【ゆっくり解説】思わず目頭が熱くなる戦国の熱い友情エピソード5選
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#日本史 #ゆっくり解説
3件のコメント
友情ではないけど、滅茶苦茶長い付き合いをしたのは「家康と今川氏真」ですね。
この二人は互いの欠点や弱点を補い合った感じ。
大谷吉継と石田三成は仲良かったのは事実だけど、実際どれくらい友情があったかは不明。三成ならなにげに真田信之とか津軽為信とかのほうが。
相良家と甲斐家のお話ですが、一次史料ですと相良家が島津家を嵌めようと甲斐家に持ちかけるも島津義弘はあからさまな相良家の動きに用心し出兵見合わせ。甲斐宗運は「相良ずれが信用できるか」とそのまま相良本陣に突撃した と言う流れです。要は義陽がどちらかを騙そうとしてどちらにも袖にされ無防備だったところを宗運に撃破されたおまぬけな顛末
大体、義陽が打ち取られたとき馬回りや小姓等300名も運命を共にしたと言う事だが、相良家の規模で正規兵の300人が打ち取られるとか戦国期にかかわらずお家存続の危機。義陽は義理の為に相良家を道連れにしたとんだアホ主君と言う事になる。そこまでの義陽の業績を見てもそこまで無能ではあるまい
因みにその後の相良家は戦力を失い危機に陥ったが、肥後統一を目指す島津家が肥後の国人への懐柔策として敗戦は不問に。義陽の後も早くに亡くなったが島津家が介入し家中の騒動を収める等、今川家における松平家のように手厚く保護された
こう言う事もあって相良家は歴代親薩摩傾向が結構強く幕末もいち早く薩摩藩側で行動しています