【映画】「でっちあげ〜殺人教師と呼ばれた男」 現代社会の心の病巣 4つの思惑が交錯する 言ったもん勝ち社会の被害者

[音楽] どうも島ですえ今日はこれ出っち上げ殺人 教師と呼ばれた男えこの作品の話をして いこうと思います それではやっていきましょう 出ち上げ殺人教師と呼ばれた男えこの作品 は2025年6月27日からえ公開が 始まったえ2003年に福島県福島県って 福岡県でえ実際にあった教師によるえ小学 生のいじめ事件えを うん元にしたえその事県え福岡県のえま 殺人教師出っち上げ事件えこれをベースに したえ新たにねそれをベースに客え作られ た物語の映画とでうん僕はこれもう いきなり出そううん大変素晴らしい作品 だったなと思うんですよあのま最初はねえ 原国側のえうちの息子がこんな目に合わさ れたんですっていうえー側のま目線のえー 先生像をえ見せてえそこからえ次はもう この先生のえ被告のええ教述という形での ま見せ方をしていくというようなえー形で まちゃんと最初にえこうとんでも教師の イメージをしっかり植えつけた上で物語を 語ってくというえ実際のえ 事件の時にえ我々がえ浴びせられたえ認識 の部分をまあ うん再現してるというのかなえそういう 感じの構造にえなっていてまあ2003年 のこの事件ま若い人は知らないかもしれ ないしえ僕ら世代でもう忘れちゃってると いう人は多いんじゃないかなとは思うん ですよでねえこの事件この作品をま見て いく上であの重要になるのは4つの視点が あるということなんですよまずねまず4つ の視点があるということこれはえーまずは 原告側うちの息子がこんな目に合わされた んですっていう言ってる側この目線とえ こう被告うねえ先生の目線だよねそれと 学校の目線学校側はこの事件に対してどう であって欲しいという目線で最後報道の 目線ですよ あのこの4つの目線というのがえま社会を 作っていくわけなんだよねでえセロンと いうのはどこに乗っかるかと言うと実はえ 原告の申し立てに寄り添うのではなくて 報道が言ってることに乗っかるんだよね じゃあその報道の目線というものはどう やって生み出されるかえ数字が出る報道は 一体どういう報道にするべきかでその時に え 社会にねまバズらせるえ火をつけるとした ならばどういうやり方をするのがいいかと いうことを考えるのが報道の目線なわけ ですよ彼らも商売だから数字とって何ぼの 世界だからねそこでえーこの原国がえ こんなことがあったんですあいつを許して はいけませんみたいなえことを言ったのを あの来られた時にまあ乗っかるわけですよ この事件の場合で言うならばえ学校の教師 がえ児童をいじめてたとこの3つのワード ですよそうするとねあの子供という子供が 被害者というような部分だけがもう前に バーンと行くわけでしかも相手が高木の 場合だとえこれをもう攻撃しやすいからね だからえそこの部分で火をつけてあげれば いいわけよそうするとえ世の中にはねあの くすぶってる人間っていっぱいいるわけ誰 でもいいから叩きたいという人もいるし まししてさっき言ったようにえ子供という だけでま頭にカーっと血が登る人がいる わけですよ事実関係なくねそれでえ社会 ムーブになった時何がえ起こるかと言えば その刺激的な言葉に踊らされるんだよね 事実関係はどうでもいいの報道でこう言っ てたみんなああ言ってたというところに 乗っかるわけようんそれに意を唱えると 自分が悪物になったようなえ感覚に陥る からだから報道はそういう報道 するわけですよだそれはあの先日の映画え フロントラインにおいてもまあ叩くこと ばかりを考える報道の姿えというものが あったよねでごく最近のニュースのことで 言えば あのねえ某某芸能人がえコンプライアンス 違反があったということであの 関係者の名前はその社長は一切出さなかっ たんだけどそんなことが許されると思っ てるんですか何を隠してるんですか個人 情報がととか言ってますけどそれは報道の 立場としてどうなんですかとまとにかく 攻める目線を作るわけこれをルサンチマン 報道って言うんだけどえまあ報道人として は最低のカスだよねえこの前のだからその え芸能人の会計の時も1人だけバカみたい にすがってあだこうだと言っててなんとか してその曲を悪物に仕立てようというよう な形のえ会見の時にねとにかく攻めれば 何かボロが出るだろうてフォローを出し たらこいつも悪物に仕立ててやろうという えカスみたいなのが僕はラジオ的にこう 流して安倍安間の会見を流して聞いてた だけなんだけれどもまそういう人が1人い ましたよああれあの感覚なんですよだから あのそこを割物にすればまたテレビ局が みたいな形で火がつくでしょだからそう いうことをしたいわけでそれはもうこの 2003年の頃も今も全く変わっていない から報道というものはもう手をなしてない わけですよ数字が取れるえ刺激的なワード というものを並べてそこに悪人を 作り上げるということが報道のスタンスだ からそのスタンスがこの作品の中では バチンとま出てるでしかも今回の場合はえ 週刊 瞬法っていう名前だったかな春の知らせっ て書くまあもうどこのね週刊誌かって 分かるよねどこの週慣誌の名前を変えた かっていうのはさまあいかにもやりそうな え話であって事実関係ををこう把握すると いうえことよりもいかに刺激的でこいつは こういう悪人であるかということを 仕立て上げるというところにまあ全力を 注ぐわけよ全部仕掛けてくわけ罠をかけて ねでその一部指重みたいなものも描かれて いくとねでそれが結局えこの物語の中に おいてもまあ重要なえー 鍵になるわけだよね当時のニュース覚え てる人もま多いと思うんだけどもあのま いるとは思うんだけどあのなんだろうどの 事件の場合であってもえ誰か犯人を 作り出してそれを叩けば社会は満足する わけねそのあいつが犯人だっていう風にえ してしまえばあのそいつが犯人でなかった としてもねその人が犯人でなかったとして もいわゆる冤罪であったとしてもま社会は 満足するわけよ自分の歪んだ正義感を 満たすことができるからで自分は正しい ことを言ってるっていうことでえねなんか こう証人欲求も満たされでさらにえ誰かを ねこの悪いやつをこらしめてやったって いうような制裁欲求が満たされるからあの ま満足するわけですよ喜んじゃうのだから あの実際がどうかということはもう関係 ないわけ誰かを吊し上げれば満足する誰か を犯人に出っち上げれば満足するわけよだ まさにこの事件がえその象徴的なもので あってあの母親がね あのま先生にあんなことされたこんなこと されたということを言って訴えてるわけな んだけれどもま見てれば分かるもう最初 から僕はもう違和感の塊だなと思ってて やっぱり最後そこが突破校になっていくん だけどあの何の証拠も出てこないわけです よえ全部え教述だけえ証言だけと言った方 がいいのかなえこんなことされたあんな ことされたとねでえその話だけを聞いて 鵜呑みにすればえ教師がねえ児童そんに 対してそんなことをするなんて風みに動け ないなんていう感じでねまあこんな教師 やめさせろうとえでまもうありとあらゆる 嫌がらせをいう世間の人というのはする わけよえそこにどんな事実があったかって 関係ないからね誰かをいじめれば満足する からねあの 今でもそれは継続されてるのよ例えばお米 ねあの米の生産農家なんてろな利益もない のにえしぶしぶ作ってるのに値段が上がる とえ米の値段が上がって農家が設けて みたいなことを起こる人いるけれども普段 自分たちがしてるっていうことは棚にあげ てるわけよっていけないぐらいの額でしか 買わねえのにえ偉そうなことを言って高い とかこんなんじゃ生きていけないなんて バカなことを今言ってるわけじゃない まさしくそれとそれがこれでうんと教師を 責めてるのと全く同じことですよ実際に 実態としてはどういうものかということは えま関係ないからねだからえあんなことし たこんなことしたっていうことだけが 1人歩きして殺人教師にえなっちゃってる ねでここに関しての証拠というものをえ 原告側は全くえ提出してないわけ証言だけ 証言だけねで 例えばPTSDになったということに関し てもあのPTSDだみたいな証明はあって も そのPTSDになった原因はこの教師に あるということの証拠は何もないのよ あの先生がこう言ったからだと言うだけで ねでそうすると今の世の中のことで言った ならばあの まるでねこの先生がやってないことの証明 をしなきゃいけないみたいなえ空気が 生まれるでしょだからここはそこの部分 っていうのは描いていないんだけれども あくまでえ向こうがその証拠を揃えてい ないというえことの部分だけえ話に上がる だけでなんだけどもねあのこの教師の側が えまるで証明しなきゃいけないみたいな 空気があるわけあのこの前も何だったかの 時にねいやあのそうでないんだったらえ ちゃんと会見で釈名すればいいとかって いうようなことをね何だったかのやつの時 にま僕Xでえコメントつけられたことが あるんだけどもあうん何もしてない側が 何か言うっておかしいからね私はやって ませんというなんでそんなねあのデマにね あの 付き合わなきゃいけないのかっていう話に なるじゃんでしょでそれを言ったら言った で今度あのやったからそんなことを言った んだみたいなことを言ったりする人とかが いるわけなんだけど本質的にはね物事何で もやられたという側がねあのこういうこと を何時何分こんの時にね何月何日何時何分 のこの日の部分にえーこの人がこういう ことをしましたその証拠がこれですって いうものを出して証明しなきゃいけないの はやられたと言ってる側なわけですよね だってやってない側は何にもあるわけない んだからそうでしょ何にもないからやって ないから何もないわけだからだからえそこ で証拠を証明するという必要はそもそも ないわけよそもそもねだからあのこの人が やったんだって言ってる側が用意しなきゃ いけないなんだけどこれが裁判なんですよ なんだけどここの件に関しては何も用意さ れないわけだよね だからそこでもってえ崩してってえこれは ねまこの事件は冤罪がえ10年かかって えー証明されるんだけども冤罪だったって いうことにはなるわけなんだけどまその前 にえ裁判では1回勝つんだけどねだけどえ 体罰があったということだけはままるでえ 誠やかに事実のように言われたまま10年 経ってしまうという部分でまその辺のどう いうことがあるかっていうのはま作中の ものね流れをま作品見てねもらいたいんだ けれどもあの 問題なのはねあの10年経って冤罪が 晴らされたとしてもあの世間の人たちはあ あれ冤罪だったんだ良かったねとは思わ ないのよあの最初にうわーっと火をつけ られた時に出来上がったこの作品で言えば 殺人教師えというえー まあ嘘の姿が浸透してそのまま忘れちゃう からで殺人教師というえ言葉が出てきた時 にあああの人ねっていうここが冤罪だった ということは誰も知られないんだよねだっ て数字にならないから これが報道なんですよだから誰でも悪 あいつが悪人だと言ってしまって炎上さ せればもうその人ずっとそれが嘘であって も悪人なわけでそこの問題というものは 結局今の時代になってもまえ解決する手段 っていうものは用意されてないよねテレビ は悪人だ悪人だってさいでもあれは間違い でしたっていうのはやらないから申し訳 ありませんでしたって自分たちが言わ なきゃいけないからだから悪人のままで 通すのよみんなが忘れるまでこれが今のえ 社会で今の社会はもっと立ちが悪いわけ これは2003年当時だからえこういう ものはねまあなかったわけですよスマート フォンねああの 携帯電話はあったけれどもだからSNSが 今みたいなえ 格境になるう時代ではなくてブログの時代 かなブログの時代だよねそうそういう時代 だったからまだえこの物語の中のでこう やられるいじめ程度で住んでるわけですよ ねこれ今SNS時代だからこんなもんじゃ 済まないわけもうえ外歩けなくなるほど ひどい目に合わされるわけよねあの チャリンカスママって覚えてるあの一方 通行を逆走してきた自転車がうん我に正義 あるとばかりにものすごい競争で睨めつけ るっていうのがあったでしょうああの人今 もう外歩けないみたいだからね そういうことにまあなるわけですよまそれ あれはもううん本人が悪いからまあただ やりすぎだなとは思うんだけれどもそう SNS時代だからまあこんなもんでは済ま なくなるだからそういう意味ではこの人は ある意味まこの事件の中の人はねえついて はいたんだけれどもでやっぱり問題なのは え子供が被害にあったんだからってんで カっと熱くなって頭に血が登っちゃう人だ よねえ事実関係をしろうともせずあいつは 悪いあいつは悪いってなってしまう人ねえ 結局そういう人は何が1番問題かと言えば 本当に悪いのが誰なのかというところに メスが入らなくなるわけですよそうでしょ だからえー 実際は別な形でえこの物語の子供というの は被害に合ってるわけなんだけれどもま そこの部分に対してはえーもうねメスが 入らないということになるんでだからね やっぱり事実関係をしっかり知るという ことも大事であとは学校側の目線だよね この学校側えことれ主義でとりあえず謝っ とけまあの当時は避けそうなわけですよだ から謝っとけばもうそれで済むからみたい なねで自分は定食が間近だからまあ揉め事 に巻き込まれたくないという校長がまそう やって言うわけだよで校長になびく教闘 っていうのもまそうするわけですよでえ 中ばこう脅しのような形でね誤らされる わけね謝罪をさせられるわけよ その教師はねなんだけどもあの後でこう火 がついてわっと騒ぎになった時にはまその 教師に謝らせたのにあなたがやったから 謝ったんでしょっていうとんでも論理を 展開するわけだよねえこういうえ自分の身 しか考えない人間というのがまこういう 職業の上の方についてる例というのはまあ いっぱいあるわけですよ関わりたくない からだからまえ全国でいじめがあの表に出 てこないという率が高くなっていくわけな んだけどだからねこの作品の中で描かれ てることというのはあの現代社会の病層 みたいなところがみんな描かれてると言っ てもいいような状態なんだよねだから僕は ねこれ是非見てもらいたいなって思う ところとあのまこれ監督三池孝志なんだ けれどもうん彼の作品ってどっちかと言え ばま暴力のものが多かったわけなんだけど 今回はえ心の暴力言葉の暴力だよねまあ ひどいというところがあってなのでねま そこの部分の描き方というのはうんさすが だなと思って見てたわけなんだけれども 今回これ面白いのはえこの冤罪をかけ られる教師というのがえあの豪がま演じ てるわけだよねであの号っていうのはあの ま覚えてる人いるかもしれないけどま ちょっとお騒がせしたわけですよだからえ 今えパッと思い出して欲しいんだけど あんまりテレビ出てないでしょだけど映画 作品は実は結構多いんだよねそうこれ ねうんと現代の特徴でまあの 配信作品だとかそういうところでえま仕事 をするというテレビはねあのくだらない こと騒ぐ人がいるからそれと作品とは関係 ないのにあのもうリンクさせなきゃ気が 済まない人っていうのが世の中にいるもん でまだからねあ そうこういううさうんなんていうの映画 作品だとかにはま出たりっていうな形が あってでもテレビには出ないみたいなそう いう流れがあるわけなんだけど あのいわま最初に言った報道のあり方 ルサンチマっていうルサンチマン報道って 言うんだけどまそれと同じだよね悪人を 作ってあいつは悪人だっていうような感じ のことをままあまあまあまあ背景は色々 あるからねその加減というものはあるから あれなんだけれどもそれと同じで1度作ら れてしまったイメージがあってあのテレビ という世界にはまあなかなかちょっと戻り にくいキャストが今回教師という仕事に 戻りにくいという立場の部分を演じて るっていうところも あのなかなかねえ面白いえ組み合わせに なってたんじゃないかなと演じてたね野号 君まあさすがだなと思ってねうんもう非常 にその辺も素晴らしかったですよねあとは え彼の奥さんのキのふ野ちゃん彼の奥さん 役をやってるえ木村文野ちゃんもう僕ね 彼女大好きもう最高だねうんもうあいいな やっぱりと思ってもう見てたんだけどそう ねまあまあまあまあそういったねキャスト 面結構がっちりと周りをねえ名乗った人 たちがまあ固めてますもうこもう長く話し たからねもう取り上げていかないけれども そうなのでねそういった部分も非常にえ 純宅で見応えのある作品になっているんで ねそうだから今の日本の日本現代社会の 病層みたいな部分をねえこの作品をえ見る ことで改めてああそうだなっていうような ことをま考えてもらえたらいいんじゃない かなとえそんな風に思いますはいえ今回は この辺で終わりにしようと思います チャンネル登録と高評価よろしくお願いし ます それでは [音楽]

「でっちあげ〜殺人教師と呼ばれた男」の感想

原作 福田ますみ
   『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』
監督 三池崇史
脚本 森ハヤシ
撮影 山本英夫
音楽 遠藤浩二
出演 綾野剛
   柴咲コウ
   亀梨和也
   大倉孝二
   小澤征悦
   髙嶋政宏
   迫田孝也
   安藤玉恵
   美村里江
   峯村リエ
   東野絢香
   飯田基祐
   三浦綺羅
   木村文乃
   光石研
   北村一輝
   小林薫

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