【クラッシュギャルズ】全日本選手権 ライオネス飛鳥 VS 長与千種 1983年1月4日 後楽園ホール #極悪女王 【Crush Gals】
1980年5月にデビューした北村智子は、12月には大森ゆかりを破って新人王になり、翌年1月には空位となっていた全日本ジュニア王座を先輩の川上法子を破って獲得した。智子は全日本ジュニアのベルトを数回防衛した後、相手がいなくなって返上した。82年7月にはマスクド・ユウ(クレーン・ユウ)を破って全日本王者となっている。北村智子が同期の誰よりも強いことは明らかだった。
しかしある時、マネージャーの松永国松からこう言われたのだ。
「お前は確かに強い。技もすぐに覚える。でもお客さんに伝わるものが何もなく、見ていてまったく面白くない」
ショックだった。試合にはずっと勝ってきた。練習も人より多くやっているつもりだ。弱いのならば練習して強くなればいい。だが、面白い試合をするためにはどんな努力をすればいいのか?飛鳥には見当もつかなかった。同期のトップランナーを自負していたライオネス飛鳥の自信がガラガラと崩れていく。
そんな時、はるか下に見ていた長与千種が「話がある」とやってきた。明日の全日本選手権では禁じ手のない試合がしたい、と言う。殴っても蹴っても、何をしても構わない。危ないことは確かだ。どんな試合になるかは自分にもわからない。でもそんな試合がしたいのだ、と。
望むところだった。禁じ手があろうがなかろうが、強い自分が弱い千種に負けるはずがない。お望み通り叩きのめしてやる。そして、若手の試合とは思えぬ激しい試合をして、自分の強さを松永兄弟と観客の目に焼きつけるのだ。
1983年1月4日、後楽園ホール。この日のメインイベントはWWWA世界シングル王者ジャガー横田がジュディ・マーチンの挑戦を受けるというものだったが、それよりも遥かに重要な試合が前座でひっそりと行われていた。
全日本シングル王者のライオネス飛鳥に長与千種が挑戦した一戦である。
強いだけで退屈なレスラーという烙印を押された王者。
弱い上に魅力もない落ちこぼれの挑戦者。
しかし飛鳥と千種のふたりは、共に不退転の決意でこの試合に臨んでいた。
『1985年のクラッシュ・ギャルズ』(光文社未来ライブラリー)を一部抜粋・編集したものです。
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