【義経、伊予守任官】頼朝・義経兄弟決裂の軌跡【ゆっくり歴史解説】#3 源頼朝・義経兄弟決裂の過程を追っていくシリーズです。 今回は第三回。 京から離れてほしい頼朝と京に居続けたい義経の攻防を中心に、義経の伊予守任官について解説します。 前:https://youtu.be/6hxcU9YUNAY 次:作成中 【参考文献】 呉座勇一「頼朝と義時 武家政権の誕生」 呉座勇一「陰謀の日本中世史」 菱沼一憲「源義経の合戦と戦略 その伝説と実像」 菱沼一憲編「源範頼」 五味文彦「源義経」 Entertainment エンタメ ゆっくり解説 佐々木大光 平安時代 後白河法皇 日本史 源範頼 源義経 源頼朝
@梅-j6q on 2025.03.16 04:00 キングボンビー同士、仲がいいんだな😅 周囲の環境に影響されちゃう義経と、流人から武家の棟梁になっても方向性を見失わない頼朝。元々のレベルが違ってたんですね。武士なのに表面的な戦功や勢いに振り回されずやるべきことをなしていく頼朝···やっぱり恐ろしい子···!
@基多楼 on 2025.03.16 04:16 ここらへんの義経の心情はちょっと理解しがたい。頼朝に(多分懇懇と)説得されたにも関わらず、宗盛をムシャクシャしていたからやったと思われるように564、駄々をこねるように京都に居座り好き勝手をする。挙げ句行家と結託するって、もうどう見ても謀反決定。京でおだて上げられて有頂天になっていたにしろ無軌道がすぎる。正直、義経は頼朝の凄みを一切分かっていない。戦下手だから自分の方が優れていると内心思ってたんじゃないかと疑いたくもなっちゃうんだよなぁ、、、むしろ、世間一般に冷酷だと思われている頼朝の方がこの頃は懊悩していただろと可哀想になってくるわ
@Kirara_Hoshino on 2025.03.16 04:17 鎌倉に戻れば東国武士たちの自身を嫌悪する空気に覆われながらの暗鬱とした生活。頼朝の態度から上総介広常たちと同じ運命を辿ることも容易に想像できる。そう考えた時、栄光に包まれた京での生活を選ぶのは当然のことと思う。その状況を生み出したのは義経の自業自得なので同情はしないけど。
@阿部広和-d1w on 2025.03.16 04:25 頼朝って朝廷とのバランスの取り方が上手いよね 頼朝死後の鎌倉幕府と朝廷のバランスの崩れ方はひどい 話は変わるのですが北条家ってこの頃何やってたの
@博多よねまるぅ隊員 on 2025.03.16 04:26 義経に害をなした訳でもないのに、副将に続き、宗盛・清宗に対するこの仕打ち。そして範頼下げ。この人手なし加減と場当たり加減はゴッシーの影響なんでしょうか😢
@Katuragi-Housiyou on 2025.03.16 04:30 推測ですが、義経は鞍馬寺ではおそらく肩身の狭い、少なくとも厚遇はされない生活を送り奥州藤原氏に保護されるまでは流浪の時代も含めて(もしかしたら流浪時に野盗や野伏に加わっていたかも)あまり良くない境遇だったのが奥州藤原氏に源氏の御曹司として厚遇されてそこでプライドが反動で高まり、更に平家討伐での戦功と後白河による厚遇がプライドと自己顕示欲を悪い意味で爆上げさせてしまい、もう富士川で再会した時の心境は消えてしまったのかもしれません。同母兄の義円の戦◯の原因でもある行家に簡単に懐柔される時点でおそらくは自分を持ち上げるおべんちゃらに簡単に乗せられる甘い性格になっていたでしょうし、自分でもチヤホヤされる京都の暮らしが鎌倉ではあり得ないのは理解していて我慢できず弁慶達側近も諫言できる人材はいなかったでしょうから、梶原景時がどう諫めようが頼朝に報告しようがこうなる運命だったのでしょう。
@佐竹ラスベガス on 2025.03.16 05:05 人間、相手の考えを理解するというにも頭の良さと性格が影響していてIQが20くらい離れていると低い方は話が理解出来ないらしいです実際コロナの時も、理詰めした意見よりも分かりやすいオカルトの陰謀論の方が信じられたとか 義経は軍事方面あるいは一地域を任せるなら優秀な人材だったのかもしれませんが全国規模、先の先を見据えた戦略や政治意図は、理解できなかったのかもしれませんね…… 「どうして俺の考えを理解してくれないんだ、俺の方が正しいのに」そんな考えを持っていたのかもしれませんが、如何せん義経の見てる世界も世界の成り立ちも狭く近くの事しか見えてなかった 平家を倒した事で、不相応な地位についてしまった事が義経の栄華の転落に繋がってしまったのかもしれません どれだけ忠誠心と才能があっても上層部の意向を理解出来ず、従えないのなら排除するしかありませんあるいは理解できずとも、言われた事を素直に行う人間だったら義経は生き残れたのかもしれませんね
@suwakaji1 on 2025.03.16 05:06 様々な言い分は あろうが、頼朝も範頼も義経も、親兄弟と争って処刑された 源義朝 の子である。悲しいかな、父・義朝 と同じ血だったことを忘れてはならないようだ。そんな ドン底から巻き返す物語だから、「石橋山の戦い」から、鎌倉幕府の誕生までは面白い。晩年の話は立身出世の物語としては蛇足である。
@さや-u5h on 2025.03.16 05:19 ………鞍馬寺にいた頃の義経が欲しかったもの。みんな義朝の供養の時の勝長寿院にあった気がします😭父上も家族を恋しく思い、肉親の中にあることを求めていた幼い牛若の心は、京でヒーローになってどっかに眠ってしまったのかと思うとホントに悲しいですね😢ここみて京都戻ってからのやり口は決して擁護できないの見てると頼朝頑張ってたんだなぁ……と子供の頃の一方的に頼朝冷たいと思ってたのが申し訳なくなりました😅 それにしてもホント範頼は義経のせいで散々ですね😢。それでも義経追討は嫌がってたみたいだし、修善寺でもお墓大事にされてて周辺の人たちに愛されてたみたいだし、ホントに良い人だったんだなぁと今回も見てて実感しました😢キングボンビーに爪の垢煎じて飲ませたいです💦 こちら見てると義経はちゃんと鎌倉に居場所があったのに気づかなかっただけなんだなと思って悲しくなります😢。来週で完全決裂だと思うので、心してみたいと思います😂頑張ってください❗️
@AB-zz2sc on 2025.03.16 05:21 頼朝の意向に従った回数より意向を無視した回数の方が多いのではと考えるぐらい義経無茶苦茶ですね。放置しておくといずれ不満を持った御家人が離れていって分裂して大混乱になるか頼朝の脅威となる一大勢力に成長していたのではと感じました。歴史は度々些細なすれ違いに大きく影響を受けますね。どうすれば回避出来たのか色々考えますが距離の近い現代人でもすれ違うのに当時の距離の離れた二人が気持ちを通じ合わせるのは至難の業かと思います。
@56513haruka on 2025.03.16 05:25 社会に出ると義経みたいな奴結構いる前任者の信頼とか会社の看板とか設計製造とかのバックアップあっての手柄なのに交渉矢面に立っていたという自負だけで全て自分の手柄と思ってしまう奴下手に能力があると余計にタチ悪いこういう奴って多くの場合お山の大将タイプが多いから、取り巻きがyesマンばかりで現実を認めれなくなる所までがsetねw物事、特に自身を俯瞰で見れない奴が必ずと言っていいほど陥る自爆例よね
@吉田仁-p5q on 2025.03.16 06:50 行家のクソ見た後だと義重おじさんのダメっぷりがいっそ清々しいくてほっこりするどんなにだめでも焼き土下座してくれる義範や頼朝に見限られた後も見捨てなかった義兼がいた義重おじさんと行家じゃ器というか人間力的なものに圧倒的な差がありそう…💦行家には調子のいい時にすり寄ってくるのはいても義兼や義範みたいなことしてくれる人皆無ですからね😅
@ぱだこ on 2025.03.16 07:55 今回とても勉強になりました。義経、自分にコンプレックスあるんですかね?兄上の同母弟じゃないし、自分以外にも兄(範頼くん)がいて頼朝兄上から結構信頼されているし、自分の方が仕事出来る、自分を一家来としてではなく、特別な存在としてもっと認めて欲しいという思いが常に溢れ出てたんですかね…だから頼朝からしたら度が過ぎる我儘のような行為をしていたんですかね。もっと政治的センスがあるなら違う結果になったかもしれませんが…こんなワガママっ子、キングボンビー行家おじさんからしたら格好の餌食。そりゃあ操られますよ。いよいよ来週からはキングボンビーと特級呪物義経が合体するんですね。どうなるのかな。ロマサガ2のラスボスの七英雄のような姿になってますかねえ。
@第二足利幕府 on 2025.03.16 11:43 今回も楽しく拝見させていただきました。 義経に関しては、奥州藤原氏なんかのいろんなバックボーンがあるので複雑というか、他の源氏兄弟たちとは毛色が違うだな思いました。人形劇の平家物語だと、裏で奥州藤原氏暗躍してましたし。 次回以降、奥州藤原氏との戦いも出てくると思うで期待してます。
@umam9664 on 2025.03.16 11:56 広常の坂東独立構想?をふと思い出すなぁ。広常が生きてたら、この光景を見て、やっぱり朝廷に関わるとろくなことが無いって思ったんだろうか。 それはともかく、義経に比べたら広常が頼朝の行動方針に反発してたのが可愛く見える。
@harigane4773 on 2025.03.16 14:13 腰越状のエピソード、最初に知ったときには創作臭いな〜って思ってたんですが、その後沢山の物語や知見やらの情報の波に押し流されて「会ってもらえなかったんだなあ」って感想に染まってました😅この時代の『所領を預ける』って曖昧にされちゃいがちなイメージ💦結局預けられた者が自由に扱ってしまうモノだからボッシュートは憤懣やるせなくなっちゃいますよね……😱
@低力非摩擦ボルト on 2025.03.16 14:22 頼朝鬼プロジェクトを本当に理解したいなら、このプロジェクトは本来三世代位に時間かけて事象重ねてそれが記録されて、ようやく後世の識字世人庶人に理解されてくものではないかと、南北朝の騒乱解説を見て思ったこれを一世代中時間どころか一世代の中の切り取り時間で何もかもやり抜いてしまってるから わっかるかこんなもん!!! と当世の秀逸な記録者でも引っくり帰ったことでしよう起こったことしか書けない、その情報も書く値にあるか分からない、理解する為の高性能頭脳が理解対象に追いつかない、1000 後の君たるポンコツ僕らに伝える事を高潔に使命にして奮闘するも、伝えられるわけが、無い、事を、伝えている そんな記録を1000年後に拾って、こいう言う事っ?て通信している君達の未来の人が、いますよ、今 お墓は今も良い場所にあります。何と言われようとも 明るい顔でお返事してくださいな? いいトコ考えてるよねえ!て、
@kuwataku1 on 2025.03.16 19:57 頼朝の甘さが悲劇を招いてしまった部分がありそうな話ではありますね。だから(義経としては)行家叔父さんも助けられると踏んでしまった。この辺り、大河では後白河さんの陰謀になってましたね。
33件のコメント
ーコメです❤
義経を襲った土佐坊昌俊って何者だったんだろう
行家は叔父だが年は悪源太義平と同世代なんだよな
昌俊を手配したのは景時?※大河ドラマ義経では景時が、頼朝から義経探索や監視を命じられている
キングボンビー行家を早く狩っておけばいいものを…それにしても義経は平家討伐後は天狗にでもなったのかってぐらいにイキってるな〜
今回も面白かった👍️
頼朝は源氏の中でも突然変異な存在なのは確かやけど義経は義経である意味突然変異な存在やな。ここまで承認欲求が強いのはちょっと異常やろ。
後白河のことだから後先考えずに「よし、兼任しようぜ☆」は普通に有り得るよな、これまでの流れから。
キングボンビー同士、仲がいいんだな😅
周囲の環境に影響されちゃう義経と、流人から武家の棟梁になっても方向性を見失わない頼朝。元々のレベルが違ってたんですね。武士なのに表面的な戦功や勢いに振り回されずやるべきことをなしていく頼朝···やっぱり恐ろしい子···!
桓武平家北条氏「源氏潰しあえ〜」
ここらへんの義経の心情はちょっと理解しがたい。頼朝に(多分懇懇と)説得されたにも関わらず、宗盛をムシャクシャしていたからやったと思われるように564、駄々をこねるように京都に居座り好き勝手をする。挙げ句行家と結託するって、もうどう見ても謀反決定。京でおだて上げられて有頂天になっていたにしろ無軌道がすぎる。正直、義経は頼朝の凄みを一切分かっていない。戦下手だから自分の方が優れていると内心思ってたんじゃないかと疑いたくもなっちゃうんだよなぁ、、、むしろ、世間一般に冷酷だと思われている頼朝の方がこの頃は懊悩していただろと可哀想になってくるわ
鎌倉に戻れば東国武士たちの自身を嫌悪する空気に覆われながらの暗鬱とした生活。頼朝の態度から上総介広常たちと同じ運命を辿ることも容易に想像できる。
そう考えた時、栄光に包まれた京での生活を選ぶのは当然のことと思う。
その状況を生み出したのは義経の自業自得なので同情はしないけど。
頼朝って朝廷とのバランスの取り方が上手いよね 頼朝死後の鎌倉幕府と朝廷のバランスの崩れ方はひどい 話は変わるのですが北条家ってこの頃何やってたの
義経に害をなした訳でもないのに、副将に続き、宗盛・清宗に対するこの仕打ち。そして範頼下げ。この人手なし加減と場当たり加減はゴッシーの影響なんでしょうか😢
推測ですが、義経は鞍馬寺ではおそらく肩身の狭い、少なくとも厚遇はされない生活を送り奥州藤原氏に保護されるまでは流浪の時代も含めて(もしかしたら流浪時に野盗や野伏に加わっていたかも)あまり良くない境遇だったのが奥州藤原氏に源氏の御曹司として厚遇されてそこでプライドが反動で高まり、更に平家討伐での戦功と後白河による厚遇がプライドと自己顕示欲を悪い意味で爆上げさせてしまい、もう富士川で再会した時の心境は消えてしまったのかもしれません。
同母兄の義円の戦◯の原因でもある行家に簡単に懐柔される時点でおそらくは自分を持ち上げるおべんちゃらに簡単に乗せられる甘い性格になっていたでしょうし、自分でもチヤホヤされる京都の暮らしが鎌倉ではあり得ないのは理解していて我慢できず弁慶達側近も諫言できる人材はいなかったでしょうから、梶原景時がどう諫めようが頼朝に報告しようがこうなる運命だったのでしょう。
行家=前原誠司、義経=吉村知事、をイメージしてしまった。😂
ゴッシーにキングボンビーに、京の都は魑魅魍魎が跋扈する魔境か何かか?
そんな京の魔力に憑りつかれた九郎・・・
人間、相手の考えを理解するというにも頭の良さと性格が影響していて
IQが20くらい離れていると低い方は話が理解出来ないらしいです
実際コロナの時も、理詰めした意見よりも分かりやすいオカルトの陰謀論の方が信じられたとか
義経は軍事方面あるいは一地域を任せるなら優秀な人材だったのかもしれませんが
全国規模、先の先を見据えた戦略や政治意図は、理解できなかったのかもしれませんね……
「どうして俺の考えを理解してくれないんだ、俺の方が正しいのに」
そんな考えを持っていたのかもしれませんが、如何せん義経の見てる世界も
世界の成り立ちも狭く近くの事しか見えてなかった
平家を倒した事で、不相応な地位についてしまった事が義経の栄華の転落に繋がってしまったのかもしれません
どれだけ忠誠心と才能があっても上層部の意向を理解出来ず、従えないのなら排除するしかありません
あるいは理解できずとも、言われた事を素直に行う人間だったら
義経は生き残れたのかもしれませんね
様々な言い分は あろうが、
頼朝も範頼も義経も、
親兄弟と争って処刑された 源義朝 の子である。
悲しいかな、父・義朝 と同じ血だったことを忘れてはならないようだ。
そんな ドン底から巻き返す物語だから、「石橋山の戦い」から、鎌倉幕府の誕生までは面白い。
晩年の話は立身出世の物語としては蛇足である。
………鞍馬寺にいた頃の義経が欲しかったもの。みんな義朝の供養の時の勝長寿院にあった気がします😭父上も家族を恋しく思い、肉親の中にあることを求めていた幼い牛若の心は、京でヒーローになってどっかに眠ってしまったのかと思うとホントに悲しいですね😢ここみて京都戻ってからのやり口は決して擁護できないの見てると頼朝頑張ってたんだなぁ……と子供の頃の一方的に頼朝冷たいと思ってたのが申し訳なくなりました😅
それにしてもホント範頼は義経のせいで散々ですね😢。それでも義経追討は嫌がってたみたいだし、修善寺でもお墓大事にされてて周辺の人たちに愛されてたみたいだし、ホントに良い人だったんだなぁと今回も見てて実感しました😢キングボンビーに爪の垢煎じて飲ませたいです💦
こちら見てると義経はちゃんと鎌倉に居場所があったのに気づかなかっただけなんだなと思って悲しくなります😢。来週で完全決裂だと思うので、心してみたいと思います😂頑張ってください❗️
頼朝の意向に従った回数より意向を無視した回数の方が多いのではと考えるぐらい義経無茶苦茶ですね。
放置しておくといずれ不満を持った御家人が離れていって分裂して大混乱になるか頼朝の脅威となる一大勢力に成長していたのではと感じました。
歴史は度々些細なすれ違いに大きく影響を受けますね。
どうすれば回避出来たのか色々考えますが距離の近い現代人でもすれ違うのに当時の距離の離れた二人が気持ちを通じ合わせるのは至難の業かと思います。
思ったよりも後白河でてこないンゴ
社会に出ると義経みたいな奴結構いる
前任者の信頼とか会社の看板とか設計製造とかのバックアップあっての手柄なのに
交渉矢面に立っていたという自負だけで全て自分の手柄と思ってしまう奴
下手に能力があると余計にタチ悪い
こういう奴って多くの場合お山の大将タイプが多いから、取り巻きがyesマンばかりで現実を認めれなくなる所までがsetねw
物事、特に自身を俯瞰で見れない奴が必ずと言っていいほど陥る自爆例よね
すれ違うと荒れる……………義経…甘やかしたのは、ミスなのか?本人の自惚れがマズイのか?……………悩む😢
行家のクソ見た後だと義重おじさんのダメっぷりがいっそ清々しいくてほっこりする
どんなにだめでも焼き土下座してくれる義範や頼朝に見限られた後も見捨てなかった義兼がいた義重おじさんと行家じゃ器というか人間力的なものに圧倒的な差がありそう…💦
行家には調子のいい時にすり寄ってくるのはいても義兼や義範みたいなことしてくれる人皆無ですからね😅
今回とても勉強になりました。義経、自分にコンプレックスあるんですかね?兄上の同母弟じゃないし、自分以外にも兄(範頼くん)がいて頼朝兄上から結構信頼されているし、自分の方が仕事出来る、自分を一家来としてではなく、特別な存在としてもっと認めて欲しいという思いが常に溢れ出てたんですかね…だから頼朝からしたら度が過ぎる我儘のような行為をしていたんですかね。もっと政治的センスがあるなら違う結果になったかもしれませんが…こんなワガママっ子、キングボンビー行家おじさんからしたら格好の餌食。そりゃあ操られますよ。いよいよ来週からはキングボンビーと特級呪物義経が合体するんですね。どうなるのかな。ロマサガ2のラスボスの七英雄のような姿になってますかねえ。
そんなに京都がよいのかぁ?と坂東武者たちが叫んでいそうですね
今回も楽しく拝見させていただきました。
義経に関しては、奥州藤原氏なんかのいろんなバックボーンがあるので複雑というか、他の源氏兄弟たちとは毛色が違うだな思いました。
人形劇の平家物語だと、裏で奥州藤原氏暗躍してましたし。
次回以降、奥州藤原氏との戦いも出てくると思うで期待してます。
広常の坂東独立構想?をふと思い出すなぁ。広常が生きてたら、この光景を見て、やっぱり朝廷に関わるとろくなことが無いって思ったんだろうか。
それはともかく、義経に比べたら広常が頼朝の行動方針に反発してたのが可愛く見える。
腰越状のエピソード、最初に知ったときには創作臭いな〜って思ってたんですが、その後沢山の物語や知見やらの情報の波に押し流されて「会ってもらえなかったんだなあ」って感想に染まってました😅
この時代の『所領を預ける』って曖昧にされちゃいがちなイメージ💦結局預けられた者が自由に扱ってしまうモノだからボッシュートは憤懣やるせなくなっちゃいますよね……😱
頼朝鬼プロジェクトを本当に理解したいなら、このプロジェクトは本来三世代位に時間かけて事象重ねてそれが記録されて、ようやく後世の識字世人庶人に理解されてくものではないかと、南北朝の騒乱解説を見て思った
これを一世代中時間どころか一世代の中の切り取り時間で何もかもやり抜いてしまってるから
わっかるかこんなもん!!!
と当世の秀逸な記録者でも引っくり帰ったことでしよう
起こったことしか書けない、その情報も書く値にあるか分からない、理解する為の高性能頭脳が理解対象に追いつかない、1000 後の君たるポンコツ僕らに伝える事を高潔に使命にして奮闘するも、伝えられるわけが、無い、事を、伝えている
そんな記録を1000年後に拾って、こいう言う事っ?て通信している君達の未来の人が、いますよ、今
お墓は今も良い場所にあります。何と言われようとも
明るい顔でお返事してくださいな?
いいトコ考えてるよねえ!て、
頼朝の甘さが悲劇を招いてしまった部分がありそうな話ではありますね。だから(義経としては)行家叔父さんも助けられると踏んでしまった。
この辺り、大河では後白河さんの陰謀になってましたね。
もっと見てきたかのように語ると司馬遼みたいになれますよ!