【音語り】「夏を待つ窓辺で」大黒摩季「夏が来る」

夏を待つ窓辺で6月の終わり、窓の外は まだ梅雨の名残りを引きずっていた。朝 から首と降り続く雨に乾かない洗濯物と どこか寂しげな空気が部屋の中に漂って いる。まだかな夏そう呟いて窓辺に置いた カレンダーをめくる。7月のページには 鮮やかな海のイラストが書かれていた。 青く透き通った海、白く砕ける波、そして 真っ赤な浮るで 心の中でしか存在しない夢の景色みたい だった。去年の夏は思うように楽しめ なかった。会いたい人にも会えず遠くに 行くこともできなかった。だからこそ今年 の夏には少しだけ期待している。いや、 少しどころかなり。痩せたら水着買おうか な。焼けすぎない程度に日差しを浴びたい な。スイカ丸ごと一た冷やして食べたい。 冷やし中華のたれ。今年は手作りして みようかな。そんな小さなやりたいことが ノートに書き止められていた。現実的か どうかはさてき想像するだけでちょっと だけ笑顔になる。テレビからは今年1番 乗りの梅明けを告げるニュースが流れてい た。沖縄の映像には青い空と強い日差しに 眩しそうに目を細める人々。いいなと思っ た。空の色が違う。空気が違う。風さえ 違って見える。きっと来るよ。私のところ にも。でも待っているだけじゃ夏は来ない かもしれない。そう思って部屋の掃除を 始めた。押入れの奥から去年のビーチ サンダルが顔を出した。少し花尾がくびれ ていたけれど、まだ吐けそうだ。Tシャツ も短パも麦わ帽子もどれも去年の記憶と 一緒に静かに眠っていた。昼過ぎ雨は ようやく止んだ。雲の切れ間から淡い日が 差し込んでくる。窓を開けるとむわっとし た湿気が入り込んできたけれどそれさえも どこか懐かしくて嫌いじゃなかった。 ベランダに出ると遠くの空の色が少しずつ 変わっていくのが見えた。灰色が青に 染まり空気が軽くなる。セミの声はまだ 聞こえないけれど確実にその日は近づいて いる気がした。ちゃんと準備しなきゃ。 クローゼットから去年買ったけど切られ なかったノースリーブのワンピースを 取り出す。少しでも似合うように明日から 朝の散歩を再開しよう。去年は途中でやめ てしまったけれど、今年は違う。汗をかく のも悪くない。日差しを浴びるのも怖く ない。夏を迎える体に心も整えておきたい 。夕方夕日が沈む頃風が一瞬だけ涼しく なった。どこからか漂ってくる焼き トウモロコシの匂いにお腹が鳴る。今年 こそ浴衣を着て花火大会に行きたい。円日 の金魚救いうまく救えたことないけど今年 はやれる気がする。1つ1つ夏のかけらを 思い浮かべるたびに胸が高なっていく。 まるで恋をしているみたいに恋といえば 好きな人に会いたい。連絡を取らなくなっ てからもうどれくらい経っただろう。今更 かもしれないけれど夏は何かを動かす季節 だと思っている。ねえ、元気?そんな一言 が遅れる勇気を夏は運んできてくれる気が する。夜になっても空は晴れたまま月が 柔らかく輝いていた。湿った夜風が カーテンを揺らす音が心地よい。窓辺で 冷たい麦茶を飲みながらノートに今年の夏 にやりたいことをもう1つだけ書き加えた 。本気で笑う。心から笑えるような出来事 を自分で引き寄せたいと思った。誰かに 何かを期待するだけじゃなく、自分から 動いて自分から楽しんで、きっと来るよ、 私の夏は。そう思えたのは今日が初めて だった。そしてその瞬間遠くで1匹のセミ が泣いた。まだ頼りないその声が胸の奥を 振わせた。夏はすぐそこまで来ている。

【音語り】「夏を待つ窓辺で」
大黒摩季「夏が来る」

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