叛通信Presents 瞑想日記 <数息観瞑想 日誌> 2025年度版(7) 瞑想と般若心経の日々 音楽 エリックサティ 曲 ジムノペディ 文 写真 関根俊和

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<数息観瞑想 日誌>2025年度版(7)

~瞑想と般若心経の日々~

3月分

2025-3-5(水)朝の室温10度。寝過ごした。雪が少し積もっている。予報では、日中は雨になりそうだ。

自宅瞑想、7:20-8:00、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、柔軟運動15分。

はじめから終わりまで、数を数え続けた。<雑念>も出ていたが、日常生活関連のことで、脈絡なく、散発的だ。これと言って、目新しいものはなく、書き留めておくこともあるまい。

完治したと思った痔の患部が、一瞬、<うずいた>。何日か前から、不快感があり、やや神経質になっている。よくなったり、悪くなったりで、気持ちが翻弄されている。ここは我慢だ。

ほかに、心に引っかかっていることはない。目の前に、不安もない。無為徒食の生活に、慣れ親しんだのか、生きるための、最低限の行動以外は、なるべくやらないようになってきた。<義務>のようなものから、解放されつつある。<猫>のように生きられれば、幸せなのではないかと思う。

2025-3-6(木)朝の室温12度。

自宅瞑想、6:00-6:35、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、柔軟体操15分。

はじめから終わりまで、たぶん、一度も間違えずに、数を数え続けた。   

<雑念>も出ていたが、背景に流れていただけだ。おもには、五月に計画している、秩父札所巡りのことで、日程や車中泊のことなどが思い浮かんだ。あとは、朝方見た夢が、頭に残っていたので、反芻した。

砂漠のような場所に、難民キャンプが、果てしなく続いている。クルド人たちらしい。家族が一緒にいるので、通り抜けるのは、危険だ。と、見知った後輩が現れた。大きなテントの前で、クルド人と日本語で話している。顔見知りで、何度か来たことがあるらしい。

そういうことなら安全だ。テントの中に入る。赤の鮮やかな民族衣装を着た中年女性が、踊り始めた。物珍しいので眺めていた。踊りが終わると、女性は、トランス状態に入ったのか、体を逆エビに曲げて、のたうち回っている。顔も体も、ミイラのようになっている。仲間の女性たちが介抱している。

観客席に座って、目の前の、空の舞台を見ている。瑠璃色のきれいな衣装が展示されている。と、元嫁らしき女性が、舞台に上がって、その衣装を身につけた。しかし、お尻が見えそうだ。舞台脇で、クルド人の男たちが、にやにやしながら見ている。気が気ではない。写真を撮ろうと、バッグの中を見る。カメラが破損しているようだ。古い、安っぽいフィルムカメラしかない。

自分の隣に、後輩が現れる。料理を二人前頼んできた。中華料理だという。みると、料理が並んでいる。奴が独り占めして、パクついている。元嫁らしき女性も、食べている。文句をいうと、ひとつだけ手渡される。パサパサしていて、まずい。

<不安夢>の一種だろうが、長大すぎて、解釈できない。ただ、砂漠の難民キャンプ場とか、クルド人とか、あでやかな民族衣装の踊りとか、見たことのないものが見えた。現実には、たしかに現実なのだろう、埼玉の片田舎にいるのに、カネも時間もかけずに、外国旅行をした気分だ。夢とは言え、リアリティーがあった。

<瞑想>と<夢>とには、ある種の近しさがある。どちらも、目をつぶっている。通常の意識状態ではない。生理的には、脳神経の緊張がゆるんだ状態で、心理的には、抑圧を解放しようとしている状態なのだろう。それにしても、一体、なにから解放されたいのだろうか?わかるようで、わからない。

2025-3-7(金)朝の室温12度。

自宅瞑想、6:10-6:45、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、柔軟体操10分。

はじめから終わりまで、たぶん、数は数え続けていた。が、<雑念>が、やや優勢だった。しかも、40回目くらいまでは、くしゃみが出たり、鼻の周りや、頭がかゆかったりで、落ち着かなかった。

<雑念>は、何日か前から、気にかかっていることだ。ひとつは、<沖縄陶器>の処遇だ。自分が死んだ後、ガラクタとして処分されるのが、おしい。かといって、<メルカリ>や<ヤフオク>に出して、処分するのも、面倒だし、煩わしい。いい解決策が見つからない。

いまひとつは、<東海道五十三次トランプ>の接写の件だ。写真に撮って、パソコンで、ゆっくり鑑賞したいと思っている。ただ、<カード>の接写は、経験が、ほとんどない。手持ちの機材で、間に合わせたいが、手順が算段できない。これは、実際に、撮りながら、最良の方法を見つけるしかないだろう。

あとは、昨晩見たプライムビデオが、脳神経に残留していた。<闇金ドッグス8>という映画だ。このシリーズは、これで三本目だ。いずれも、脚本がよくできていて、最後まで飽きさせない。今回は、<生活保護>などの公費を食い物にしている家族が戯画化されていた。最後には、借金返済のために人殺しまでしてしまう。その人間心理が、よく描かれている。主演の<山田裕貴>も、クールな感じでいい。

昨日、風呂のあとに、痔の患部に<注入剤>を入れた。そのせいか、今朝は、違和感がない。200回の数息の間にも、痔疾のことは、一度も思い浮かばなかった。しかしながら、この持病は、おそらく、完治することはないのだろう。これからも付き合っていくしかない。そう考えると、気が重い。

安比奈公園散歩、11:00-12:30、3000歩、般若心経1回。

風が強くて、つめたい。それでも出てきたのは、<瞑想日誌>の動画用の写真を撮るためだ。今月に入って、まだ一度も、撮ってない。それに、晴れて、寒くて、風の強い日は、決まって、空の景色、雲の様子がいい。

いつものように、公園内の護岸際を、撮り歩きしながら、水管橋まで行った。川面には、五、六羽、真っ黒な水鳥=オオバン=クイナたちが、ひょこひょこ動き回っているだけだ。鴨たちの姿は、一羽として見えない。北国へ帰ったのだろう。

水管橋の下まで行って、踵を返した。芝生広場の、お気に入りの置石に腰かけて、一息入れた。寒くはなかった。だが、岩の上に、じかに腰かけているので、これは、痔に悪い。心経を一回だけ読んで、すぐに立ち上がった。

ちょうど昼時で、公園内の人影が途絶えた。清々する。ゆっくり歩いて、車に戻った。

2025-3-8(土)朝の室温10度。

自宅瞑想、6:20-6:50、(椅子)端座位数息200回?般若心経2回。柔軟体操10分、手を抜く。

100回までは、間違いなく、数を数えていた。が、それ以降が、かなりいい加減だったようだ。終了後のストップウォッチが<27>分を表示していた。いつもより10分早い。ということは、70回くらい、数をすっ飛ばしたわけだ!

たしかに、後半になると、眠くて、頭がぼうっとしていた。あり得ることだ。昨日飲んだ<ザイザル>の副作用だろう。それにしても、半錠しか飲んでいないのに、この体たらくだ。

あと、朝方見た夢が気になっていた。と言っても、筋のない長大なもので、記述しがたい。しかも、今朝は、頭が働かない、と頭が言っている。書くのが大儀だ。が、なにか、釈然としない、要点だけメモしておこう。

一、 大きな大学の教室。階段状に席が並んでいる。教壇の前が汚れているので、モップか何かで掃除をしている。ほかの学生は、みな席についていて、冷ややかな感じだ。無視されている。泥水が、上着にはねたので、嫌気がさして外に出る。

二、 芸大の教室に、なぜか入り込んでいる。美大出身のHRさんもいる。そのうち、学生たちに気兼ねしつつも、輪になって、気安い感じで談笑している。

三、 外に出る。おしゃれなベストの、ボタンがとれそうだ。糸がついているまま、ポケットにしまう。YM君がいる。東大の女性教授に会いに行くのだという。一緒についていく。途中、はぐれる。暗い道で、こじゃれた少年に色目を使われる。罵倒する。

四、 大きな校舎の入り口、午前十時少し前だ。授業に遅れそうだ。場面が変わり、校舎の中庭。防火訓練のような授業で、ホースから勢いよく水が出ている。水圧で、棚に重ねてあるカゴが、みるみる、きれいになっていく。

夢の主題は<場違い>だ。不安夢の系統だろう。場所にも、人にも、出来事にも、馴染もうとしているが、馴染めない。たしかに、これまでの人生でも、老いた今でも、思い当たる節がある。

最後の方では、イメージらしきものも出てきた。たしか、海の風景だった。200回を数え終えた?締めの心経も、頭がぼうっとしていて、しどろもどろだった。柔軟体操もやりたくない。倦怠感がひどくて、もう、なにもやりたくない!

2025-3-9(日)朝の室温10度。昨晩は雪から雨に変わった。

自宅瞑想、6:30-7:00、(椅子)端座位数息160回、般若心経1回、柔軟体操10分、手抜き。

50回目くらいまでは、ちゃんと数を数えていた。それ以降は、<雑念>も出てきたが、眠い感じが優勢だった。

数息を続けるのがしんどい。それでも、160回までは、がんばった。が、もうダメだ。中断した。締めの心経も読む気になれず、いやいやながら、柔軟体操を少しやった。

朝っぱらから、目頭が、かゆい。眼科でもらっている目薬をつけた。そうか、花粉症が、とうとう来たか!この眠気、倦怠感、ヤル気のなさは、そういうことだったのか!

2025-3-10(月)朝の室温12度。

自宅瞑想、6:40-7:10、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、柔軟体操10分、手を抜く。

いつものように、ファンヒーターとコタツをつけていた。80回目くらいで、暑くなり、ガウンとダウンジャケットを脱ぐ。

<雑念>も出ていたが、<眠気>と<倦怠感>がひどい。それでも、150回目あたりで、イメージが見えた。巨大な木が何本も生えている広場だ。はじめは、人が少なかった。そのうち、だんだん多くなる。群衆になり、雪崩のように、流れている。

そのあとは、何回も数をまちがえた。頭がぼうっとしてる。数を数えなおしたことも、よく覚えていない。極端な<眠気>と<倦怠感>は、昨夕飲んだ<ザイザル>の副作用だ。気持ちが、しゃんとしない。

あと、朝方見た夢が気になっていた。長大なので、要点だけをメモ書きしておこう。

大学の<学食>。高校時代のバスケ部のYK君に会う。実家は大きな商家で、美大のデザイン科へ進学したようだ。和やかに、世間話などをしていると、彼の息子が三人、次々に現れる。グリーンの洋服は、父親とおそろいだが、親よりは小柄で、みな愛想が悪い。全然、似ていない。

知り合いの女性のことなどを話ながら、彼の家へ行く。大きな家だ。

外水道でタオルをゆすいでいる。お湯が出てくる。周りには、露天風呂もある。さらに、体育館ほどのアトリエがあり、造形作品が、たくさん置いてある。デフォルムされたマンモスのオブジェに目がいく。なかなかいい。本格的な美術家になっている。YK君を見直す。と、見知らぬ、表情の険しい男が現れる。なにやってんだ、とすごまれる。

ふとみると、使用人が、自分の黒い大きなバックを、ほかのゴミと一緒に持ち去っていく。YK君は、家の中に入ったきりで、姿を現さない。手に、濡れたバスタオルの入ったビニール袋を持って、屋敷を後にする。

高校時代は、やせっぽちで、背の高い、気弱そうな奴だった。あまり話したこともなかった。なぜ、夢に出てきたのだろう。よくわからないが、夢の中では、何度か<うらやましさ>を感じた。

<うらやましい>。子供の頃、裕福な家の友達を、うらやましいと思ったことがある。幸せそうな他人を見て、苦々しく感じたこともある。性根が<妬み>に蝕まれている。

これは、なにかの<啓示>なのかもしれない。

以下、下記のブログに続く
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