出ると、ま、この3つがある という話があるんですけど、ま、その中で もやっぱり仲間のとこがですね、私はその 健康はね、どうしてもね、うまくいかない こともあるし、あとは成功もね、やっぱ つめるつめないも結構運がね、あるじゃ ないですか。だ、そういった時に仲間だけ はですね、実は自分が積極的に、ま、 働きかけることができる 、あの、まあ、唯一の要素なのかなって いう気もするわけですね。で、やっぱり そこのところをね、で、あとは、あの、 それをやろうとするかやろうとしないか、 もう自分次第なわけですから、なんかそう いう時のためにね、弱い責任を果たすため にも、まあ、なんらかの仲間をですね、 やっぱりこう作っとくっていうのはすごい 大事なのかな。ま、みたいなことをですね 、私は思いましたということでございまし たね。こんな理屈っぽいことを言うとです ね、多分あのキんキんはですね、つまん ねえやつだなね。だからお前はダメなんだ よってね、あの言われる。ま、そういう 政府がですね、もう私も本当にね、言われ てみたい。キんキんから言われたいね。え 、いう思いもべまして、え、今日はこんな お話をさせていただきました。えー、ま、 そういう意味で言うとね、これはね、 寂しくない人なんていないイノベーション ですね。え、そんなことを思いました。と いうことで、え、少しでもね、参考になり ました。幸いです。もう私の勝手な感想 解釈なんでね、あの皆さんあのドラマ見て ください。ということで、えねえ、 いろんな話をイノベーションに引っかけて ですね、お話ししますんで、よかったら 登録してください。そして Facebook、Twitter、ま、 コメントいただいたら嬉しいです。さらに はYouTube、あ、え、本も出して ます。え、オープンイノベーション21の 秘密。え、世界20都市でオープン イノベーションやってきたその中の経験を ですね、21の秘密ということで本して ますんで、ざ幕孝太郎で引いていただくと 出てくると思います。さらには、え、 イベントもやってます。え、イベントは ですね、スタートアップエマージンシエコ システムと言うんですけれども、Cと呼ん でますけれども、何度でも挑戦できる世界 をということですね。え、記憶がたくさん 出るためには何回でも挑戦できる世界が 必要なのであと、え、いうコンセプトのも にですね、今もう100人ぐらいね、完全 招待性で集まっていただいて、そして10 人ぐらいの企用感がプレゼンしていただい て、で、みんなで何回でも挑戦できる生活 を作っていこう。ま、そんなイベント、え 、今頑張ってやってます。今度は9月の 11日半から、え、あります。え、気に なる方はね、ご連絡ください。そして、 えー、赤ペラグループ香港ラッキーズね。 これもみんなが元気になってほしいという 思いを込めて、え、33年歌っております 。え、YouTube、Apple musicSpotifyではですね、 無料でストリーミングされてますんで、 香港ラッキーズ、中年アンダーとね、聞い てみてください。そしてiTunesの方 ではJNオブラキーと4曲ミニアルバム、 え、さらには香港ラッキーズ商店という、 え、ウェブサイトではこれまでのCD、え 、ミュージックスライダーというですね、 え、QRコード読むだけで、え、 取り込めるとね、え、CDリーダーとか いらなくてもですね、え、しかもこう スマホの画面に非常に素敵に出てくると、 え、ジャケットが出てくるね。え、そんな アプリも作りながらやっておりますんで、 え、よかったら見てください。ということ で今日も聞いていただきましてどうも ありがとうございました。それでは皆さん 頑張りましょう。また明日。
大好きな小泉今日子さんと中井貴一さん主演のドラマ”最後から2番目の恋”ですが、今は”続々編”がオンエアされてますが、改めてシーズン1の最終回の言葉に、グッときて考えさせられました
小泉今日子さん曰く
“寂しくない大人なんていない。
大人になればなるほど傷つくことは多くなり。傷の治りは遅くなる。
だから、痛みに鈍感にならないと生きていけないんだ。
そして、人は拠り所を探して生きる。
例えば仕事。
例えば恋。
例えば家族。
仕事を拠り所にして生きてきた私が、もし仕事を失ったとしたら、これから先、どう生きていったらいいのだろう。”
ここからわたしはおもいました
1、孤独は創造性の母
2、喪失と再構築
3、痛みがあるなら大丈夫
岡田恵和さん脚本の、ドラマ”最後から2番目の恋”は、中井さんと小泉さんを始めとした、皆さんの歯に衣着せぬセリフと、そんなことある?という日常の出来事に、毎回大爆笑させて頂く、最高に大好きなドラマなのですが
その中で、人生への本質的な問いが繰り出されてくるので、笑いと涙で毎回最高のエンタメとして楽しませて頂いてます。
その中でもこの最終回のセリフは、特に突き刺さった、何かドラマ全体を通して、貫かれているテーマのようにも感じました
1、孤独は創造性の母
ここで言われているセリフは、さまざまな場面で、孤独を感じることや、実際に孤独になることもありますが、誰もがどこかで感じることだなあと思いました
「孤独は創造性の母である」
英国の精神科医のアンソニー・ストーさんが、言われたこのセリフを、思い出しました。
自分のパッションの源がどこにあったのかを、見直すには、1人の時間が必ず必要となるので、パッションの源を改めて確認する機会として、孤独は悪くないと考えてもいいかなと思います
そこから、その源に少しでも触れることを実行してみて、そしたら、きっとなんらかの価値が、自分だけにだけでもいい価値が生まれて、そしてまた次に繋げていける
人が生きることは何かを創造し続けることにあるとしたら、それはとても良い機会になるのではないかと思いました
2、喪失と再構築
私の父が亡くなった時は、大変な喪失感でしたが、改めて父の残してくれたものを見つめ直して、そして改めて未来への出発という意味を込めた、みんなで歌を歌ったり、お話ししたり、とっても明るいお葬式をしたことを思い出します。何かそれで父が遺影の写真のように本当に笑ってくれてるような気がしました。
アメリカのナラティブ心理学者のダン・マッアダムスは以下のように言われています
「アイデンティティは、過去の記憶によって成り立つだけでなく、未来への物語によって形づくられる。」
喪失した時はそんな風には思えなかったですが、時間が経つと、大切なものを喪失するレッスンをしてくれたのかなと、未来に続く物語が作れそうな、そんな気にさせて頂きました
3、痛みがあるなら大丈夫
大人になると痛みに少しずつ鈍感になっていくこともできますが、それでもやっぱり痛いものは痛いなあと思います
そんな時に、ドイツの政治哲学者のハンナアーレントさんの言葉を思い出しました
「痛みを感じることができるということは、まだ壊れていない証拠である」
本当にやばい時には、痛みさえも感じなくなるので、痛いうちはまだ大丈夫だということ言葉は、私に少しの勇気をくれるきがします
逆にいうなら、痛いうちに、助けを求めるということが、あっていいと思います。
哲学者の戸谷洋志さんの言われる”弱い責任”ということが大切で、全てを自分一人で抱えることが自己責任ではなく、抱えきれないなら誰かを頼ることこそ自己責任である、ということを思い出しました
ということで、キョンキョンに「つまんねーやつだなあ」と言われそうですが、とても考えさせられる素敵なドラマだなあと、改めて大好きになりました
一言で言うと
寂しくない大人なんていなイノベーション
そんなことを思いました^ ^
参考:フジテレビ 最後から2番目の恋(最終回) 脚本 岡田惠和 出演 中井貴一、小泉今日子 2012年1月12日から3月22日 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/最後から二番目の恋