【康平五年合戦】河内源氏VS奥州藤原氏【ゆっくり歴史解説】#12
[音楽] こんにちは。ゆっくり霊夢だよ。 こんにちは、ゆっくり魔理沙だぜ。さて、今回は全区年の駅の早相決算公平 5年活戦について解説するよ。 よりの血を吐くような5 年間の努力が報われて清原の竹のりが参戦したのは良かったけどこの竹のりなんか色々思惑がありそうな感じじゃない? [音楽] 今回の戦を利用してムを手に入れようとしているのは間違いない。あとは島一波の抹殺と胸灯一波の保護。 清原の地血を引いていないサ島を排除して繋がっている胸灯を安倍の手に据えて支配下に置きたい。 [音楽] うん。安倍を滅ぼして全部清原のものにしちゃう方が良くない? 主流説はそうなんだけど、私はこの説を押したい。 理由は色々あるんだけど、まずこの理由で出人した方がみよりが納得して送り出してくれるというと [音楽] 今やたのはよりよしからの猛プッシュにより兄にして投手のよりより簡易も軍事力も上たのは血のつがらない義の弟だけによりとしてはかなり深いで不安だったのではなかろうかでそれがじて [音楽] [音楽] こいつ安倍を滅ぼした と俺を殺して清原も乗っとる気では などという疑が芽え安倍討伐を妨害されたりなんだりされたら面倒だから佐田島を排除し党を安倍の党に吸えるべく行くとした方がいい。胸は三よりとは血が繋がっているが竹典のとは義でよりの方が関係濃いし。 [音楽] そうか。そういうことならより的には安心できると。 [音楽] あと侵略して奪い取った料を納めるのって すごく手間がかかる。全統地者の一族を 根しにしようもんならね、残頭からの反発 だりなんだり起こっちゃう。逆にこちらが 魚子たちを手厚く保護してやれば異コンは 軽減されるし、その地のことよく知って いるから除力してもらえば統地もスムーズ に進む。安倍氏は不習やエミシとの交流も あるからなおさらね。 たのりはその辺りも見越していたのではないだろうか。 はあ。たのりは先の先まで考えているのね。それに超サ田島の首を差し出せば助けるよという呼びかけに胸島が答えてくれれば老せず戦に勝てる。 [音楽] [音楽] おお。もしそうならたのりはなかなかの作ね。でも胸達だけは助けるってよりよしは了承してるの? 話してもいいないんじゃないかな。 安倍絶対ぶっつすの反安倍派に担がれてようやく壮大の停載保ってるよりよしが許してくれるわけないもん。 え、それじゃどうやって たには小賛があったのだろうというのが軍の編成を見れば分かる。 1062年8月9日よは 3000 期を引きてかの坂の上の田村まが軍勢を中屯させたこち田室が丘で竹典軍と合流した およりよしの間に 3000機も集めた とムつ脇では言っているが多くても [音楽] 1000くらいだったのではなかろうか はあたの軍 1万に対してよりよしがせ しょうがないだろ ついこの間まで安部と清原双方からホ位も含まれてガチガチに抑え込まれていたんだぞ。むしろよく集めた方だよ。 [音楽] オーマイガー。で、8月16 日合流した軍勢は 7 人に編成され、それぞれの人を盗卒する量師が定められた。 [音楽] の横領師は以下の通り第1人竹典の子た第 2人たののおい立花より第3人たのおいで 娘の君子の秀岳第4人さよりの弟立花だ第 5人全体の横領師は本のよりだがこの人 だけ3人に分れており1人より2人竹典の 三人在長肝人となっている。あ、この第5 人が本映ね。で、第6人君子の武田だ。第 7人清原の竹道。この2人の詳細は不明だ がせいから指摘原一族であることは間違い ないだろう。ということで全7人中本A第 5人以外全部清原 ももう清原軍って言った方が良くない? バカ野郎。 総大将はよだ。何せ竹典のはよに従い安倍を討伐せよという直名に従って参戦したのだ。よしがそう大償。長廷がそう一点だから絶対や [音楽] な。なんという理屈でもこんだけほぼ清原な軍勢ならたのりの思惑通りにことを進められそうね。 [音楽] うん。たの典のもそう思ったのではなかろうか。 しかし翌17日その思惑はあっさりと ひっくり返されるは17日より清原連合軍 の場に宿営を築づいた。 そこはよりの弟両が守る小松の550m ほどしか離れていない。うわ、かなり接近 してるわね。 でももう夕方近いし、お日柄も良くないので今日の攻撃はやめようねということになった。 あ、この時代でもおヒで攻撃日決めるのか とはいえの準備はしておこうと竹さよが地形を調べに柵に接近したところ歩兵がうっかり柵の外にある小屋を焼いちゃった。 [音楽] はあ。 そんなものだから安倍軍は敵襲だと攻撃してきた。 わあ。何やってんのよ。 すると連合軍我こそに先人をと名乗り出る志願者続。よし、今日はお日柄悪いけどこの勢いなら行ける。回線だ ということで回線決定。勢いだけで始めんな。てか大丈夫なの?こんな始め方しちゃって。 [音楽] ちなみにこの小松の柵南は激流が流れ、正北は切り立った崖がそびえ立っているという南光落の地形であった。 [音楽] 1 番適当に攻めちゃあかんとこじゃないですか。やだ。 するとだ。清原軍の深えこれのリラ 20 人が検査先で崖の岩に足場を気づきながら歩をついて岩を登るという決の潜入を観光。 なんと見事崖を登り切った20 人は常内に突入。安倍軍は大混乱に陥った。お、たった [音楽] 20人で。それはすごい。 そこへ安の胸が 800 機ばかりを引きて上外に飛び出してきた。 そう。安部の胸が胸小松の柵にいたの。 [音楽] たのり大慌てなんとか胸と接触しようとしたがよりよし、ここでよりよし直属の万道精鋭部隊を投入。 [音楽] え、おお、1/10 の平数でもやれるってとこ見せちゃる。 死がそこにある壮絶な決戦の場において彼らは我を忘れて戦い、ついに胸軍を破ることに成功した。 [音楽] ええ、ちょっと胸うわ。 なんとか逃げを押せましたと。こんな感じでこの連合軍連携して攻めるというより各々結構好き勝って動いていた模様。 え、そんなんでいいの? その方がお互い都合がいい。たは胸島を保護したい。よりよしは自軍が活躍する機会をなんとか年出したいからね。 ああ、言われてみれば ということで最終的にはよりよ軍の活躍により小松の策を攻略することができた。 おお、たのり的には不本意でしょうけどやったわね。このままの調子で。 しかしだ。ここで思わぬ自体に。 は、どうしたのよ。 長雨だ。延々遠降られて数日間立ち王上するはめに。 雨。 木のみの戦いの時は猛吹雪だしよりよし雨男が過ぎない。 ちなみによりよのこの雨男奇質立派により共に受け継がれたよ。やったね。 [音楽] 全然目でたくねえ。 でだ立ち王する連合軍を見て取った胸産祝い軍団のたに命じてよりよし軍の兵坦や来の人間に対し役立を行わせる。 [音楽] はい。 結果連合軍は立ちまち兵老が尽きてしまい上に苦しむことに。 また胸う。今回めっちゃ活躍するな。てかはあたったの数日で上ちょっとよりよし。どうして兵老の準備しておかない? [音楽] 安倍清原法毛に抑えつけられていた上に安倍が両内に侵入してきて物をも徴収していくんだよ。これでどうやって兵老を準備できるんだよ。 [音楽] オーマイガー。 これに対しよりよしは略奪者逮捕のために戦期兵老達のために [音楽] 3000機の兵を派遣。結果本軍は 6500期まで減ってしまう。 はあ。なんでそんなに兵を咲いちゃったのよ。そんなことしたら 強老不足の上本に数戦しか残っていない。今がチャンスだ。俺の自慢の騎兵 [音楽] 8000期でけ散らしてくれる。 9月が5日か。佐田平8000 人あまりを引きいて出撃。 うわあ、言わんこっちゃない。どうすんのよ。 将軍おめでとうございます。佐田党は策を謝りました。 はい。何言えそう思う? 我らは遠征軍え、この地を知らず兵老も飛ぼしなので佐藤が昨にこもり長期戦を仕掛けてきていたら一大事でございました。 [音楽] しかしの誘いに乗りまんまと出てきてくれた。我らの勝ちです。 [音楽] よくぞ申された。わしもそう思う。 [音楽] なんと 昔越の王光戦は中心判例の策略によって長年の恥を注いだという今こそ老心よりよしは竹典の中義によって我が定のご異言を示そうと思う。 [音楽] [音楽] 今日の戦いにおいて神命を惜しむことなかれ。 こうして連合軍は司法隙のない上山の打勢の人系を敷いた。これに対し党軍は祝い側を超えて連合軍に攻めかかったのだがまずかった。 [音楽] えとかしたことにより佐田軍和川を背にし た不利な体勢で戦うはめにあそんな中類い まなる働きを見せたのが八太郎義 そして鴨次 次郎吉兄弟であったよそうか木の戦いから 5年難の吉つも戦える年になったのか よしえよつらは周囲を虎のように見て威圧 しのように 鋭く襲いかかり兵を切って敵型の旗を奪った。この活躍もあって佐田軍は配送。佐田島軍は [音楽] 100人ばかりの戦士を出し 300もの軍馬を連合軍に奪われた。 うわ、なかなかの損害ね。 しかしまだ諦めていなかった。それどころか [音楽] 連合軍を攻めるなら兵が少なく兵老も不足している今しかない。 [音楽] 明日サイド攻め込めば必ず勝てる。 そう考え明日サイド出撃可能ない坂策を宿地としたわ。 [音楽] こんな魔け草をして翌日即攻めてくるとか思わないだろうからやばい。 だが竹典のはこの動きを呼んでいた。よしが A者を巡り負傷者を1人1 人気遣かっている間に 800機を引き連れ出撃。 野を観光なんと 胸島は今衣子衣側の席にいるという今石坂の柵にいるのは佐田島一波の実一派を葬りさる絶好の後期全員値やしにしてくれる竹典軍を猛奇襲を仕掛けられた上に夜の戦に慣れていない佐田軍は大混乱に陥り多数の障者を出した。 [音楽] [音楽] [音楽] おお。それじゃは 命から胸たちがいる頃も側の席へ逃げを押せた。 佐田なかなかし太い。 しかし田島はこの配線で軍馬のかなりを逃亡させてしまった。佐田軍の金めは騎兵だというのにだ。あ、この時点でサ田党の名運は尽きてしまったようで、安倍軍はその後配戦と撤退を重ねていくこととなる。 [音楽] [音楽] 騎兵は平野では大いに活躍できるが、狭い場所や野線には向き、サ田島はこを焦るあまり騎兵の使いどろを間違えてしまったのだ。 うへなんてこと というのが主流の見解なんだけど、この後の連戦撤退の理由は他にもあると思う。 うん。というと胸だ。ここまでの間に胸のことは助けたいたのりから何度も接触はあったと思う。 しかし兄さ島の首を差し出せば助けてあげるなんてね。胸島としては到底受け入れられるもんじゃない。 サ田胸島兄弟はイだけど仲が良かったのね。 それもあるだろうし安倍内の佐田指示は絶大だからこんな案打したら自分が排除されること必死とはいえ選境が不利になってくるとね。 [音楽] このままでは一族は皆殺しだったら一族のために兄を犠牲に。しかし [音楽] うわあ、これは悩ましい。 9月6 日子衣側の席への攻撃が開始される。 ここも南光フ落の地形をしており、長雨で 周囲の河川が増水していたため攻略は南行 したが、竹の名を受けた日という兵士が 危険を犯して増水した川を泳ぎ切り放軍 は驚き、衣子衣側の席を捨てみの知り添い た。あら、偉くあっさり。そうなんだよ。 ちょっと放火されたくらいでこんなにも あっさりと放棄するのはおかしい。さらに 言うとなのか衣側の敵を破った連合軍は 伊沢軍白取村に神軍。ここで近辺の作2つ をサクっと攻め落とし 11日には殿の柵まで神軍。しかし殿の柵 はも抜けのから。え、それって安倍軍はい もせず殿の作を放棄してサ田の巨上クリア 側の作へと逃げた後だった。 しかもそこには大量の美種が用意されており、兵たちはそれを飲んで 5万越だったとか。 え、さ中に飲酒何考えては分かった。これは罠よ。ベロベロに酔っ払ったところを奇襲する気なんだわ。そうに決まって [音楽] 安倍軍が攻めてくることはなかった。 え、じゃあなんで戦いもせず城を明け渡して酒を置いてったのよ。 殿の作の無血会場についてだが、殿の作が 軍事的に不向きだったからだと言われて いる。殿の作珠不将軍に変わる安倍氏の 権力の象徴として建 はまあそんなに深い意味はないだろうとが この説1つおかしなところがある。うん。 何が 軍事的に不向気なみの柵になんで一旦入ったのかすぐ捨てるはめになるなら最初から入らず戦に敵した柵に向かえばよかったのに。 確かにそう言われるとなんか変ね。でもなんで この一連の不自然さは胸の願いという説がある。 え、胸の願い 兄サ田島を差し出すことなどできないが以上戦を続けて一族が根やしにされるのも嫌だ。なので竹典のりを返し連合軍に公和交渉を持ちかけこの戦を平和的に解決したい。 [音楽] え、 だから佐田浦一族を説得し側の席を自発的に放棄した。 [音楽] 安倍にはもはや抵抗の石がないことを示すために。 あ、じゃあ他の 2 つの柵もあっけなく落ちたのはそのため。 そして胸党は安倍の成長とも言うべきとのみの作を交渉の場とし連合軍を歓迎する準備をした。大量の酒は連合軍を艦ためのものてね。 [音楽] ははは。なるほど。一応筋は通っているわね。 でもそんな都合のいい話通る?一族は助けたいでも田も助けて欲しいだなんて。 そう。胸は甘かった。竹のを味方にし一族を救いたいなら一派を見捨てなければならなかったのに。なんとかなると思ってたのりに大伺いも立てず一族を引き連れ戦に不気なみの柵に入ってしまった。 [音楽] [音楽] 胸からその石を聞いたのは悩んだろう。胸 が幸を申し出てくれたのは嬉しい。だが サ党を助けることはできない。清原のもの としても長さを追せよと命じられている身 としてもさどう したものか。ううん。確かに悩ましい。 そのグダグダをよりは見逃さなかった。 はよりよしって ここからは完全な想像となるがよしはみの柵に奇襲を仕掛けようとしたのではないだろうか。 [音楽] はい。 よりはたの典の思惑もかに胸と接触していることも気づいていたのだ。しかしあえて気づかぬふりをしてたのたちの交渉を進めさせた。 [音楽] そして安倍が完全に油断したところで奇襲を仕掛け自分たちで支宮を上げるが竹にバれたらでは一緒に攻めようかと無邪に誘う。 え、 佐田は超だしそもそもサ田島一波排除が第 1 目的目的のたとしては稲とは言えず胸にこういうことになっちゃったから君だけでも逃げてと知らせるのが関の山。 もちろんサ田党を含め全員名を条件に竹典のりと交渉すると胸党は一族を説得したわけだからそんな言葉聞き入れられるわけもないし。 己れたのり心優しい胸を騙すとは。 清原は信じられん。やはり戦うしかない。 うう、もうだめだ。こうなったら一族一眼となって徹底するしかない。 [音楽] で、ここじゃ戦えないからとみの柵を捨てに敵したクリアの柵へと移ったと。 ふ、これで竹典のは安倍を滅ぼすしかなくなった。 あばばばばばばばばばばば。よりよしとり共闘してるはずなのにな。何なのこれ? ここでは味方は敵の仮染めの姿。そう思わねばり合えない。よしはこの 12年で嫌というほど学んだのだ。 [音楽] なんち修羅の国よ。 ということで竹の胸の校交渉は破綻前年の 駅最終決戦栗谷川の作望線が幕を開けた。 栗谷川の柵は武流に優れた佐田島の拠点と いうこともあって沢や川に囲まれた天然の 溶岩に加え兵を防ぐための溝を掘りその溝 の底には無数の刀を逆さに立てその下に 巻き飛が巻かれている。 大敵には石弓を放ってこれを追い殺し、接近した敵にはつぶを投げてこれを倒す。敵が柵の下に到達したとすれば上から熱湯を沸かして注ぎ弱ったところをエリな刀を振って切り殺すという徹底ぶり。 佐田本気がすぎる。 さらに佐田は高台にぞ梅数 10人を登らせ歌を歌わせた。 はあ。歌って おそらくよりよやたのを長老するものだったと思われる。 ふん。よしはこの5 年中傷に耐え続けたツ物よ。そんな安い挑発に乗るわけ よりよし。これに激怒し野を仕掛けるも帰りうちに会い数百人の死者を出す。 いや何やってんのよ。 よりにまだなめられたら殺すの教事が残っていたか、それともよっぽどひどい抽傷されたかはともかく成功法で攻めてもダめだと悟ったよりよし。今度はこう命じた。 近くの人化を壊し、その木材でこの城の溝を埋めるのだ。またかヤを買ってきて川岸に敷き詰めよ。 果たして壊したオの木材や仮取ったかヤが山のように積まれた。 よりよしは馬から降り自ら火を取って これは神火である八万宮の三振よ。どうか風を吹かせ火を起こしてあのクリア側の柵を焼き払いた前 [音楽] と柵に投げ入れた。すると鳩が飛んできてよりよしの上空をかけ回った。瞬間立ち暴風が吹き荒れ巨大な炎となって柵を飲み込んだ。 [音楽] なんと 物語的客役職が多分にあると思うけど、とにかくよりよしは作を炎上させることに成功。追い詰められた安倍軍は決の戦いを挑み大根戦となった。これを見た武がすさずこう命じる。 [音楽] 我が法の囲みを開いて佐田軍をおびき出せ。 あ、この戦法基礎吉中が峠の戦いで用た。 囲みが開いた途端、サ田軍は戦うことを放棄し、そこがけて逃走を測るもの続。連合軍はサ藤軍を好きなように打ち倒し殺害した。 [音楽] わあ、この戦法本当効果絶大ね。 佐田は剣を振いましく戦ったが、ここで差し貫抜かれてしまった。そこを捉えられ、よりよしの前に引き出されたが、よりよしを [音楽] 1目見てきえた。 去年34ああ、サ田がついに ちなみにサ田島は身長 180cmを言うに超え腰周り 2m20cmばかりの大男であった。 でけえ。 また佐田の息子千与えられた。目立ちの整った美少年で活中を身につけ誠によく戦った。その姿を見たよ彼の命を救おうとした。 自分のために毛投げに戦ってくれた息子たちと千同寺が重なったのかもしれない。しかしそれはなりませんぞ。 わ、たのり 将軍小さな技の裏に大きな街があることを忘れてはなりません。 その強い神殿によりよしは千同寺を切るよう命じた。千同寺年 13歳。ああ、これは サ田の結続は俺のには邪魔なのだよ。 こうして連合軍は勝利を納め、安倍は滅亡した。そしてもう 1 人無者が池取りにされた。藤原の常きだ。 常きよ。この戦に出てたのか。きはよりよしの前に引き出された。 お前は我が現事の先祖伝来の嫌雷の分際でありながら底の意向をないが白にしわしという主まで部別した。 これは親を殺すに等しい滞在であり、人の 道を外した行為だ。また白布を発行して わしを殴るか答えてみよ。 歯のこぼれた生刀を持ってこい。それで このものの首をゆっくりゆっくりと 切り落とせ。 これが世にもなかの切り引きだ。 この処刑法だけ切り取ってよりよしは残額な男だと認識されがちだがまでの常きよがよりよしにやってきた所料を思うとね。うん。 裏切った経緯は同場できるけどその後は結構なことやってるのよね。兵の約 1/3を引き連れて安倍に願ったり、この [音楽] 5 年間授業よりよしの尊厳を延々遠々踏みにじりまくったり。 ここまでされたらね、あ字としてこれ くらいの死刑をしなければ示しがつかない よ。よりの老頭たちだってよりと共に ひどい目にあったし命を落としたものも いるしね。もちろんに対して私たちの想像 を絶する感情を抱いていたことは事実 だろうが。わあ。こうしてよりときの修婦 が打たれた。 ああ、燃えていく。僕と千同じ君。父上と一緒に遊んだお屋敷。鬼は父上。 [音楽] うん。この子はこの年 7 歳になる常きよの息子だ。そして後の欧州藤原氏初代手藤原の清平だ。え、ということで今回はここまで。 [音楽] 次回は戦後処理という名なのよりよし竹典のム工防戦を解説するよ。 [音楽] おお。安倍を倒してもまだ争いは終わらない。 とにも確にも最後まで見てくれてありがとうなんだぜ。 ありがとうね。 それではまたね。 バイバイ。 う 。
源頼朝・足利義兼たち河内源氏と、秀郷流藤原氏の戦いを、主に源氏視点で解説していくシリーズです。
今回は第12回!
前九年の役最終決戦「康平五年合戦」を、源頼義・清原武則・安倍宗任それぞれの思惑を交えつつ解説します。
前:https://youtu.be/dSgXYzKyxdc
次:作成中
元木泰雄「源頼義」「河内源氏」
高橋 崇「蝦夷の末裔」
高橋富雄「奥州藤原氏」
桃崎有一郎「平安王朝と源平武士」
樋口知志「奥六郡安倍氏の滅亡―安倍頼時子息たちの動静を中心に―」
海上知明「地政学で読み解く日本合戦史」
24件のコメント
動画制作お疲れ様です。毎回楽しみにしております。
ようやく長く続いた貞任との戦が終わりましたね。八幡太郎義家キタ――(゚∀゚)――!! 賀茂次郎義綱キタ――(゚∀゚)――!!
三兄弟の中で最初に死亡したのと義家、義光のキャラが濃すぎて影が薄い義綱ですがおそらく今後語られることでしょう。
経清の鋸引きは今後散見される恨みを晴らす処刑法の元祖と言えそうな。その意味では歴史に残る人物ですね。
次に来る後三年の役では「身したしき郎等なり」とされた首藤資通や数年前まで大庭氏や梶原氏の先祖とされていた鎌倉景正がワンチャン登場するか?
夜の川に籾殻流さないと…※貞任は夜の川に籾殻を流し敵を罠に嵌めた。後の九戸政実も使ったとされる
貞任の次男仙千代が逃れてきて土着し、子孫らが居を構えた城が地元にあるので歴史って繋がってるんだなと思いました
頼義は経清の息子までは殺そうとは思わなかったのか?それとも清原に母子共々匿われてしまったから手が出せなかったのか?
時系列が分からないので何とも言えないが
武則は武則なりの思惑を持って動いていたけど、頼義には全部とは言わずとも大方を見抜かれていて完全に利用された形になってしまったと…。
老年に至ってからの数年でここまでの成長というか激変ぶりを見ると、頼義はもう先天的には謀略家としての適性があったけど、父・頼信を目標としてあまり向いていない政治家であろうとし続けてきた結果が悪い方に転がってしまったのではないかと思えてきますね。
それにしても雨男は遺伝するのか…そういや義経も本当に大事な時に嵐に見舞われていたような…。
今回も楽しくて拝見してさせていただきました。
この辺りは、本当に未履修に近いので本当に勉強になるので助かります。
次回以降も期待しています。
もう『炎立つ』の場面が思い起こされます。そして捕らえられた経清が頼義によって鋸曳きの刑に……。大河では経清の旧臣に鋸曳きをさせたから、それがまた切なくて……。
安部貞任、源義家の戰場での歌の逸話が好きですね。
平泉の衣川歴史ふれあい館で貞任、義家の騎馬像があるのを思い出しました。
経清は‥炎立つのあの最後のシーンがすごく今でも覚えています‥。
うっかりで小屋を焼いてしまうのは義経同様消防施設の整っていない時代なのに気軽に火をつけすぎだろ!と思いました。
いや消火が困難だからこそ戦術として有効で多用されるのでしょうが。
こんな行き当たりばったりで各々の思惑が違って統率が取れていないのにどうにかなっているのが興味深いです。
頼義の成長ぶりが凄いと思ったら挑発に引っかかってあれ?となりましたがお前の父ちゃんでーべそとでも言われたのでしょうか。
黄金の橋はいつの時代も効果絶大で恐ろしいです。
そして相変わらず落とし所が見えないのが気が重いです。
河内源氏&清原vs安倍のリンチ試合が始まりました
ちなみに安倍宗任の子孫は後に平家に与し、平家滅亡後現在の山口県に土着した子孫が安倍晋三総理とされています。
安倍氏の子孫が頼義の子孫の鎌倉、室町幕府の天下が消滅してから歴史に名前を残したというのも面白いですね。
厨川柵に頼義が放火したとき「鳩が出て来た」のは、八幡宮で鳩が神聖視されてたことが反映されてるんでしょうね。
ちなみに、沿線に石清水八幡宮がある京阪電鉄の特急は、鳩をシンボルマークにしています。前面に掲げたりして。
謎大き清原氏をもっと知りたい衝動に駆られてます。吉彦秀武も深堀出来たらお願いしたいです。
清原武則の「戦勝おめでとうございます」の発言って本能寺の変後の黒田官兵衛が豊臣秀吉に言った「ご運が開けましたな」感がすごいな。
両方ともたしかに言ってることは正しいんだけど言われた側からしたら「こいつ信用出来んな」となるだろうに。
貞任の子は許さないのに憎っくき経清の子を生かしたの、謎ですよね。それが後に頼朝の苦悩の種になるとは…。
しかし頼義、知略は素晴らしいけど軍略はからっきし。頼朝(え?直義?)そのものですね。
壮絶な戦い過ぎて、最後は鳥肌たってました。どうすればこの壮絶な悲劇と苦しみを避けられたんでしょう。どこからどうしてこんなことになってしまったのか。また最初からシリーズ見返してみます。
頼義じいちゃんがすごすぎて圧倒される。でもまだ苦労は続くのですね😅
地元には義家の弟が家来と戦の傷を癒したといういわれのある温泉地があります。このシリーズのおかげで東北の歴史にじっくり触れることができてうれしい。自戒も楽しみにしてます!✨
アップお疲れ様ですー
この時代(頼朝や足利兄弟の時代もですが)武力をもって上に立つ以上、感情とは別の「周囲へのケジメ」は「明確に」示さなければならんかったんやろうなぁ、そこに悲劇や次代の種火が生まれたんやろうなぁ
それに比べたら今って本当にありがたい時代…とつくづく思いますね…
しかし、守備側有利の地、好き勝手に突撃…クレシー…長弓部隊…騎士の終焉…ウッ、頭が…ってなると思ったら勝つんかーいw
そういや武則、養子だけど当主を不安にさせる立場になってましたなあ。本当に代替わり考えると養子は荒れる要素になっちゃいがちですね(-_-;)
牛さん豚さんねずみさん、新しいイラスト導入ですかな?可愛らしい(☆▽☆)
謀略の場でのディスりは受け流せるけど、戦陣だと昂ってる配下の統制とか難しいでしょうからね…。無茶な突貫もするし鋸引きもしますなあ……(*_*;;;;;;;;)
味方の調整にオタオタしていた頼義はもういない
それどころか武則の思惑を見切りコントロールしてる
すごい
そしてやっと清衡登場
投稿お疲れ様です。
とうとう炎立つの主役が出てきましたね。
前九年の役において清原氏は安倍氏を裏切ったという知識しかなかったのですが、そこにどういう思惑があったのかという視点で見るとなるほどこういう考えもあるのかという事でとても新鮮でした。
ただ解説するだけでなくup主の考えも入れて貰っているのでとても楽しんで見ていますし、この方が頭に入り易いのでこのスタイルは本当に好きです。
〈キミコ家の人々!〉ウプヌシが華麗にスルーしているので一筆啓上しますが吉美候(吉弥候部)一族は平安時代初期から朝廷に仕えていた蝦夷(俘囚)の一族で三十八年戦争や戦後の東北経営で活躍したりした。ただ全員が朝廷に従順だったわけではなく八一三年には吉弥候部氏の止彼須可牟多知が反乱を起こし、小野石雄が率いる朝廷軍に討伐されている。この八一〇年代(弘仁年間)には大和朝廷の勢力が北上盆地北部にまで到達しているが、そのあと八戸市あたりの海岸地帯に軍を進めることなく戦いを打ち切っている。当然、財政的な理由が大きいと思われるが、背後にいる吉弥候部氏の勢力を警戒しながら蝦夷討伐の戦いを継続するのが非常に困難だという判断が働いた可能性も大きい。この次に蝦夷の討伐が再開されるのは延久二年だったような気もするが・・・( ^ω^)
週刊河内源氏待ってました!!
今号はBGMといい、鶴見さん登場といいちょっと雰囲気が味変したのもいいっすね♪
登場人物も炎立つの役者さんたちで馴染みの方が続々登場して、置き換え脳内変換が忙しい忙しいっす😊
ここに来てボンボン頼義から、新宿ならぬ鎌倉の龍、頼義の完成ですね!漢には雨がよく似合います♪
経⚪︎「豚m…!! (…あれ?)」
今回も更新ありがとうございます。
炎立つを見てるとどうしても安倍擁護に回っちゃいますが、フラット(からやや源氏寄り…?)に見る解説ありがたいです。
在庁官人勢と清原の思惑も見てみるとより面白く見られました。
また次もますます楽しみです。
そういえば…
・貞任と義家の歌をやりとりした逸話があった気がしますが、やっぱりお話、なんですかねぇ?
・河内源氏(為義流?)の雨男気質についても抜かりなく扱われてて思わず笑いました。同じ河内源氏でも義兼は違ってそうですけどw
・厨川柵の雑女の歌いや弩のくだり、結構炎立つの原作にも取り入れられてるのかな、って思って興味深く見させていただきました